ついに出会ってしまいました。
「どうしてこうなったの・・・。」
ルディアは隣を歩く美少年の横顔を盗み見て、小さくため息を吐いた。
――ことの発端は数時間前に遡る。
朝、アリーシャに起こされたルディアは彼女に手伝ってもらいながらお茶会の準備をしていた。
「お茶会、楽しみですねぇ。」
「・・・ソウネ。タノシミネ。」
うきうきと楽しそうにしているアリーシャとは正反対にルディアの心の中は焦りと緊張で冷え切っていた。
・・・正直、行かないで済むなら行きたくない・・・。
ルディアと王子の婚約が決まったのは王城で定期的に開かれるお茶会の時。
王城の庭園でルディアと王子の二人で遊んでいたとき、王子が連れてきたペットの犬がルディアの肩に噛み付いて怪我をしてしまったことが最大の理由だったはず。そのペットの犬、というのがかなりの大型の犬だった為、何針も縫う大怪我となってしまい、生涯消えぬ傷を負うこととなってしまった。その責任を取るために王子との婚約が結ばれた、というのがゲーム内での設定だったはずだ。その出来事がゲームの中では五年前の出来事として・・・・ん?五年前??
ゲームのストーリーは高等科の入学式、つまりルディアたちが15歳の時からスタートする。
・・・その時点から五年前ということは・・・。
つまり、彼女と王子が婚約を結ぶのは10歳の時。現在のルディアの年齢は6歳だから・・・
「まだ猶予はあるじゃない!!」
「お嬢様??」
「あ、ごめんなさい。」
今更ながらに気づいた事実に興奮したルディアはつい、アリーシャに髪を結ってもらっていることも忘れ、勢いよく立ちあがってしまった。失敗失敗。
ここ最近の言動(主に昨日の捜索)で少し危ない子認定されつつあるのだ。気を付けなければ・・・。
しかし、婚約の時期を思い出したのは我ながら素晴らしい。記憶が正しければルディアと王子は10歳のあの時、初めて会ったはずだ。それはつまり、今日のお茶会では王子と会わないことを意味しており・・・。
「やったわ!私の時代が来たわ!!」
「お嬢様!!!」
「あ、ごめんなさい。」
・・・調子に乗ったルディアはまたやらかしてしまい、アリーシャに怒られてしまった。
公爵家の馬車に乗り込み、王城へと出発した。今回のお茶会は普段王城で定期的に開催されているものではなく、王妃様とマリアンヌの情報交換のためのお茶会のようだ。
マリアンヌと王妃様は高等科時代のクラスメイトで親友だった。そんな二人は今でも仲が良く、お互い時間があるときには必ず週に一度こうした二人だけのお茶会という名の雑談会を開くのだ。それを知った記憶を取り戻す前のルディアは何を思ったかそのお茶会の参加したい!と駄々を捏ねた。そのため、今回のお茶会はマリアンヌとルディア、そしてルディアのお目付け役としてレオンが付き添うこととなった。
「ルンルン♪」
「随分ご機嫌だね、ルディア。そんなにお茶会が楽しみなのかい?」
「はい!すっごく楽しみです!」
「そう。でもあまり騒がないでおとなしくしているんだよ?」
「はい!レオン兄様!」
王子と出会う心配がないと気づいたルディアはそれはもう目にわかるほどの上機嫌となっていた。
公爵家から王城までは馬車で30分程度。その間の馬車から見える景色は普段あまり外出ができないルディアにとってはとても新鮮なもので、更に気分を上げる要因となっていた。
「すっかり変わったわね。」
「いつもなら馬車に乗ったら飛び跳ねたり、突然行きたくないとか我が儘言い出したりするもんね。」
「えぇ。本当、良かったわ・・・。」
「母さんかなり心配していたもんね・・・。」
道中、あれはなに、これはなに、と馬車から見えたものに興奮しながら指さし、従者に問うルディアの姿を見ながらマリアンヌとレオンは優しく表情を綻ばせた。
「さぁ、着いたよ。」
レオンにエスコートされながらルディアは馬車を降りる。
少し、興奮しすぎたのだろう。軽く車酔いならぬ馬車酔いをしてしまい、少し気持ち悪い。
・・・まぁ、すぐに治るよね・・・。
これから出てくるであろう王城の料理人たちが作った様々なお菓子たちに思いを馳せて、ルディアは気を引き締めた。
「いらっしゃい。マリアンヌ。」
「クリスタ!わざわざお出迎えありがとう。」
王城内に入った瞬間現れた金色の長髪に蒼色の双眸を持つ美女にマリアンヌが駆け寄った。
