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アンダーカバー / Undercover  作者: iliilii
第三章 因縁
43/80

43 霊力

「あのさ、ギエナさんは大丈夫なのかな。血を直接体内に入れたのってギエナさんだけなんだけど……」


 声が震えそうだった。自分がしてきたことが取り返しの付かないことだとわかった途端怖くなった。

 治すだけだと思っていた行為が、それだけじゃ済まなかった。


 ノワがギエナさんの周りを歩き廻る。給仕を手伝っていたギエナさんは何がなんだかわからない顔で動きを止め、足元をくるくる廻っている黒猫を首を傾げ見下ろしている。

 次にノワはボナルウさんの膝の上に飛び乗り、腕に抱かれた息子の顔に鼻先をくっつけるようにふんふん匂いを嗅ぐ。実際に匂いを嗅いでいるわけじゃないだろうけれど、端から見ていると猫が赤ちゃんの匂いを嗅いでいるように見える。

 ボナルウさん夫妻はノワの行動を不思議そうに眺めていた。彼らにとってノワは、私が手懐けている猫という認識だ。ほほ笑まし気にノワの行為をスルーした。


「力はほぼ息子に移されているわね」


 ボナルウさんの膝から一旦床に飛び降りたノワは、今度はシリウスの膝に飛び乗った。


──母乳か。

「たぶん。この子も力持ちね。二人とも普通の力持ちじゃないわ」

──ファルボナの民に霊力持ちか、まずいな。

「そうね」


 ノワとシリウスの会話に出てきた「霊力」という言葉をブルグレに訊く。


「シリウスみたいな特殊能力持ちのことじゃ」


 言われてみればシリウスの力は他の人とは違う。

 これまでにも遠視や予知、念力みたいな力を持つ人もいたらしい。ただし、滅多に現れることはなく、現在、連合国が把握している特殊能力持ちはシリウスしかいない。

 ブルグレの説明によれば、力は本来誰もが持ち得るものであり、発現するかしないかの違いは未だ解明されておらず、その能力は人によって違う。本来人間が持つ、いわゆる火事場の馬鹿力のような潜在能力らしい。霊力はそれ以上の、潜在能力を超える力、言うなれば超能力だ。


 まだ魔法みたいなファンタジーやメルヘンっぽい力だと言われた方があっさり信じられた。どこかでそんな風に思っていた。

 ブルグレの言葉が私の知識から来ているせいか、私の知る現実の延長線上に力という存在を置かれてしまうと、自分の左手が今まで以上に生々しいものに思えてしまう。


 私の血を子供に与えると霊力持ちになる。

 これが公になればどうなるかくらい私にもわかる。背中を嫌な汗が伝う。心臓が不穏に騒ぐ。


 シリウスが小声でファルネラさんにわかったことを説明している。ボナルウさんにも説明しないといけない。ボナルウさんも巻き込むことになってしまう。


──とりあえずネラはルウにも俺たちから話した方がいいと言っている。あとで一緒に部屋に来るそうだ。サヤ、大丈夫か?


 周りに気取られないようシリウスもファルネラさんも素知らぬ顔で食事を続けている。

 せっかくのファミナさんの料理なのに、一気に食欲が失せてしまった。一口囓ったフライドポテトは味がしなくなっていた。


 私のせいだ。

 だからといって、助けたことは後悔していない。けれど、別のやり方があったのではないかと考えてしまう。

 人の運命みたいなものを勝手に書き換えた。そんな気がして途轍もなく怖い。




 部屋を訪ねてきたファルネラさんとボナルウさんに、シリウスは彼らの子供の力についてを話し始めた。

 髪の色を本来の色に戻して、シリウスの立場も明かした。ボナルウさんは驚きながらも腑に落ちたのか、どことなくすっきりした顔になった。

 同席しているものの、自責の念に彼らの話が耳を素通りしていく。それを見かねたのか、ノワが別の話を振ってきた。


「まあ、大帝国で使ったあなたの力は、放っておいても乙女に奪われるわ」

「どういうこと?」

「乙女ってね、そう長くはこの世界にいられないのよ。そんなに強い存在じゃないの」


 何を突然言い出すのかと訝しみながらノワを見る。


「あなたの手のひらにある血の珠は、言うなればあなたの防衛本能からできたものよ」

「そうなの?」

「たぶんね。それで治癒する限りは、あなたが言う運命を変えるってことにはならないはずよ」


 だとしたら直接血で治癒していた大帝国の人たちは……ああ、それが乙女に繋がるのか。


「あの乙女を生かしているのがあなたの力だってこと、知りたくなかったでしょ」


 確かに。知ったところで今更どうかしようとも思わないけれど、気分がいいとは言えない。


「乙女も知らず識らずのうちにあなたの力を奪って命を長らえているなんて知りたくないでしょうね」


 そうだと思う。

 大帝国で治癒していたのが身分の高い者たちだったことが彼女には幸いしているのかもしれない。そうじゃなければ探し出すのは大変だろうし、本人すら知らないうちに力なんて奪えない。晩餐会とかパーティーとか、たぶんそんな集まりで顔を合わすことも多いはずだ。


