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雨の感染者  作者: 遠藤蓮霧
31/44

二人の災厄

 曇天。灰色の重苦しい空の下にその都市は広がっていた。

 巨大都市フォルテラは、黒い壁に覆われた監獄都市である。


 扉をくぐったシュウヤたちが見たのは、建物が全て黒い、埃っぽい街並みだった。

 黒い建物はみな同じ、定規で描いたような四角形。道は直線で障害物一つない。そんな無機質な町がどこまでも続いている。

 ただ一つだけ大きな建物は、はるか遠くに白く霞んで見えていた。巨大な塔のような形のその建物はひどく遠くにあるように見えたが、埃のせいでよく見えないだけかも知れない。

 町にはぽつぽつと人が歩いていた。皆が皆うつむいて、ゆっくりと歩いていく。

 道を行く人たちの顔には光の欠片も映っていなかった。

 そして、全員真っ白な衣装を着ていた。

「これは……」

 最初に口を開いたのはクルミだった。

 砂埃と共に吹いてきた風で、彼女の黒い髪がもつれる。彼女は気にした様子もない。

「ここがフォート・ピオニールです」

 メノルが無感動に言った。

「歩いてるの、全員賢者です」

「え」

 シュウヤは改めて街を歩く人々を見た。

 普通の人間と同じように見える。ただスーや、外で出会った少年と同じ格好だな、と思うぐらいだ。

 シュウヤたちの前を通りかかった男の賢者が一人、彼らに気付く。彼は大して驚きもせずにシュウヤたちを頭から足の先まで眺めまわすと、足早に去っていった。

 シュウヤは、メノルが扉の前で言っていたことを思い出す。彼女は、怪しまれても大丈夫だと言っていたのだ。

「軍の関係者だと思われたですね」

 賢者の後ろ姿を見送っていたメノルは、シュウヤたちを振り返ると案内するように歩き出した。


「それは?」

 アラタが、さっきからメノルが見ている腕時計のようなものを覗き込んだ。

「地図なのです。お兄さん作ってくれました」

 メノルは自慢げに腕時計を見せびらかす。

 シュウヤは彼らの後ろを歩いていた。さっきよりも随分と細い通りに入っている。ここまでくると人ひとり、いや賢者一人見当たらない。

 通りの両脇から例の黒い建物が迫り、押し潰されそうだ。

「どうした、シロップ?珍しく静かじゃねえか」

 彼が振り向くと、シロップは落ち着かない表情で周りを見回していた。

 見回すと言っても見えるのは黒い壁ばかりだ。何か気になることでもあるのだろうか。

「うーーん……」

 彼女は唸り声を上げると、とうとう立ち止まってしまった。

「どうしたんだよ?」

 シュウヤが立ち止まると、それに気付いたクルミも止まる。

 シロップは壁やら今来た道に顔を向ける。鼻がひくひくと動いている。

「なにか匂うのか?」

「『羽化』……」

 シロップは物欲しげな顔でシュウヤの背中をじっと見つめた。

 そう言えば彼女は前から『羽化』したいと言っていた。シュウヤが困っていると、先に進んでいたアラタが待ちかねたような声を出す。

「シュウヤ、クルミ、シロップー?どうしたんだい、行くよー?」

「ああ……」

 シュウヤがシロップに目を戻すと、彼女は不満げな顔をしながらもまた歩き出した。

いました!ここ、隠れ家です」

 メノルは何度か地図を確認すると、腰に手を当てて宣言した。

 他と同じように黒い金属でできた、他と同じような四角い建物だ。他の建物と違うところと言ったら、こんな細い通りに入口があるところぐらいだろうか。

「隠れ家?」

「はい、アジトです。中誰もいません」

 彼女はそう言い切ると黒い建物の黒い扉を躊躇なく開け放った。

 建物の中は外にも増して埃っぽかった。こちらは長いこと放ってあった物置のような埃だ。実際、中にはコンテナのような箱やがらくたが山積みにしてあった。どのくらいのあいだ手を触れられていないのか分からない。箱の一つを覗いてみると、中は空っぽだった。

