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雨の感染者  作者: 遠藤蓮霧
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メッセンジャー

 蹴散らせ。

 シュウヤは手に持った剣を振り回した。賢者化していない今、この剣は重すぎて若干手に余るのだが、振り回している分には問題ない。

 蹴散らせ、蹴散らせ。

 前も後ろも右も左もすべて敵。特別隊の凶行を止めようとする開拓軍の戦士たちだ。重たい剣は利器となり鈍器となり、手あたり次第に全てをなぎ倒していく。

「おおおおおおおお!!」

 勢いよく剣を振ると、迫って来ていた兵がニ、三人まとめて吹っ飛んでいった。荒い息をつきながらシュウヤは、気合いと共に剣を持ち上げた。

 目標は敵を一人残らず行動不能にすること。仲間にするのも可。殺してもいい、とコナーが言ったときにシュウヤは反対したのだが、シュウヤ自身すでに何人かは殺してしまったかもしれない。

 ちらりと周囲に目を向ける。コナー率いる元特別隊は散り散りになって、シュウヤと同じように一対多で奮戦している。地上空中入り乱れての大乱闘だ。今戦況がどうなっているかなんてさっぱりわからない。

「ぐッ」

 背中に衝撃と痺れが走る。シュウヤは歯を食いしばった。スクリーンシューターでの攻撃はシュウヤには効かないとは言え、持久戦になってくると流石に厳しい。なにせ衝撃はそのままだ。

 でも、攻撃から身を守るためにいちいち防御形態にならないといけない他の兵と比べると圧倒的にシュウヤは有利だった。実際、あちこちでかたまって戦っている今もシュウヤの周りに一番人数を割かれているように見える。それだけ警戒されているのだ。

「……、やってやる!」

 シュウヤは大きく息を吸って剣を構えなおした。持久戦が不得意だとか、そんなことは関係ない。やるのだ。やらなければいけない。

 今度は多方向から一斉にかかってきた黒い軍服に、シュウヤは一層力を込めて剣を叩きつけた。


「えっと、こう……でいいんでしょうか」

 キクチが自信無さげに振り返る。座る彼女の目の前には、もっと自信を持っていいんじゃないだろうか、と思うような複雑なコードが映し出されたモニターがあった。

「うわあ、何が何だか判らないや」

「うう、すみません……」

「いやいや」

 アラタは申し訳なさそうにうなだれるキクチに手を振った。

「誉めてるんだよ。すごいね、こんなの書けるなんて」

「これでも技術班のメンバー、ですから」

 恐縮する彼女の脇でモニターを見ていたマシューは、コードを読み終わったらしく頷いた。

「うん、いいんじゃないかな。これで行こう」

「何を作ったんだい?」

 未練たらしく画面を睨んでいたアラタはとうとう観念してそのコードの正体を二人に訊いた。

「コンピューターウイルスです。いえ、ウイルスみたいなもの、と言いますか。自立したプログラムはウイルスとは言いませんからね。これからこれを砦内のネットワークに投入して、情報の行き来を妨害します」

「へえ、そんな事もできるのかい!」

 アラタは素直に感動した。コンピューターウイルスなんて、いや正しくはウイルスではないらしいが、祖父の集めていた禁書の中でしか知らなかったのだ。まして作っている現場なんて見たことは無いし、こんな短時間でできるなんて知らなかった。

「キクチ君はうちで一番プログラミングが早いからね。僕でもこうはいかないよ」

 マシューが言うと、キクチは照れて頬を赤らめた。

「ところで、あの地球の方は……」

 キクチがきょろきょろと視線をさまよわせる。どうやら集中していて、メノルが出て行ったことに気付かなかったらしい。

「メノルなら、さっき出て行ったよ。廊下に積んである箱から、お兄さんへのお土産にできそうな部品を探しに行くんだって。ここの品はどれも『新しい骨董品』だってさ」

「そ、そうですか……」

 キクチは少し凹んだように言った。アラタにさえここの機材の充実っぷりは理解できるのに、骨董品呼ばわりされたらそれは落ち込むだろう。

「……ァァアアア!!」

 三人は同時に振り返った。入口の方から奇怪な叫び声が聞こえてきたからだ。その声の正体はすぐに明らかとなった。

「オウ、マイ、ガアア!!落ち、着いてのください!せめて話し合いでええ!!」

 アラタは脱力して肩を落とした。小箱を脇に抱えて全力疾走するメノルの後ろを、鬼のような形相をした大勢の軍人たちが巨大なレンチやらドライバーやらを持って追いかけてくる。

「何をやってるんだ……」

「あっ、班長!」

 情報管理室の中にマシューの姿を見つけた軍人の一人が、大声で叫ぶ。

「泥棒です!その女、機材を盗みました!!」

「捕まえてください!」

 他の一人が言うのと同時に、メノルは入口から中に滑り込むとアラタの背中にササッと隠れた。

 技術班のメンバーであるらしい軍人たちは同じようにバタバタと入り口から部屋の中に飛び込むと、アラタの背後に隠れるオレンジの髪を目ざとく見つけて指をさした。

「いたぞ!」

「君たち」

 マシューの落ち着いた声に、彼らは振り返る。

「何ですか、班長?早く捕まえないと……」

「廊下のバリケードを作ったのは君たちか?」

「はい……」

 彼らは班長の雰囲気に無意識に背筋を伸ばしつつ、答えた。マシューはにっこりと笑みを深める。

「へえ。つまり君たちはここの鉄壁のセキュリティを信頼することなく、あまつさえ色々な所から融通してもらった大切な機材を無駄にして道を塞ごうと思ったわけか」

「あの、班長……」

「正座」

 正座をする彼らの一糸乱れぬ動きは、彼らの普段の苦労をアラタに思い知らせるには十分なものだった。

 それから何分経っただろうか、アラタが技術班のメンバーたちに同情し、マシューの膨大な言語力に感心し始め、色々どうでもよくなって眠気に襲われだした頃にようやく班長様の説教は終わった。説教されていた側は説教の内容よりも足の痺れにダメージを受けているようだった。

