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雨の感染者  作者: 遠藤蓮霧
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不老不死

 シュウヤは何が何だか呑み込めないまま背後を見ていた。そこには鼻息も荒く仁王立ちになっている銀髪の少女がいた。

「一回死んだ!弁償!」

 むすっとして片手を突き出す。

 彼女の背にはさっきまで、一本のナイフが深々と刺さっていた。それこそ、彼女の言う通り死んでもおかしくないくらいには。しかし今、そのナイフはなぜか地面に落ちていて、少女は当然のように立っている。

「何がどうなって……」

 シュウヤはぽろっとつぶやいた。

「そっか一瞬忘れてたよ!ナイフでも大丈夫だったんだね!」

 沈黙を破ったのはシュウヤの脇に立っていたアラタだった。興奮しているらしい彼の言葉を聞いてシロップは胸を張る。

「どんな死因でもおまかせだよ!シロップさいきょーだから!」

「はあ……?」

 小さな拳で胸を叩く少女を前に、シュウヤは戸惑いの表情を浮かべるしかなかった。アラタの方は興奮のままにシュウヤの背中をばんばん叩いてくる。

「どう、シュウヤ!これで信じる気になったかい、シロップが不老不死の魔法使いだって!」

「不死じゃないもん、死んでも平気なだけだもん」

「そっかー、やっぱりシロップはすごいなあー」

 和気あいあいとしている二人を見て、ナイフを誤って投げた張本人である干物屋の男は肩の力を抜いた。

「何だ、シロップだったか……。人殺しになっちまったのかと思ったよ」

 彼は安堵の表情を浮かべて、地面に落ちたナイフを拾うと店に戻って行った。シロップは弁償のことはさっぱり忘れているらしい。

「ね、信じただろう?」

 アラタが嬉しそうに言ってくる。

「そりゃ、まあ、あんなの見たらなあ」

 シュウヤはまだ胸を張っているシロップを見下ろした。この少女が人間じゃないのは本当のことだと考えるしかない。三年前からこの見た目というのも嘘ではないのかもしれない。

 驚異的なのはこんな奇異な存在がいるのに当然のように共存しているここの人たちだ。周りを見回すと、さっきの干物屋の男だけでなく集まり始めていた野次馬たちも、被害者がシロップだとわかった途端に散れて行った。

「死んでも平気ってことは、さっき死んだんだよな?」

 シュウヤはシロップに訊いた。彼女はピンクの目をぱちぱちしながら頷く。

「うん、死んだよ。痛かった」

 なら、ここの人たちは今女の子が死んだのを当然のように無視して行ったのか?それは慣れと言ったらそれまでだが、少し異常じゃないだろうか。

「なー、シロップすごい?」

 シュウヤは再び目線をおろした。シロップは褒めてほしくてたまらないようでピョンピョン飛び跳ねている。

「え、すごい……?」

 シュウヤは返事に困った。すごいと言うべきことなのか?この子は、人生で何度も死を経験しないといけないことになる。それは苦痛じゃないのか?

