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雨の感染者  作者: 遠藤蓮霧
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侵入者たち

「やった!ここが中心部かい!?」

 ようやく荷物をどけ終わったアラタは前を行くマシューに喜々として訊いた。

「ああ、そこのドアから入れるよ」

 マシューは爽やかな笑みを浮かべてはいるが、今にも呪詛が聞こえてきそうで恐ろしい。メノルはふうっと息をつきながら地図を持っていたカバンにしまった。

「情報管理室あれば、いろいろできるのです。一班バジリカに着くの前に、制圧するましょう」

「そうだね」

 言って、マシューはドアにカードキーを差し込んだ。ピピッという音がして緑色のランプが点き、続いてガチャンガチャンと二つ鍵の開く音が聞こえた。普通は開けるのに鍵が二つ必要なドアなのかもしれない。

 ドアを押し開くと、マシューはすたすたと中に入る。アラタとメノルはその後に続いた。

 中は薄暗く、並んだモニターの放つ青白い光が誰もいないデスクや椅子を照らし出している。ここが中心部なのは間違いないようだが、その様子にアラタは首を捻った。

「ここはいつも無人なのかい?」

「……」

 マシューは無言で口元に指をあてた。アラタは口をつぐんで部屋の中を見回す。

 部屋の隅でガタンという音がした。

「あっ。……わ、わああああ!!」

 影から何者かが大声を上げて飛び出してくる。その手には先端のビニールを剥がした二本の導線が握られていた。

 というか、今「あっ」って言わなかったか。

 その何者かは本当に走っているのか疑うようなペースでこちらに来ている。運動神経が壊滅的なはずのアラタでさえそれをひょいと避けられた。後ろに立っていたマシューはアラタと同じようにその人物をいなすと、彼だか彼女だかの手をトンと押して二本の導線の先端をくっつけた。バチバチィッと青白い光が跳ねる。

「……オー」

 横で見ていたメノルはなぜだかちょっと面白そうな声を上げた。

 しかし決死の特攻を難なく避けられた相手はそれどころじゃない。ヒイイ、とか悲鳴を上げながら、腕を掴むマシューの手を振りほどこうともがいている。

 アラタは壁を探って、ようやく電気のスイッチを見つけるとそれを押した。

 じたばたと暴れているのは黒い軍服に眼鏡をかけた背の低い女性だった。両手に持っていた導線はいつの間にか地面に落ちている。その根元には巨大な電池が結び付けられていた。

「お、お助けを!命だけは!」

 マシューはしばらく無表情で彼女を見ていたが、少ししていじめ足りたのかトントンとその肩を叩いた。

「キクチ君。僕だよ」

「ぎゃああ!どうして私の名前をっ、て、班長?」

 キクチと呼ばれた眼鏡の女性ははたと動きを止めた。本物かどうか見極めるようにまじまじとマシューの顔を見ている。

「班長だ……。お疲れ様です」

「はい、お疲れ様」

 マシューはにっこりと笑みを浮かべてキクチの腕を離した。キクチはようやく人心地ついたように息をついて、ふと見覚えのない二人の存在に気が付いたらしい。アラタとメノルの顔をおどおどと見比べている。

「あの、このお二人は……」

「それよりも先にだ」

 マシューの顔から微笑みが消え去った。気弱そうに丸まっていたキクチの背がビシイッと伸びる。

「は、はいっ」

「あの荷物の山はなんだい?侵入者を足止めしているつもりかな?」

「え、あの、はい。先輩方の思い付きで……」

「へえ」

「す、すみません、班長の許可も無しに勝手なことを……」

「あのね、僕は勝手にバリケードを作ったことに怒っているわけじゃないんだ。大事な研究材料や、わざわざ本部で融通をきかせてもらった機材をそれらに使ったことを怒ってるんだよ。侵入者を防ぐのは大事かも知れないけど、そんなことをしたら僕たち技術班としての誇りが廃る。そうじゃないか?」

 マシューはここまでを一息で、表情も変えずに言ってのけた。さっきまで自分もその大事な機材とやらを放り投げていたくせに、とアラタは心の中で思った。声に出して言う勇気は無い。

