バジリカ
シュウヤは隠れ家に戻ってきて、ちょうどそこから出てきたコナーと鉢合わせた。
「どこか行くのか?」
シュウヤは彼に問いかける。
正直、メノルの話を聞いたあともこの男に対する警戒心は消えなかった。第一印象の問題もあるのだろうが、彼の人相の悪さも少なからず影響していると思う。
しかし……今は仲間なのだ。シュウヤはできるだけ好意的に見えるように笑みを浮かべた。それがよっぽど不自然だったのか、コナーは氷のような目でそれを見てから質問に答える。
「てめえ、イサミのガキなんだろ。てめえの親父ここまで引っ張って来んだよ」
「何で知って……」
「知らなかったのか?あいつは元軍人だ。駆け落ちして行方くらましやがったがな」
「は……」
シュウヤは目を丸くした。あの父親はそんなこと、一言も言ったことは無かった。
「まあ、言わねえだろうよ、てめえのガキには」
コナーはそう吐き捨てて路地を歩いて行った。
シュウヤは動揺を静かに落ち付けた。もう何があってもおかしくないのだ。一つ一つ驚いている暇はない。
コナーは現在、表向きは特別隊長のまま機会を探り、たまにこうして隠れ家に顔を出していた。
シュウヤは隠れ家のドアを開けた。中にはもはや物置だった頃の殺伐とした面影はなく、快適な生活空間が広がっている。中に入ると、メノルがパッと手を上げた。
「シュウヤさん!おかえるなさい!」
「ただいま」
「お帰り、シュウヤ」
「あの賢者の子は見つかった?」
シュウヤに椅子をすすめながらクルミが訊く。シュウヤは首を振ってみせた。あれからずっと少年の行方を探っているのだが、一向に見つかる気配がない。
「そっか……」
クルミは残念そうに言った。
巨大都市に入ってきた不審者集団の事は軍の中で確かに問題になったが、コナーが仲間になったことによって軍の動きもある程度操作することができるようになった。そのおかげで今のところは見つからずに済んでいる。しかしこのまま少年とシロップを見つけられなかった場合、こちらの方が見つかってしまうのは時間の問題だ。
シュウヤも弱ったように唸った。
メノルの話を聞いた直後、シュウヤたちは彼女の話を信じられないような気持ちでいた。
彼女の話を信じるならば、シュウヤたちが地球だと思っていたのはルナという別の星で、地球の組織と開拓軍によって支配されていたという事になる。
あの雨も、人の手によるものだった。シュウヤはその成功例……約束の子というわけだ。
何もかもが現実離れした内容だった。しかし、ただ一人、驚いた様子もなくただ黙っている男がいた。コナーだ。開拓軍の一員であるコナーは、全てを知っていたのだ。
「てめっ……なんて、ことを……!!」
「ちょ、シュウヤ!」
クルミが慌てて止めに入るが、シュウヤは胸ぐらを掴む手を緩めようとしない。しかし当のコナーは顔色一つ変えることなく平然としていた。
「……離せ」
「離すか!お前らのせいでどれだけの人が死んだと思ってんだ!」
「離せっつってんだろうが!」
コナーは突然右手で薙ぎ払った。シュウヤはそのあまりの勢いに一瞬言葉を失う。
……平然としているように見えて、実際に一番動揺しているのはコナーだった。
「どういうことだ……俺は、母星のためになると信じて、今まで……っ」
ぎりぎりと歯噛みする。握りしめた拳は、強く握りすぎて骨が皮膚を突き破りそうだった。
メノルは真剣な表情で言った。
「もはや、地球に新人類化望む人はいないのです。世界連合の独断です。お願いするます」
彼女は、ゆっくりと、深々と頭を下げた。
「開拓軍を止めるの為に、力を、貸してください」
コナーは返事をしなかった。しかし、次の日から隠れ家に顔を出すようになった。
一方シュウヤは、今まで出会った賢者たちの事を思い出していた。
軍に協力しているらしいあの少年。開拓者の砦から外に出て、逃げ回っていたスー。そして、なぜかシュウヤの意識の中にいるリーア。
シュウヤは何度もリーアを呼び出そうとしたのだが、コナーと戦ってから、今までの方法でリーアを呼び出すことができなくなっていた。
この世界の真実がわかっても、シュウヤの周りはまだ謎に包まれたままだった。
「バジリカ、行きましょう」
突然メノルが立ち上がった。シュウヤ、クルミ、アラタの三人はぽかんとして彼女を見上げる。
「バジリカです、大きい建物」
この世にある大きい建物はすべてバジリカだといった口調でメノルは言った。あながち間違ってはいない。
バジリカというのは、シュウヤたちがここに来た時に見た巨大な塔のような建造物だ。メノルの言うところによると、あれが開拓軍の中心となる建物であり、最上階は軍隊長の執務室らしい。コナーによると指示だけ出して自分は顔も見せないくそ野郎、とのことだ。
「どうしたの、急に?」
アラタが言った。メノルはにまっと笑う。
「敵情視察です。バジリカの中の構造はトップシークレット。確認、必須です」
そう言ってポケットからメガホンを小さくしたようなものを取り出した。
「それは?」
「Zレイ照射器です。建物の解析、これ一台。すごくお買い得です」
「あ、そう……」
市販品のようだ。これを使ってバジリカの中を調べるつもりらしい。
「大丈夫なの?軍を取りまとめる施設なんだろう?」