 シュウヤがすぐに返事をしなかったのが気に障ったらしく、シロップは見る見る頬を膨らませた。

「ちょ、すごいって言って、早く!」

 アラタが慌てたように言ってくる。しかし間に合わなかったようで、シロップは完全にへそを曲げてそっぽを向いてしまった。

「シロップすごいもん。シュウヤ嫌い」

 嫌い認定をされたようだ。

「そんなこと言わないでよ、これからこの三人で地上に行くんだからさ」

「シュウヤがいるなら行かんもん」

 シロップはますます顔を背けた。

「君がアラタくんかい?」

 突然後ろからした声にシュウヤとアラタが振り向くと、そこには柔和な笑みを浮かべた男が立っていた。隣にはさきほどの女性もいる。女性は男の腕を叩いて紹介する。

「やあ、これがうちの旦那。こう見えて商会の頭をやってるんだよ。アラタくんが地上のものを食料と交換したいって言ってただろう?」

 どうやらわざわざ連れて来てくれたらしい。アラタは慌てて頭を下げた。

「あ、ありがとうございます!」

「いやいや。地上の物資なんて喉から手が出るほど欲しいんだから、お礼を言うのはむしろ俺たちのほうだよ」

 アラタはパッとシュウヤを振り向いてささやいた。

「なんかうまく行きそうだよ!感謝されてるし!」

「よかったな。交渉頑張れよ」

 シュウヤの言葉にアラタは変な顔をする。

「君は来ないのかい?」

「オレが行っても何も変わらないって。こういうのはお前の分野だろ?」

「そうかな……」

 アラタは不満げな顔をするが、途中から話が聞こえていたらしい女性が口を挟んだ。

「そういうことなら、せっかくだから山形地下街を見てってよ。大したものは無いところだけど、地上の人には珍しいだろう?シロップ、案内してやんな」

 唐突に指名されて、シロップは非難の声を上げた。

「何言ってる!こんなのと行きたくない!」

「わがまま言わないの。ほら行っといで」

 女性がシュウヤとシロップの背を同時に押す。

 シュウヤが振り向くと、あとの三人は二人に背を向けて歩いて行くところだった。


「あいつ、結構図太いよな」

 アラタのことを指して言ったのだが、前を歩く少女はツンと前を向いたまま返事を返す気配がない。アラタたちと別れてからずっとこうだった。

「なあ、これどこに向かってんの?」

 返事は無い。ただ、足どりが乱暴になった。ドスドスという音が聞こえてきそうだ。

 シュウヤは周りを見回した。シロップについてここまで歩いてきたが、彼女は案内どころかあらゆる建物を素通りして早足で歩いて行くだけだ。まあ身長のせいで歩幅が小さいので大したスピードは出ていないが。これはどこかに目的地があるのか、あるいはただの嫌がらせか。

 二つ目のような気がする、とシュウヤは若干げんなりしながら、それを顔に出さないようにしてシロップの後ろについて行った。

「あそこ」

 シロップが正面を指さしながらやっと口を開いた。正面に目を凝らすが何かがあるような気配はない。他と変わらないテントや小屋が続いているだけだ。

「どこ?」

「あ・れ!」

 シロップは不機嫌に繰り返した。

 それは突然姿を現した。見えないのも当然だ、それは建物のように上に伸びているわけではなかったのだ。

「こりゃあ、でっけえ……穴だな」

 直径十メートルはありそうな巨大な穴が、町中にぽっかりと口を開けていた。どのくらいの深さがあるのか、中はひたすらに闇が続くばかりで底が見えない。

「シロップが見つけたの」

 シロップは誇らしげに言うが、穴の周りから少し離れたところからすぐにテント群が始まっているところから想像するに、地下に移住を始めた時には既にあったものだのだろう。地下にはこういう空洞がたくさんあると聞いたことがある。それにしても大きい。居住区を作るために地面を掘っていた人たちは、この穴を見つけてさぞ驚いたことだろう。

 穴の周りには落下防止用のロープがぐるりと張り巡らされていた。

「すごい?」

「ああ、こりゃすごいな」

 シュウヤが答えると、シロップは少し機嫌を直したようだった。


 シュウヤとシロップが大穴にたどり着くころ、アラタは女性に連れられてなぜか役所へと向かっていた。アラタはもうとっくに、商会の頭だという彼女の夫との話を終えていた。話が終わると同時に、女性がアラタを連れだしたのだ。

「あの、どうして役所に行くんですか……?」

 アラタは恐る恐る訊いた。交渉の間に何かまずいことをやらかしたのかと、緊張していたのだ。しかし女性はアラタの不安を取り除くように軽く笑って手を振った。

「違う違う。『窓』を開く許可をもらいに行くんだよ。他の居住区だとどうだか知らないけど、ここでは『窓』を使うのに区長の許可がいるんだ。アラタくん、明日あたりには出たいって言ってたからさ」

 ああ、とアラタは納得して頷いた。確かにそう言った。物資の交換は、量も無いし一日で十分だろうという判断だ。

「君たちが破ってきたから開ける必要もないかも知れないけどね」

「本当にすみませんでした!」

 アラタは光の速さで頭を下げた。今でも、どうしてあの時あんな軽率な行動をとったのだろうと後悔している。どうも自分の考えに夢中になると後先考えなくなってしまう。

「謝らなくていいって、元々壊れてたしさ。あのガムテ、見ただろう?」

「やっぱりあれって、シロップが?」

 アラタが気になっていた事を聞くと、女性はくすくすと笑った。

「あの時は驚いたよ。嵐で飛ばされた、とか言ってたかな。窓を突き破って落ちてきてさ。あたしたちも大混乱」

「そうですよね」

 アラタは初めてシロップに会った時のことを思い出していた。アラタのいる小屋の戸をバーンと開いて、目をぱちくりしていた。シロップのことだから、きっとあそこに来たのも気まぐれだったのだろう。しかし彼女の存在はアラタに夢を与えた。

 女性はそんなアラタの様子をにこやかに見てから言った。

「最初はみんな警戒してたけどね。あの子を見てるうちに馬鹿らしくなっちゃってさ。いつの間にか地上から人が来るってことにも、不老不死にも何の疑問も抱かなくなってたよ。つい先週も、あの『窓』からお客が来てねえ」

