反撃開始
開拓軍の詰め所は驚くほどに広い場所だった。宿舎らしきものの他にも何に使うのか分からない建物や訓練場らしき開けた場所などがある。遠目にバジリカの巨大なシルエットが見えた。
シュウヤはマシューの持ってきた軍の黒い制服を着せられ、コナーと共にその門の前に立っていた。
「何で軍服なんだ?」
「怪しまれねえようにだとよ」
コナーが言う。完全に他人事だ。
「それよりてめえ、俺の代わりに通信機持っとけ。邪魔だ」
「押し付けんなよ……」
言いながらも小型の通信機を受け取る。これもメノルの兄のオリジナルで、今は二班、三班と繋がるようになっている。
ちょうどシュウヤが受け取ったときに、通信機のランプが光った。
『こちら二班、別館の前に到着したよ』
アラタの声だ。シュウヤは通信機に口元を近付けて返事をする。
「こちら一班。こっちも今詰め所の前だ。これから突入する」
『了解。頑張って!』
気軽な感じで通信が切れた。シュウヤはふうっと息を吐いて気合いを入れなおす。
「終わったか。入るぞ」
横目で見ていたコナーが顎でシュウヤを促した。シュウヤは通信機をポケットに戻すと彼に続いて詰め所に足を踏み入れる。
詰め所の中は閑散としていた。朝早いこともあってまだ軍も活動を開始していないのだろう。
コナーは正面のひときわ大きな建物に向かうのかと思いきや、方向を変えてそこから少し離れた小さな建物に足を向けた。
「おい、どこに行くんだよ?」
「決まってんだろ、特別隊の集会所だ。そろそろ集会が始まる。つーか、始める」
「ああ、隊長だからな……」
思わず納得してしまったが、今回は軍を潰すためにここに来たんじゃなかったのか。大勢相手にたった二人で特攻をかけるような気分で来たのだが、肩透かしを食らった気分だ。
「集会に出てどうすんだよ」
「うるせえガキは黙ってやがれ」
そう言うと、コナーは小さな建物の扉を遠慮なく開けた。小さいと言ってもそれは相対的な話で、中は結構な広さがある。集会場らしく開けたその空間には、黒い制服がひしめき合っていた。
「ああ、隊長!今日はいらっしゃらないのかと思いました」
中から見覚えのある男が出てくる。特別隊第三小隊指揮官、メイフィールドだ。改めて見ると彼の軍服には青い星が付いている。コナーの星が赤くて他の兵の服に星が無いのを見ると、彼も軍の中で偉い方なのだろう。
メイフィールドは安心したようにコナーに近付いて来ていたが、シュウヤの姿を見止めると目をぱちくりした。
「ん?隊長、その子供は……」
不思議には思うが軍服を着ているので警戒には至っていない、といったところだろうか。しかしシュウヤの顔に見覚えがあることに気付くと彼は足を止めた。すっと目を細める。
「なぜお前がここに?」
メイフィールドが地を這うような声で言った。後ろから様子を見ていた隊員たちも次々に気付きだす。
「あいつ、例のエギルじゃ……」
「どういうことです、隊長」
コナーは返事の代わりに扉を後ろ手に閉めた。ついでというように鍵も閉める。ただごとならぬ雰囲気に、ざわついていた隊員たちが静まっていく。
とうとう集会所の中が沈黙に包まれると、コナーは顔を上げて、至って普通の調子で言った。
「バジリカを潰しに行くぞ」
静まり返っていた集会所の中が凍りつく。メイフィールドの口がぽかんと開いた。
「……はあ?」
一方別館にて。
マシュー、メノル、アラタの三人はエレベーターに乗って別館の地下に向かっていた。
「あっさり入れたね」
「一応僕、ここで一番偉いから」
マシューはそう言ってカードキーを振ってみせた。彼の持つカードキーだけは特別で、どこにでも何の制限もなく入れるそうだ。ロックされていた中心部へのエレベーターのボタンも、キーをかざしただけで解除された。あまりに簡単すぎて拍子抜けするくらいだ。
