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アンダーカバー / Undercover  作者: iliilii
第一章 始まり
11/80

11 拉致監禁

 食事会も面会も一切なくなった翌日は、久しぶりにゆっくりのんびりだらだら過ごした。口うるさくも世話焼きなブルグレが文句を言いながらもせっせと果物を運んできてくれるのをいいことに、ベッドからほとんど出ないまま、すでに日が暮れかけている。


「疲れたー」

「やり慣れないことすると疲れるわよね」

「ノワも?」

「まあね」


 もしかして、私と一緒にいることはノワにとってやり慣れないことだからすごく疲れるのかもしれない。だからここではだらだらしてるのかも。


「ちょっと違う。私って基本だらけているのよ」

「なんだ。ちょっと申し訳ない気持ちになったのに」


 同じくベッドで丸くなっている黒猫のノワ。果物を運び疲れたブルグレはベッドの真ん中で自分のしっぽを抱えてすぴすぴ寝息を立てている。


「ねえねえ、触ってもいい?」

「ダメに決まってるでしょ」

「けち」

「ケチで結構」


 口ばっかり達者になっちゃって。


「元はあなたの知識でしょ」


 そうだった。


「あのさ、これからどうすればいいと思う?」

「どうしたい?」

「正直もう、昨日までみたいなことはしたくない。地道に目立たず普通に生きていきたい」


 のそっと身体を起こせば、ノワものそっと起き上がってちまっとお座りした。かわいい。


「賢いおっさんの隠れ家に行くんでしょ?」

「隠れ家なの? あの砦の近くの家って」

「隠れ家ね。奥さんもそこに隠されてるから」

「なんで?」

「連合国軍最高司令官って、色々大変なんじゃないの?」


 暗殺とか暗殺とか暗殺とかか!


「一回でわかるから。そこにあなたも一緒に隠される予定だったみたいね」

「なんで?」

「大帝国からの暗殺とか暗殺とか暗殺とかから逃れるために」

「なんで? なんで狙われてるの? 私」


 はあっ、と呆れたため息を吐いたノワの言うことには、ブルグレ偵察隊が掴んだ情報によると、大帝国に祝福の女神がいる以上聖女の存在は邪魔らしい。なんとも勝手な言い分だ。


「逃亡した厄災の乙女として公開処刑する気満々ね」


 どんな理不尽だ。怒りで全身が煮えたぎる。人をなんだと思っているのか。散々厄災を肩代わりさせて、挙げ句の果てに公開処刑って。


「大帝国の主たる信仰って、厄災の乙女に対するものなのよ」


 なにその矛盾。信仰の対象を処刑するわけ?


「自分たちの厄災を肩代わりする厄災の乙女って、彼らにとっては必要な人でしょ? 侮蔑の先の信仰って感じ? 厄災を肩代わりしてくれるから尊い存在でもあるわけよ」


 なにそれ。信仰とは救いを求め縋るようなものじゃないのか……あれ、間違ってはいないような。


「なんか、私の知っている信仰とは違いすぎてちょっと理解できない」

「大帝国では乙女と聖女はほぼ同格なんだけど、連合国はあなたが知っているような信仰的存在ね。聖女ほどじゃないけど乙女も崇め奉る感じ?」


 それは理解できる。実際に面会した各国の使者たちは、それぞれの方法で祈りのようなものを聖女に捧げていた。私の知る信仰に近い。


「実際は乙女と聖女ってまるで違うものなのよ。神殿はその辺はっきりしているし、連合国もわかっているみたいだけど、大帝国はあやふやね」

「そうなの?」

「そうなの。連合国では乙女の呼び出しを禁じているから。もともとは大帝国もそれに賛同していたんだけどねぇ。世界禁忌条例ってのに乙女の呼び出しって項目があるくらいだから」