「どうやって奪うの?」

「さあ。たぶん近付くだけで勝手に奪われるんじゃないの?」

「それはそれでホラーだね。奪われた人は元の状態に戻っちゃうの?」

「戻らないんじゃない? 治癒に使われたあとに残った力を奪っているんだと思うわ。私もはっきりわかるわけじゃないから。単純にあなたの力の流れを見ていると、そんな感じらしいわよ」


 羽リスたちの報告か。肩に乗るブルグレが頷いている。あの子たちは本当に働きものだ。

 彼女とは二度と関わりたくないのに、知らないうちに関わっているのが嫌で仕方ない。


 シリウスの話し声が止んだ。

 立ち上がり、ノワとシリウスに止められる前にファルネラさんとボナルウさんに頭を下げる。


「申し訳ありません。ごめんなさい」


 そこにいた全員が慌てたように動く。それでも謝りたかった。私の気が済むだけかもしれないけれど、とにかく謝りたかった。聖女とかそういうことはどうでもよかった。頭を下げる行為が彼らにとって謝罪に繋がるのかはわからない。それでも頭を下げたかった。


「サヤ、二人とも力を疎んではいない。むしろ授かりものだと喜んでいる」

「でも、シリウスならわかるでしょ」


 力を持つことであれだけ苦労してきたのだ。彼らの子供にもそんな運命を背負わせてしまう。


「わかるから俺は喜んでいる。サヤがいるなら最初から力のコントロールができるんだよ、あの子たちは」


 はっとして顔を上げる。シリウスの言葉が嘘ではないのか、ファルネラさんもボナルウさんも嬉しそうだった。


「どんな力が発現するのか、俺は今から楽しみで仕方がない」


 彼らの子供たちの力については、彼らの家族にすら伏せられることになった。発現したら速やかにシリウスの元に連れて来ることになり、ファルネラさんとボナルウさんは力の発現理由を他言できないよう、ノワに誓ってもらうことになった。その際、ノワが霊獣だと知ったボナルウさんの狼狽えっぷりがすごかった。




「私、二度と血は与えない」

「そうだな、それがいい」


 ベッドに入り、私を慰めるように後ろから抱きかかえているシリウスの声は穏やかだ。腕の中のノワがくわっとあくびをした。顔の前でいつも通りしっぽを抱えているブルグレはすでに寝息を立てている。

 お風呂の中でぐるぐる考えて出た答えがそれだ。


「そもそもな、根本的な考え方が違うんだよ、俺たちとサヤでは」

「どういうこと?」

「サヤは力を特殊なものだと考えているだろう? どちらかといえば忌むべき力のように」


 言われてみればそうだ。これまでそんな力を持つ人が周りにはいなかった上に、そんな力は眉唾物だと思っていた。実在する超能力者に会ったこともなければ、そんな存在は映画やドラマでしか見たことがない。完全にフィクションだった。


「俺たちにとっては身近なものなんだ。当たり前にあるもので、どちらかといえば誉れだ。単に俺が苦労しただけで、力の発現は慶事なんだよ」

「あなた私の存在をなんだと思っているの? あなたの考えでいえば私こそフィクションでしょ」


 眠そうなノワの声は、今の私にとって当たり前に聞こえるもので、ノワは当たり前に存在している。シリウスの力も当たり前だと思っている。忌むべき力だなんて思ったこともない。

 それなのに、それ以外を当たり前だとは思えないのだから、私も大概頭が悪い。


「単純に、力の発現がなくなったファルボナの民から霊力持ちが現れることが問題なだけだ。これが連合国や大帝国なら問題にはならなかった」


 なぜファルボナの民に再び力を持つものが生まれたか、そこを追求される。当然聖女との関係を疑われ、面倒なことになる。

 結局、私の存在が問題になる。


「私ね、たぶんいい気になっていたんだと思う。誰かを助けられる力を持って、得意になっていたんだと思う」


 慎重に行動しているつもりだった。目立たないよう、ひっそり生きていくつもりだった。

 そもそもこんな力を持っている以上、目立たずひっそり生きていくことなんて初めから無理な話だったのだ。それなのに、私のわがままを周りが聞いてくれ、彼らの優しさで築かれた自由だったのに、私はそれに気付きもしないで力を使い続けてきた。大馬鹿者だ。


 目立たずひっそり生きたければ、どんなことがあっても力なんて使うべきではなかったのに。


 潔く聖女として立ちもしないくせに、乙女として立っている彼女を批判するなんて、どれだけ私は偉いんだ、って話だ。私を巻き込んだことは許さないけれど、それとこれは別の話だ。


「サヤも聖女として立っているだろう? 調印式にも出席したし、聖婚式までするんだから」


 そこに繋がるのか……。


 元の世界でこんな力を持っていたら、間違いなくもっとずっと慎重に行動していた。間違っても信用できない人に力のことを話そうとは思わなかっただろうし、使いもしなかっただろう。

 私はどこかでこの世界の人との間に一線を引いていた。だから、よく考えもせず自分でも理解しきれていない力を簡単に使うことができた。治癒の先に何があるかなんて考えてもみなかった。

