銀色
銀色で目が潰されるように感じた。賢者の翼は今まで見たどれよりも眩しく、どれよりも酷薄な色をしていた。
彼女は目を細めてゆっくりと目の前の二人を見比べる。シュウヤとクルミは固唾を呑んでそれを見守っていた。
「……」
彼女の翼が突然大きく開く。その周りにいくつかの光の球が発生した。
「あれは……」
「伏せろ!」
シュウヤはクルミをかばうようにして地面に飛び込んだ。その背中を音もなく発射された球体がかすめて行く。
肩越しに後ろを振り返って、絶句した。彼女の周りに煌々と光を放つ球体が何百、何千と浮かんでいたのだ。
シュウヤはひときわ大きな瓦礫の後ろにクルミを押し込み、自分もそこに飛び込んだ。一瞬瓦礫の周りが白い光に包まれ、少し遅れてすさまじい風圧が瓦礫を吹き飛ばす。
シュウヤは咄嗟にクルミを引き寄せ、崩れた瓦礫の上を転がった。翼にいくつもの金属の欠片が突き立つ。
シロップに目を戻すと彼女は首をほんの少し傾けて瞬きをした。同時にさっきと同じだけの光の球が発生する。疲れたような様子は露ほども見えない。
「くそっ!」
シュウヤはクルミを瓦礫の陰に残して一人で飛び出した。
黒い剣は手放していない。その柄を両手で握りしめて銀色の光へと走る。
シロップは今度は全ての球体を一気に放出するのではなく少しずつ打ち出すことにしたらしい。数十の光が連続でシュウヤに迫ってくる。
「はあっ!」
声を出して気合いを入れつつ、迫る光の球を剣にぶつけて切り裂いた。手首に走る鈍い衝撃。エギルの身体強化があってもこれか。
剣を振り切った直後、目の前にもう次の攻撃が迫っていた。これは避けることができず、歯を食いしばる。
一撃で今まで走った距離よりも遠くまで飛ばされた。シュウヤは肩で荒い息をつきながら立ち上がる。目が眩んでいたがほんの少しで回復した。
「シュウヤ!」
「出てくるんじゃねえ!!」
シュウヤの声に、クルミはびくりと身をすくませた。
さっきよりも足のばねを引きつけて一気に飛び出した。上半身が置いて行かれそうになるほどの加速。エギルは目に見えてパワーアップしている。シュウヤの身体が付いて行かないくらいに。
軋む身体を無理矢理動かしてシロップに突っ込んでいく。彼女は右手を軽く上げて砲撃を再開した。
剣を掲げて迎え撃つ。ビリビリと腕に走る衝撃。球体が剣に当たるたび、ダメージは蓄積していく。
「らあああああ!!!」
剣を頭上に構えて一気に跳躍。彼女の真上へと飛ぶ。翼を操って下向きの風を作り、一気にすぼめて加速。
シロップがちらりと視線を上に向けた。
瞬間、光の束がシュウヤを直撃し天を貫いた。
黒い羽根がぶわっと散り、シュウヤは頭から逆さに地面へと落下していく。
どうしたらいい。どうしたら彼女を止められる?シュウヤは逆さに映った彼女の顔を見る。その耳元を、青い光が貫いた。
「え、」
ふと我に還り、空中で体勢を立て直す。地面に衝突する直前、エギルを大きく上下に動かしてなんとか勢いを殺した。
シロップはほんの少し目を見開いていた。撃ち抜かれた銀色の髪がひと束、さらりと地面に落ちる。
シュウヤは後ろを振り返る。震える手でスクリーンシューターを構え、肩で息をついているのは隠れているはずのクルミだった。
「クルミ!出てくるなって」
「もうやめて」
シュウヤは言葉を飲み込んだ。シロップに目を向けるクルミの声は小さく震えていたのだ。
「やめてよシロップちゃん。お願い」
シロップは返事をしなかった。冷たい表情は変わらない。しかし、浮かんだ数多の球体がわずかに瞬いた気がした。
次の瞬間、シロップに向かって八方から青い光が放たれていた。シュウヤは反射的に身をかがめ、クルミは目をつぶって防御形態を展開する。
シロップの立っていた場所からもうもうと煙が舞い上がる。シュウヤがそれを唖然として見ていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「助太刀に来たぞ!」
振り返ると、スクリーンシューターを構えたまま手を振っているのは元特別隊のメイフィールドだった。周りを見るとぼろぼろになった軍服の男たちが、各々の手に武器を構えて煙の上がり続ける場所を囲むように立っていた。彼らの予想外の登場にシュウヤはぽかんと口を開ける。