「でもすごいなあ。ちゃんと下に降りている感じがするよ」
アラタはエレベーターの中を見回した。中に何があるわけでもないが、アラタは興奮しっぱなしだ。エレベーターが減速して体が重くなるような感覚を味わうと、アラタはまた感心したように、おお、と声を上げた。
「すごいなあ……」
「ほら、着いたぞ」
マシューは若干不安になりつつも二人を中へと案内する。
マシューの記憶は正しかったらしい。エレベーターを降りると壁に『地下10階』という表記がしてあった。
「地図によると、ここまっすぐなのです」
「残念、まっすぐ行ける通路は物で埋まってるんだ。少し遠回りして行くよ」
「なんと」
マシューの後についてアラタたちは迂回路を通った。メノルの持つ地図を覗き込むと、ここ地下十階は通路がとても多くて、中心部である情報管理室に向かう道だけでも何十通りもありそうだった。つまり、やみくもに歩いていてもいつかは到着することができるということだ。……障害物さえなければ。
「あれ?ここも埋まってるな」
マシューはそう言って腰に手を当てた。目の前にはガラクタの入った段ボールの山。
「通路を倉庫代わりに使うなって言ったのに……。すぐ物が増えるからな」
「他の倉庫は埋まってるのかい?」
「まさか。ここ以外の階は四分の三くらいが収納スペースなんだよ。仕舞い場所に困るはずがない。単に面倒臭がってるだけだろ。全くこれだから、僕が毎回……」
マシューは一番手前に置いてある段ボール箱に手をかけようとして、はっと手を止めた。
「違う、掃除してる場合じゃない」
「君、本当にここで一番偉いんだよね……?」
アラタの質問には答えず、マシューは頭を振り振り別の道を辿った。
「んん?」
三人はまた足を止める。その道も、今度は剝き出しの機械類で塞がっていたのだ。メノルは微妙な表情で何度も地図とその道を見比べた。
アラタが問いかけるように見ると、マシューは仕方ないというように息をついてその道に背を向ける。
「次だ」
次もダメだった。
そろそろここの班長様が殺気を帯びてきている。
「最初にすべきは説教かな……」
指をパキパキと鳴らしている。その顔にはうっすらと笑みが浮かんでいた。正直怖い。
しかしアラタはというと、さすがにこれは不自然なんじゃないかと思い始めていた。
「誰かが、僕たちがここを通るのを邪魔しようとしてるのかも」
二人が同時に振り返った。
「どういうの事ですか?」
「僕たち、巨大都市に入るときに随分派手にやらかしちゃっただろう?警戒されていてもおかしくないと思うんだ」
それならバジリカにあれだけ多くの見張りがいたことにも頷ける。地上の、しかも軍人以外には賢者しか住んでいないこんな場所で、大勢の見張りを立てる理由なんて他に無い。
「確かに君たちの事は大騒ぎになってたな。僕はここしばらく地下十階まで来ていないから、その間に道を塞いでいたのかもしれない」
そう言うとマシューは目の前に積んである箱の一つをむんずと掴み――放り投げた。
「なら、遠慮はいらないな。こんな中途半端な足止めをしたことを後悔するがいい!」
なんか性格が変わっている気がする。
アラタは彼に急かされて、メノルと共に積み上がっている荷物を搔き分け始めた。
名もなき路地にて。
クルミはウォッチマンと会話を……一方的な会話をしながらシロップを探して歩きまわっていた。
――ピピピピ、ピピピピ
クルミは電子音を発する通信機を耳にあてた。
「はい、こちら三班です」
『クルミ?そっちどうだい?』
アラタだった。背後には何やらガシャンバキャンと不穏な音が聞こえている。
「まだシロップちゃんは見つかってないよ。アラタくんはどう?すごい音がしてるけど……」
『ああ、気にしないで。それより大丈夫?寂しくない?』