 それなのに呼び出しちゃったわけか。しょうもない国だな。

 そもそもどうやって呼び出すのだろう。魔法みたいな術でもあるのか。呼び出されたときの周りの状況がどんなだったか、自分自身がそれどころじゃなかったせいか記憶が定かじゃない。


「聖女はね、光にたとえられるの」

「だから、光の聖女?」

「そう。ちゃんと神殿みたいな建物もあるし、神官のような人たちもいる」

「え、でも面会には来てないよね」

「国とは別の組織だから。そのあたりはね、連合国でもまあ色々難しいところね」


 そうだ、確かに政治と宗教って建前上は別物だったかも。

 国によってさまざまな霊獣や精霊などを柱とした宗教や宗派があり、聖女もそこに含まれるらしい。


「聖女が光なら、霊獣は?」

「闇ね」


 そう言ったノワの声は少し強張って聞こえた。


「ノワは闇にたとえられるの嫌?」

「仕方ないと思っているかな」

「仕方ないの?」

「仕方ないわね」


 あまり言いたくなさそうだったから、その話題は終わりにした。

 闇にたとえられる黒の身体に、光にたとえられる白の翼を持つノワは、私からしてみればその両方を持っていると思うのに。


「その神官たちって聖女のことどう思ってるの?」

「拉致監禁しようと思ってる」

「えー……なにそれ」

「簡単に言えばそんな感じなのよ。この国から強引にでも連れてきて、神殿に籠もって人々のために祈りを捧げ続けてほしいって思ってるわけ」


 確かに拉致監禁だ。


「ついでに癒やしを与えたまえーって思ってるわね」

「あわよくば俺様たちの言いなりになれーって感じ?」

「わかってるじゃない」


 実体験ですよ、ノワさん。


「じゃあさ、この国も含めた各国は?」

「聖女の存在って国の安定にも繋がるから、どこの国も懐柔のち拉致監禁ね」


 またもや拉致監禁か。


「説明必要?」

「いい。どっちにしても拉致監禁搾取なんだね」


 どこも大帝国と同じか。

 勝手に呼び出しておいて自分たちのいいようにできると思わないでほしい。私にとってはこの世界にいること自体が拉致監禁だ。もう拉致は取り消せない。だから、監禁は絶対にさせない。何がなんでも自由に生きてやる。血の珠で助ける人は自分で選ぶ。


「唯一あなたを拉致監禁搾取しようと思っていないのはポルクス隊だけね」

「つまり、信用できるのはポルクス隊だけってこと?」

「今のところはね」


 ポルクス隊は精鋭部隊だから百人くらいしかいない。それでも味方がいるだけマシだ。


「あ、もしかして、世界最強の百人が味方ってこと?」

「そうとも言えるわね」


 それを聞いてなんだかほっとした。


「ポルクス隊長の隠れ家にいると、きっといざというときにポルクス隊長の奥さんも巻き込むことになっちゃうよね」

「そうね、思ったよりも聖女に対して馬鹿げたことを考えている輩が多すぎるわ。賢いおっさんの事情にあなたが巻き込まれるよりも、あなたの事情に彼の妻が巻き込まれる確率の方が断然高いわね」

「だよねぇ。ノワはさ、いざというとき二人とも助けてくれる?」

「無理ね。一斉攻撃なんてされたら、一人でも厳しいわ」

「だよね。自分の身は自分で守るしかないよね」

「基本はそうね。まあ、あなたのことは繋がってるからなんとでもなるけど」


 抱きつこうとした両手がすかっと空を切った。いつの間にかすぐそこにいたはずの黒猫が一メートルくらい距離を取っている。いつの間に逃げた?


