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アンダーカバー / Undercover  作者: iliilii
第五章 存続
70/80

70 黒

 あとはコルアでの披露宴を残すばかりとなった昼下がり。

 シリウスがふと何か思い立ったように立ち上がり、執務室から出て行った。ノワと二人、これ幸いと執務室のソファーにだらしなく寝そべり、完全に気を抜いてだらけていたところに、窓からブルグレが飛び込んできた。


「あのぼんくら次男! また乙女を呼び出すつもりじゃ!」


 ここで、どちらの次男さんで、と思うほど私の脳みそはポンコツじゃない。

 せっかくのだらだらタイムが……と思いつつも素早く身体を起こし、飛び込んできたお怒りのブルグレが壁に激突する前に右手でキャッチする。ばしん、という音とともに、手のひらがじんじん痛み始める。何度直前でスピードを落とせと言ってもブルグレは聞く耳を持たない。できないのか、しないのか。キャッチされた方のブルグレはけろっとして手のひらからソファーの肘掛けに飛び移った。私のキャッチだと痛みはないらしい。


「長男は知ってるの?」


 ブルグレに痛みはなくとも私には痛みがある。じんじんする右手を持て余す。治癒するほどじゃない。でも痛い。なんとなくソファーの座面に手のひらを擦りつけて痛みを誤魔化してみる。


「知らんようじゃ。あそこの長男、唐変木ゆえに細かいことに気付かん。おまけに身内に甘い」


 それ、為政者としてダメなんじゃ……。まあ、実際私を上手く取り込めなかった時点でダメっぷりは目に見えている。

 数ヶ月後にはその長男である赤の男と祝福の乙女の結婚式が盛大に執り行われることになっている。そこまで乙女が存在を維持できるか微妙だというのに、あのぱっと見大人しそうに見える次男がまたやらかそうというのか。

 人は見かけによらない。従順で気弱、平凡そうな外見とは一転、大帝国の第二皇子はかなり強かで打算的だ。城から追い出されたはずなのに、いつの間にかちゃっかり返り咲いているあたりなんとも小賢しい。

 万が一長男が討たれ、その次男が大帝国の皇帝となれば、この先面倒なことになるのは目に見えている。ゆえに連合本部としてはいざというときには第一皇子を支持することになっている。


「シリウスには?」

「とっくに伝えた」


 それでさっき執務室から出て行ったのか。

 これは、今こそあの怪しげな転移装置を破壊するときなのでは? 古いギャグがジェスチャー付きで浮かんだ。口にしていないにもかかわらず、ノワとブルグレからは、うわぁ、みたいな顔をされた。だから、思考を……もういい。

 右手のじんじんが治まって今度はなぜか痒くなってきた。


「そう慌てなくても。乙女がいて聖女がいる以上、空き枠ないから呼び出せないわよ」


 そういう問題か? ノワの暢気な声にブルグレがぎゃいぎゃい反論している。


「それにね、いいのよ、乙女は何度呼び出しても」

「は? そんなわけないでしょ」


 思わずむっとして言い返せば、ノワが、まあまあ、と言わんばかりに膝の上に飛び乗ってきた。ブルグレは忙しなく再び窓から出て行った。


「前にも言ったけど、呼ばれる方にも理由があるの。ここでどういう扱いをされるにしても、理由があってここにいるってこと忘れちゃダメなのよ」

「なんかそれって、呼び出す方の勝手な言い分に聞こえる」

「そんなことないわよ。現にあの寄生虫女だってここにいることに意味はあるはずよ」


 じゃあ私は……と言いかけたところで、イレギュラーのひと言で片付けられることが目に見えて思考を放棄した。


「あなたにもちゃんと意味があると思うわ」

「あってたまるか」


 悪態が小声になった。完全に否定するにはノワやシリウス、ブルグレの存在が私の中で大きくなりすぎている。ノワだって前は意味なんてないって言ってたくせに。


「少なくとも、私には意味はあったわ」


 ノワの目に少しだけせつなさが浮かんだように見えた。

 嫌な感じだ。

 帰れるものなら帰りたい。心底帰りたいのに、この三人と別れることができるとは思えない。


「繋がってるからじゃない?」

「そういうことじゃないと思う。もっとこう、心の奥底のなんかだよ」


 自分でもよくわからなくて言い方が雑になる。繋がりが切れたとしても残る、心の奥底の何かだ。


「なんとなくわかるわ。この先どれだけ存在するとしても、あなたのことは忘れないわ」


 ノワにとっては「生きる」ではなく「存在する」なのか。

 その言い方に少し悲しくなって、そう思うことが間違っていることにも気付いた。「生きる」という言葉は私の中にあるものでしかない。ノワの中にはそれと同じ意味で「存在する」という言葉があるのだろう。

