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雨の感染者  作者: 遠藤蓮霧
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軍の本部へ

「行くのですウォッチマンゼロ!私の目となり鼻となり口となるのです!」

 メノルは大声でそう言い放つと手に持っていた銀色の機械を地面に置いた。それは礼の妙な素早さでカサカサと森の奥に消えていった。

 派手派手しい恰好をした彼女の後ろには、機嫌よさそうに歩く銀髪の子供。鼻歌が漏れているが、メロディがハチャメチャなので恐らく彼女が今即興で作ったものなのだろう。更にその後ろを、シュウヤ、クルミ、アラタは何も言わずに歩いていた。

 ルナから来た宇宙人だと言い張る変人生物学者。つまり先頭を歩く片言の彼女はメノル・ライトと名乗った。

 間違いない。コナーたち軍が鬼のような形相で探し回っている少女だ。メノルなんていう奇抜な名前はそれ以外で聞いたことも無い。

「……なあ、」

 シュウヤはメノルに向かって声をかけた。彼女は立ち止まることなく振り向く。

「何で軍に追われてるんだ?その……殺すとか言われてたぞ」

 シュウヤの言葉を聞いてメノルは上機嫌に笑った。一体今の発言の何が嬉しかったのか分からない。

「私のお兄さんはすごいのです!天才物理学者!」

「はあ」

「お兄さんの宇宙船は宇宙一なので、軍の攻撃にも負けないでした」

 軍人の一人、メイフィールドの言っていた『見たことも無い固さ』って宇宙船のことか。となると、彼女が宇宙人というのも実は本当のことなのかもしれない。車か何かを格好つけて言っている可能性も捨てきれないが。

「どうして地球に来たの?やっぱり地球の生き物を調べるため?」

 アラタが興味津々に尋ねると、メノルはにまーっと笑って歩調を緩めた。そのせいでほとんど前を見ずに歩いていたシロップは彼女の背中にぶつかる。

「ぎゃん」

「オウ、ごめんなさい。あなたを忘れていました」

「この人嫌い!」

 シロップは怒ったように三人の後ろに隠れる。しかしクルミに頭を撫でられてすぐに頬を緩めた。

「この星に来たのは探し人がいるからです。お兄さんじゃなくて私が来たのは、私の方がここでやりたいこと多かったからです」

 つまり、地球の生き物を調べるのも目的の一つではあるが、ここまで来たそもそもの理由は人探しという事か。

「誰なんだ?その探してる人ってのは」

「皆さんの知人ではない人です。開拓軍の本部にいます」

 シュウヤは耳を疑った。という事は、メノルが西に用があるというのは、軍の本部に行くためだというのか。

「自分の立場分かってんのか?指名手配犯みたいなもんだぞ?本部なんて行ったら間違いなく殺される!」

「シュウヤ、人のこと言えないよ」

 アラタに言われて、シュウヤはそれもそうかと口をつぐむ。

「つまり、私たち同じ立場ってことですね」

 クルミはそうメノルに言って笑った。彼女は未だにメノルに対して敬語のままだ。少しでも年上であるという意識がそうさせるのだろうか。

 その時、シュウヤたちの後をてくてくと付いて来ていたシロップがぴたりと足を止めた。

「?シロップ、どうしたの?」

 シロップは鼻をひくつかせながらきょろきょろと周りを見回している。彼女が動物だったら耳もせわしなく動いているところだろう。

「ざわい」

「あ?なんて言った?」

「ザ・ワイズ」

 シュウヤが聞き返すと、シロップは今度ははっきりとそう返した。

 賢者(ザ・ワイズ)。不老不死にして、翼をもつ者。その言葉から、リーア以外に思いつく人物なんて一人しかいない。

「スーがここに?」

 シロップに問いかけるも、彼女は落ち着きなくあちこちに顔を向けるばかりだ。

「あ、ウォッチマンゼロです」

 メノルの声に振り向くと、前方から小さな銀色の機械が四本脚を動かして戻ってきていた。

 彼女の説明によるとこれは彼女の兄の発明品で、意志を持って周囲数百メートルを視察してくることができる小型ロボットらしい。ゼロ、というのは試作品という意味なんだとか。

 彼女は片目をその機械の背にあてた。カメラが撮ってきた映像を見ているのだろうか。

「います、近くに人いますね」

 そう言ってメノルは機械をシュウヤに渡した。彼女に倣ってその背に片目をあてると、カメラの映像とは思えない立体的な風景が見えてきた。確かにその中央にはパジャマのような白いズボンに軍服らしき黒いジャケットを羽織った人物が映っていた。身長と雰囲気からして、少年のようだ。年齢はシロップと同じくらいだろう。もちろん見た目だけの話だ。