 シュウヤは、廃倉庫に住んでいた姉妹のことを思い出していた。

「ここでどうするんですか?」

 建物の中を見回していたクルミが問う。

 メノルは入口のあたりを探って天井の電気をつけた。驚いたことに、スイッチを押すとすぐに電気はついた。冷たい白い光が物置の中を照らす。

「人を待つです」

「人って、探してるっていうあの?」

 メノルはアラタの質問ににこにこと頷いた。

「会いに行くんじゃないんだな」

「軍に見つかったら逮捕です」

「それもそうか」

 シュウヤは納得したように頷いた。シロップは逮捕という単語を聞いた途端にはっとしたような顔になり、急いで物置の扉を閉めた。

「ハハハ、大丈夫です。ここは軍には見つからないです。お兄さん印。信用できるます」

「お兄さん何者だよ……」

「天才物理学者兼ハッカーです」

 メノル兄の株が本人のいない間にどんどん上昇していく。ハッカーだったのかお兄さん。

「探している人は、ここに来るのかい?」

 アラタがふと気が付いたように言った。

 シュウヤもそれは気になっていた。待っているだけでその探し人に会えるのだろうか、と。しかもこの場所は軍には見つかっていないようだし。

「大丈夫、招待状の送りました」

 メノルはぐっと指を立てる。

「扉通った時、ウォッチマンゼロ送りました。地図付きのものです」

 そう言えば、あの虫みたいなロボットがいない。地図を持たせて送っておいたのか。

「いつの間に……」

「ふっ」

 メノルは『もっと褒めろ』という顔で前髪を掻き上げた。

「なー、ひまー」

 そんなメノルを横目に、早くも飽きたらしいシロップはアラタの背中によじ登る。正確に言えば彼の背負う機械翼オートフェーダーにだが。

「うわ!?ちょ、シロップ重い!」

 旅を通して多少は鍛えられたものの、やはり貧弱さは大して変わらないアラタはバランスを崩してよろめいた。

 シロップは彼が倒れる直前に飛び降りた。アラタはそのまま尻もちをつく。

「いてっ」

「シュウヤ!なんか遊ぼ……」

 早々にアラタを見捨てたシロップは今度はシュウヤのほうを見て、ふと動きを止めた。

「ん?どうした?」

 シュウヤが問いかけると彼女は無言のまま目をぱちくりさせて入口の方を見る。

 そして、ふらふらとそちらに向かって歩き出した。

 みんなが見守る中、シロップは入口まで辿り着くとドアノブに手を伸ばした。

「おい、シロップ?外出るなよ、危ないぞ!?」

 シュウヤが追いかけるも、追いつく前にシロップはドアを開けて外に飛び出した。

「ちょ、どこ行くんだよ!?」

 シュウヤは彼女を追って外に飛び出した。

「シュウヤ!」

「ちょっと連れ戻してくる!」

 心配そうな声を上げるクルミにそう言い残して、シュウヤはシロップの後ろ姿を追った。


 路地を一つ曲がったところで、彼女は足を止めた。

「おい戻るぞ、シロップ……」

 シュウヤはシロップの正面に立つ人物が目に入った途端、口を閉ざした。

『彼』は、突然現れたシロップを見て目を丸くしていた。

「君……は……」

 彼はぽつりと呟いた。

 一方のシュウヤはまさに絶望的な気分を味わっていた。

 明らかにサイズの合っていない黒い軍服。その下に来ている白い衣装。

 そこに立っていたのは、都市の外で見た軍人の少年だった。今見れば、その白い衣装が町の賢者たちが着ていたのと同じものだとわかる。

「本当にいた……。今までは何度『呼んで』もだめだったのに……」

 少年は信じられないように首を振る。その目はシロップに注がれたままだ。

 シロップは目の前に軍の人間がいるというのに逃げる気配も見せない。逮捕されるのを怖がっていた彼女は一体どこに行ったのか。

 シュウヤが身じろぐと、少年はようやく気が付いたようにシュウヤに目を向けた。

 そして、その目をシュウヤとシロップの間で行ったり来たりさせる。