アラタは不安げな顔で訊いた。それに対してメノルは、分かっているさ、とでもいうように頷いた。
「分かっているさ」
本当に言った。
「アラタさんとクルミさんはお留守番なのです」
「え?」
「なんでですか?」
クルミは不満げだ。自分も行くつもりでいたらしい。シュウヤもメノルに問いかけるような視線を投げる。
「今回、人数は少ない方がいいのです。私がスキャン。シュウヤさんはボディガードの役です」
メノルは自分で言って自分で頷いた。
クルミは眉を寄せる。
「でも……、二人じゃ危ないですよ……」
「でも、人数は少ない方がいいっていうのは同感だな」
「アラタくん?」
アラタが頷いた。
「軍に見つかる確率も減るし、二人なら四人より逃げやすいのは当然だ。クルミ、今回はここで待ってようよ」
クルミは肩を落として頷いた。
「大丈夫、行って帰ってくるだけだ。いざとなったら飛んで帰ってくる」
シュウヤが言うと、クルミはようやく納得したようだった。メノルとシュウヤはバジリカの調査に向かった。
二人は建物を囲む塀に沿って歩き、見張りの衛兵たちから十分に離れていて、なおかつバジリカの壁に一番近い場所を見つけた。物音を立てないようにそっと塀の外にしゃがみ込む。
「ここなら大丈夫そうか?」
シュウヤが訊くと、照射器をいじっていたメノルはこくりと頷いた。どうやらあまり遠いところからだとスキャンできないらしい。シュウヤにしてみれば離れたところから建物の中をスキャンできる時点ですごいと思う。同時に、悪用されそうだな、とも思った。
「いや、もうある意味悪用されてるのか……」
「目が遠いですシュウヤさん」
言いながらメノルは、照射器を拳銃のように持ってバジリカの壁に向けた。なぜかべーっと舌を出しながらスキャンを開始する。
「なんで舌出してるんだ?」
「バジリカは腐敗の象徴なのです。滅びろバジリカ、滅びろ総隊長、届け邪念!」
「邪念の意味間違ってないか?」
なおも舌を出し続けるメノルの隣で軽い口調を保ちつつ、シュウヤの目は油断なく周囲に注がれていた。クルミには強がってああ言ったが、本当は今、エギルは使えなくなっている。飛ぶどころの話ではない。
内心では見つからないかとピリピリしていた。さっき見てみたところ、塀の周りには一定間隔に二十を超える衛兵が配置されていた。誰か一人に見つかったらあれを全員敵に回すことになる。
「……まだ終わらないのか?」
「あとちょっとです。広いの所ですね」
「そりゃ……見るからに、な」
シュウヤは周りに注いでいた視線をちらりとバジリカの方に向けた。他の建物と同じ黒い金属でできているのに、威圧感が他の比ではない。塔のような巨大な外観もそうだが、メノルの言ったように内側の空気が外に滲みだしているのかもしれない。
と、思った瞬間、シュウヤの背に悪寒が走った。
シュウヤはバッと周囲を見回して、『嫌な感じ』の正体を探った。
……音だ。少しずつはっきりと聞こえ出した。一人、いや、二人分の足音がこちらに近付いて来ている。
「おい、誰か来るぞ……!」
シュウヤが小声で話しかけるが、メノルはちらりとそちらに目を向けただけで照射器を構え続ける。
「もう少し、あとちょっと」
「どのくらいだ?」
「……ちょっとなのです」
冷や汗が背中を滑り落ちる。シュウヤは何度も足音の聞こえる方を確認した。
もうだいぶ近い。
「メノル!」
「終わったです!」
メノルはそう言って照射器を下ろした。シュウヤは彼女の腕を掴んで町中に逃げ込もうとしたが……遅かった。
「……」
黒い軍服を着た二人は目を丸くして、一瞬動きを止めた。
「……っ、不審者発見!二人組の人間だ!!」
次の瞬間、片方が大声をあげた。その声で我に返ったらしいもう一人は、バッと機械翼の翼を開き、スクリーンシューターを構える。
「くそ……」
シュウヤはメノルの手を引いて彼らに背を向ける。しかし、シュウヤが走り出した途端、正面からさっきエントランスに立っていた衛兵たちが機械翼を操って現れた。シュウヤたちの姿を見とめると目の色を変える。
「この二人、砦の入り口を破った奴らだぞ!」
「こんなところに……!」
「囲めえ!」
二人は逃げる暇も与えられず、あっという間に囲まれた。人間の脚で機械翼の速度を振りきれるわけがない。
シュウヤは衛兵たちを睨みつけ、塀を背にして立つ。あたふたしているメノルは自分の背にかばった。
シュウヤたちを取り囲んだ全員が、スクリーンシューターの銃口を二人に向けた。
シュウヤはせめてもの抵抗を示すように腰に差していた剣を抜き、重い刃を振り上げる。それでどうなるものでもないことはわかっていた。
「侵入者は人間だ!迷うことなく殺せ!」
一人の号令に続いて、全員が引き金に指を乗せる。
シュウヤが剣の柄を握りしめたその時、周囲が金色の光に包まれたかと思うと、シュウヤの体が浮き上がった。
「え?」
一瞬の風圧に目をつぶる。再び目を開けると、シュウヤはぽかんと口を開けている兵たちのはるか上空にいた。隣を見ると、驚くほど至近距離にいるメノルが、まだ目をぎゅっとつぶっている。
「危なかったわね」
落ち着いた声が耳を撫でる。
予感を感じていた。そしてあの金色の光。シュウヤは自分を抱えて飛んでいる人物をゆっくりと見上げた。
「スー」
呟くように言うと、スーは淡い微笑みを浮かべた。