「分かってくれたならいいんだ」

 マシューはすっきりしたようにそう言うと、今度はこれからの方針について説明しだした。

「技術班はバジリカの下から離れることになる。理由はさっき言った通りだ。どうしても反逆をしたくないっていう腰抜け野郎がいたら、他所の隊に入れてもらうといい。それで……、あ、もう立っていいよ?」

 ふと気が付いたようにマシューは視線を下に向ける。

「勘弁してください……」

 地面にうずくまる班員の一人が弱弱しく言った。マシューは、そうか?と首を傾げると話を元に戻す。

「それで、これからなんだが、その説明をする前に彼女を紹介しておこうと思う」

 そう言いながらマシューが目を向けたのは、我らが機材泥棒メノル・ライトだ。

「こんにちは、私の名前はメノル・ライトです」

 教科書の定型文みたいな挨拶をするメノル。彼女に剣呑な目を向けていた班員たちは、彼女の名前を聞いた途端に目の色を変えた。

「ライト?あのライト博士の関係者か?」

 メノルは小さく頷くと、ポケットから小さな機械を取り出した。見たところコンピューターに差し込むメモリのように見える。

 彼女はそのメモリについた小さなボタンを押しながら言った。

「私は、地球のメッセンジャーです。お願いあります」

 そう言って、メモリを前に突き出した。それは何回か赤いパイロットランプを光らせると、ブツッという音の後に男性の声を再生しだした。

『皆さん、初めまして。僕はヨヘン・ライトと申します』


 ――ピピッ、ピピッ……

 ウォッチマンゼロのランプが点滅する。クルミはふっと振り返るとその前にしゃがみ込んだ。

「どうしたの?何か見つけた?」

『進行方向に生体反応二件。接近してきます』

 クルミは一気に緊張感を高めた。もうかなり路地の奥まで入ってきている。この道に入ってから今まで誰とも会っていないのだ。ここまで来て、居るのが普通の賢者だとは考えにくい。

「とりあえず、隠れよう」

 クルミはウォッチマンゼロを両手で持ち上げ、路地の角に隠れて様子を見た。

 果たして、それはクルミたちが探している二人だった。何を話しているのかははっきりしないが、この声はシロップとあの少年、カトルのものだ。

 見つけたはいいが、問題はどうやってシロップを連れ戻すか、だ。クルミは身を潜めたまま頭を巡らせる。

 正面から行っても無駄だろう。カトルがシロップを離してくれるとは思えないし、あんな見た目でもあの少年は賢者だ。最悪、クルミの方がただじゃ済まない。かといってほかに方法も思いつかないし……。

「そうだ、とにかく連絡……」

 クルミは通信機を取り出すと、スピーカーを服で塞いで操作した。カトルに聞こえるとまずい。

 ――ピピピピピピピ……

 クルミはヒュッと息をのんだ。音を発しているのは通信機じゃない。クルミの隣で生体センサーをフル稼働させていた、ウォッチマンゼロだ。

「ちょ……」

『生体反応が1メートル以内に侵入しました』

 慌てて手を伸ばそうとするも、遅かった。ウォッチマンゼロは機械的で無感情な声を路地に響かせる。

 聞こえていた二人分の足音と話し声がぴたりと止まった。

 反射神経には自信がある。クルミは電子音を上げ続けるウォッチマンを素早く拾い上げると路地の奥に足を向け――、

「見ない顔だね」

 クルミがぎこちない動きで振り返ると、そこには子供らしい屈託のない笑みを浮かべた少年が立っていた。


 シュウヤは肩で息をつきながら、剣の先を地面に降ろした。あまり勢いよく降ろしたせいでぶわっと土埃が上がり、剣先は数センチ地面に埋まる。

 しかし当然のように敵はシュウヤの息が整うまで待ってはくれない。何しろ数が多いのだ。

「くそっ」

 剣を地面から引き抜くと、シュウヤは半ばその重さに引きずられるように刃を振るった。

 こんな所でへばっているわけには行かない。そろそろ、元特別隊員たちの機械翼オートフェーダーが燃料切れになるところだ。その時はシュウヤが最大戦力になる。機械翼が無くても戦えるコナーだって、素手は素手だ。飛び道具相手にどれだけ対応できるか。

 ――ピピピピ、ピピピピ

 シュウヤは剣を片手で持つと、もう片方の手で通信機をポケットから取り出した。

「はいッ、こちら……、何班だっけ?一班!」

 通信機を口元に寄せながら、やけくそのように剣を振るう。

『ザザザ……ザザ……』

「ん?どうした?」

 怪訝に思ったシュウヤは通信機の画面を確認した。画面には大きく『3』の文字。三班と言うと、クルミか。

「こちら一班!クルミ、返事しどぅおお!?」

 珍妙な叫び声を上げながら、シュウヤは危うく頭を直撃するところだった青い光線を避けた。

『ザザ……ブチッ』

 通信機は一言も言葉を発さないまま切れた。シュウヤは周囲に気を配りつつ内心で首を傾げる。間違って通信機のボタンを押してしまったのだろうか。

「後でかけ直してみるか……」

 そう言って、シュウヤは通信機を再びポケットに押し込んだ。

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