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アンダーカバー / Undercover  作者: iliilii
第一章 始まり
18/80

18 求婚

 調印式までに進退を決めなければならない。やらかした政治家にでもなった気分だ。


 シリウスたちは私の好きにしていいと言う。

 ポルクス隊に聖女捜索の任務が下されている。にもかかわらず、見付からなければ見付からなくてもいい、とあっさりしたものだ。


「霊獣が隠しているなら見付かるわけがないという、誰もが納得する理由もある。そもそも聖女は霊獣と同じでどこにも属さない完全に独立した存在だ」


 ポルクス隊長に視線を移せば頷きが返される。双方に話しているときのシリウスは声を出す。頭の中にだけ話しかけるより声を出しながらの方がスムーズらしい。


 正直に言えば、決めかねている。

 私の同席がなければ停戦協定が結ばれない。できればそれは避けたい。とはいえ、また人前に出るのは嫌だ。人前に出て、再度逃亡することになる。そんなこと繰り返しているうちに、私がここにいることもいつかバレてしまいそうで怖い。

 そもそもだ、捜したら都合よく見付かりました、というのもわざとらしい。いくらポルクス隊が優秀だとしても、砦を守りながら僅かひと月で世界中からたった一人を見つけ出すなんて無理がある


「聖女自ら姿を現すことを誰もが期待しているんだ」


 神のように捉えているならそうなるだろう。世界平和に繋がる歴史的瞬間に姿を現さないなんて、それはもう聖女じゃなくて悪女だろうし。厄災の乙女に逆戻りだ。

 そう考えると、神様たちは案外サービス精神旺盛だ。


「めんどくさーい」


 その一言に尽きる。私の中に「この世界のために」なんて崇高な考えはない。一欠片もない。むしろ「こんな世界滅んじゃえ」という八つ当たりにも似た感情の方が強い。

 何を悩んでいるかといえば、ポルクス隊にとって何が最善か、ただそれだけだ。私にとってはポルクス隊のみんなさえ幸せならそれでいい。


「隊の最善となると、調印式に出席してもらうことになる」

「やっぱそうなるよねぇ」


 わかってはいてもがっがりだ。思わず執務室のきれいに磨かれた大きなテーブルにぺたんと伏せた。

 どうするつもりかを聞かせてくれ、と呼び出された執務室。ポルクス隊長とシリウスしかいないので、ついつい気を抜いてしまう。


「てかさ、なんで私の同席が必要なの? 聖女は連合国に帰属しているわけじゃないんでしょ?」


 シリウスがポルクス隊長に伝えたのか、二人の間に微妙な空気が流れた。

 だから! 一体何がわかったのさ!


 シリウスが帰ってきてもう十日以上経つ。調印式まで七日を残すばかりなのに、シリウスが掴んだ情報を教えてもらえない。シリウスと一緒に帰ってきたブルグレも「内緒じゃ」を繰り返すばかりで教えてくれない。ノワに至ってはこのところシリウスの部屋に入り浸って構ってもくれない。

 疎外感にじわじわいたぶられている。一人でいると碌なことを考えない。


「サヤを仲間外れにしているわけでも無視しているわけでもないんだ。ただ、なんと言っていいか……」

「なんでも言って。どんなことでもとりあえずは聞くし」


 シリウスとポルクス隊長が顔を見合わせた。

 そこに流れる空気は、私に隠し事をしている兄弟と同じで、おまけにそれは間違いなく私が怒り狂うような内容だったときとそっくりだった。

 急に嫌な予感がする。お約束の常套句が唇からぽろっと溢れた。


「怒らないから」


 まさか、別の世界の大人二人に同じセリフを吐くことになるとは。ただし、怒らないからと言いつつ怒らなかったためしがない。

 二人の、どっちが言う? お前言えよ、の空気まで同じだ。大きなテーブルの向かいに並んで座っているがたいのいい男二人が萎むように小さく見え、ピントを絞るように目を細めた。


「あのな、サヤ。怒ると思うから、落ち着いて聞け?」


 やっぱり怒ること前提なのか。聞いてやろうじゃないか。だれていた背をすっと伸ばし、ぎゅっと拳を握りしめ、目の前に座る二人をありったけの力を視線に込めてぴしっと見据える。


「第一皇子から求婚される」

「は?」


 聞き間違いかと思った。聞き慣れない「きゅうこん」という言葉に、最初に浮かんだのは球根だった。小学校の時にヒヤシンスを育てた。

 聞いて驚け。あの赤を持つ男は大帝国の第一皇子らしい。それが聖女にプロポーズする心積もりだというではないか。

 はは、と乾いた笑いが咽せるように出た。


「いや、サヤからは赤を持つ軍人としか伝わってこなくて、それが第一皇子だと気付くのが遅れた」


 なんとまあ。

 それ以外に言うことある? ないよね。あってたまるか! 言うに事欠いて求婚って……どう考えても陰謀の香りがする。


──それがな、本気なんだ。


 急に頭にだけ声が響いた。ポルクス隊長には聞かせたくないのか、素知らぬ顔で脳内会話に切り替える。


『陰謀が?』

──いや、想いが。


 ぶわっと鳥肌が立った。キモ! キモキモキモ! 必死に腕をさするも背中がぞわぞわする。キモ!