「え?」

 アラタは女性の言葉に反応して聞き直した。

「僕たち以外にも、地上から来た人がいるんですか?」

 女性は不思議そうな顔をする。

「あれえ、知らなかったのかい?シロップの知り合いだって言うからてっきり知ってるのかと……」

「知りません!」

 女性は首をかしげ、その時のことを思い出そうとするように腰に手をやった。

「どでかい機械を背負った男だったよ。えらく不愛想でね、話しかけてもまるで返事してくれなかったよ。あと、隈がひどかった。こう言っちゃ悪いけど、ちょっと病的だったねえ」

 うんうん、と一人で頷いている女性に、アラタは前のめりになって訊いた。

「その人、今どこにいるんですか?」

「え?区長と話しただけで帰ってったけど」

 アラタはがくっと肩を落とした。

 しかし奇妙だ。地上に戻って、その後どうするつもりだったのか。もしかして、その男もシロップやシュウヤと同じように魔法使いなのだろうか。

「アラタくん?着いたよ」

 女性の声に顔を上げると、目の前にずっしりとした石造りの建物が立っていた。地上の建物より立派とまではいかないが、他の粗末な小屋やテントに比べてとてもしっかりとした造りに見える。これが役所なのだろう。

 アラタの話はある程度通っていたらしく、女性が二言三言話せばすぐに区長の所まで通された。前にシュウヤが言っていた。地下居住区には役所が一つあってそこが居住区すべてを取り仕切っている。そこのトップが区長だ。このシステムは東京地下街だけではなかったようだ。

「区長、連れてきました」

「失礼します」

 女性の後について、アラタは区長室に入った。区長は白髪交じりの痩せた男で、どこか深刻そうな顔で眉間にしわを寄せていた。彼はアラタが挨拶をすると何も言わずに正面の椅子を指さした。

 アラタがそこに座ると同時に、女性が大まかな事情を区長に説明する。

「なるほど、で、地上に戻りたいと?」

 区長が初めて口を開いた。見た目で想像するよりもずっと疲れた声だった。アラタは緊張した面持ちで頷いた。

「はい。それと、ここに住んでいるシロップという女の子を連れて行こうと思っています」

 シロップの名前が出た途端、区長の眉間のしわが余計に深くなった。

「一つ訊いていいか」

「はい」

「君たちはどうやって、ここまで辿り着いたのかね?」

 アラタは区長の質問を意外に思った。山形地下街の人たちは地上に人がいることに何の疑問も抱いていないようだったからだ。アラタは失礼にならないようにできるだけ簡潔に答えた。

「防雨コートというのがあるんです。それがあれば雨が肌に当たることはありません。僕はそれを着てきました」

 区長は少しほっとしたような面持ちで頷いて、続きを促した。

「もう一人は?」

「シュウヤは、……えっと、僕にはわかりません」

「わからない?」

「はい。僕は魔法使いと呼んでいますが、シロップと同じなんだと思います。そういう種族なのか、突然変異の能力か」

 アラタの言葉を聞いて、区長の表情がこれまでにないほど険しくなった。アラタは困惑する。今の短い話で一体なにが区長の気に障ったのだろうか。

 区長はしばらく何かを考え込んでいたが、やがて重々しく言った。

「シロップを君たちと行かせるわけにはいかない」


 シュウヤは大穴のそばに立って、ちょろちょろと走り回るシロップを危なっかしそうに見ていた。

「おい、気をつけろよ、落ちたらどうすんだ」

 シロップは聞こえないふりをして遊び回っている。鼻歌が漏れていることには、きっと本人は気付いていないのだろう。機嫌はすっかり直っているようだ。

 彼女の話によると、一度地下街の子供たちをここに連れてきたことがあるが、次の日にその母親たちにこっぴどく叱られたらしい。それから、シロップ以外はここに近付いてはいけないときつく言われたそうだ。

「本当に落ちるぞ!」

「落ちても平気だもん!」

 落下防止のロープの上に登りだしたシロップを見てシュウヤがもう一度声をかけるが、シロップはロープの上でシュウヤに背を向けた。

 ――ブチッ。

 その瞬間、シロップの体が宙に浮いた。

「へ?」

 ロープがちぎれて、支えを失った体が大穴に向かって傾く。

 シュウヤは思考が停止するのを感じた。ほとんど反射のように穴から身を乗り出して、落ちてゆくシロップに向かって手を伸ばす。

 ――ガンッッ

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