夜顔
うちのクラスには学年一の美男美女が揃っている。
彼らは顔も頭も性格も良くて、誰もが憧れて誰もが恋する最高の存在だ。あの2人のファンは校内以外にも結構いる上に、たまに近くの名門校の人やお金持ち校の人から告白される姿も見る。
「また告られてる。イケメンくんも大変だよね〜」
「あの高嶺の花さん以外、相手は務まらないよ!」
「たしかにー!」
放課後の教室で、楽しそうにお喋りをするクラスの女子が窓から裏庭を見ている。彼女達は毎日のように彼らの話をしていて、これも日常の光景だ。
(やっぱり顔がいい奴は羨ましくなるな…)
裏庭で赤くなった少女に申し訳なさそうな顔して頭を下げている青年は噂のイケメンくん。存在自体を否定したくなるほど完璧で、誰とでも分け隔てなく接するその優しさから憎めない神の傑作。
「イケメンくん、断ったみたい。」
「あ、噂をすれば…」
「お話に花を咲かせるのは素敵だけれど、暗くなる前に早く帰りましょう。」
「「「はーい」」」
教室の扉をカラカラと音を立ててゆっくり入ってきたのは誰もが二度見するほどの絶世の美女。風紀委員である彼女はいつも同じ時間に見回りをして、声をかけて、先生に報告して帰る。今日もいつも通りに、口を忙しなく
動かしていた女子生徒の様子を確認すると、声をかけてまた廊下に出た。
「やっぱり、高嶺の花だわ〜。」
「そりゃあ…あんな美人に誰も太刀打ちできないよね。」
「まじで同意!しかも、結構離れてるのにめっちゃイイ匂いした…」
普段からここで人を待っている僕は、分かっているのか声をかけられないので彼女たちを羨みながら眠気に身を任せる。帰る準備をしながらも、やはり口数は変わらない女子の言葉はBGMにもってこいだとは気づかれていないようだ。
『…私は警戒されているのかしら?』
(いいや、でもあながち間違いではないかもね)
『どうゆう事よ』
(君は皆んなの石楠花さんだから、手を出すのは危険ってことかな。)
『なんだか遠回しな言い方ね。率直な行動の方が分かりやすいわ。こうやって、…』
微睡の中で感じた、頬に触れる柔らかい熱が目を覚まさせる。
「おはよう」
「…おはよう」
少し青みがかった赤い教室で、優しく微笑む彼女は止むことのない噂の少女。緩く頭を撫でる手を掴んで引き付ければ、何重もの壁はあっさりと無くなって平安の女性が羨む美しい髪が首をくすぐった。
「待った?」
「いや、眠かったから寝てただけだよ」
「起こしちゃってごめんなさい。」
「寧ろ、起こしてくれてありがとう。」
背中に細い手が置かれて、再び頬に熱を感じた。少し離れて目を合わせれば悪戯好きの笑みを見せて、今度は唇に触れた。ゆっくり流れる時間と共にゆっくり味わう幸せを堪能する。近くで誰かがいたけど、まぁ僕らのことを他人に言っても誰も信じないし、隠しているわけではないから放置をしとく。
「…ん、考え事?」
「ごめん」
「別にいいわ。…でも、もう遅いし帰りましょう。」
「そうだね」
彼女は膝の上から流れるような動きで立ち上がると、机の横にかけていた僕の鞄を持って僕に差し出す。無垢な笑みに見惚れつつ、鞄を頂いて立ち上がると差し出していた右手で僕の腕を掴んで耳元に口を寄せた。
「続きは、後でね?」
僕の夜顔は楽しそうに笑った。