「なんなの? こういうときって感動しながら抱き合うもんじゃないの?」

「あんたこそなんなの? その程度で感動しないでよ!」


 しゃーっ! と毛を逆立てて威嚇するのはどうなの? 傷付くし。


「大帝国側にわかりやすく逃げるふりしながら、途中で姿をくらますのがいいかもね」

「なんで?」

「大帝国側は勝手に連合国から逃げ出したって自分の国をしらみつぶしに探すんじゃない?」

「そんな簡単にいく?」

「さあ」


 なんていい加減な提案。


「さすがに大帝国側も霊獣を相手にしようとは思わないわよ」

「さすが世界最強」

「それ、自慢することじゃないから」

「そうなの?」

「そうなの」


 なんだろう、ノワは過去に何かやらかしたのかもしれない。間違っていないのか、ノワは否定することなく、ぷいっとそっぽを向いてベッドの端で丸くなった。


 完全に日が沈み、部屋の中はすっかり暗くなっている。白いシーツの上に丸くなった黒猫が窓からほのかに差し込む淡い明かりに沈んでいる。

 灯りを点けるまでもなく、再びもぞっとベッドの中に潜り込んだ。




──サヤ、ちょっといいか?


 翌朝、さすがにお腹がすいて朝からがっつり食べ終えたところでシリウスが顔を出した。

 連れて来られたのは、一階にあるホールのような広い部屋。そこにいくつものテーブルが並び、その上に所狭しと様々な品が置かれている。


──これら全ては聖女様への贈り物だ。

「これ全部?」

──確認は済んでいる。好きに見ていいぞ。


 煌びやかな宝石やドレス、あとはよくわからないとにかくきらきらしたものが面会した国ごとにひとつのテーブルにわかりやすく広げられていた。


「使い道がわからないものの方が多いんだけど……」

──だろうな。俺たちも話で聞いたことしかないようなものがいくつかあったくらいだ。

「日常的に使えそうな物ってあった?」

──ほとんどない。


 だよね。大きな陶器とか置物とか、毛皮や複雑な模様の布や、まあとにかく特産物とか民芸品とか呼ばれるようなものばかりだ。


「ありがたいけど……どうすればいい?」

──ざっと俺たちが見た限り、サヤが使いそうだと思ったものはなかったんだ。毛皮や織物はまあ、使えなくもないんだが。サヤの好きな感じじゃないだろう?


 私がざっと見た限りも同じだ。頷くと「だよな」と少し疲れた感じの声が響いた。

 ひとつひとつ危険がないかを隅々まで調べてくれたのだろう。


「どこかに寄付とかじゃダメ?」

──一度も使っていない物を寄付するのはさすがに印象が悪い。


 真新しい物の方がいいのかと思った。


──聖女様にと捧げられた物だ、そこら辺に出回っているような物とはわけが違う。


 誰かに譲ることも換金することもできないというわけか。使わないのにもったいない。


──宝飾などは石と地金を外して換金することは可能だ。地金は溶かしてしまえばいい。まあ、換金ルートはある。


 闇か。闇ルートってヤツか。間違っていないのか、シリウスが一瞬目を細めた。ひやっとする視線はやめてほしい。


「えっとじゃあ、ポルクス隊の資金源に」

──ありがたいが、何か欲しいものはないのか?

「あっと、じゃあ、こっそり隠れ家を調達していただきたいかな」


 そう言った途端、シリウスの眉間に思いっきり皺が寄った。あ、っと思ったときにはすでに抱え上げられ、ものすごい速度でどこかに向かって走り出した。


 吐き気とともに連れて来られたのは、ポルクス隊長の執務室らしき部屋だった。扉を開けた瞬間にシリウスが叫ぶ。


「隊長! 聖女が逃亡を企んでいました!」


 頭に響くと同時に、同じ声で知らない言語が部屋中に響いた。


「なんで告げ口するのさ!」

──隊長に知らせずに隠れ家の調達はできない。

「それはそうだけど!」


 逃亡とか企むとか、言い方に棘がある。思わず叫んだ声の余韻を掻き消すように、シリウスの背後で扉が閉まった。


──よし、騙されたな。いい感じに叫んだな、サヤ。


 しめしめみたいな顔をするシリウスに首を傾げる。ひょいと床に降ろされた。


──これで、聖女逃亡説の信憑性が増す。

『どういうこと?』

──さっき廊下ですれ違った者に気付いたか?


