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雨の感染者  作者: 遠藤蓮霧
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最後の愚者

 元物置には不釣り合いなことこの上ない淡い金色の光が空間を満たす。

 アラタとクルミは口を半開きにしてその光源となっている人物を見ていた。彼女――スーは、翼をしまうこともなく、いつも通りの感情の読めない顔で、誰に習ったのか完璧な正座をしている。

 一人だけ、メノルは興奮したように手を叩く。

「オオウ!すごい!その翼、指名手配、リーア・ラッグですか!」

 迷いなく言うその様子からすると、ラッグを持つ賢者はリーアだけだったのだろうか。

 目を輝かせるメノルを失望させるのも可哀想だったが、シュウヤは首を振って否定する。

「いや、リーアはオレの翼……違うか、翼そのものではないな。翼の中に……うん?」

 言っていて、自分でもよくわからなくなってきた。メノルはシュウヤの言いたい事を察したのか、肩を落としながら頷いた。

「あー、そうですたねー。それはそうだー」

「一気にテンション下がったな」

「じゃ、彼女は何なのですか?」

 メノルは遠慮もなしにスーを指さした。スーはお返しとばかりにメノルを上から下まで眺めつつ、淡々と名乗る。

「スー・ルークビルト」

「なんだ、ルークビルトですのか」

 その言い方は失礼じゃないだろうか。シュウヤはそう思ったが、スーは特に気にした様子も無かった。

 はっと我に返ったらしいクルミがシュウヤの服を引っ張りながら訊く。

「どうしてスーさんがここに?軍から逃げてたんじゃ……」

「さあ……」

 訊かれても分からない。こちらが訊きたいくらいだ。シュウヤが自分の事を見ていることに気が付くと、スーは珍しく憮然とした表情でシュウヤを見た。

「どうしてここに来たの」

 シュウヤは一瞬、それが自分に向けられた言葉だということに気が付かなかった。シュウヤが彼女に訊こうとしていた事とそっくり同じだったからだ。

 シュウヤは困惑しながら答える。

「そりゃ、雨の正体がこの場所にあると思ったから……」

「雨の正体なら、教えたわ」

 それはまあ、そうだが。彼女が雨の正体を教えてくれた時の事を思い出そうとして、シュウヤはふと、スーがあの時あんなことを教えてくれた理由に思い当たった。

「まさか、ここに来るのを止めようと……してたのか?」

 スーは初めてシュウヤから目を逸らした。

 スーの口から、自分に関する事を聞いたことが無い。はっきりとした目的もついぞ感じ取れなかった。しかし、彼女はいつもシュウヤを助けようとしてくれていた。クルミの居場所を教えてくれた時も、翼の使い方を教えてくれた時もそうだ。

 一度だけ、感情的になったスーを見たことがある。リーアと再会した時だ。きっと彼女の中でリーアは特別な存在なのだ。そのリーアを身に宿すシュウヤを、守ろうとしていたのかもしれない。

「それでも」

 シュウヤは呟くように言った。シュウヤに目を戻したスーに向かって、宣言する。

「俺はこの雨を終わらせる。そのためにここに来た。きっと、そのために賢者化したんだ」

 スーの瞳が一瞬寂しげに曇ったが、それでも納得したようだった。

 シュウヤはとりあえず肩の力を抜く。

「しかし、これからスーの隠れ場所が問題だな」

 クルミは興味津々な様子でスーに向かって訊いた。

「今までは、どうしていたんですか?」

「どう……?」

 スーは質問の意味がわからないというように首を傾げた。メノルが補足するように言う。

「賢者、睡眠は不必要なのです」

「あ、そっか。じゃあ、夜中も飛び回ってたの?」

「そういうときもあったわ」

 今度はアラタが訊くと、スーは思い出すように宙を見つめて言った。

「コナーたち特別隊が巨大都市フォルテラの中にいる今、むしろ外に出てた方が安全なんじゃないか?」

 シュウヤが言う。メノルの言うところによると、コナー・バスカヴィル率いる特別隊は砦を脱走したリーア・ラッグ、もとい、スーを連れ戻す任務にあたっていたらしい。今は補給目的で帰ってきているが。

