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黒い服の魔女  作者: 早雲
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5.事件

 雑居ビル内の一室、僕が借りている事務所。この事務所は随分と広く感じる。実際には僕が一人暮らしをしているアパートメントの一室と同じくらいの広さなのに。


 カルはここから去ってしまった。


 無理にカルを誘った時、僕は罪悪感が少しあったものの、自分の選択を正しいと信じていた。これの仕事には意義がある。達成するためにはカルが必要だ。そして、結果的にカルのためにもなるはずだ。


 今考えると、そのどれもが正しくなかったことをなぜ自分は判断できなかったのだろうという疑問すら覚える。僕は確かにアキのような天才の部類ではないが、それでも情報や状況を精査する冷静さを自覚していたはずなのに。


 結局のところ、僕は馬鹿で自分勝手で、それがゆえにカルを、一番の親友を傷つけることになった。


 そして、そのきっかけは、ある一つの事件だった。



 僕とアキはある意味、人の心を理解するエキスパートと言える。僕は犯罪心理学、アキは行動経済学を専攻していた。それぞれ分野は違えど、人の心をどう取り扱うかを主眼に置いた学問だ。


 僕は自分が修めた知識を実地に生かそうと決めた。そうやって修士課程在学時代にある仕事を始めた。それが、今も生業にしている「探偵業」だ。正確に言うならば対人関係のトラブルシューティングというところだろうか。学内外でのあらゆる相談内容を募り、内容を精査し、アドバイスをする。脅威が高いと思われるトラブルには介入し、警察に相談するよう促すこともあった。


 募集した内容の多くは人間関係の悩みだ。対象(多くは依頼主)からその悩み事を聞き、心理学的な分析を試みて、その問題の大元を断つ。それは、ある種お節介焼き、あるいは出歯亀のような仕事でありながら、それゆえに公平さや思慮深さが必要な仕事だった。


 なぜこのような仕事を始めたのか?一つの理由は、極めて幼稚な理由かもしれないが、社会と自分がつながっているという意識を得たかったから。誰かの役に立つことで、この社会に自分の居場所を作りたかったのかもしれない。それは幼稚だが、切実な理由だったと思う。


二つ目の理由はもっと幼稚だ。僕は自分の力を確かめてみたかったのだ。つまり、自分が修めた知識を実地で試す。自分がどのような、そしてどのくらいの力を持っているかを知りたかった。これは、言い訳のしようがなく、幼稚なだけだ。


僕はアキをこの「探偵業」に参加するよう誘った。アキには一つ目の理由だけ言った。二つ目の理由を言うのは躊躇われた。下卑た人間だと彼女に思われたくなかったのだろう。


 最初のうちの何件かの依頼がたまたま成功した。そして、その依頼主の一人の伝手で、僕らは事務所を構えることができた。ほとんどただ同然の値段だ。僕は自分の目論見どおりに事が進んでいると喜んだ。とんとん拍子にうまくいったら、どうしても浮かれてしまうものだ。


そして僕は油断してしまった。決して油断してはならない、人の心を取り扱うという仕事をしているというのに。移ろいゆく人の機微を捉え損ねれば致命傷になる仕事であるのだ。そうやって僕は手痛い一撃を食らうことになる。


 あろうことか、親友を巻き込んだうえで。


 話は一年前にさかのぼる。



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