「何でここに……」
「お前を助けろって隊長に言われたんだよ!俺たちが来たからにはもう大丈夫だ!」
メイフィールドは力強く言うと親指を立てて笑った。
「確かに、援軍が来たらしい」
冷静な彼の声に、クレールは一層笑みを大きくする。
その直後、扉はひときわ大きな悲鳴を上げて派手に内側に倒れ込んだ。
そこに立っていたのは黒い軍服の二つの影……コナーとマシューの二人組だった。クレールは勝ち誇った声を上げる。
「よく来た、貴様ら!後で褒美を取らせよう。そこの反逆者を撃ち殺せ!」
「……」
コナーは答えず、首の骨をコキコキと鳴らしている。隣に立つマシューは何も言わずにクレールの持つスクリーンシューターを無感動に見つめていた。
「おいどうした?早く不届き者を片付けないか!」
「……不届き者を片付ければいいのか?」
「ああそうだ早くし……ろ……」
喜々として言ったクレールの顔がみるみる強張る。コナーの銃口が寸分違わずクレールの額を狙っていたからだ。
「お……おい、何のつもりだ?」
「殺したい奴を殺して何が悪い」
容赦のない声色にクレールはようやく何が起こっているかわかったらしい。血の気が一気に消えうせた。
マシューが小さくため息をつく。
「いや、悪いだろ。殺すなよ、まだ利用価値があるんだから」
コナーはチッと舌打ちして銃口を下ろした。
「分かったか?開拓軍はもう崩壊している。賢者が逃げていくのも見ただろ?お前がいくら騒ごうと何も変わらないんだ。分かったら賢者の血の発射を止め……」
イサミは思わず口をつぐんだ。クレールが窓を開け、足をかけたからだ。
「何を……」
「黙れ、誰が貴様の言うことなど信じるか!」
クレールの背負う機械翼が開き、青い光が翼を象る。
彼はスクリーンシューターを室内に向けたまま窓から身を乗り出そうとする。
「おい、それは未経験者が扱える代物じゃないぞ!」
「黙れ黙れ黙れ!私は開拓軍隊長だ、こんな機械ごとき扱えないはずが無かろう!」
クレールが振り上げたスクリーンシューターを青い光が貫いた。翼を象っていた光がぶつぶつと途切れ、消え失せる。
イサミが目を向けると、コナーがつまらなそうな顔で銃口をクレールに向けていた。
クレールがぽかんとしているうちにマシューがそれを室内に引きずり込み、床に叩き付ける。クレールは実にあっけなく意識を手放した。
「まあこれでいいだろう」
マシューが汚いものでも触ったように手をパンパンと払う。イサミは今まで密かに詰めていた息をようやくついた。
「来るのが遅れていたから、少し焦ったぞ」
そう言ってコナーに目を向けると、彼はスクリーンシューターを下ろして言った。
「嘗めてかかっちまっただけだ。そこだけは誤算かもな」
彼のらしくない物言いにイサミは多少ながらも意外に思う。コナーは窓の外を見て呟くように言った。
「あいつらが上手くやればいいんだが……」
駄目だ。そうシュウヤは直感した。
「おい、すぐにどこかに隠れろ!」
メイフィールド含め周りの兵たちは怪訝な顔でシュウヤを見ている。
「いいから!」
ガラッと何かの崩れる音に振り返る。黒い瓦礫が崩れ落ち、その下から銀色の翼が現れた。
「……っ、α陣形!」
光の束がシュウヤの頭上を通過していく。
兵たちは無事だった。矢じりのような陣形で上空にかたまる彼らは間一髪シロップの攻撃を逃れたらしかった。想像以上のその威力に彼らは総勢唖然となっていた。
「……」
シロップが煩わしそうに顔をしかめた。その姿の周りに再び光の球が集まりだす。先ほどよりもずっと数が多い。
今度こそ逃げられない。そう思ったのはシュウヤだけではないはずだ。
光の球が力を貯めるように一瞬縮んだ。
「やめてくれ、シロップ!」
光の球は咄嗟に軌道を変えたように見えた。それらはヒュッとシロップの頭上に集まったかと思うと、一瞬にして膨らみ空間を飲み込んだのだ。
真っ白な世界の中でシュウヤはきつく瞑っていた目を開く。そこにはメイフィールドたちの姿はもちろん、地面を埋め尽くしていた瓦礫さえも残っていなかった。中にいたのはシュウヤと、状況に置き去りにされている様子のクルミ、それにシロップだけだった。