――クリスタ・アストラル。
現国王の妻であり、アストラル王国の王妃である彼女は、マリアンヌと会えたことに嬉しそうに微笑んだ。そんな彼女の姿は花のようにとても愛らしく、それでいて美しかった。
「王妃様。お久しぶりでございます。」
「あら、レオン君。大きくなりましたね。」
王妃に対し、ルディアの横にいたレオンは一歩前に歩み出ると恭しく礼をした。王妃の言葉からレオンと王妃は何度かあったことがあったのだろう。ふと、王妃はレオンに向けていた視線を後ろのルディアへと向け、二人は視線が合った。
「あなたがマリアンヌの娘さん?」
「あ、はい!フェニシア家長女、ルディア・フェニシアと申します。王妃様とお会いできたこと誠にうれしく思います。」
突然話しかけられ緊張したが、道中、母に教えられた挨拶を咬まずに言えたことにほっ、と息を吐く。
・・・まさか、こんなに美人だとは思わなかった。
実をいうとゲームではクリスタ・アストラルという王妃は登場しない。ルディアが11歳の時、後に第一王女となる娘を出産後、彼女はこの世を去る。その後、国王は新しく他国の貴族の娘を妻に迎えた為、ゲームではそちらの女性が王妃として登場するのだ。なので前王妃、そして第一王子の母として名前こそ出るが、その容姿は登場したことがなかった。
「あら、小さいのに立派な挨拶じゃない。いくつなの?」
「あ、今年6つになりました。」
「あら、あらあら!私の息子と同じ年じゃないの!」
楽しそうに王妃は微笑む。その美しさについ、ルディアは頬を赤らめた。
だって綺麗すぎるんだもん!楽しそうに母と話す王妃についつい見惚れてしまうのも仕方ないことだわ。
「あ、そうだわ。セバス、アルを呼んできて頂戴。」
「かしこまりました。」
何かを思いついたのか、王妃が後ろに控えていた執事に指示を出すと、彼はすぐにその場を去った。
・・・と、言うか今『アル』って言わなかった・・・?
王妃の言葉にまさか、と最悪の事態が脳内を過り、ルディアは必死に浮かんだ考えを否定する。
まだ、出会うまであと四年もあるはずなのだ。きっと執事の名前か何かだろう!
――しかし、その考えはすぐに打ち消された。
「何か用ですか?母上。」
執事に連れられ現れたのは金色の髪に紫色の双眸を持った美少年。
「アルバート!わざわざごめんなさいね。あなたにフェニシア公爵家の方々を紹介しておこうと思ってね。」
「そうでしたか。初めまして、アルバート・アストラルです。これからどうぞよろしくお願いします。」
はい、爆弾きましたー。
ゲームとは違う展開にルディアは血の気が引くのが分かった。
――アルバート・アストラル。
アストラル王国第一王子にして後に王太子となる彼こそ、まさしく後にルディアを破滅へと誘う張本人。DOLでの彼の人気は『アル様』と崇められるほど群を抜いて高く、彼の誕生日とバレンタインにはゲーム制作会社に大量のプレゼントが送られてくるほど熱狂的なファンが多い。
正統派王子の外見に反してドS。そんなギャップにやられる乙女たちが多かったのだ。
ゲームでの姿よりはかなり幼いが、それでも正統派王子のオーラは滲み出ているから驚きである。
「ルディア、挨拶なさい?」
「・・・あ、はい。お母様。」
放心状態の間に挨拶を終えてしまったらしく、母に促され、ルディアは戸惑いながらも一歩前へ歩み出る。
ええい、こうなったらやけだ!
「初めまして、アルバート様。私はルディア・フェニシアと申します。宜しくお願いしますわ。」
ドレスの裾を掴んで恭しく礼をする。勿論穏やかな微笑みも忘れずに、だ。
初めて鏡の前以外で初めてしたけれどうまくいったかしら。いつも微笑んでいるつもりでも全然可愛く微笑むことができなかったのよね・・・。
何も反応が返ってこないことに心配で顔を上げると、アルバートは放心状態で固まっていた。
「・・・?アルバート様??」
「・・・あぁ、すまない。宜しく頼むよ。ルディア嬢。」
「あ、はい。」
ルディアが声をかけたことにより、アルバートは正気を取り戻した。
その光景を見ていたクリスタは楽しそうにふふ、と笑みを深めると、
「アルバート、あなたはルディアちゃんに庭園を案内してあげなさい。」
「え・・あ、はい。わかりました。」
そうして冒頭に至るのだった・・・。