中編
若干の残酷描写があります。気にしないでください。
この場合。
物語の定石として。
「……昼休みの話の犯人は、僕に告白しようとしている女の子だったら楽しいんだけどな」
ベタではあるが、それは中々どうして魅力的なシチュエーションだ。
殺人鬼。いやはや、愉快な響きだ。心躍る。実際そうであるんなら、僕の日常はさぞかし楽しく彩られるだろう。
……。
「ベタだな」
呟いて、妄想を霧散させる。我事ながら馬鹿馬鹿しい。溜息を吐いて顔を上げ、辺りを見回した。
PM23:00。塾の帰り道。暗く狭い路地裏を、僕は単身歩いていた。
「……ああ、今こうやって一人寂しく歩きながら考えれば分かるさ……。どんなに僕が浅はかかって事を。こんなところを歩いたって都合よく殺人鬼が現れる訳無いだろ。遊佐実の話にこれほどまで影響されるなんて、本当僕はどうしちゃったんだろうね」
一人、独り言を嘯く。いやごめんなさいマジで怖いです。本当僕は何をやっているのか。どうしようもなく浅はかだよ、全く。
月が綺麗だから、普段は真っ暗であろうこの道も少しは見える。薄暗いと表現したほうがいい。冬場の午後四時半、くらいの暗さだ。
「ああ……寒いな、うん……」
惨めに独り言を呟く。誰も反応してくれない。当たり前だ。どうせ独り言、誰も聞いちゃいない――。
ザクリ、と音が聞こえたような気がした。
「……」
僕は思わず立ち止まった。
するともう一度、ザクリと、今度はさっきよりも大きく聞こえた。
「……」
おいおい。
僕は溜息を吐く。そして頭を上げ、深呼吸。
……僕は何を怖がっているんだか。今更怖気づいたって帰れない。そもそも、出て欲しいと思っていたのは自分だ。
僕は再び歩き始めた。
ザクリ、ザクリ、ザクリ。進むにつれ、音はどんどん大きくなっている。僕の動悸も高ぶるのを感じる。
と、急に音が変わり、ブシュリという不可解な音に変化した。心臓がドクン、と高鳴る。
……。
咀嚼音。
それは、食べ物を食べる音だ。
それは、食事をする音だ。
それは、怪物の音だ。
「……!」
綺麗な月の下、薄暗がりの中で、怪物が何かを喰べていた。周囲に転がった、各部に綺麗に切断された物。鮮やかなピンク色。間違いなく人体。
僕は隠れることも忘れ、呆然と立ち尽くし、その光景を眺めていた。
何も感じなかった。気持ち悪さ、嘔吐感も感じずに、ただそれを見ていた。食事。怪物の、食事。
……ベタ、というべきなのか。
確かにこれは殺人。そして食人。行方不明も頷ける。でも、食人鬼? そんなものは聞いたことも見たことも無い。だから当然予測もしていなかった。
怪物――どうにも姿形は人間のようだが、僕に背中を向けているので顔は見えない――はどうやらほとんどの食事を終えたらしい。後は、怪物の横に転がった髪の長い頭部だけだ。怪物はそれを両手で愛おしそうに包み、そして天に掲げた。
月が光る。
その光に照らされた顔は、遊佐実に似ている気がした。
僕は動けない。神経が痺れている。脳が痺れている。
怪物が骨の髄まで頭部を――遊佐実に似ていた頭部を――喰い尽し、ふう、と満足げに息を吐いた。綺麗な髪が、ほのかに揺れている。
そして、こちらを振り向いた。
「……」
「……」
両者、無言。
月が隠れて、怪物の顔もまた暗闇に隠されていた。何から何まで見えやしない。これからのことも、見えやしない。
「 」
「――え?」
怪物が何事かを呟くのが、暗闇の中でも見えた。反射的に口を開く。良かった、けど体が動かないのが残念だ。
僕は怪物が何を言ったのか気になった。多分口の形からして五文字、五文字――?
すると。
「よかったねって言ったんだよ」
「な――!?」
その言葉の意味を僕が理解するよりも先に、怪物は立ち上がって路地裏の先へと歩いていった。
「ちょ、ちょっと待って!」
慌てて叫ぶが、怪物は僕の言葉を無視するかのように、そのまま本当の真っ暗闇へと消えていってしまった。
僕は何も言えない。辺りは血まみれ。この状況、もし人が来たら、僕が真っ先に疑われてしまう。
「……」
僕は努めて冷静に溜息を吐き、そして、その場を去った。
*
家に辿り着く。どんなルートを辿ったかも覚えていない。どうでもいい。歩き方だけ、いつもと変わらない。
そのまま家の中に入り靴を脱いでいると、暗かった玄関が照らされた。奥の廊下から、母さんが顔を出して「遅かったわね」、と一言。対し僕はそんなこと半分も聞いておらず、上の空で返事をした。
そして、自室へ。
「……」
部屋のドアを後ろ手で閉じ、即座に座り込む。
――結局、なんだったのか。あの怪物は何者だったのか。あれは本当に遊佐実だったのか。あのよかったねとは一体どういう意味なのか。
分からない。何もかも分からない。
「……遊佐実」
呟いてみる。返事は無い。誰もいないのだから、当たり前だ。暫くして、ああどうしてこんなことを考えているんだろうと、自虐的になって思考を停止した。
とりあえず、寝よう。
明日になれば分かる。
学校に行けば、分かる。
遊佐実は、喰われてなんかいない。あの柔道娘を倒せる奴なんて、そうそういる訳無いんだ。大丈夫。
「……寝よう」
病んでるなあ、と一言呟き、結局僕はそのまま、風呂に入ることも無く眠りに堕ちた。
*
翌日。
学校。
遊佐実は休みだった。