第 十一話
恐ろしくなって歯がカチカチと音を鳴らす。
それは中瀬さんも同じで、笑いとも泣き声ともとれない声を漏らしていた。
「ふっ。ふっ。ふっ。ふ」
その中瀬さんの声がなおさら恐怖を誘う。
「みんな。光を絶やさないでよ! 大丈夫よ! きっと湖まで行けるわ! ふっ。ふっ。ふっ。ふっ」
中瀬さんはみんなを励まそうとするが、すでに恐怖で声が震えていた。
足や手が震えていることもわかる。
懐中電灯の灯りがブレるのだ。ブレているのだ。
翠里は黙っている。これも恐怖に勝つので必死なのだろう。
街灯のない山道。後ろには恐怖の祟り神。
気が狂いそうだ。中瀬さんからグズグズと泣き声が聞こえる。
「ごめんねぇ。ごめんねみんなぁ」
「だ、大丈夫ですよ。がんばりましょう」
「私まだやりたいこといっぱいあった。いっぱいあったのに、こんなところでわけのわからない神様に命を取られたくないよぉ」
「中瀬さん。諦めちゃダメだ!」
中瀬さんの足の震えが激しい。ガクガクと倒れそうなようになっている。
光もブレる。乱反射のように、かろうじて自分を照らす灯りだけは保っていたのだが。
「あっ……!」
中瀬さんが倒れる。草に足を取られて横に倒れてしまう。
オレたちにはどうすることもできない。その倒れる様子をスローモーションで見ていた。
その途中で二本の懐中電灯が宙を舞う。
中瀬さんの草むらに倒れる音。
そして痛みに小さく唸る。だがすぐに不気味な笑い声。
「くふくふくふ。きぼぢいいでぇ。ぐふぐふふ。にへぇぇぇええええぇぇぇぇ……」
声が途絶えた。一部始終を見ていた。
彼女が地蔵になるさま。
目が引っ込み、手足が続いて引っ込んで石になる。
オレももう動けなかった。翠里を抱きかかえてそこに座り込む。
懐中電灯は草の上に置いて二人を照らすようにして。
翠里は体を震わせて泣いた。
「きっとあのお社にいた少女は巫女だったんだわ。シカガネ様を体の中に入れて出ないようにしたのよ。それを私達は表に出してしまったんだわ!」
「……してる」
「え?」
「愛してる翠里」
「な、なにを……」
「ここを出よう。出たら付き合ってくれるかい?」
途端に恐怖にひきつった顔がわずかに緩む。
翠里は微笑んでくれた。
「ええ。ずっと待ってたわ」
「前からずっと好きだったんだ」
そこにしゃがみ込み、懐中電灯のわずかな光。
だが光の中央でオレたちは抱き合っていた。
それはどれくらいの時間か分からない。
「下手に動かない方が良かったんだ。懐中電灯の灯りで二人を照らして朝を待つんだ。太陽の光ならきっとシカガネ様を追い払ってくれる」
翠里は小さく頷く。その肩に強く抱きしめていた。
一本目の懐中電灯の灯りが少しばかり陰る。
「電池がもうないんだわ……」
翠里の悲痛なる声。それを声ごと抱きしめた。
まだだ。まだ懐中電灯は三本残っている。
しかしこのペースならその三本も朝まで持たないかも知れない。
下唇が震える。だが力を入れてその震えを止めていた。
その時だった。
遠くからかすかにバタバタバタバタという音が聞こえる。
あれはヘリコプターの音だ。
オレたちのいた場所が良かったのかもしれない。
頭上が木々で覆われていなかった。
ヘリコプターは救助のものだった。
おそらく、旅館の女将さんが戻らないオレたちを心配して要請してくれたのかもしれない。
とにかく、頭上にはヘリコプターの下を照らす輝かしい光!
こうしてオレと翠里は助かったんだ。