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後編

 その日、僕は極めて平凡な人間の生活をした。授業を受けて、昼休みは昼食を食べてその後ぐっすり睡眠出来たし、午後の授業も真面目に受けた。至って平凡。これぞベタ。

 だけれど―― 

 帰りのHR。先生のやたら適当な話や配布物をこちらも適当に受け流しながら、僕はちらと、教室の真反対のほうを眺めた。

 いろんな人がいる。整髪剤で整えた髪形の少年。真面目に先生の話を聞いている少女。ぐっすりと眠っている少女。本を読んでいる少年。

 そして、無人の机と椅子。

 教室の端の端、廊下に一番近い一番後ろの席に、誰も座っていなかった。あそこは遊佐実の席。つまり今日、遊佐実は休み。

「……」

 嫌な予感しかしなかった。

 そのまま凝視していると、不意に、真面目に話を聞いていた女の子がこちらを見、一瞬視線が交錯した。その眼の色はどんな僕を映しているのか。慌てて目を逸らす。

 そして先生の話も終わり、無事帰宅時間。教科書等は全て鞄に入れてある。ふあ、とあくびを一つして、僕が教室を出ようとすると――

「……あっ、あの、少年君」

「ん?」

 後ろから声を掛けられる。振り向くと、案の定先程の真面目な女の子だった。

 えっと、確か名前は。

 ……。

「えっと……何の用かな、三笠さん?」

 三笠李音(みかさりね)。それがこの人のお名前だ。眼鏡で小柄という良く言って受けが良い、有体に言ってベタな風体通り、滅多に喋らないおとなしい人。しかし所属部は遊佐実と同じ、柔道部。何の因果だが知らんが、この人との会話はこれが初めてになるんじゃなかろうか。

 僕が尋ねると、三笠さんは顔を薄く朱に染めながら、自らの鞄から、白い手紙のようなものを取り出し、僕に手渡した。その間、無言。

 ……え?

「……えーと? 何かな、これ」

 まさか、またですか? ああ、というか今日の放課後の事今思い出した。やばいやばい。

 しかし次の三笠さんの一言で、僕は凍りつくこととなる。

「……えと。……ゆさちゃん、から。少年君に、明日渡してって昨日言われたから……」

「……」

 どういう。意味だろう。

 遊佐実――ゆさちゃんはこのクラスでの遊佐実の渾名だ――が昨日言っていた? この手紙を渡せと。……なんだよ、それじゃあまるでこの手紙――。


 まるで遺言じゃないか。


「えと、あの、ゆさちゃんが見ないでくれって言ってたから、中は見てないよっ……って、しょ、少年君っ?」

「ごめん、ありがとう、三笠さん。ちょっと急ぐからもう行くよ」

 台詞を言い終えるよりも早く、僕は教室を飛び出した。三笠さんには悪いけど、月曜日になったら謝っておこう。本能が痛む。

 近くの男子トイレに飛び込む。運良く誰もいない。乾いた青い床タイルの上に鞄を落とし、手紙を開く。

 中に入っていたのは、折り畳まれたレポート用紙一枚。それを開き、綴られた文章に眼を走らせる。


『少年へ。


 まず、語ろう。

 私は今日――少年がこれを読んでいるのは明日なのだが――、殺されるかもしれない。

 それは確かなことだ。どうしようにも逃れようが無い。

 だからこうやって、遺言まがいのことを悩みながらつらつらと書き連ねている訳だが、正直、気に合わんので単刀直入に言おうと思う(ちょっと字がぐしゃっとなった。書いている場所が不安定なだけだから気にするな)。

 私は、お前が好きだ。

 とても好きだ。私が死んでも、その気持ちだけは永遠に変わらない。

 少年、愛している。

 だからもし私が生きて帰ってきたら、ちゃんと答えて欲しいのだ。

 お願いだ。これこそ、一生のな。

 それじゃあ、これで終わろうと思う。じゃあな。


                      大野遊佐実』


「……」

 僕は黙り込んだ。外からは、まだがやがやと小さな喧騒が聞こえてくる。うってかわってここはとても静かで、僕一人が、この檻にとらわれているかのような錯覚に、堕ちる。

 とりあえず――分かった。少し分かった。

 遊佐実の僕に対する気持ちが一体どういったものなのか、今更になって分かった。僕みたいな変人にずっと構っている、端から見たら普通に分かるようなことだったと思うが、しかし、僕には分からなかった。だから今ここで、ようやく気付かされたのだ。

 しかし。

 もうひとつ分かったこともある。

 遊佐実はもういない。

 遊佐実は昨日、何らかのきっかけがあって殺人鬼――もとい、食人鬼と敵対し、そして喰われた。完膚なきまでに上から下まで、全てを喰らい尽くされた。

 だからもう、遊佐実は――いないのだ。

「……体育館裏に、行こう」

 もういい。このことはこれでお仕舞いだ。遊佐実がいなくなって悲しく無いといえば嘘になる。今まで随分と同じ様な所にいた奴がいなくなったのだ、正直泣きたい。今すぐにでも、食人鬼を殺したい。