 くそう。ノワが言っていたのはこれか。


「正直、あの状況下でサヤのことをよく守っていたと思うんだ」


 シリウスまでそんなことを言うのか。寄ってたかって一体何を言わせたいのか。あの男を許せとでも言うのか。私にとってあれは暴力以外の何ものでもなかった。

 怒りを通り越して咽び泣きそうになる。

 シリウスが慌てたように席を立ち、もどかしげにテーブルを迂回してすぐそばに来た。


「サヤ、誰も許せなんて言ってない。ただ、事実を理解してほしいだけなんだ」

「理解しても許せないよ」

「許さなくていいんだよ。それはサヤが決めることで、誰かが決めることじゃない」


 跪いたシリウスが差し出した手を両手でぎゅっと握る。シリウスの手はバカみたいに大きくて、両手で握らないとその全てを掴めない。


 見えない壁に囲われたような閉塞感に息が詰まりそうで、大きく息をすってみたものの、吐く息は途切れ途切れだった。


 どれほど私のことを守ってくれていたとしても、どれほどその想いが本気だったとしても、あの半年間、私は必死に自分の思いを伝えようとした。たとえ言葉が通じなかったとしても、そこに気持ちがあるなら何か通じるものがあったはずだ。

 現にポルクス隊の人たちは言葉が通じなくともなんとなく思いをくみ取ってくれる。私だってなんとなくくみ取っている。シリウスを介さなくてもだ。


「サヤ、相手は大帝国の第一皇子だ。聖女の地位はそれよりも高いとはいえ、無下に断ることはできない。それの対抗策として、同等以上の地位を持つ──」

「無理! コルアの陰険王子は無理!」


 同等の地位と聞いて真っ先に思い浮かんだのは、コルアに滞在中何度かチラ見した、見るからに陰湿そうな目を持つコルアの第一王子だった。

 あれは無理。どう考えても無理。体型とか地位とか容姿とか、そんなものはどうでもいい。あの目は無理。本当無理。絶対無理。

 ちょっと待った。シリウスは「同等以上」と言った。ということは、王子じゃなくてどこかの国の王様ってことになる。愛人か? 愛人なのか!

 ぶわっと涙がこみ上げた。赤の男も陰険王子も絶対に嫌だ。愛人なんてもっと嫌だ。何がなんでも断ってほしい。言葉の通じない人との結婚なんて無理すぎる。


 私の剣幕に若干引き気味だったシリウスが口元にかすかに笑みを浮かべ、大丈夫だとでも言うように頷いた。


──サヤ、俺のことは信じられるか?

『求婚されなくても済む?』

──そんなことはさせない。

『信じる』


 なんて単純なのかと自分でも呆れる。それでも、あの赤の男に求婚されることだけは絶対に嫌だった。その事実が残ることすら嫌だ。物騒にも口封じを考えるくらい嫌だ。


──さすがにそれは洒落にならん。

『でも頼んだらしてくれる?』

──頼まれれば。


 思わず口元によからぬ笑みが浮かぶ。きっと私とシリウスならこの世界での完全犯罪も可能だ。この世界にはまだDNA鑑定も、サーモグラフィーどころか監視カメラもない。チョロすぎる。


──完全犯罪を企んでいるところ悪いんだが……。


 またか。またもや脳内妄想が……。こんなアホな妄想、いつか呆れて嫌われる。


──その程度で嫌わない。もっと変質的なことを考えているヤツもいる。

『ごめん、私の妄想の延長上に変質的があるのはちょっと嫌なんだけど』


 しまった、みたいな目はやめてほしい。ついうっかり出た言葉は本音だ。


──いや、ちょっと俺には理解しがたい内容だっただけだ。

『誤魔化した?』

──誤魔化してない!


 必死さが余計に虚しい。もういいです、変質的で。

 いじけていたらポルクス隊長のいつものわざとらしい咳払いが聞こえた。シリウスがそそくさと隣の椅子を引き腰をおろす。いつもは読めない顔をしているシリウスも、ポルクス隊長の前だと比較的素が出る。


「まず、調印式は国境で行われる。サヤは姿を隠して式典まで待機。頃合いを見て姿を現してもらう」


 ポルクス隊長への確認の意味もあるのか、再び声に出して説明される。


「式典には、連合国からは連合国総長、連合国軍最高司令官、陸海空軍の各総司令官、それぞれ副長や補佐が数名、事務官が数名、警備にはポルクス隊以下陸空軍から派遣される。大帝国側もほぼ同じだ」

「第一皇子って何してる人? 軍人ぽかったけど」


 頭の中で「偉そうだったけど」も付け加える。


「大帝国軍の最高司令官だ」


 ポルクス隊長と同じか。まさか連合国の対抗馬はポルクス隊長……のわけないか。奥さん大好きらしいし。奥さんものすごくきれいだし。

 執務室の机の上にはピンホールカメラで撮ったみたいなモノクロのツーショットが飾られている。


 結婚かぁ。結婚……求婚、ん? 成人?