「……私が、」
彼女は唐突に話しだした。
「ここでどんな思いをしていたかわかるか」
銀色の賢者が紡ぐそれは確かにシロップの声だ。しかしそれは今までの彼女とはあまりにもかけ離れた、ひどく固く、絶望的な口調だった。
「ここで人間に虐げられ、抑圧される仲間を私は見ているしかなかった。私には力が無かった。私も虐げられていた。仲間は何度も人間に抵抗し、翌日には物言わぬ抜け殻のようになって帰って来た。私は何度も、何度も何度も何度も!仲間を殺された!!」
まるで子供のように、彼女は髪を振り乱し、感情を吐き出す。
「わかるか!せめて軍に入って抑圧を和らげようとした私の気持ちが!お前にわかるか!」
肩で息をつく。銀色の翼が小さく動いた。幾千の光の球がその周りに現れる。
光の球は白く鮮烈に、痛々しいほどに鮮烈に輝いていた。
シュウヤは何かを言おうとして、口をつぐむ。ゆっくりと手から力を抜いた。
――ガツン。
シュウヤが手に持っていた剣が、重たい音を立てて地面にぶつかった。シュウヤの手から離れたことによって強化の効果が切れ、剣の色が元の色に戻る。と同時に、溜め込んできた負担に耐え切れなくなったのかその刃に僅かなひびが入る。
「シュウヤ?何を……」
クルミが困惑したような声を上げる。シュウヤの背にあった黒い翼がパサリと畳まれ、姿を消してしまったからだ。
「これじゃ駄目だ」
シュウヤは呟く。
エギルが力の象徴であるなら、それを使って彼女を救っても何の意味もない。
リーアには申し訳ないが、彼女のおかげで手に入れた力はここでは役には立たなそうだった。
突然戦意を喪失したシュウヤの様子にシロップは片眉を上げる。先ほどまでの苦しそうな様子はどこへやら、拍子抜けしたような表情を浮かべると、
「なんだ、死んでくれる気になったのか」
いともあっさりと、空中で力をため込んでいた光球を解き放った。
シュウヤは彼女の攻撃を避けるか否かと考えていた。避け続けても状況の変化が見られないならいっそ受けてみるのも手かもしれないと、そんなふうにさえ思い始めていた。しかしエギルを発動していない状態であの光を食らっても無事でいられるだろうか。
結果から言うと、この一連の自問自答は完全な無駄に終わった。
放たれた光の球を見て悟る。翼の無い人間があの光から逃れられる可能性など万に一つも無かったのだ。
自分が人間よりも賢者に近い存在であることを祈り始めたその時、シュウヤと光の球の間に一つの影が割り込んだ。
いや、光だ。
人間の目が捉えられる速さではなかった筈なのに、その奇妙な光景はシュウヤの目に文字通り焼き付いた。
迫る光の球を、どこからか現れたもう一つの光が遮ったのだ。それはあまりに眩しすぎて、シュウヤの目に焼き付いた情景が実際に起こったものだったかも疑わしい。が、その後に見た光景は確かなものだった。
「何をしているの」
ここにいるはずの無い透明な賢者、スーがその背中にクリスタルの輝きを纏い、顔をしかめてシュウヤを振り返っていた。
彼女のこういう顔を見るのはこれが初めてだ、などとシュウヤはこの状況に似合わない呑気な感想を抱く。
「スーさん?どうしてここに」
飛び出そうとした格好で固まっていたクルミは、シュウヤが言うよりも先に疑問を口にした。スーはこちらを見つめるシロップの銀の姿を一瞥すると二人に目を戻す。
「あなたが信用できなかったから」
シュウヤをじっとりと見ながら容赦ないひと言を放った。今の状況を考えると何も言い返せない。
もう一つ聞きたかったどうやってこの空間に入り込んできたのかは、聞いても無駄そうだった。
「……あれはカトルね」
スーが呟くように言った。気の遠くなるほどの時間を共にした賢者同士、やはりわかるのだろうか。
そこまで考えてシュウヤはふと、彼女のその姿がこの状況を突破する鍵であるように感じた。
いや、突破口そのものじゃないのか。
「スー、頼みがある」
「いいわ」
何か言う前に、スーは即答した。シュウヤは唖然とした顔をしてから、思わず苦笑を漏らす。
「また勝手に心を読んだな?」
スーもふわりと微笑みを見せた。シュウヤはいつの間にか彼女と話をする時に距離感のようなものを感じなくなっていた。