「うん、まだ探し始めたばかりだから」
『そうか、寂しくなったらいつでも連絡してね』
「ありがとう」
通信が切れた。自分を気遣って連絡してくれたのかと思うと、心が温かくなる。アラタの声がどこか疲れていたような気もするが、大丈夫だろう。
一歩歩くと、またしても通信機が鳴った。クルミは何だろうと思いつつも耳にあてる。
「はい、こちら三班です」
『クルミか。こちら一班』
シュウヤだった。クルミは機械越しに聞こえるシュウヤの声にほんの少し心躍らせながら通信機を握りなおした。
「シュウヤ、どうしたの?」
『別段何かあったわけじゃないんだが……、いや、あったのか?とにかく、そっちはどうだ?一人で大丈夫か?』
はっきりとしない返事をするシュウヤ。クルミは内心首を傾げつつも答える。
「大丈夫だよ。さっきもアラタくんから連絡があったの。シュウヤも無理しないでね」
『おう、ありがとう』
通信が切れた。クルミはさっきよりも元気が沸いている気がした。
「よし、行こっかウォッチマンゼロ」
『……』
ウォッチマンは返事を返さずにクルミの後に続いて四本足を動かし始めた。
一周回って、開拓軍詰め所にて。
シュウヤは通信を切ると未だに剣呑な雰囲気の詰め所内に目を向けた。
向かい合うコナーとメイフィールド、そしてその後ろに控える特別隊の隊員たち。通信機をポケットにしまったシュウヤはまた傍観者に徹することにした。
「わかりません。どういうことですか、バジリカを潰すって?」
メイフィールドが反抗的な、しかし力ない声で訊いた。一方のコナーは猫背のせいで彼よりも頭の位置が低いのだが、眼光の鋭さはどんな巨漢でも怯ませられそうな迫力がある。
「どうもこうも無え。言葉通りだ。俺に付いて来るか、それとも立ちふさがって殺されるか、どっちだ」
コナーが容赦なく言う。この男には仲間意識というものが無いのか。仮にも今まで自分の下に就いていた部下たちだというのに。
「それは、軍に対する反逆行為と取っていいのですか」
メイフィールドが、思いがけず猛獣を前にした狩人のような顔で言った。隊員たちはにわかにざわめきだしたが、コナーの凶悪な目線で瞬殺された。
「他に何だってんだ。お上に楯突いてみたいオトシゴロだとでも?」
はっ、と鼻で笑う。しかしその目は全く笑っていない。
その言葉を聞いた途端、メイフィールドの表情が抜け落ちた。機械的にその手がスクリーンシューターに伸ばされ、同時に薄青い光の翼が駆動音と共に広がる。
「裏切者には容赦するな……、隊長の教えですよ」
後ろに立っていた隊員たちも、戸惑うように隊長と第三小隊指揮官を見比べながらスクリーンシューターを構えた。
シュウヤはぎょっとして反射的に剣の柄に手を伸ばす。しかしコナーは自分に向けられる無数の銃口を見てニヤリと笑うのみだった。
「……っ、撃て!」
メイフィールドの号令は迷いが無かった。というよりも、追い詰められたネズミが最後に反撃しようとするような、怯えにも似た気配があった。今追い詰められているのは誰の目から見てもコナーのほうだというのに。
隊員たちの攻撃も容赦無かった。さすが軍隊と、状況も考えず感心してしまうような息の合った動きで引き金が引かれ、着弾もほぼ同時だった。シュウヤは慌てて銃弾の軌道から逃れる。
シュウヤを追ってくる弾は無かった。すべてがコナーを狙って放たれたものだったからだ。
もうもうと立ち上っていた煙が収まると、集会所の壁が跡形もなく消滅していることがわかった。隊員たちの視線の先を追って、シュウヤは彼を見つけた。
地上一メートルあたりに浮かび、得物に手もかけずに笑う特別隊元隊長。
「照準がなってねえなあ、てめえら」
シュウヤはその瞬間、自分はこの戦いに必要が無いことを悟った。