「ねえ、もしかして私の年バレた?」

「よくわかったな。おかげで隊長の後見が意味をなさなくなった」


 シリウスの、疲れました、みたいな顔に誤魔化しきれなかったことを悟る。くそう、あのドヤ顔め。バラしたな。

 あれ? そういえばドヤ顔は王子様といい感じなんじゃ……。


「それは第二皇子だ」


 くそう、次男か。うまいことやったな。


「なあ、なぜ第二皇子なんだ? 狙うなら次期皇帝の方じゃないのか?」

「長男の嫁ってのは嫁姑問題とか色々面倒でしょ。次の王様になるなら尚更だし。その点次男なら気楽じゃん。楽して贅沢な暮らしができるでしょ」


 そんなもんか? と納得しがたい表情のシリウスは、彼女から本気の想いが伝わってこないのに、なぜあえて次男を選んだのかがわからなかったらしい。

 確かに、彼女らしくない。彼女なら次期皇帝を選びそうだ。とはいってもさして親しかったわけじゃないから、私の知る彼女らしさは上辺だけかもしれない。


「ってか、本気じゃないんだ……」

「まだ本人もはっきりと自覚してない感じだな。嫌いじゃないが、といったところか」

「なら、打算だけじゃないってこと?」

「どうだろうな。それに、第二皇子は力持ちじゃない」


 つい、がりがりに痩せた男の人を想像してしまう。わかっている。そっちの力持ちじゃないことはわかっている。どうしても力持ちと聞いて最初に思い浮かぶのは筋肉だ。


「次からは能力持ちと言うようにする」

「ごめん、そうして。えっと、もしかして能力持ちじゃない方が彼女に惑わされやすい?」


 頷くシリウスを見て、なんだかなと思う。そんな風に惑わされた人たちと一緒にいて、彼女は本当に幸せなのだろうか。虚しくないのかなぁ。


──そもそも第一皇子はサヤに一目惚れだったようだしな。はらはらと流れ落ちる涙が美しかったらしい。


 いらん情報が聞こえてきた。聞かなかったことにしよう。そうしよう。


「まさかとは思うけど、その調印式で求婚するつもり? それを条件にしようとか?」

「条件にするつもりはないようだが、調印式で求婚はするつもりのようだ」


 シリウスの声にポルクス隊長が小さく頷き何かを宣言した。シリウスがそれを伝えてくれる。


「我々ポルクス隊は、全力でその求婚を阻止する」


 なんだかものすごくびしっと言われた。かっこいいほどびしっと言われたのに、その内容が求婚の阻止ってどうなんだろう。しかも全力……。




 私が事情を知らされたからか、ノワが部屋に戻っていた。なんって現金なヤツだ。


「自分が言いたくないからってシリウスの部屋に逃げるのは卑怯だよね」

「だって聞く耳持たなかったでしょ。八つ当たりされたくないもん」

「じゃあ聞くけどさ、ノワが私だったら赤の男に好意持つ?」

「どうかなぁ。あなただって自分の主張ばっかりで相手の主張聞こうとした?」


 思わず黙り込んだのは、自分でもわかっていたからだ。言葉がわからないことを言い訳にしていた。ポルクス隊のみんなに対するように、わかろうと全身全霊を傾けてはいなかった。


 なんとなくいつもシリウスが使っている方のソファーに腰をおろす。私には座面が高く広い。

 オットマンに座るノワがまん丸の目を少し細め、小さく息を吐いた。


「どっちもどっちってこと。わかった?」


 許せなくとも理解しろとシリウスが言うのはそういうことなのかもしれない。

 もしかしたら、もっと力を使わされていたのかもしれない。もっと待遇が悪かったのかもしれない。もっと、そうだ、女としての危機があったのかもしれない。そういうことから守られていたのかもしれない。


「でもだからって許せないよ」

「いいのよ、別に許さなくても。ただ、あの男もあの男なりにあなたを守ろうとしたことだけは知っておいた方がいいと思うわ」


 きっと私が子供なのだろう。そう思うことはこれまでにもあった。周りの人に「大人になれば嫌でもわかる」と言われたことは一度や二度じゃない。いつかわかるのだろうか。いつか許せるのだろうか。


「ま、許せないことって永遠に許せないわよね」

「ちょっ、そこは『いつか許せる日がくるわ』とか言うところじゃないの?」

「許せないものは許せないわよ」


 そりゃそうだ。もう二度と会えないとわかった兄弟の過去の悪事を許せるかと言われたところで許せない。当時の怒りこそ薄れているけれど、思い出せばやっぱりむかつく。それはそれ、これはこれだ。家族でさえそうなら、赤の他人の所業なんて一生かかっても許せない。


「ところでさ、どうやって求婚阻止するか知ってる?」


 信じると言った手前、あの場では訊くに訊けなかった。


「あんたのそのホントどうでもいい見栄っ張りなところ、ホントバッカじゃないの」


 二回もホントって言った。バカが強調された。地味に傷付く。

 しかも罵られた挙げ句、教えてもらえなかった。罵られ損だ。






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