プロローグ
初投稿です。
お楽しみ頂ければ幸いです。
よろしくお願いします。
「ぅげぇぐ」
いったい自分のどこからそんなうめき声がでたのかわからない。
けれど、わからなくなるくらいの衝撃が全身に走った。
なんだかとても見てはいけないものをみてしまっている自覚はあるのに、その場から動けずにいた。
私は今、女の子同士のキスシーンを目撃してしまっている。
こんなときは華麗にスルーがマナーだってわかっているんだけど、そうもいかない。
その二人の姿がまるで映画のワンシーンのように、綺麗だったから。
私、金丸雫はあと二週間で高校一年生になる。
中学時代の同級生たちは高校に入ったらすぐ彼氏作りたいだのなんだの新生活への期待は全て恋愛だった。
けれど私は自分の行動範囲が広がることの方に興味があった。
バイトをすれば今までのお小遣いよりも多くお金を使えるし、旅行にだって一人でいけちゃう。
隠れ家的なカフェの常連になって私だけの憩いの場にするのもいいし、働いてもみたい。
恋愛は確かに憧れるけど、自分が男の子の隣にいて、恋人らしいことをするなんて全く想像がつかない。
彼氏の家に泊まったとか話している子たちに「すごーい」「いいなぁ」とか周りと同じように相槌を打つことはあったけど、その実、どうしても埋まらない壁がある気がしていた。
四月生まれの私にとって中学生と高校生の差はたった一か月なのにその差がすごく長く遠い。
手を伸ばせば触れるくらい間近に見えるのに分厚いガラスに覆われているような時間だった。
そんなわけで私は、高校から少し離れた場所にある隠れ家的なカフェを下見にきたのだ。
駅前の駐輪場に自転車を止め、喫茶店まで歩く。
マップに表示されているお店の名前は「純喫茶あぼぉと」。
名前の意味は分からなかったけど、憧れフィルターにより全部がおしゃれに見える。
レンガ造りの外装に探さなければ気づかないほどに掠れた看板、スモークガラスになっていて中の様子は全く見えないまさに知る人ぞ知るお店だった。
きっと寡黙なマスターが一人で経営していて、店の中に響くのは蓄音機から流れるJAZZとマスターの挽くコーヒー豆の音だけ。
うひひ、考えただけでも憧れる。
花の女子高生の働くお洒落なイメージではないけど、私には純喫茶の方がかっこよく思えた。
白いシャツに黒い腰巻エプロンって一度やってみたい格好だ。
喫茶店のコーヒーは作りだめをしないのが基本で、こだわるお店だと注文が入ってから豆を挽く店もあるらしい。
豆にもよるけれど九十度前後のお湯をのの字を書くように引いた粉に注いでいく。
喫茶店が舞台の漫画にはまった時に散々練習したのでコーヒーを入れることには自信がある。
ブラックコーヒーは飲めないから全部お母さんにおしつけたんだけどね。
スマホを見ながら歩くのは悪いとわかっているけど、私は恐ろしく方向音痴なので少しだけ許してほしい。
徒歩八分の場所へ十五分ほど歩いてようやくマップ上で私の印とお店の位置が重なった。
「つ、ついたぁ」
スマホから顔をあげた時私の目に入ってきたのは、喫茶店ではなく隣のお店とお店の間の隙間で行われていた女の子同士のキスシーンだった。
「ぅげぇぐ」
カエルがつぶれたような私の声は聞こえていなかったみたい。
良くも悪くも二人のその行為は続いていた。
いや、こんな白昼堂々するのが当たり前なの??
わたしなんてまだ、キスの経験すらないのに。
茶髪の人は横顔だけ見えていて、もう一方の黒髪ロングの方の顔は見えないけど、明らかに同性同士ということは分かった。
そしてきっと、この二人は美人だ。
この場から早く去らなきゃだめだという気持ちはあるのに、目が離せない。
自分の頬の熱や汗ばむ手は疑いようもなく現実なのに、目の前の光景だけは映画のようで、感覚があまりにもちぐはぐだった。
黒髪の人の腰に添えてあった茶髪の人手が、黒髪の人の背中をなぞり肩甲骨辺りをきゅっとつかんだ。
それと同時に黒髪の人の体がびくっとしたのを見逃さなかった。
手ってあんなに色気があるんだっけ…。
今さっき見た手の動きを思い返してしまい、自分の背中をなぞられてる感覚になる。
これはまずい。
年々悪い方向に成長していく自分の妄想力を心底呪った。
こんな時は、目をつぶって頭の中で掛け算するのが一番いいって誰かが言ってたはずだ。
そんなこんなでようやく私は二人から目をそらせたのだった。
「もーーーーーーーーーーーー」
ぶつくさ掛け算をつぶやきながら私は叫んだ。もちろん心の中でである。
いっそ映画の撮影とかドッキリとか言ってほしい。我ながらリアクション的には取り高あり過ぎると思う。
なによりも、色んな扉を開いてしまった気がする。
いったん落ち着いた私は、さらにとんでもないことに気が付いてしまった。
「あの制服って...私が入る高校じゃん!?」
黒髪の人が着ていた制服は嫌でも目立つ白いブレザーに青いチェックのスカート。
この辺りでその条件に当てはまる制服は1校しかなかった。
さすがに気が付いたのか、茶髪の人の目線だけが私の方に向けられる。
疑いようもなくばっちり目が合ってしまった。
「ひぃ」
怒られるかもしれないとさらにフリーズした私をみて、その人は少し目を細めいたずらめいた顔をしていた笑った。
その笑顔は当初の目的をすべて忘れさせるには十分効果があり過ぎて、喫茶店の目の前から一歩も動けないまま一目散に来た道をUターンしたのだった。
同性同士のキスって友達から借りた漫画の中でしかなく、特に偏見も抵抗もなかったけどいざ目の前でそのシーンを見て衝撃をうけた。
だってだって、同性同士でも付き合っていいってこと、だよね?
ものすごく不健全な考え方だけど、ごつごつして大きい男子よりも、あまぁいお菓子みたいにふわふわで可愛い女の子といる方が2000倍いいに決まっている。
なーんでこんな単純明快なことに16年間気づかなかったんだろう。
そう自覚してから胸の奥のつっかえがなくなった気がした。
周りの同級生からは「彼氏ほしくない?」とか「どんな男子が好み?」としか聞かれたことがなくて、女の子と付き合っていいって思いもしなかった。
おふざけで女子同士でほっぺにチューとかは何度も見たことあったけど、私がみたのはそんなお遊びとはちがくて、なんかこう、恋人同士のそれだった。
いたいくらい心臓がどくどくしているのがわかる。
今まで、知らなかった感情が体中泳ぎ回ってるみたい。
口に出さなくてもわかる、わくわくしてる感じ。
そうなんだ、私。
女の子と付き合いたいんだ。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
ご評価・ご意見・ご感想をお待ちしております。
大変励みになります。