 シュウヤの提案に対してアラタが首を振った。

「外に出るまでが大変だよ。ただでさえスーは目立つんだから」

「じゃあ、翼をしまって町中に紛れ込むのは?」

 クルミが控えめに提案する。木を隠すなら森、だ。しかしこれにはメノルが首を振った。

「顔、知れているのです。特別隊が任務にあたること、十五年」

「それだけ追いかけてれば、顔も覚えるか……」

「ここじゃダメですか」

 メノルは、ここ、と言いながら地面を指さした。

「隠れ家?そりゃ、今は見つかってねえけどさ。見つかったら袋の鼠だぞ」

「それ僕たちも同じだよね」

 アラタが冷静に言った。

 シュウヤは腕を組みながらスーの顔を見た。彼女は自分の事なのに他人事のように話を聞いている。いや、聞いていないのだろうか。

「そうだな……ここしかないか」

「仲間が増えるのは大歓迎だよ」

 シロップがいなくなってから少し元気のなかったクルミがにっこりと言った。

 こうして、賢者が一人隠れ家に加わった。


 次の日、隠れ家の扉を開けたコナーはぎょっとして身を強張らせた。

「お帰りなのです!」

「え、早いな」

 コナーの目は、歓迎するメノルや驚くシュウヤの上を滑って、その隣に当然のように座っている金髪の女性に釘付けになった。

「は……?……え、……?」

 混乱している。こんなに動揺するコナーを見るのは初めてだ。頭が高速回転の後オーバーヒートする音が聞こえてきそうだ。

「あ、あの、コナーさん、これには事情が……」

 クルミがあたふたと状況を説明しようとする。しかしその前にコナーは気を取り直したらしく、ううん、と咳払いすると中に入ってきた。

「いや、いい。バジリカを敵に回してんだ、賢者が仲間にいようが文句は言わねえ」

 そう言うと、ドアの外に目を移した。

「おい、入れ」

 ドアの外から二人の男が入ってくる。コナーと同年代くらいの男と、それより少し年上の男だ。そして、その年上のほうの男はシュウヤにとって毎日のように見ていた見慣れた顔だった。

「父さん」

 見慣れた顔。しかし、シュウヤの父、イサミの背にはまるで軍人のように機械翼オートフェーダーが堂々と装備されていた。いや……()とはいえ、彼は軍人だったのだ。

 イサミは何も言わずに中に入ってくる。隣に立つもう一人の男はイサミをちらりちらりと見ている。こちらはイサミと違って軍服を着た、本物の軍人らしかった。しかし今まで会ったことのある軍人とは違い、温和そうな顔つきのどちらかというと知的な雰囲気を纏った男だ。

「こいつはマシュー。開拓軍、技術・情報班のクソ班長だ。で、こっちはイサミ……そこのガキの父親だ」

 メノルとアラタが同時にシュウヤを見た。イサミの事を知っているクルミだけは、警戒したほうがいいのかよくわからないような顔でイサミを見ていた。

 コナーはシュウヤとイサミを見比べて、似てねえな、と呟くと、ついでのように言った。

「ところで、てめえらガキどもは徒歩ではるばる大陸を横断して来たみてえだが、東回りで海から行けばここから日本は一日もかからねえぞ」

「え?今までの苦労は?」

 アラタが拍子抜けしたような声で言う。

「残念だったな。残念ついでに言っちまえこの色ボケ親父」

 コナーの口の悪さに拍車がかかっている。ストレス性のものだろうか。コナーはげしげしとイサミの脚を蹴った。イサミは押し出されて、シュウヤと向き合った形になる。シュウヤは床に座っていたが、何も言わずに立ち上がった。


「大きくなったな、シュウヤ」

 イサミは半分時間稼ぎ、半分本心のような調子で言った。

「軍人だったんだな。初めて聞いた」

 時間稼ぎには応じない。シュウヤはいきなり核心に踏み込んだ。若干とげとげしい物言いになってしまったが、シュウヤはそれでも構わないと思った。イサミがもっと早く言ってくれていたら、ここにたどり着くのだってもっと早くなったはずだ。シュウヤたちが巨大都市の神話を聞いていた時も、地上に行こうとしていた時も、シュウヤだけが生き残った時も、イサミは全てを知って黙っていたのだ。

