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アンダーカバー / Undercover  作者: iliilii
第一章 始まり
15/80

15 降臨する者

 執務室にて、ポルクス隊長とレグルス副長、それに先行部隊のリーダーでもあり、先日足を治癒したデネボラさん、それにシリウスとノワ、私、ブルグレでランチミーティングだ。

 みんな忙しい。まだ検討段階のうえ具体的な案もまとまっていないので、お互いのランチタイムを調整し、食事を取りながらとなった。


 先日の出撃の際、警報とともにシリウスから全隊員に脳内指令が飛び、あっという間に出撃している。その初速を失わず、なんとか先行部隊だけでも聖女の加護を与えられないかを話し合っている。

 ちなみに言い出したのは私だ。治癒に比べたらそれほど力を使わないうえ、加護で怪我が防げるなら治癒の必要もなくなる。

 先行部隊はとにかく怪我が多い。俊敏さにも繋がる力を持つ人たちばかりで構成されているからこそ、致命傷を免れているようなものだ。


 あの素早さから、一人一人に「弾が当たらなくなーあーれー」なんて暢気に唱えている暇はない。

 かといっていつ出撃があるかもわからないのに、常時それを唱え続けているのはさすがに力の無駄遣いだ。聖女といえども一度に使える力は有限、いざというときに使えない聖女なんて聖女じゃない、とノワに素気なく却下された。

 同じ理由で砦やポルクス隊長の隠れ家に呪文を唱えることも却下されてしまった。


 みんなに私の名前を教える案は、シリウスにもノワにも却下された。別に名前を教えるくらい、と思った瞬間、ノワの心底馬鹿にしたような冷笑を頂戴した。傷付くし。


「たとえばさ、あらかじめ発動条件とかと一緒に唱えたらどうかな」

「具体的には?」

「標的になったら発動するとか」

「標的になったってどうやって判断するの? 力に意思があるわけじゃないのよ。そこまで力は万能じゃないわ」


 私の提案は悉くノワに却下される。

 力はどちらかといえば超能力のような本人に付随する能力で、直接的な働きかけが必要になる。


「じゃあさ、ブルグレが判断するとか」


 またもやどこかに偵察に行っていたブルグレが久しぶりに戻って来た。レグルス副長から何かの木の実を貰っては一心不乱に頬に詰め込んでいる。みんな食べながらとはいえ、ちっこいおっさんは話を聞いてるようには見えない。


「精霊に気に入られないと無理よ」

「精霊って気に入った人の味方してくれるの?」

「あなたって……あなただってこれに気に入られているでしょうが」


 食べ物につられて箱檻に付いて来ただけかと思っていた。基本ノワに忠実だし。今はレグルス副長が餌付け中だし。


「わしが一緒にいてやるといっただろうが。その腐った耳の穴かっぽじってよーく頭にたたき込んどけっ」


 何があった? なんでやさぐれたおっさん?


「おっさんだからな、お疲れなんじゃい!」


 なにこの逆ギレ。

 思わずノワを見れば、ふいとそっぽを向いた。さてはまたブルグレを酷使したな。じっとり見ていたら、仕方なさそうにしっぽの先から霊果を取り出した。


「なに! 霊果ってしっぽの先から出てくるの?」


 衝撃すぎる!


「そんなわけないでしょ。ここに隠してただけだから」


 どうやらしっぽの先はフェイクらしい。

 よくよく見れば、そこだけいかにもフェイクっぽく黒い毛が艶を失っている。もっと別の隠し場所はなかったのか、と黒猫を眺め回しても、そこ以外になさそうだった。

 ノワが何気にドヤっている。


 どうやら霊果は鮮度が命らしい。ノワの尾ポケットに入れておかないと持ち歩けない。ポルクス隊に霊果を持たせておけば、と思った瞬間にあっけなく却下だ。上手くいかない。誰かを守ることは簡単じゃない。


 みんなが霊果を凝視している中、ブルグレは前歯で器用に皮を剥き、両手に抱えて幸せそうに頬張った。

 ポルクス隊長とレグルス副長がものすごく羨ましそうな目をしている。


『シリウスも食べたことあるって言ったらうるさそうだね』

──絶対に言わん。サヤも顔に出すなよ。


 デネボラさんがブルグレの剥いた皮をつまんでぽいっと口の中に入れた。ポルクス隊長とレグルス副長の「あっ!」がかぶる。

 普段は柔和な表情を崩すことのないデネボラさんの顔がひと噛みごとに歪んでいく。それでもなんとか飲み下した彼は、テーブルに用意されていた水差しに直接口を付けて勢いよくごくごくと飲み干した。


──かなりまずいらしい。

『だろうね。皮がおいしいってそうないよね』

──効能はあるのかを訊かれているんだが……。

「ない」


 ノワの一刀両断をシリウスが伝えると、ポルクス隊長がものすごく楽しそうな顔でデネボラさんに何かを言った。たぶん、ざまぁ的なひと言。デネボラさんの嫌そうな顔を見て、レグルス副長も楽しそうだ。


『いじられてる?』

──わかるか?