 あのキクチというらしい技術者もとんだとばっちりだ。先輩が考え付いたことだと言っているし、ここに居るということは彼らの留守を守っていただけであろうに。

 そろそろ助け船を出そうかとアラタが彼女の顔を覗き込むと、彼女は肩を震わせて一言。

「班長、かっこいい……!」

「え?」

 目を点にするアラタの前で、キクチは感極まったように言った。

「この緊急時でも技術班としての誇りを忘れないその姿勢……!一生付いて行きます!」

「分かったならいいよ」

 マシューは再び爽やかスマイルを復活させて言った。こうして、中心部に一人残った技術班のメンバーはいともあっさりと陥落したのであった。


「うおおおおおお!!!」

 一斉に雄叫びを上げながらスクリーンシューターを連射する特別隊の隊員たち。いや、隊長が抜けて特別隊が事実上崩壊した今となっては元隊員と言った方がいいのだろうか。

 その標的になっている男は、余裕の表情で身を翻して飛び交う青い光を避け続けている。もちろんその標的とは、特別隊元隊長、コナー・バスカヴィルである。彼はまだ防御形態になるどころか、自分のスクリーンシューターにさえ手を触れていなかった。

 今や傍観者となって下からその激闘を眺めているシュウヤは、この期に及んで自分が今まで敵としてきた男がどれほどとんでもない人間なのか思い知っていた。

 隊員たちの放つ光の銃弾は、一見不規則に見えて計算し尽くされた軌道を描いている。さすが特別隊、一糸乱れぬ動きで放たれたその光は網の目のように交差して標的の位置で収束する。そこから標的が少しでも動こうものならたちまち網目にかかり、動かなくてもすべての光線を受けて終わり。そんな脱出不可能の攻撃であるはずだった。

 隊長にかかればそんなものは全くと言っていいほど意味を為さなかったが。

「……」

 コナーは全く焦った様子など見せず、冷静に動いている。しかしその移動速度は常軌を逸していた。他の隊員たちのみならず、エギルを発動させたシュウヤさえも置き去りにする圧倒的なスピード。

 普通なら文字通り一網打尽の特別隊の狙撃もコナーの移動速度について行くことはできない。しかも早いだけでなく、全ての動きが考えられている。銃口を向けている方からしたら、標的が突然消えるように見えるだろう。

 シュウヤは機械翼オートフェーダーを使おうとした時のことを思い出した。シュウヤが使えなかったのは半分ほど賢者化していたからだったが、普通に人間であるアラタも機械翼を使えなかった。理由は「自分が空を飛ぶところをうまくイメージできない」から。普段から両足を地面につけて生活している人間が空を飛ぶことをイメージできないのは至極当然のことだ。特にアラタのような、物事を理論ずくで考えるタイプにはそれが顕著だろう。

 一方ですぐに使えるようになってしまったのがクルミだ。彼女にはきっとそういったセンスが備わっていたのだ。

 コナーもきっとクルミと同じだ。彼女との違いはただの経験の差か、それとも生まれ持った才能か。コナーはもはや、地上を歩いているより空を飛んでいる方が自然に見えた。

 突然、響いていた轟音がぴたりとやんだ。もうもうと舞う砂埃が落ち着いてくると、中心に立つ二つのシルエットが見えてきた。片方がもう片方の頭に銃口を押し付けている。初めてコナーが得物を手に取り、同時に一瞬にしてメイフィールドを追い詰めたところだった。周りでスクリーンシューターを構える元隊員たちは身動き一つしない。いや、できないのだ。自分たちの元隊長を畏れての事だった。

 メイフィールドはゆっくりと両手を上げる。コナーは周りの元隊員たちを一瞥すると、銃口を下ろした。

 シュウヤは黙って彼らの様子を見ていた。全員がスクリーンシューターを収め、地上に降り立つとメイフィールドはおもむろに自らの軍服に着いた青い星に手を伸ばした。

 ――ブチッ。

 メイフィールドは一言も言葉を発さずにそれをむしり取り、地面に捨てた。一瞬面食らった顔をしたコナーはにやりと笑い、自分も赤い星を軍服の襟から引きちぎった。

「……」

「……っは」

「ははっ」

「ははは!」

 二人から始まった笑い声は、次第に隊全体に広がった。

 特別隊がそっくりそのまま開拓軍から無くなるのに、結局一滴の血も流れることはなかったのだ。

「うわっ!?」

 シュウヤが素っ頓狂な声に振り返ると、少し離れた他の隊の建物から出てきた兵が一人、くず鉄の山と化した特別隊集会所のなれの果てを見て口をポカンと開けていた。同じ建物から次々に兵が出てくるが、皆その場所で唖然として立ち止まる。