 イサミは、返す言葉もない、というようにうなだれた。

「地上に行かせたくなかった……というのは、言い訳にはならないよな」

「ならないな」

 イサミは静かに顔を上げる。

「本当にすまなかったと思っている。こんなことになるとは思っていなかったんだ。シュウヤ、お前が約束の子になるなんてことも……想像できたはずなのに」

「想像できた?」

 シュウヤの表情が変わる。どういうことだ。

 イサミはしばらく何も言わなかったが、少ししてゆっくりと息をついた。

「シュウヤ、お前には母さんが雨に打たれて死んだと言ったな」

「ああ」

 幼いころからそう聞かされている。だから、シュウヤは生まれてこの方、母親の顔は見たことが無い。

「……本当は違うんだ。お前の母さんが雨に打たれて死ぬはずがない」

「は?何、を……」

 シュウヤは目を見開いた。

 頭の中で、ゆっくりと、パズルのピースが嵌まっていくような心地がした。

 ――あいつは元軍人だ。駆け落ちして行方くらましやがったがな。

 ――いろいろと複雑なのですよ。あなたと同じで。

 ――半分の半分くらい似てる。

 ――二体の愚者が契約を結ぶことによって、自分たちの命と引き換えに二人の新しい愚者を……。

「まさか、俺の母さんって」

 イサミはシュウヤの目を見て、言った。

「ああ。愚者の、最後の生き残りだ」

「……っ」

 シュウヤだけではない。隠れ家にいた全員が言葉を失った。もっとも、スーは微動だにしないままだったが。

「彼女は、恐らく愚者の中で最も隠れるのがうまかった。一か所に隠れ続けるだけじゃない。時には軍人や賢者に変装して、三百年以上もの間、砦の中でうまく生き延びていたんだ。彼女が愚者であると見抜いたのは俺が最初だった。巨大都市生まれの下っ端だった俺は軍の歴史とか細かいところなんて知らなかった。彼女の話を聞いているうちに俺は、彼女に同情し始めていたんだ。同時に、こんな組織にいる自分が嫌になった。だから、彼女を連れて砦を逃げ出した」

 イサミは寂しそうに言う。

「一つだけ、彼女が俺に言わなかったのは、愚者は子供ができると死んでしまうということだ。愚者である彼女は死に、シュウヤ、お前が生まれた。お前は愚者と人間のハーフだ。多分、史上初のな。愚者のように生まれ変わらないし、成長もする。しかし雨を受けても死なず、愚者の血が混じっているからすべての賢者にとって一番『波長の会う』人間だ。その状態で雨を……つまり、賢者の血を浴びて、お前は半分だけ賢者になったんだ」

 シュウヤは、不思議と驚いてはいなかった。ただ、人ごとのように納得していた。そう考えれば、全てのつじつまが合うのだ。

 シロップは、恐らく愚者だ。それは間違いない。そして全滅したはずの愚者があんなところにいた理由は、雨によってシュウヤが賢者化したからだろう。子供の姿なのはきっと、シュウヤが中途半端な賢者だったからだ。

「そうか……。ようやくわかった」

 イサミは思いのほかシュウヤが冷静なので驚いたようだった。

「本当に、変わったな」

 ただ、そう呟いた。


「なるほど、半信半疑だったが、どうやら君が約束の子というのは本当みたいだな」

 聞き覚えの無い声がして、シュウヤは声のした方を振り向いた。今まで黙って話を聞いていたもう一人の男、マシューが興味深そうにシュウヤを見ている。

「これで、普通の人間が賢者化することはできないとわかったわけだ」

 フン、と笑いながら言う。そこまで何も言わなかったアラタは、マシューとコナーの顔を見比べながら言った。

「えっと……、この人は仲間と考えていいのかい?」

 コナーに向けた質問だったのだが、彼よりも先にマシューが答えた。

「もちろん。僕はさっき、敵からあっさりと寝返った男だよ」

 アラタはどう返事していいのか分からないような顔をした。

 マシューはおもむろに地面に腰を下ろすと、シュウヤたちの前に一枚の紙を置いた。

「はい、技術班の使っている施設全体の地図だ」

 その紙を見るために腰を下ろそうとしていたシュウヤはぎょっと身を引いた。

「は!?そんなもんあっさりと見せていいのかよ」

「いいに決まってるだろ?僕は寝返ったんだから」

 にこーっと笑うマシュー。正直怖い。その後頭部をコナーがパコンと叩いた。

「負のオーラが出てんぞ。八つ当たりしてんじゃねえ」

 マシューは負のオーラとやらを引っ込めようと思ったのか、ふっと真顔になる。

「こいつは変人だが……、嘘はつかねえ男だ。信用してやれ」

「ごめんね、バジリカに従い続けて恨みが溜まってるんだ」

 コナーが人を褒めるところを初めて見たが、マシューの微笑みが怖くて印象に残らなかった。しかし、軍に対して良い感情を抱いていないという点では信用して良さそうだ。

「なあ、さっきからバジリカバジリカって言ってるけど、軍全体を崩壊させるのが目的じゃねえのか?」

「違うな」

「違います」

 コナーとメノルが同時に言った。メノルは口をつぐみ、コナーが続けた。

「軍には、イサミみてえな流されてる野郎とか、俺ヤマシューみてえな反感を抱いてる奴らがうじゃうじゃいんだ。バジリカの中にいる連中が怖くて何も出来ねえだけだ」

 コナーは目を細めると、隠れ家の中にいる全員を見回した。

「だから、てめえら。バジリカをぶっ潰すぞ」

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