 シリウスも楽しそうだ。そういえばノワも踏み踏みしていじっていたような。デネボラさんはいじられキャラなのかも。

 両手で霊果を抱えるようにして貪るように食べているブルグレを見て、ふと思い出した。


「あのさ、前にブルグレが私の血の珠を壊さず運べたんだけど、なんで?」


 私から離れた途端にどす黒く変わってしまう血をブルグレは両手に抱えてノワに運んでいた。


「精霊だから」


 ものすごくシンプルな回答がノワからきた。


「だったらさ、私の血を持った精霊が先行部隊にくっついていけばいいんじゃない? 致命傷の回避くらいはできるよね」

「まあね。力を持つ者になら、精霊も力を貸すでしょうし」

「どういうこと?」

「力を貸す代わりに力を貰うってこと。等価交換よ。精霊はただじゃ動かないから」


 ノワがじとーっとブルグレを見ている。ブルグレは素知らぬ顔で霊果を食べ終えた。


「えー……私からエサ貰っておきながら何もしてくれなかったよ?」

「ちゃんと助けを呼んだだろうが!」

──そうか。あの時、精霊に導かれてサヤのところに行ったんだ。精霊に導かれたから、疑うことなくサヤの治癒を受けられた。


 驚いたようなシリウスの声に、ブルグレがこれ以上ないほど偉そうにふんぞり返った。そのままひっくり返れば面白いのに。


「なんなの? その何もかも俺様のおかげ的な態度」

「その通りだろうが!」

「その通りだけど、なんかイラッとする」


 見てくれだけはかわいいのに、おっさん声にこの態度。かわいくない。かわいくはないけれど、シリウスに会わせてくれたことは感謝している。

 なんとなく左手の手袋を外して手のひらを差し出せば、ブルグレが両手でホラーな血の珠に触れてきた。心なしかうっとりした顔になっている。見る間に毛艶がよくなっていく。ふわっふわのもっふもふだ。最後にぶるっと震えて、手を離したときにはやさぐれたおっさんから上機嫌なおっさんに変わっていた。

 なんだか妙に疲れた。急に耐え難い眠気に襲われる。


「気付いていないだろうけど、今瀕死の人間一人治癒したくらいの力が奪われたわよ」


 なにそれ! ばっとノワからブルグレに視線を移せば、一瞬で大きなテーブルの向こう、私から一番遠い位置に座っていたレグルス副長の肩の上に避難された。


「寿命換算で?」

「十年分くらい」


 なんだよそれ! 聖女だから許されるけれど、治癒の力を持つ人なら一度に十年分の命の力が失われたら瀕死状態だ。


「十年ただ働き! 血の珠の運び屋に決定ね!」


 きゃいぃぃーん。哀愁混じりの鳴き声が執務室に響いた。今更かわいい声を出しても許さん。


「今みたいに、サヤの手に触れるだけで加護を与えることはできないのか」


 シリウスが声にも出して訊いてきた。ポルクス隊長たちの視線が集中する。


「あ、そっか。ねえ、今どうやって勝手に力奪ったの?」

「小娘、言い方に棘がある」

「嫌味っぽく言ったもん」


 人から力を奪っておきながらふて腐れるとはどういうつもりなのか。ちっこいおっさんめ。


「精霊だからできたの?」

「あなたは何を考えていた?」


 ノワに言われて考えた。


「何も考えてなかった。ブルグレは?」

「くれるもんは貰えるだけ貰っておこう!」


 だからなぜ胸を張る。

 シリウスに解説されていたポルクス隊長がレグルス副長とデネボラさんに何かを訊いている。


 ノワが言うには、降臨する者がこの世界に姿を現すのはおおよそ二百年ぶりらしい。一応簡単な記録は残っているものの、前の降臨する者はこの世界に降り立ってから六十年ほどで姿を消している。最後にその姿を確認されたのが、二百年前。私が存在している以上、前の降臨する者はすでにこの世界には存在していない。元の世界に戻れないなら、死んだことになる。


「聖女じゃなくて降臨する者?」

「私から見ればね。聖なる者とも呼ばれてるわね。あなたは女だから聖女なのよ。男だと聖人ね」

「なんで聖男じゃないんだろう」

「またどうでもいいことを……」


 呆れ顔のノワによれば、その降臨する者は言葉が通じないせいでどこから来たのかも、何しに来たのかも、一切の事情がわかっていない。当然ながらその力についてもわかっていない。ほとんど記録に残されてもいないらしい。


「でもさ、言葉が話せたってなんで来たのかなんてわかんな……あ、私の場合はわかってるか。呼ばれたからだ」

「まあ、あなたの存在はイレギュラーだからねぇ」


 しみじみ同情しないでほしい。まだ吹っ切れてはいないから。「わしがいる」と言うブルグレの気持ちはうれしいけれど聞き流そう。だからなぜ胸を張る?


