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【短編】

最新の保険


「えっ、本当に月々300円で死亡保障5億円も頂けるのですか?しかも毎年生存キャンペーンとして100万円を!?」


男は驚愕した。


男は今年から社会人3年目となり、結婚を控えている。


家族が増えるこの機会に保険に入ろうと、街角の保険の窓口に飛び込んだ。


「ええ、私どもは嘘は言いませんよ。本当に月々300円で一生涯死亡保障5億円です。しかも毎年100万円を差し上げています」


スーツを着た7:3分けの中年の男性が目の前に座っている。


彼は保険の案内人で、先ほど男を驚愕させたばかりだ。


「どうして月々の金額がこんなにお安いんですか?」


男が疑問を素直に口にすると、案内人はニコニコと笑った。


「貴方は大変お若いですからね。保険というのはお若い方が支払う金額は少ないように出来ているのです。何故なら、貴方の様なお若い方は死亡するケースが殆どないものですから」


「いや、それはそうかもしれませんが......私とて此処を尋ねる前に少しばかりネットで保険のことを調べているのです。その知識からすればこんなに安いのはおかしいですよ......」


案内人はニコニコと笑ったまま表情を崩すことがない。男にはそれが不気味に見えた。


「貴方に紹介したこの保険は弊社だけがご用意できる特別なプランでしてね......言わば保険の新しい形ともいえるでしょう」


「はぁ、そうなのですね......」


案内人は机からぬぅと上体を乗り出して、男に顔を近づけてきた。



「もしかして、怪しいと感じてらっしゃる......?」



「失礼ながら、その通りです」



男が素直にそう述べると、案内人はまたゆっくりと元の位置に戻るとパチパチと小さな拍手を男に向けて行った。



「いやはや、若いのに素晴らしいですな。そうやって、何事にも疑問を向けて生きていくのは大切なことです」



「はぁ......ありがとうございます」



男は少しいい気になった。



「契約書はお読みになられましたでしょう。先ほど熱心に目を通していらっしゃったようですから。何か、おかしなところでもありましたかな」


案内人は自信たっぷりに男に告げる。


「いえ、おかしなところは特にないです。ここに書かれていることが本当であれば、この保険は大変素晴らしいと感じています。ぜひ加入したいですね」



「よろしい。では、契約なされますかな?」




「......ただ一点だけよろしいですか.......?」



男は気になった箇所を指さし、案内人に見せる。


案内人は胸ポケットから老眼鏡を取り出すと、それをかけ、男の指さす箇所を覗き込んだ。



「ここに"契約から7日間以内に死亡した場合は、保険金が下りない。また違約金を支払う必要がある"と書いています。これが少し気になりました。保険とはそういうものなのですか」



男には案内人は少し表情を曇らせたように感じた。



「ああ、これは消費者法との関連ですよ。契約後一定の期間は保険が下りないのです。どの保険もその様になっていますよ。ご安心ください」



「なるほど、よくわかりました」








---------






男は結局その新しい保険の魅力に惹かれて、少し怪しいところはあるが契約を結ぶことにした。



男が最後の判を用紙に押すと、案内人は満足げな表情で男に語り掛ける。



「いや、大変素晴らしい保険に貴方様に加入いただくことが出来て、私は嬉しく思いますよ」



案内人は小さな布切れで老眼鏡を拭いている。




「いえいえ、こちらこそありがとうございました。私も素晴らしい保険に入れたと思っていますよ」



男は立ち上がる。ふと疑問を覚えて、案内人に尋ねる。




「ちなみに先ほどの話なのですが.....」



「先ほどの話......?」



「いえ、その"7日以内に死亡した場合に違約金が発生する"とのことでしたが、一体幾らくらいになるのでしょうか。契約書にはその記述が無かったようですから.....」



案内人は老眼鏡のレンズに はぁ とため息のような浅い息を吐きかけた。レンズは瞬く間に曇る。



「1億円ですよ」



「一億!?」



案内人がさらっと当然のようにそれを告げ、男が驚愕する。



案内人は男に笑いかけた。



それはさっきまでとはまるで異なる、とても邪悪な笑みだった。



「そして、その1億円はもうすぐ我々のものになります」




その刹那、案内人が老眼鏡の柄に付いている小さなスイッチを押し込んだ。


案内人の老眼鏡から、小さな針が男の首に目掛けて飛ぶ。





-----そうだったのだ。この保険屋は法外な違約金を騙し取る悪の集団だったのだ。


男はその餌食となろうとしていた。






しかし、男に焦りは無かった。


むしろやはりそう来たんだなと、納得していた。


(そんな、上手い話ないよな。やっぱり)




男の首の動脈を正確に突こうと、針が迫る。



だが、その針は男の動脈には届かなかった。






針は男の首筋に届く前に、どこかへ消えてしまったのだ......




----------------------------




驚愕するのは、今度は案内人の方だった。



「な、馬鹿な......」



突然のことで、何が起こったか分からない。



確かに男の首筋を狙って打ち込んだ毒針がどこかへ消えてしまった。



案内人は引き出しから、拳銃を取り出すと男に向けて構えた。



「これで、死ね!」



案内人が引き金を引こうとしたその刹那、案内人の右手に痛みが走った。



「いてぇ!」



案内人は痛みに思わず、拳銃を手から取り落とす。



右手には、鋭利な手裏剣が刺さっていた。



「手、、手裏剣....!?」



案内人が驚愕していると、いつからそこにいたのか.....男の背後に全身を黒色の生地で身を包み、黒い頭巾をすっぽりと被った者がいる。



そう、それはまるで忍者だった。



男がにやにやと笑っている。



「いやぁ、やっぱり保険って入っとくもんですね。......言っていなかったんですが、生命保険に加入していましてね。これがどうやら"最新の保険"らしくて、加入者が怪我をする前に、その怪我を未然に防いでしまおうというコンセプトらしいんですよ。結構値は張りますが、今は気に入っていますよ」



男は踵を返すと出口へと一歩を踏み出した。



案内人は地面に落ちた拳銃を拾い直した。



「逃がすか!」



案内人は鬼の表情で、男の背中目掛けて引き金を引いた。



轟音を伴って、銃弾が拳銃から飛び出す。



だがまたしても弾丸は男には届かない。



案内人に見えたのは、弾かれた銃弾が天井に穴を開けたことと、忍者が刀を鞘に戻す姿だけだ。



案内人は冷や汗が、どっと額から滲みだすのを感じた。




「いやぁ楽しみだなぁ。これで毎年100万円貰えちゃうんだもんな。」



男は高笑いをしながら、保険の窓口を後にした。



忍者はいつの間にか姿を消している。




案内人はその場に膝をついて、悔しがった。












最新の保険 -終-












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