決戦前日
天高くそびえる黒き塔。バジリカとは元々、礼拝堂や集会所を示す言葉らしい。
新世界の長は一体何を祈るというのか。シュウヤは目を細めて、象徴的なその黒い建物を見上げた。
「ライトの娘が作った地図が正しいなら、バジリカはニ十階建てだ。この高さで二十階とは、さぞかし天井が高いんだろうな」
隣で地図を見ていたコナーが、憎々しげに吐き捨てる。今にも中指を立てそうな勢いだ。
「そういやあんたはメノルの父親を知ってるんだな」
「当たり前だろうが。俺は地球生まれだ。それぐらい知らねえほうがおかしいだろうよ」
「……へえ」
シュウヤは露骨に機嫌の悪そうなコナーからそっと距離を取った。
「……んだよその目、文句あんのか」
「いや。……どこぞのチンピラみたいになってるぞ?」
「うるせえ。この建物を見るとどうも……こう……」
コナーは鼻の頭にしわを寄せて言葉を探しているようだったが、途中でそれさえも面倒になったのか考えるのを放棄した。
「自分でこっちに来るって決めたんだろ」
シュウヤはぼそりと呟くが、コナーには聞こえていたらしい。
「戦力の問題だ。せいぜいボッコボコにして憂さ晴らししてやる」
少し落ち着いたような声で言った。
昨日の事。
「役者は揃った」
コナーはバジリカの地図を隠れ家の床に広げた。この間スキャンしたデータを、メノルが地図に書き出したのだ。
コナーは鋭い目つきで、地図の周りに集まった全員を見回す。
マシュー、イサミ、メノル、アラタ、クルミ、シュウヤ。そして少し離れたところに座っているスー。
「これから、作戦を立てる」
「オウ!作戦!それです、それ!」
メノルは目をキラキラと輝かせている。作戦という響きが彼女の内なる何かを湧き立たせるらしい。
「今回の戦いで重要になる場所は三ヵ所」
言いながら、コナーはどこからともなくもう二枚の地図を取り出した。
こうしてコナーがまとめ役をやっているのは、彼がこう見えても特別隊という高等部隊の隊長であり、この中ではもっとも戦い慣れしているからだった。彼がまとめ役に向いているかどうかは別問題だ。実際彼は統率よりも戦いの方が得意な性分だったので、今回まとめ役に引きずり出せたのはもっぱら彼の扱い方に慣れていたマシューの功績だ。
「おい聞いてんのか」
「聞いてるって。で、三ヵ所ってどこの事だ?」
コナーはシュウヤから自分の手元に目を戻した。一枚目の地図はもちろんバジリカのものだ。
「一ヵ所目がバジリカ。今回の最終目的は総隊長をぶっ倒すことだからな。そこはいいか?」
シュウヤたちは頷く。コナーは次の地図を出した。
「二ヵ所目は開拓軍の詰め所だ。理由は言わねえでもわかんだろ。ここを潰しとかねえことには、バジリカを叩こうとしたって邪魔が次から次へと湧いてくることになる。逆に、詰め所を先に叩いときゃ、邪魔が入らなくなるうえに戦力の増強にもなるかもしれねえ」
確かにそうだ。コナーの苛立ち様を見るかぎり、開拓軍の中にもバジリカの意向に不満を持っている兵は少なからずいると思われる。ちゃんと目的を伝えれば、こちら側に寝返ってくれる可能性もあるのではないか。それにこちらには特別隊長のコナーと技術班長のマシューがいる。彼らの存在をうまくアピールできれば、兵たちが寝返る可能性はぐんと上がるだろう。
「なるほど。三ヵ所目は?」
「技術班の使ってる別館だ」
「別館?」
「ああ、別館といっても地下の方が広いがな。まあこっちは大方マシューの領分だ」
そう言いながらマシューの持って来た別館の地図を広げる。別館はなかなかに広いが、結構な範囲を研究用の器具や機械が占めているので今回問題になるのはその中心部だけだ。
「で、だ。今回もう一つ重要になってくるのが、愚者のガキの捜索だ」
「シロップの?」
ああ、とコナーは頷いた。
「確かあのガキを連れ去ったのは、開拓軍のジャケットを着た賢者だったな?」
コナーはシュウヤたちを見た。彼らは一様に頷く。
「そいつはカトルだ。賢者の中では珍しく軍の味方につき、なおかつ強力な翼を持ってるからバジリカの連中に気に入られてやがる。軍隊長の懐刀だ」
その言葉に、ふと後ろに座っていたスーが反応する。
「カトル?」
彼女らしくもなく驚いているようだ。その様子を見て今まで黙って聞いていたマシューが言う。
「君の知り合いだったのか?まあ、賢者は長く生きるから全員知り合いのようなものかも知れないな。君は十五年前に逃げ出してしまったから知らないだろうけど、彼はどうやら力に屈する道を選んだみたいだ。僕が言うことでもないけどね」
