フォート・ピオニール
既視感。
デジャヴともいうそれは、一度も見たことのない景色や経験したことのない出来事を一度経験したように錯覚してしまう事をいう。
そしてそれは、過去に見た夢や想像によって引き起こされることも多い。
何度も同じ光景を想像していたなら、それは見たことのあるものとして記憶されてしまうのだろう。
そして今、シュウヤは強烈な既視感に襲われていた。
「巨大……都市……」
その目は目の前の城壁都市に釘付けになっていた。
何度も何度もせがんで聞いた神話の中の聖地、巨大都市、フォート・ピオニール。それが今、シュウヤの目の前にある。
ごくり、と唾をのむ音に隣を見ると、隣に立つクルミもその光景を食い入るように見ていた。彼女もこれが何なのかわかったのだろう。しかしその向こうに立つアラタとシロップはシュウヤたちの反応を見て不思議そうに首を傾げている。
「どうかしたのかい?そんなにぼーっとして」
「変だなー」
クルミはハッとしたようにアラタたちのほうを見て、もう一度城壁都市に目を向けた。
「着きました!とうとうなのです!」
そんな中、相変わらず陽気な声を出して両手を上げる生物学者が一名。シュウヤたちはそろってメノルの方を向いた。
「どうしたですか、喜びましょう!」
「メノル、ここは……」
メノルはきょとんとする。オレンジ色の髪が揺れた。
「え?軍の本部ですよ?」
そう言われて、シュウヤは初めて思い出した。あの軍は、巨大都市の軍隊だったという事を。軍の本部にたどり着くという事はつまり、神話の都市にたどり着くという事なのだ。
「本当にあったんだ……」
クルミが放心したように呟く。
「アラタ、フォート・ピオニールのことは知ってるよな?」
「うん、まあ……ま、まさか」
そう言って、アラタは巨大都市にバッと目を戻した。
「ああ、この町、小さい頃から聞いてた巨大都市の特徴にぴったり一致するんだ。雰囲気なんかは、想像してたのとかなり違うけどな」
「何だ、知っていたですか?」
メノルが若干拍子抜けしたような声を出した。
「この星の人は知らないと思いましたのに」
その声はどこか残念そうだ。この眺めを見てシュウヤたちに驚いて欲しかったのかもしれない。そういうことなら、彼女の欲求は十分に満たされたと言っていい。
シュウヤは深呼吸して気持ちを落ち着かせた。驚いていても何も進まない。とにかく、今はこれからどうするかを考えなくては。
「あれが軍の本部なら、これからあの中に入るんだよな?」
シュウヤが訊くと、メノルは深々と頷いた。
「そうなのです。こういう時こそニンジャの出番なのです」
「ニンジャ?」
クルミが聞き返すと、メノルは目を瞬かせてシュウヤ、クルミ、アラタの顔を見た。彼女の表情が徐々に失望へと変わる。
「ニンジャできないですか?」
「……えっと、忍者のことを言っているなら、その文化は十五年前の雨でとっくに死滅したと思うよ」
アラタはできるだけ優しい口調で伝えたが、それはメノルに致命傷を負わせるには十分だったらしい。
「うぐっ……信じてましたのに……」
シュウヤは地面に手をつくオレンジの頭を見て妙に申し訳ない気分になった。彼女は絶望したような声で言う。
「ならば、どうやって巨大都市に潜入すれば……」
「え、考えてなかったの!?」
忍者なら入れると思ったらしい。そもそも日本人のすべてが忍者ではなかったという事を伝えておくべきだろうか。
「じゃあ、他の方法を考えないとな……」
シュウヤは黒い城壁に目をやりながら言った。
見上げると首が痛くなってしまうほどの巨大な壁は無機質で、いつかの軍の基地と同じようにうっすらと風景を反射している。金属のつなぎ目も見えない。扉さえも無い。恐らくどこか別の場所にあるのだろう。
まさか自分が忍者でないことを悔やむ日が来るとは思わなかったが、そんなことを言っていても仕方がない。