 いえ全く。子供抱きで走られたせいで、シリウスの頭にしがみついていた。何かを見た記憶はないから、きっと無意識に目を瞑っていたのだろう。いざという時、目を瞑る派と見開く派に分かれるらしい。私は瞑る派だ。いざという時は死ぬらしい。


──死ぬだろうな。目を見開いて一瞬で状況判断しろ。


 厳しい目で見下ろされても一般庶民には無理だから。怖いし。


──まあいい。あれが毎日隊長のところに聖女の様子伺いに来る、いわば王の耳だ。

『でも、この敷地に部外者が入れるの?』

──隠れて入ろうとするのは無理だな。だから、ヤツらも表向きの用事を持って堂々と表から入ってくる。

『あわよくば情報持って帰れるかもって?』

──そういうこと。


 内容が内容なのでつい声に出さずに頭の中で答えてしまう。なんだかスパイ映画みたいな展開だ。


『でも、騙されるかな?』

──これまでも時々わざと情報を流しているから大丈夫だ。


 なんて抜かりない。さすが世界最強。


『そういう機密的なことって、私に言ってもいいの?』

──サヤから情報が漏れるのは俺だけだ。


 それもそうか。ノワとブルグレに漏れたところで他の人に言葉は通じない。

 ごほん、と咳払いが聞こえた。見れば、にやけ面のポルクス隊長がシリウスに何かを言っている。シリウスが嫌そうな顔をしているから、きっとまたからかわれているのだろう。こういうとき、なに言ったの? とあとで訊くと大抵そんな感じの答えが返される。


──サヤ、砦の一室をサヤ用に改装している。

「なんで?」

──サヤが考えていることを俺たちが考えなかったとでも思うか?


 思わずシリウスを凝視する。きっと思考を読むまでもなかったのだろう。

 砦で匿ってくれる。あそこにはポルクス隊しかいない。唯一、味方しかいない場所だ。


──サヤの考えていた、フロというものも設置済みだ。でかい桶を据え置いただけだが。湯を貯められて排水できればいいのだろう?

「本当に?」

──本当だ。


 思わずシリウスに抱きついた。優しいシリウスはノワみたいに避けたりしない。至れり尽くせりで幸せすぎる。


──隊長が興味津々で。まあ、俺も興味はあるんだが……。

「入ってみる? めちゃくちゃ気持ちいいよ」


 見上げるシリウスの目が楽しそうに瞬いた。

 再び、ごほん、とわざとらしい咳払いが聞こえた。顔を向けると飽きもせずにやけているポルクス隊長がいる。


「そうだ、ポルクス隊長の隠れ家、敵意持ってる者には見えないようにとか、攻撃できないようにとか、なんかそんな感じにできるかな」

──やってみるか? 隊長がすごく喜びそうだ。

「行ってもいいならやってみる」

──サヤの部屋の入り口も同じように隠しておけばいい。万が一いきなり砦が占拠されても平気なように。

「占拠されるの?」

──されるとは思わない。

「だよね」


 あの砦自体を大帝国の攻撃から守れないだろうか。一度で無理なら少しずつやってみよう。


「あと、みんなが怪我したり病気になっても治すから」

──それを期待して砦にサヤの部屋を用意しているわけじゃない。

「わかってる。でもさ、私一文無しだし。何か手伝うにもきっと足手まといだから、そのくらいさせてよ。さすがに千年は生きたくないし」


 ふとそこまで言って、もっとずっと長く生きているノワはどんなふうに思っているのかが気になった。気になったものの、面と向かって訊けるようなことでもない。

 見上げたシリウスは、どこか遠くを見つめているような、何を考えているかわからない目をしていた。






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