 映像は彼が振り返ろうとするところで途切れていた。ウォッチマンは気付かれて急いで戻ってきたのだろう。

 シュウヤは機械から目を離してクルミに渡す。彼女も見終わるとアラタにそれを回した。

「まずいな、きっと軍の関係者だ。子供まで巻き込んでやがんのか……。これはどの辺りの映像なんだ?」

 メノルはアラタから機械を受け取りながら道の先を指さした。

「徒歩一分以内です」

「匂いが近付いてくる!」

 シロップが珍しく切羽詰まったような声を上げた。

 シュウヤはほとんど反射的にみんなを茂みの中に押し込んだ。そして自分もそこに飛び込もうとした時、

「何をしているの?」

 シュウヤは咄嗟に取り繕って振り向いた。


 背中を冷や汗が流れる。

 そこにはさっきウォッチマンの映像に映っていた少年が立っていた。正面から見ると軍服のジャケットの下にも白いシャツを着ているのが見えた。

「えっ……と、散歩を……」

 シュウヤは無理矢理笑顔を作った。かなり引き攣ったものになっていた事だろう。

 少年は怪訝そうに眉をひそめた。

「散歩?君、賢者だろう?」

 え?

 シュウヤの引き攣った笑顔がそのまま固まった。少年は今度は気持ち悪そうな表情を浮かべたが、そんなのは知った事ではない。

 賢者?オレは賢者に見えるのか?確かに背中のあたりに一人どっしりと居を構えているが、そんなことは外からではわからないはずだ。シロップと同じように匂いとか、何か別の方法があるのか?

 石像のように固まってしまったシュウヤを前に、少年は首を傾けた。

「なんなのさ、変な奴だな。とにかく、早く砦に戻った方がいいよ。ここに居たことは誰にも言わないどいてあげるから。軍に見つかったら何をされるかわからない」

「お……おう、ありがとな」

 シュウヤは内心で安堵のため息をつきながら片手を上げた。少年が背を向けたので今度は本当にため息をつく。

「ところでさ」

 少年が再び振り返った。

 シュウヤの不自然に伸びた背筋に疑問の視線を向けながら、彼は続ける。

「この辺り、愚者の匂いがしない?」

「うるせえ誰が愚かもんだ」

「え?」

 皮肉かと思って言い返してしまったが、そう言えば初対面の少年に皮肉を言われるような理由は持ち合わせていなかった。

「……。まあ、何も感じないならいいんだ。軍に見つかる前に帰りなよ」

 そう言い残して、少年は今度こそ本当にシュウヤに背を向けて去って行った。


「……はあああああ……」

「へたくそ!」

 茂みから飛び出してきたシロップが見事な跳躍を見せてシュウヤの側頭部をべしっと叩いた。

「あいてっ」

「そうだね、僕ならもう少しうまく演技できたと思うよ」

「何だっていいだろ、誤魔化せたんだから」

 同じように茂みから出てきたアラタに向かって、シュウヤは頭を押さえながら言い返した。

 彼らに続いてクルミとメノルも出てきて、少年が本当に行ったことを確認する。

「なんだったんだろう、今の子……。軍の制服を着てたけど、軍人じゃないよね?」

 クルミが少年の歩いて行った方向を見ながら言う。確かに彼の雰囲気は今まであった軍人たちとは明らかに違っていた。羽織っていたジャケットもどこか着こなせていないような印象があったし、そもそも年齢がおかしい。

「賢者だよ」

 シロップが、だから言ったでしょ、というような口ぶりで言った。

 シュウヤは腕を組む。実際に面と向かってみて、シュウヤもあの少年は賢者なんじゃないかとは感じていた。はっきりとした理由は無いのだが、何となくスーと雰囲気が似ている気がしたのだ。