 間違ってはいなかったのか、ノワは何も言わなかった。


「まあでも、乙女の存在が危ういから、壊すつもりなら早い方がいいかもしれないわね」

「あれってどうやって壊すの?」

「さあ。物理的に破壊すれば?」

「破壊できるの?」

「できるんじゃない? もしくはあなたの静電気びりびり?」

「ノワの猫パンチ?」


 オーパーツ的な何かを壊してもいいものか、ちょっと微妙だ。小心者なので何気にびびる。だからといってこの先も厄災を肩代わりさせる人間を呼び出し続けるのはどうかと思う。壊すべきだ。


「だから、それはあなたの価値観での話でしょ」

「そうだけど……まさかこれもどっちもどっちってこと?」

「そうなんじゃない? ここにあのタイムマシンもどきがある以上、それをどう使うかまで私たちが干渉すべきじゃないわね」

「じゃあ、ほっとくの?」

「どうかしら。シリウスたちがどう判断するかよ」


 あ、そっか。シリウスたちが壊すと判断したなら、それは私たちの干渉じゃない。


「だからって、誘導しようとするのやめなさいよ」

「あのさぁ、私にそんなことできると思ってんの?」

「できないってわかってるから悪あがきしないよう前もって教えてあげてるんじゃない」


 どう考えても悪口なのに正論過ぎてぐうの音も出ない。

 そりゃあ、少しは考えた。シリウスが私の考えに賛同してくれる可能性を。とはいえ、それは簡単に否定されたのだよ、私の頭の中で。シリウスはこういうときに私情を挟まない。

 おまけに、今本部に詰めているポルクス隊長や副長ズは基本的に私より自分たちを優先する。都合よく「聖女不可侵」を掲げて、自分たちに有利に事を進めるゲスいところがある。


「ということは、壊すのは予定通り第一皇子が即位したあと?」

「物理的に壊すのはそうなんじゃない?」

「え、じゃあ、機能的に壊すのはもっと前ってこと?」


 ノワのもったいぶった言い方に軽く苛つく。


「だから! 今それを話し合ってる最中でしょうが!」


 苛つき返された。ノワさん、沸点が低すぎますよ。


「せっかく話し合いをハッキングしてるのにあんたが隣でごちゃごちゃうるさいからでしょ!」


 ハッキング……言い方を変えれば盗み聞きだ。いなくなったブルグレが盗み聞きしているのか。それってシリウスに筒抜けだろうに。


「シリウスは知ってていつも放置よ。賢いおっさんたちも知ってるわ」


 いつもやってるのか。どうなんだそれ。


「楽しいじゃない」


 まあ、少し先に知るか、少し後に知るかの違いでしかないなら、楽しい方がいいのか。


「あなたあれの機能解明できる?」

「できるわけないでしょ。私が知る限りタイムマシンも転送装置も実用化どころか発明されてもないよ」


 なぜそこでバカにしたような目で見られねばならぬ。


「じゃあノワはわかるの?」

「私人間じゃないもの。人間の作ったものがわかるわけないでしょ」


 うわぁ。口達者ですね。都合が悪くなると威嚇するのはどうなんだ、大人気ない。

 しゃーっと二人して威嚇し合っていたら、シリウスが戻って来た。呆れた顔はやめてください。


「一応確認に来たんだが無駄足だったな」


 そこは嘘でもいいから「君の顔を見に来たんだ」くらい言ってほしい。蔑むように濃い青の目が細められ、音もなくドアが閉められた。じわっと凹む。


「どう考えても、私より連合軍の爆弾処理班の方が優秀だと思う」

「爆弾処理班なんていないわよ、ここに」

「そうなの? 銃とかあるのに?」

「あれ、火薬じゃないもの。いわゆる化学反応を利用しているけど、どっちかといえば、あなたが知ってるエアガンやレーザーガンに近いわよ」

「そうなの?」

「あなたが弾を込めてるって思ってるのも、あれ弾じゃなくてバッテリーみたいなものよ」

「もしかして、光石が原料に使われてる? レーザーソードと同じ感じ?」

「だから、質のいいファルボナ産が買い叩かれるのよ。大帝国は軍事産業に特化しているって聞いたでしょ。あそこがファルボナを囲っていたのはそういうわけなの。連合国がファルボナの支援を決めたのも、独立に力を貸したのも、そういう思惑もあったってわけ」


 シリウスめ。言わなかったな。


「ここでは、きな臭い話は女に言わないものなのよ。それがマナーなの」

「なんか私って、まんまといいように動かされてる?」

「自分でそう思うならそうなんじゃない?」


 思わないから客観的意見が欲しかったのに。


「思わないならそれでいいでしょ」


 思わないというより、実感が湧かない。ファルボナの人たちが自ら独立を決めたならそれでいい。確かにそれに対する私の考えや思いもあったけれど、最終的に決めたのはファルボナの民だ。