「そう……」
スーは呟くように言った。マシューは何か引っかかったように首を傾げてスーを見ていたが、すぐに目をコナーに戻す。
「続けてくれ」
「……そのカトル……つまり懐刀がいるとバジリカ攻略もやりにくくなる。早いうちに見つけておくのが吉だ」
「でも、カトルはシロップを連れて行ったんだ。自分の命を絶つ気なんじゃないのかな」
アラタが少し顔を曇らせて言う。メノルは少し首を傾げてから言った。
「カトル死んでも、記憶は残るのです。シロップさんはカトルの意思に引っ張りられて、軍の側につくかも」
「そんな……」
クルミやアラタが絶句する中、シュウヤはリーアに体を乗っ取られたときのことを考えていた。あれが起こったら、いくら自我の強いシロップでも抗うことはできないだろう。
「そこでだ。今回は三つに分かれて行動する。一つ目は詰め所を襲撃した後バジリカへ。二つ目は別館を制圧する。この二つを同時に行えば、砦は混乱状態になるだろう。で、三つ目はその間にカトルを探し出す。これはまあ、探すだけなら一人でいいだろうな」
コナーは全員を見渡した。グループ分けを考えているようだ。
彼は全員を見渡してからもう一度地図に目を落とすと、おもむろにシュウヤを指さした。
「てめえと俺は一班だ。戦闘力を優先する。てめえは翼を使えねえようだが……」
コナーはギロッとシュウヤを睨みつけた。
「消去法だ。せいぜい足手まといにはなるな」
「なるかよ」
「次。マシューとライト。てめえらは二班だ。別館の制圧は、できるだけ穏便に済ませろ。あそこはまだ使えることがあるはずだ」
「了解」
そこで、アラタがバッと手を上げた。
「何だ、ガキ」
「僕も二班に行きたい」
シュウヤは最初、アラタは別館の設備を見てみたいだけかと思ったのだが、彼のきっぱりとした表情を見て考えを改めた。
「僕のおじいちゃんは禁書を集めてたんだ。それを読んでたから、機械に関することなら少しばかり力になれる。むしろ今回はそこしか僕が手伝えるところが無いんだよ。みんなの力になりたいんだ」
話を聞いていたマシューはちらりとクルミに目を向けた。
「しかし、今の配分だと、君がこっちに来たらクルミちゃんが一人になっちゃうんじゃないか?」
「あ……」
アラタはしまったというような顔でクルミを振り返った。
クルミは、アラタの心配そうな顔を見てにこりと微笑んだ。
「私のことは気にしないで。アラタくんは自分のやりたいことをやればいいんだよ。私もみんなに負けないように、早くあの子を見つけて見せるから」
「クルミ……」
コナーが二人を見てから言った。
「決まりだな。決行は明日。それまでに各自下見を済ませておけ」
「俺はどうなるのかな?」
すっと手を上げたのはイサミだ。シュウヤも気になっていた。コナーもマシューも、スーはともかくイサミの事も勘定から外していたからだ。
コナーは、ああ、と何の事無さそうに頷いて、言った。
「そいつにはやってもらうことがあるから、別行動だ」
シュウヤには何の事だかわからなかったが、イサミにはそれだけでピンと来たらしい。何も言わずに頷くと手をおろした。
「あれ、案外小さい?」
黒い建物の前に来ていたアラタは、これが別館だと言われて目を丸くしていた。
「コナーが言っていただろ?ここはただの入り口だ。中心部はもっと深く、確か、地下十階あたりだ」
「覚えてないですか?」
メノルが首を傾げる。問われたマシューは肩をすくめた。
「階層なんて大して重要じゃないだろ?実際に行くときもエレベーターのボタンの位置で覚えてたし」
「エレベーター!?」
アラタが途端に嬉しそうになる。
「別館にはエレベーターがあるんだね!?うわあ、乗れるかなあ?」
「……」
マシューはメノルに耳打ちした。
「彼は本当に大丈夫か?頼りなさが言動からにじみ出てるけど」
メノルはぐっと親指を立てて見せた。
「心配ご無用なのです。機械翼は使えないが船はできるので、ご心配無くのほど」
「いや、船とは勝手が違うんじゃ……」
そう言って、マシューはようやく重要なことに気が付いた。
「待って、メノルちゃん。君生物学者じゃなかったか?」
「ン?違う違う、天才生物学者なのです」
メノルはそう言いながら自慢げに胸を張った。その隣ではアラタが目を輝かせて別館を見つめている。
「嘘だろ……」