「……丁度いい。おい、役立たず!」

 コナーがシュウヤに冷たい目を向けた。冷たいが、面白がっているような目を。

「今度こそきっちり働くんだな。残りの雑魚どもを掃除するぞ」


 男の名はクレール・リュフワといった。地球に生まれ、地球に育ち、大した苦労もせずに世界連合の役員となった。連合のリーダーの二世であったクレールは親と、同じく連合役員であった親戚の力でその位置に上り詰めたのだが本人はそれを知る由もない。

 しかし彼の無責任な性格は世界連合のメンバーからも疎まれるもので、彼の親への機嫌取りと厄介払いの為に、本人の意思も関係無く三百年ほど前に現れた星で開拓軍の長に仕立て上げられた。

 だがクレールの意思が尊重されていたとしても同じ結果になっていただろう。それほどこの男は、開拓軍隊長という位置が気に入っていた。

 ……厄介事さえなければ、だ。

「軍隊長殿!失礼いたします!」

 クレールはイライラとため息をついた。入口で切羽詰まった声を上げているのは彼の部下、開拓軍の一員だ。

 門前払いを食らわせたい衝動に駆られつつも、クレールはその軍人を執務室の中に入れた。

「軍隊長殿に至急お伝えせよとの命令があって参りました!」

「何だ、今度は……」

 クレールは頬に付いた贅肉を揺らしながら横目で軍人を見る。その顔色は心なしか青白い。

 彼の疲れの原因は最近開拓軍全体を悩ませている侵入者の存在だ。最初は大して気にしていなかった。もちろん門番を倒して無理矢理入って来た時には驚いたが、じきにどうにかなるだろうと思っていたのだ。この考え方もクレールの他力本願の賜物である。ところが、全く捕まらないどころか最近になって新たに、ずっと特別隊が追っていた脱走賢者、リーア・ラッグまで加わったと言うではないか。軍隊長執務室には次から次へと使いの者が来て気の休まる暇がない。

「はっ、先ほど連絡が入りました。戦闘兵らの詰め所と別館に侵入者あり。どちらも複数名とのことです!」

「なっ!?」

 早い。クレールは大いに動揺した。実際には既に侵入者たちが砦内に入ってからそこそこの日数が経過しているのだが、まだ大丈夫だと思っていたのだ。

 と、そこでふっと思い出す。そうだ、侵入者が入ったのは戦闘訓練を受けた軍隊のど真ん中じゃないか。別館の方だって、厳重なセキュリティが施されている。

「もう既に締め出したのだろう?」

 話の先は読んだ、とばかりに問うクレールに対し、しかし使いの兵は首を振った。

「苦戦している模様で、それ以上の情報は入ってきておりません」

「……。そうか。下がれ」

 サッと頭を下げて、兵は執務室を出ていった。

 クレールは窓の外を睨みつけながら平静を保とうとしていた。

 大丈夫だ、何ということはない。情報が入っていないだけで、負けているとは限らないのだから。例えば特別隊の隊長、バスカヴィル。自分よりも前に地球から派遣されてきた彼はかなりの手練れだと聞く。そう簡単にやられるようなことは無いだろう。砦の中の砦になってくれるはずだ。

 それに、最後には切り札もある。小さいながらも膨大な知識を身に宿した少年の姿を目の裏に浮かべ、クレールはようやく安堵したように息をついた。

「敵の戦力は計算に入れないんだな」

 思わず肩が飛び上がる。

「な、なんだ、入る前に声くらい……」

 振り向きながら言いかけた言葉が途中で止まる。

 クレールの目が訝しげに細められる。そこには見覚えのない男が立っていたからだ。男はクレールの反応を見て目を細めると、後ろ手に執務室の扉を閉めた。

 バタン、という音にクレールの脳が危険信号を発する。

「誰だ、貴様は」

 様子を見るように問いかける。男は未だクレールを用心深そうに見ながら、素っ気なく言った。

「イサミ。苗字は無い。元開拓軍の平隊員だ」

 状況を把握できないクレールは、その自己紹介に首をひねるばかりだった。

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