「メノル、ここから一番近い扉はどのあたりにあるんだ?」
「え?知りませんよ」
なぜか開き直った口調でメノルが言う。ニンジャショックから立ち直ってテンションがおかしくなっているのだ。
「フォート・ピオニールには扉の二つあります。両方に見張りが二人です」
「二つって言うと、両端とか?」
メノルは頷いた。
「うーん……見張りがいるんじゃなあ……」
クルミが呟いた。
「鍵開けならできるんだけど……」
どうしてできるのかは、とりあえず訊かないでおいた。
「アラタは、何か思いつくか?」
「考えてはいるんだけどね。どちらにしても、どういう扉なのかがわからない事には……」
シュウヤがメノルに問いかけるように目を向けると、メノルは知りません、と首を振った。
「じゃあ見に行くだね!」
煮詰まっていた四人は、シロップのハイテンションな声に顔を上げた。彼女は自分に注目が集まったのが嬉しいのか、ふん、と胸を張って言う。
「とびら見に行くの!」
シュウヤたちは顔を見合わせる。見張りのいるところに何の策も無しに行くのは危険に思えたが、今の彼らには他にできることなど無かった。
シュウヤは茂みの端からそっと目を出す。黒い軍服を着て微動だにせずに立っている見張り二人は、シュウヤが見ていることには気付いていないようだった。
「どう?」
後ろからアラタが小声で訊いてくる。シュウヤは扉に目を向けたまま小声で返した。
「両開きの扉だと思う。真ん中に切れ目が入ってるからな。でも、それ以外のことは全然わからねえ」
「どういうこと?代わって」
アラタに急かされて、シュウヤは彼に場所を譲った。シュウヤと同じ場所から扉を見たアラタも同じように首をひねる。
「どうだったの?」
「それがよくわからねえんだ。鍵穴も無いし、取っ手も無い」
クルミに状況を伝えると、彼女も眉をひそめた。
「どういうこと?鍵がかかってないのかな?」
「さすがにそれは……」
シュウヤもそうは答えるが、正直自信がない。
「あー、自動ドアですね」
いつの間にかアラタの横に割り込んでいたメノルの発言に二人は振り向く。
「え?でも、目の前に見張りが立ってるのに開かねえぞ?」
「こーさいにんしょうですよ」
メノルの口から飛び出た聞き慣れない言葉にシュウヤはぽかんとした。
そんな中、アラタが一人だけ納得したように頷く。
「虹彩認証か」
「なんだよそれ?」
「瞳の模様って、それぞれ人によって違うんだ。虹彩認証はそれを使ってその人本人かどうか見分けるんだよ」
「つまり、登録してる人じゃないとあそこを通れないのか」
「鍵開けは通じなさそうだね」
クルミがちょっと残念そうに言った。
「どうやって通る?」
「ばこーんって行こう!」
シロップがノリノリで片手を突き上げた。壁を壊すつもりらしい。
「そりゃ、無理だろ。物理的に」
「それに怪しまれちゃうよ。できるだけ隠密に行かないと」
アラタも頷く。ぶー、と頬を膨らませるシロップの隣で、クルミは顎に手を当てた。
「見張りの人たちなら登録してあるんだろうけど、素直に話して協力してくれるはずも無いしなあ……」
「上を通るんじゃだめなのか?」
シュウヤは壁の上を見つめながら提案した。今なら機械翼が二つあるし、シュウヤの翼もある。あれぐらいの高さなら軽々と越えられるだろう。
「壁の上、センサーあるます。通ったら警報、逮捕です」
「じゃあ無理か……。他に通れそうなところは……」
シュウヤは茂みをかき分けて壁に隙間が無いか探したが、想像した通りそんなものはどこにも無かった。
「しょうがないね。あとで問題になりそうだけど、正面から入るしかなさそうだ」
アラタはため息をつきながら言った。
軍服の男は、隣に立つ同じく軍服の男に話しかけた。
「なんか、変な気配がしないか?」
相手はしばらく微動だにせずに正面を見つめていたが、やがて億劫そうに振り向いた。