 この世界の人が別の世界から呼び寄せた人を使い捨ててしまえるのと同じだ。私の扱いがああだったのも納得できてしまう自分のこれまでの行い……ため息しか出ない。


「なんか、色々繋がってるね」

「そういうものだろう、人なんて」


 そういうものかな、人なんて。救いがないな。


「力を持つ者は、力を持たない者からすれば、力を持っているだけで傲慢なんだそうだ」

「なにそれ。好きで力を持ったわけじゃなくても?」

「力を持つ者は、それだけでいわば成功者なんだ」


 もぞっと腕の中のノワが身動いだ。


「もしファルボナに力を持つ人がいたとするでしょ、そうすると国や軍からスカウトが来るわけ。で、国や軍で働いていればそれだけでツテができるから力のない人の職も斡旋できるわけ。要職に就けば支援だってできるわけ。今のファルボナのような貧困に喘ぐことはなかったってわけ」


 ノワの説明に背後のシリウスが軽く頷いている。


「ファルボナが大帝国から見下げられているのは力を持つ者がいないせいでもあるんだ」


 やっぱり見下げられているのか。思わずそう思ったら、後ろのシリウスが身動いだ。どうやら本音が漏れたらしい。


「大帝国だけじゃなくて連合国もだけどね」


 ノワの嫌味な声にシリウスは黙り込んでしまった。

 でた! ノワのどっちもどっち。

 今回本部が動かなければ、連合国のどの国も支援をしなかったってことだ。海を挟んでいるとはいえ、すぐ隣のボウェスからの支援だってなかった。ノワの言うことは正しい。


 となると、ますます不思議に思う。どうしてアトラスは支援していたのか。

 聖女をもらい受けたとして、それ以降何百年も支援なんてできるだろうか。国王だって代替わりしているだろうに。

 聖女の存在にそれだけの価値があったのか。だとしたらどうして表に出てこなかったのか。力を使っていたなら何かしらの痕跡が残っているはずだ。羽リスたちが気付かないわけはない。そもそもその事実に他の国は何も思わなかったのか。もらい受けたものは本当に聖女だったのか。考えれば考えるほどそこが疑わしくなる。ああ、だからノワもシリウスも断定できなかったのか。

 痕跡がなさ過ぎてむしろ疑わしい──。




 気が付いたら朝だった。いつの間に寝たのかまるで記憶にない。


「謝罪って頭下げることで伝わる?」

「寝起きにいきなりそれか?」

「私いつ寝た?」

「ノワが俺に嫌味言った直後」


 そっか。シリウスが黙り込んだというより、私が寝落ちしただけか。


「頭を下げるのは、そうだなぁ、まあ、謝罪としての意味に通じる行為だろうな」

「別の意味があるの?」

「忠誠を誓うという意味になる」


 なるほど。腕の中で丸まっていたノワがもぞっと動いて肩に顎を乗せてきた。


「あなたがやったみたいなスタイルじゃないわよ。立って行うのは忠誠とは言い難いわね」

「まあそうだな。相手より低い位置で首の後ろを差し出すのが正しい」


 つまり、椅子に座ったファルネラさんとボナルウさんに立って頭を下げる行為は、上から忠誠を押しつけたって感じか。


「忠誠とすら言えないわね。ただ頭下げただけ。意味なし」

「二人とも何事かと驚いていたからなぁ。頭に怪我でもして見せているのかと慌てていた」


 ごめんなさいの意味にもなってなかったのか。本当にただの自己満足だった。


「謝罪のジェスチャーは?」

「あなたが知る必要はないわ。あなたは謝罪できる立場にないのよ。その意味、よーく考えなさい」


 重い言葉だ。引き籠もりたくなる。


 どうして私が聖女なのだろう。

 そんな、考えても仕方がないことをうだうだ考えてしまうのは、やっぱり逃げていることと同じなのだろうか。


 子供の頃、祖母のお気に入りの花瓶を割ってしまい、どうして割っちゃったんだろう、と割れた欠片を前に呆然としていたら、祖父に「割れてしまったものは仕方がない、じっと見ていたところで元には戻らないんだから、まずは危ないから片付けなさい」と穏やかな声で諭されたのを憶えている。

 片付けながら祖父に言われたのが、「考えても仕方のないことをいつまでも考えて動かないでいるのは逃げてることと同じだ」という格言のような言葉だった。

 祖母に「ごめんなさい」と謝った直後、祖父が「ま、やっちまったものは考えたって仕方がないってことだ」とへらへら笑って、祖母に「余計なことまで言うな」と怒られていたのはたぶん忘れていい記憶だ。


「はいはいその通り。うだうだ考えてないで! なるようにしかならないから」


 ノワのぴしゃりとした声に、いざというときは全力で彼らを守ろう、と決めた。そのためなら聖女の肩書きを使いまくってやる。

 彼らを治癒したことは後悔していない。そのせいで力を与えてしまったことは後悔している。もしそれを責められたなら、やっぱりもう一度心から謝るしかない。

 腹を決めたらお腹がすいた。






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