「なるほどね。君もこの子が欲しいんだ?……でも、ごめんね、譲れないよ」

 少年はそう言ってシロップに目を戻した。

「ねえ君、『羽化』したくない?」

 シロップの後ろ姿がピクリと反応した。彼女は、夢を見るようにこくりと頷く。

「じゃあ、僕と一緒に来てよ」

 少年はうっすらと笑うとシロップに手を差し伸べた。

 シロップは迷うことなくその手を取った。

「シロップ!?どうしたんだよ、そいつ軍の人間だぞ!?」

 シュウヤが彼女を止めようと声をかけても、シロップにはまるで聞こえていないかのようだった。

 少年はシロップの両手を取るとシュウヤに目を向けた。

「ごめんね、横取りして。せめてものお詫びに忠告をしておくよ。……その恰好、変だからやめた方がいいと思う」

「てめっ……!」

 シュウヤが駆け寄ろうとすると、少年はシロップと共に飛び上がり――その姿を消した。

「な!?」

 シュウヤはまず目を疑い、それから周りを探し回った。

 しかし二人の姿は、もう影も形も無くなっていた。


「ええ……?」

 シュウヤから話を聞いたアラタは、困惑の声を上げた。

「自分で付いて行っちゃったの?」

「大丈夫かなあ……」

 クルミは心配そうに物置の扉をちらちらと見ている。一方でメノルはというと、腕を組んで難しげな表情を浮かべていた。

「まずいです」

「ああ、そうだな。シロップが軍に捕まった」

 シュウヤは悔しげに言った。今回はずべて自分の責任だと思っているような口調だった。しかしメノルはそれに対して首を振る。

「違うのです。まずいの他の事です。このままじゃ、()()()()()()()()()()()()()()

 予想外のその言葉に、三人は唖然とする。

「は……?賢者に『なる』?」

「はい」

「どういうことですか?」

 クルミが訊いた。彼女にしては珍しい、問い詰めるような厳しい口調で。

 メノルは口を開こうとしたものの、シュウヤに目を止めると目を伏せた。

 シュウヤはその反応で、確信を得た。メノルは、この世界の事を知っている。いま世界で何が起こっているのか、その仕組みを。

 スーと同じように、

「知ってるんだな。全てを」

 メノルは少し目を上げた。それはまるで罪悪感に苛まれているような力ない目だった。彼女と会ってからまだほとんど時間も経っていないが、彼女がこんな顔をするなんて思っていなかった。

「……待ち人が来たら」

 メノルはしかし、思いの外しっかりとした口調で言った。

「すべて話します」

「わかった」

 シュウヤはそう言って、扉の方に向かった。

「どこに行くの?」

 クルミに向かって、シュウヤは明るい声で返した。

「待ち人とやらを出迎えるんだよ。来たらすぐにお前の前に突き出してやる。その時は話してくれよ、メノル」

 メノルは覚悟を決めたように頷いた。


 シュウヤは黒い扉を閉めた。周りを見回す。まだ、誰も来ていない。

 隠れ家の前はT字路になっている。正面の道は来るときに使った道で、ほんの少し行けば開けた場所に出る。

 シュウヤは誰かが来るのを待つためにその広場に出た。広いと言っても、東京地下街のシュウヤが住んでいた家より少しましなくらいだ。

 最悪は二度も起こらないだろう、と高をくくっていたシュウヤはそこで、本日二度目の災厄に出会う。

「軍には見つかってないんじゃなかったのかよ……!」

 シュウヤは会ったことも無いメノル兄に悪態をつく。彼の株価は大暴落だ。

 向こうも、思わぬ相手との対面に面食らっているようだった。

「てめ、なんでここに……」

 彼はいつもは半開きの目をカッと見開いてシュウヤを見ている。

 赤い星のついた軍服を珍しくきっちりと着込み、ぼさぼさの髪を適当に撫でつけた男。

 シュウヤの天敵、コナー・バスカヴィルがそこにいた。

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