──俺もいる。


 あ、シリウスのそれは嬉しいかも。こっちをちらっとも見ないで、ポルクス隊長たちと話し合っているのがまたさりげなくていい。レグルス副長の肩から一直線に飛んできたブルグレに頭突きされた。仰け反るほど痛い。ノワの呆れた視線も痛い。


「サヤ、ちょっといいか?」


 おでこを押さえ、痛みで涙を滲ませながら見上げたら、シリウスまでもがなんとも言えない顔をした。


──サヤ、自分で治癒しろ。

「わしの心の痛みじゃ!」


 微塵も傷付いてなさそうなざまあ顔で言われてもむかつくだけだ。最初はかわいかった……そうでもないか。最初から食い意地の張ってるヤツだと思っていた。見た目だけはかわいいのが癪に障る。


 シリウスが「見せてみろ」と言うから手を離したら、「こぶができてる」と笑いを堪えられる始末だ。心の中で「痛いの痛いの飛んでいけー」と唱えるくらいかわいいもんだ。余計に笑われた。


「それだよ、サヤ。心の中で唱えながら、左手で次々触れることができれば、時間短縮になる。元々サヤは治癒の時に呪文を唱えているわけじゃないだろう?」


 そのシリウスの声に、レグルス副長、デネボラさんと目が合う。


「そうかも。なんっていうか、たぶん私って治癒の力が基本なんじゃないかな。だから、意識しないで力を使うと治癒になるっていうか……違うのかな。そもそも治癒じゃなくて生命力みたいなものを与えているのかな」


 そんな気がする。自分でもはっきりとはわからない。

 それがシリウスから伝えられると、治癒されたことのあるレグルス副長とデネボラさんが言葉を交わし合っている。


「ノワわかる?」

「能力には個人差があるからねぇ」


 もっと上手く使える人もいるってことか。なんだか悔しいからがんばろう。あのドヤ顔に惑わされたまま要らぬ苦しみに悶えていた自分に腹が立つ。思い出すと余計に腹立つ。


──だがな、サヤ。サヤが一緒に苦しんでくれたこと、俺は忘れないよ。そうまでして治癒してくれたからこそ、なんとしても助け出そうと思ったんだ。

「同調する必要はないけど、どれほど力を使ったかも知覚できないのはちょっとねぇ。あれほどの精霊もそうはいないけど、あれ三体に一度に力を奪われたら、さすがの聖女でも昏睡するわよ」


 シリウスの言葉に感動していたのに、即座に叩き落としてくるノワの辛辣。そのノワに「あれほど」と言わしめたブルグレのドヤ顔にイラッとする。毛艶のよくなったしっぽを掴んで振り回したい。なぜ目を輝かせる? やらないから。


「そういえばサヤ、以前城に行くときに飛行船の速度を一斉に上げたことがあっただろう?」

「あ、そっか、出撃した後でも一度にできるかも」


 自分でそう言っておきながら、できる気がしないのはどうしてだろう。あの時は色々切羽詰まった必死さでできただけの気がしなくもない。


「毎日練習してみる」


 ということで、毎日巡回に出るみんなの迷彩を一度に唱えては失敗している。できないわけじゃない。中途半端なだけだ。上半身だけ迷彩とか、頭だけ迷彩とか、手足だけ迷彩とか、正直遊んでいるのかと怒られてもおかしくない中途半端さにがっかりする。隊のみんなには妙にウケているのがまた情けない。


──サヤ、最初にサヤが言っていた発動条件で迷彩を唱え、出動の際に一斉に発動させられないか?


 でもって、すんなりできたからなんだか悔しい。

 最初に「私の合図で迷彩っぽくなーあーれー」と唱えておく。この時点では迷彩にならない。力もほんの少し使われるだけだ。

 発動の合図で起動することができるようにもなった。

 ただし、「発動しちゃえー!」というふざけた合図でしか起動しない。何度「発動」だけ唱えても「起動」でも「始動」でもうんともすんとも言わなかった。やけくそで唱えた「発動しちゃえー!」で起動した。自分の存在が恥だ。

 ただ、この合図ひとつで、事前に唱えておいた全ての条件が一斉に発動できるようになった。


「シリウス天才!」

──俺じゃなくて隊長の案だけどな。

「さすが賢いおっさん」


 ノワのその言い方は褒めてない。褒めるときはおじ様くらいにした方がいいんじゃ……と考えたところで、ノワが誰かを様付けしているのが想像できなくて口に出すのはやめた。

 ただ、伝わってしまった。ノワの痛烈な猫パンチにしばし悶えた。






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