 けど、まだ僕は必要とされている。体育館裏。答えを待っている人がいるんだ。

 なら、その答えを出してあげないと。いつまでも喪失感に打ちのめされている暇は無いのだ。

 僕は鞄を持ち、トイレを出た。



 *



 体育館裏には、誰も来なかった。



 *



「……本当、なんなんだろうね」

 日も暮れかけた夕方の道。

 僕は昨日自分の下駄箱の中に入っていた手紙を開き、読んでいた。

「……明日の放課後、伝えたいことがあります。体育館裏で、待っていてください。ね……」

 間違いは無い筈だ。炙り出しなんて有っても困る。少し思ったのが、遊佐実と字が似ている。いやけど、あいつがそんなことをしても全く意味が無いのでたいした発見ではない。

 今日が、この手紙で言うところの明日のはず。体育館裏にもちゃんと行った。

 なのに何故誰も来ない?

 僕が遅すぎて、先に帰ったのだろうか。いや、普通思いを伝える女の子がそんなことをするだろうか? そもそも、僕はそこまで遅れてはいないのだが。

 うーむ。

「……騙されてたのかなあ、やっぱ……」

 そうだったら、どんなに良いことか。おそらくそれが最善の考えで、そして最も安直な愚考だろう。

 まさか、この件が何かに関係している訳なんて。

「……無いよなあ」

 呟いて、溜息を吐く。駄目だ、色々と何かがおかしい。何かが壊れている。この数日は厄日なのか? 正直な話、体育館裏に誰も来なくて僕は酷く落ち込んだ。

「……ったく。本当、ベタなんだか予想外なんだか」

 独り言を吐いた。少なくともベタなのは、この僕の性格だろう。非常にありがち。ただの、お子様だ。何かに期待して、裏切られて。そして拗ねて落ち込んでいる、ただのガキだ。

 ……思考を変えよう。お仕舞い、お終い。これで全部済んだんだ。遊佐実は死んだ。僕は騙された。それだけだ。もう、進展のしようも無い物語だ。

 僕は丁度、学校から自宅までの道のりの途中にある、電気街を歩いていた。まだまだこの時間帯、人も多い。ありとあらゆる電気家財が並び、人々の注目を浴びている。

 そんな人ごみをすり抜けて出た先に――テレビ屋があった。

 僕の家にはテレビが無い。僕が幼い頃はあったらしいのだが、いつも間にか処分させられていた。だから僕は生まれて三年ほどしか、テレビというものをしかと見たことが無い。

 所以、こんな性格になってしまったのかもしれない。

 歩きながら、横目でテレビ屋を覗く。厚いウィンドウケースの向こうに、画面が口を開けて映像を垂れ流していた。ざっと数えて……十個か。

 やっている番組は、なんの因果かニュース番組。しかもこの街のことだ。

 眼を逸らし、道を急ぐ。


『――最新情報です。××街連続失踪事件に、新たな被害者が現れました。被害者が行方不明になったのは昨日――』


 ……止めろ。言うな。耳を塞ぎたい。けど手は鞄で動かせない。足も何故か、動かない。


『被害者は年若い女性。名前は――』


 止めてくれ。頼む。――僕の足、何で動いてくれない。なんで。なんで。

 言葉が、僕の鼓膜を犯す――



『名前は――大野月姫さん』



 一瞬訳が分からなくて。

 そして次の瞬間、全てが氷解した。

「……え、え?」

 テレビ屋の前で立ち竦んだまま、僕は呆然と言葉を吐いた。

 ……。なんだ、そういうことなのか。

 分かった――ようやく、分かった。あまりにも非現実的で――そして、あまりにもベタな展開。全てが、今僕の中に流れ込んできた。

 でも、理由が分からない。

 何故そんなことをしたのか、大体分かっていることだけれど、本当にそうなのか、気になる。

「……行こう」

 僕は歩き始めた。

 昨日の路地裏を、目指して。



 *



 路地裏の前に到着する。

 立ち止まり、中を眺める。まだ夕方だけれどだいぶ日は沈みつつある、それなりに暗い。一番奥まではやはり見通せず――僕は歩を進めた。

 静寂。音は無い。太陽のぬくもりは消え、路地裏の冷えた世界が僕を招きいれた。

「……後は、ベタな展開を演じりゃ良いよな……」

 言う。返事は無い。いつもどおり。いつもどおりだ。

 それじゃあ。せいぜいベタな語り部っぽく、恰好をつけて。

 果たして観客の何人が、このオチに気がついているかは知らないけど。

 解決編を、始めよう。



「やあ、少年」



 昨日と同じところに、遊佐実は平然と存在していた。

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