「なんなの? だったらなんでそんなこと気にするのよ」


 ノワの胡乱な声に、自分でもなんでだろうと考えてしまった。


「あのね、ここでは誰もあなたの行動に対して一方的に批判する人なんていないわよ」

「でもそれって聖女だからでしょ」

「それも多少はあるけど、いい? 自由と無責任はイコールじゃないのよ。ここではたとえゴシップであっても、書かれた内容に記者は責任を持つわ。根も葉もないことだとわかったら、ちゃんと訂正と謝罪文を載せるのよ。それも隅っこに小さくじゃなくて、元記事が掲載された場所に文字の大きさや文章量も同じだけ載せるの」

「そうなの?」


 びっくりだ。ゴシップなんで根も葉もない噂だらけかと思っていた。


「だから聖女に関する噂だって事実が芯にちゃんとあるでしょ。ちゃんと根拠を持ってまずは事実を書き、そこに記者の考えを上乗せしていくのよ。内容的にもその辺ははっきり線引きされているわ。出所のわからない情報なんて端っから相手にされないのよ」


 そうはいっても、聖女に関しては報道規制されているはずだ。


「そういうことじゃないのよ。霊獣もそうだけど、聖女もある意味気まぐれな存在だってわかっているのよ。決して自分たちに都合よく動く存在じゃないってわかってるの。だから、あなたが何をしたって一方的な批判は出ないのよ」

「じゃあさ、よっぽどのことをしてしまったら?」

「妖獣って呼ばれるだけよ」


 あ、ごめん。ノワの声のトーンが一気に下がった。よっぽどのことをすると聖女とは切り離してダークな存在に置き換えられるのか。ある意味人って都合がいいな。


「まあ、大抵は神殿が裏で糸引いてるけどね」


 神殿あくどい。とはいえ、神殿の存在はそういうものかもしれない。


「二百年もすれば大抵忘れられるわよ。だから気にするだけ無駄よ」


 スケールが大きすぎて乾いた笑いしか出ない。


「ってことで、聖女の親善訪問が決まったわ」

「なんで!」

「だって、それが一番自然でしょ。ポルクス隊も堂々と城内に入れるし。唐変木はすでに丸め込んでるんだから、あとは楽なもんよ」


 こんなこと考えるのは絶対にポルクス隊長だ。


「せーかーい!」


 なぜノワは楽しそうなのか。


「見てみたくない? 転移装置」

「ノワさ、シリウス唆したでしょ」

「そんなことないわよ」


 黒猫がぷいっとそっぽを向いた。わかりやす!


「壊すのノワがやってよ」

「え、いいの?」


 なぜノワの中で壊すことが名誉みたいな感じになっているのか。


「だって、壊していいよって言われて壊せることなんて滅多にないじゃない」


 うきうきするノワに黒歴史の一端を見た。


「ノワって壊すの好きなの?」

「そんなことないわよ。でもちょっとだけ、ちょっとだけよ、人が大切にしているものとか、ものすっごく苦労して作ったものを一気にぐしゃって壊すのって楽しいじゃない。それが嫌なヤツのものだったりすると尚いいわね。すっごく快感じゃない?」


 ノワがサディストだということはよーくわかった。目を輝かせ、何を想像しているのかそわそわしだした。


「私のは壊さないでね」

「当たり前でしょ。仲間のものを壊すほど落ちぶれちゃいないわよ」


 だからといって、他人のものを壊していいわけじゃないから。


「ノワが一番快感だったのは何?」

「あのね、王城。そこの城主が嫌なヤツだったのよ。細い塔がたくさん建ってたから、端っこからドミノみたいに順番に倒していったの。すっごくぞくぞくしたわぁ」


 嬉し恥ずかしそうに黒歴史が暴露された。シリウスさん、スクープです。


「でもね、関係ない人は逃がすべきだったって反省してる」


 そりゃあ、妖獣と言われても仕方がない。


「それって国が滅んだってことだよね」


 それこそ一瞬で国家の中枢が崩壊しているわけだ。まさか、だからアトラスの崩壊もそこまで騒がれないとか?


「でもすぐにまた新しい国ができたわよ。それがどんどん大きくなって、今の大帝国ができたんだけど」


 聞かなきゃよかった。えげつなさすぎ。パニック映画一本できるわ。しかもB級のえげつなさすぎるヤツ。

 いやいや、ノワさん、褒めてないから。嬉しそうに牙を剥かないで。今それやられるとちょっと怖いから。


「私にとってはそれが一番だけど、人にとってはそれは三番目くらいなのよ。価値観の違いね」


 ほかのふたつは聞かなくていいです。もうお腹いっぱいです。ありがとうございました。






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