「見張り中だろ。話しかけるなよ」
「いやだから、変な気配が」
「しねえよそんなもん」
もう一人の見張りはそう言ってまた元の格好に首を戻す。
男は反論しようとしたが、実際その気配は感じられなくなっていたので中途半端に口を開いてまた閉じるという無意味な動きをするだけだった。
数秒の時間が、何の音も無しに過ぎる。
――バタン。
隣からした物音に、珍しく隣人が動く気になったのかと思い目を向けると、彼はすでにそこにはいなかった。
「――え?」
視線を下ろす。もう一人の見張りの男は、糸の切れた操り人形の用にうつぶせに突っ伏していた。
それと同時に男を襲う、背筋に氷を押し付けられたような強烈な寒気。
彼は咄嗟に振り向いて素早く飛びのいた。
彼が一瞬前まで立っていた場所に、ヒュッと何かが振り下ろされる。
ぞっとした。それはギラリと輝く、見るからに重そうな厚みのある剣だった。
「……あれ、外したか」
その剣の持ち主は軽い口調で言った。しかし、その姿を見た見張りの男はすでに動けなくなっていた。
少年らしくまだ出来上がっていない身体の、その背中から生えた巨大な黒い翼。まるで闇を映し出したようなそれは男の恐怖をも反映しているようで、見た途端に男を凍り付かせた。
あまりにも強大な威圧感。
「……っし、今度こそ……」
少年が再び剣を振り上げるのを、男は逃げることも悲鳴を上げる事もできないまま見ていた。
そして、彼の意識は暗転した。
「痛そうです」
メノルが口をへの字にして見張りの男の一人を見下ろした。
彼は恐怖の表情のままに白目を剥いて倒れている。きれいな大の字だ。赤くなっている額には、さっきシュウヤの剣の平が激突した。
彼が気絶する瞬間には、メノルの言う通りガンッという痛そうな音がした。
「白目だ!」
シロップがなぜか嬉しそうに言いつつ、彼の見開かれた目を覗き込む。
「大丈夫だよ、虹彩認識にはこっちの人を使えばいい」
言いながら、アラタはもう一人少し離れて倒れていた見張りを引っ張ってきた。シロップはそのことを気にしていたわけではないと思う。しかしアラタの強かさも筋金入りだ。
「よいしょ……」
シュウヤが翼をしまう間、アラタは気絶している見張りを持ち上げて門のそばにあったセンサーらしきものに近付けていた。無理矢理瞼を開く。
その途端、認証は完了した。
――登録されたユーザーです。ロックを解除します。
「おお、認証速い」
「これがロスト・テクノロジー……」
クルミが感心したように言った。
シュウヤもそうだが、物心ついた頃には地下にいたクルミは、動かなくなった機械の残骸らしきものは見たことはあってもこのような高度な技術を目にするのは初めてだった。
「いや、十五年前の技術よりも優れてるんじゃないかな。おじいちゃんの持ってた禁書によると、虹彩認証っていうのはもっと時間のかかる代物のはずだ」
アラタがセンサーをしげしげと見つめながら言う。その後ろでは、なぜかメノルが満足げにうんうんと頷いていた。
ともかく、ロックは解除された。
「こんな格好のまま中に入って、怪しまれないんですか?」
クルミが今更のように訊くと、メノルは首を振った。
「大丈夫です。怪しまれてもOKなのです」
「?」
シュウヤが疑問符を浮かべつつ彼女を振り返ると同時に、扉が開き始めた。
メノルに言われて念のため顔を隠す。監視カメラがついていた場合に備えてのことだ。まあこれも今更のような気がするが。
扉は確かに両開きだったが、シュウヤの予想とは違ってスライド式だった。重厚な見た目にそぐわず、音も立てずに開いてゆく。
やがてそれは完全に開ききった。
神話の都市に向かう入り口がシュウヤたちの前にぽっかりと口を開ける。
「……行くか」
扉に向かって足を踏み出したシュウヤは、旅を始めてから今までずっとここを目指して歩いてきたような、そんな奇妙な感覚を覚えていた。