 メノルもうんうんと頷いた。

「あれは賢者です、間違いの無い」

「メノル、賢者が見分けられるのか?」

「生物学者の勘は強大なのです」

「勘なんだね」

「すごいなあ」

 クルミは一人だけ感心したように頷いた。メノルは自慢げに胸を張る。

「でも、なんで賢者が軍服なんて着てるんだ?」

 シュウヤが思い出したように言うと、メノルは深刻そうな顔をして顎に手を当てた。絵本から出てきたような強烈な服装と真剣な表情が致命的に似合わない。

「軍に味方する賢者もいるわけです」

 メノルの言葉と、今まで見てきた賢者と軍の関係に矛盾があるように感じた。

 今まで出会った賢者などスーとリーアくらいだが、スーを追いかけ回す軍の様子から賢者と軍の間に何らかの敵対関係があるのではないかと勝手に想像していたのだ。

 シュウヤが難しい顔をして考え込む一方で、メノルは嬉しそうに口角を上げて一人頷いた。

「賢者がいるから、軍の本部はすぐ近いです」

「え?なんでそんなこと言えるんだ?」

「賢者は軍の本部にしかいませんからです」

 シュウヤ、クルミ、アラタは思わず顔を見合わせた。彼らはここから近いとは言えない場所で何度も賢者に遭遇しているのだ。

「どうしましたか?」

 メノルが三人の様子を見て首を傾げる。

「いや、オレたちは日本でも賢者に会ってるんだが……」

「むむ、逃げだしたの個体がいるのですか。なら探し人は本部にいないかも知れないです」

「なんでだよ?」

「彼は色々忙しい隊なのです」

 メノルの探している人物は軍人なのだろうか。

 彼女はそれ以上の説明をせずにシロップに向き直った。

「ここの確認お願いします。軍の本部近いですか?」

 シロップは意外にも素直に頷くと、目を閉じて周りの匂いを嗅ぎ始めた。

 なるほど、シロップと二人でいた間はシロップのこの能力とウォッチマンを使って周囲の状況を把握していたのか。

 シロップは体の向きを変えながら全方位の匂いを嗅いでいたが、やがて少年が向かって言ったのと同じ方向で体の動きを止めた。

「こっち!近い!」

「おお!どれくらいですか?」

「んんー……?近い」

 シロップは首を傾げながら同じことを繰り返した。どうやらある程度以上近くなると距離を正確に把握するのが難しくなるようだ。

「じゃ、リーアに訊いてみるか」

「それがいいね」

 シュウヤたちの口から出た聞き慣れない名前に、メノルは目をぱちくりした。

「リーア?誰ですか?」

「ああ、リーアも賢者だよ。シュウヤが翼を開くと呼び出せるのさ」

 アラタは自分のことのように誇らしげに言いながらシュウヤにタンクを差し出した。

 ピンと来なさそうな顔をしていたメノルは、次の瞬間信じられないというように目を見開いた。

『ずいぶんご無沙汰ではないですか?……おや?人が増えていますね』

 シュウヤの頭に響くリーアの声もふて腐れたような声からちょっと意外そうなものに変わった。

『変わった服装の……』

「シュウヤさん!あなたはなぜ言ってくれないのですか!」

「へ?」

 メノルは鬼気迫る表情でシュウヤの手をがしっと握りしめた。痛い。

「約束の子!宇宙的大発見です!」

 宇宙という単語を積極的に使おうとするところに彼女の謎のこだわりが見えるが、今はそんなことはどうだっていい。

「約束の子?って、なんなんだよ?父さんも言ってたような気がするけど……」

「約束の子……。ならば、あなたにも会談しなければいけないのですね」

「おい、メノル?」

「そんなことよりも、砦はどこなのですかリーアさん!」

「……」

 メノルは初めて見たにしてはひるむことなく黒い巨大な翼を見上げながら問いかけた。リーアは当然彼女の質問に驚くことも無く答えた。

『もうすぐです。この森を抜ければすぐですよ』

「森を抜ければすぐだとさ」

 メノルに教えてやりながら、シュウヤは予想よりずいぶん早く本部に着きそうなので驚いていた。

 前にアラタに見せてもらった世界地図によると日本や上海は世界の東の端。軍の本部は一番大きな大陸の、少なくとも半分よりは西だと思っていたのだ。

「ではゆきます!シュウヤさん翼引っ込めてください!」

『身勝手ですね』

 リーアは小さくため息をついて翼を畳んだ。それはふっと風に溶けるように消える。

 とっくに走り出していたメノルと、走るものを追いかける習性でもあるようにぴょんぴょんと駆けて行ったシロップを追って三人は森の中を走った。

 いつまでも続くように見えた森は案外すぐに終わりを迎え、森の端に立ったシュウヤたちは見た。

 真っ黒な壁に周囲を覆われた巨大な都市。

 金属の壁は無骨に分厚く、中から伝わってくるのは殺伐とした威圧感のみ。

 その見た目は、『外から見ればまるで立派な城壁のよう』。

 シュウヤの口から、ぽろりとその言葉が零れた。

巨大フォル……都市テラ……」

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