厄介事を被りそうな予感に、マシューの顔色がさあっと青くなった。
「あの……、よろしくね」
クルミはぺこりと頭を下げた。相手はその大きな目をクルミに向けるばかりで、何の返事も返さない。
「が、頑張ろうね!」
明るい声を出してみるも、依然として何の反応も返ってこない。クルミは肩を落とした。
「話しかけてあげてとは言われたけど、これはなんか空しくなってくるな……」
メノルの笑った顔を思い出す。
クルミの足の前で電源が切れたように、四本足で微動だにしないでいるそれは、メノルに渡されたウォッチマンゼロだった。強がるクルミに一人じゃ寂しいだろうと彼女が置いて行ってくれたのだ。しかしクルミとしてはどう扱っていいのかもわからず、有難迷惑だった。
「そもそもこれ、言葉通じるのかな……」
クルミがウォッチマンの前にしゃがむと、突然そのカメラの周りがカッと赤く光った。
「わっ!?」
『言語を設定してください。現在の設定:標準言語』
クルミは目をぱちくりとしてウォッチマンをまじまじと見つめた。
「しゃべれたんだ……。あ、設定は今のままでいいよ」
『言語を設定しました』
ウォッチマンの小さなボディから微かなモーター音がして、赤い光が消えた。どうやら『言葉が通じる』というキーワードに反応したようだ。
クルミは言葉が通じるという安心感と、言葉を話しているところを見てどうもこの機械が可愛らしく見えてきたのもあって、ウォッチマンに向かって笑いかけた。
「明日は頑張ろうね、ウォッチマンゼロ」
『明日の予定を変更しました。設定中の予定:頑張ろう』
「え、いや、今のは予定じゃなくて……」
明日の予定を取り消すのにそれから約三十分かかった。
コナーと共に下見から帰ってきたシュウヤは、隠れ家でスーの前に立っていた。
「悪いな、しばらくここに居てもらうことになっちまって」
「いいの」
スーはそう言って、シュウヤの背中側に目を向けた。
「翼はまだ使えないの?」
シュウヤは、まあ、と曖昧な返事を返した。スーはゆっくりと瞬きをする。
「翼が使えないオレはコナーが言うようにただのガキだ。あいつはオレを戦闘力として選んだけど、正直、今のオレと比べたらクルミの方が戦力になると思う」
「なら、クルミに行ってもらったら」
「な、」
顔を上げると、スーは首を傾げてシュウヤを見つめ返した。シュウヤは強く言い返しそうになっていたのを喉にの奥に引っ込めた。
「それは、だめだ。クルミが危ない目に逢うくらいだったら、オレは丸腰でも詰め所に飛び込むくらいの覚悟はある」
「そう」
スーはシュウヤの瞳の奥を覗くような目を向けた。
「リーアが出てこなくなったのは、リーアがあなたに馴染んできている証拠よ。本来なら、最初から記憶が一体化するはずだもの。あなたが半分人間だったから、リーアの記憶は混ざることなく留まり、それがあなたの中で生前の人格を再現した」
「じゃあ、エギルの力が強くなったのは……」
「あなたの賢者化が進んでいるから。翼も、そのうちまた使えるようになるわ」
シュウヤは一瞬安心して、ふと気が付いた。
「じゃあ、もうリーアとは話せないのか?」
スーは彼の言葉を聞いて不思議そうな顔をした。
「寂しがることは無いわ。あなたはリーアになるのよ。リーアの記憶は、今もあなたの中に流れ込んできているはず」
「……?」
シュウヤは自分の身に覚えが無いことを知っていたりしないかと考えてみたが、何も見つからなかった。
スーは一瞬寂しそうな顔をしたが、すぐにいつもの表情に戻った。
「きっと思い出すわ」
「スーが言うなら、そう……なんだろうな」
「ええ」
シュウヤは納得したように頷いた。
「明日は、バジリカに行くの?」
スーの雰囲気が急に変わった。どこか、心配しているような口調だ。
「ああ。詰め所に行った後だけどな」
「そう」
スーは目を伏せた。シュウヤは彼女の気にしていることが何なのかわかった気がした。
――あなたはリーアになるのよ。
「寂しいか?」
スーは少し顔を上げる。そしてまた俯いて、言った。
「ええ」
初めて、彼女の素直な気持ちを聞いたように思う。シュウヤは口角を上げて、わざと自信ありげな笑みを作って見せた。
「大丈夫だ。オレは死なないし、誰も死なせない。必ずここに帰ってくる」
ベタな台詞だが、シュウヤにはこのくらいしか言うことができなかったのだ。しかしスーには届いたらしい。彼女は顔を上げると、儚げに笑った。
「ありがとう」




