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雨の感染者  作者: 遠藤蓮霧
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宇宙人?

 シュウヤたちはランじいに貰った荷物を持って西に向かっていた。

 彼らの予想に反して、進めど進めど町にはぶつからない。まだしばらくは大丈夫なはずだが、貰った食料も確実に減りつつあった。

「こっちに進み始めてからどのくらいになる?」

 シュウヤはひたすらに続く道路を歩きながら言った。クルミは空を見上げて答える。

「二日かな?」

「まだそんだけかよ……」

「こうも単調な道だと、時間感覚狂っちゃうね」

 アラタが疲れたため息をついた。

 意外なことに、上海地下市の入り口から真西の方角に向かってしっかりとした道が伸びていた。その道は森を抜けて川の脇を通り、ここまでひたすら真っ直ぐに続いている。

「この道をたどれば、軍の本部まで案外簡単にたどり着けるかもね」

 とはアラタの談。

 ちなみに一昨日の話である。

 昨日はリーアに道を訊いてみたが、彼女は

『まだ西ですね。もっと先です』

 と彼らに残酷な宣告を下した。

 そんなこんなで三人はこれといった変化のない一本道を歩き続けているのだった。

「……」

「どうした、クルミ?」

 シュウヤは先ほどからしきりに周囲を気にしているクルミに話しかけた。彼女は軽く首をひねりながら言う。

「うん、なんか……誰かに見られているような……」

「ような?」

「見られていないような……」

 クルミは曖昧に言ってまた周りを見回した。そこには茂みやら草やら蔦の絡みついた木やらがぽつぽつと散らばるだけでシュウヤには得に何の気配も感じられない。

 アラタもシュウヤと同じように辺りを見渡してから言う。

「勘違いではないんだよね?もしくは何かの動物とか」

「地上だぞ?動物はいないだろ」

「うん、勘違いではないと……あ、ほら今!」

 クルミはパッと立ち止まって後ろを指さした。しかしそこには茂みが虚しく揺れるだけでやはり何もいなかった。

「うーん……?」

 クルミは眉を寄せて首を傾げた。

 クルミの動物的勘はもはや勘の域を超えている。彼女が何かいると言ったらいるのだろう。

 シュウヤが周りを見てくると言おうとした、その瞬間、クルミはすぐそばの茂みに飛び込んだ。

「やっぱりいたよー」

 と思うと、何か小さなものを両手で包むように持って出てきた。

「でもこれ、何だろう……」

「どれ?」

 クルミは手の中のそれが動かないのを確認してから、そうっと手を開いた。

 それはスーパーボール大の小さな機械のようだった。光沢の無い銀色のボディからは昆虫を思わせる足が四本にゅっと生えている。

「なんだこれ?」

 シュウヤが顔を近付けると、突然そのボディがパカッと割れた。

 驚いて顔を引くと、割れた隙間からカメラのレンズらしき黒くて丸いものが顔を出した。

 三人は顔を見合わせた。その間にも、その機械らしきものはせわしなくカメラを動かしている。

「え、どうしよう、何だろうこれ……」

 クルミは機械を持った手をできるだけ自分の体から遠ざけた。

 アラタが恐る恐るそれに手を伸ばそうとした時、それはパッとクルミの手から抜け出して華麗な二回転着地を決めたかと思うと茂みの向こうへと素早く消えていった。

 カサカサと四本の足を動かす仕草の気色悪さに、思わず追いかけようとしたクルミも足を止めた。

「……」

「……」

「……」

 三人の間に無言の会話が交わされた。

 見なかったことにしよう、という結論が出たまさにその時、先ほどの物体が入って行った茂みからガサガサと何かの動く音がした。

 三人は一様にさっきのよくわからないものが戻ってきたのだと思って下の方に目を向けていたのだが、予想に反してそこに現れたのは奇妙な形の靴を履いた人間の足だった。

「……お?おお!本当にいたの人たちですね!」

 足元から徐々に目を上げると、そこには愉快そうな顔をした女が立っていた。

 年齢はシュウヤたちよりも少し上くらいだろうか、判断ができない。というのも、彼女のあまりにも奇抜な恰好がシュウヤの思考を邪魔していたのだ。

 まずパッと目に入るのは絵の具を思わせる強烈なオレンジ色の髪。ほんの少し縮れたそれを頭の両脇で括っている。それに服も派手だ。青いだぼだぼの作業服に濃い黄色のオーバーオール。子供向けの絵本から飛び出てきたような格好だ。

 現れるなりかなり怪しい標準言語を発した彼女の口は、今は興奮を堪えるようにむずむずしている。

「よかった!人がいないなら、困りものです私!」

 そしてまたしても、明らかに文法がおかしい言葉を発した。

 シュウヤは一テンポ遅れてから彼女が何を言いたかったのかを理解した。これにどう反応すればいいのかを考え始めた頃には、謎の女は既にシュウヤたちから目を逸らして後ろを向き、大げさな手ぶりで茂みに向かって手招きをしていた。

「おーい!人がいます!ウォッチマンゼロの機能証明されました!」

 言いながら、彼女は左手に持っている何かを掲げる。よく見るとそれはついさっき茂みの中に入って行った銀色の機械だった。

「シュウヤ、あれ!」

 クルミも同じことに気が付いたらしく、ひそひそと話しかけてくる。

「ああ、さっきの奴だ。いったい何者だ、こいつ?」

 シュウヤの中では彼女はすでに『得体の知れない敵』に認定されていた。しかし次の瞬間、あまりにも聞き覚えしかない声が茂みの奥から聞こえてきた。

「おー、いた?いた!?」

 テンションも音程も高い、子供の声。思わずシュウヤとアラタは顔を見合わせる。

 彼女は、ひときわ大きく茂みをがさつかせて飛び出してきた。目を引く銀髪とピンク色の瞳。その目がシュウヤとアラタの姿をみとめた時、彼女の顔がパッと輝いた。

「アラタ!シュウヤ!久しいな!」

「「シロップ!?」」

 もうとっくに遠くへ行ってしまったものと思っていた魔法使いの少女がそこにいた。

 謎の女はシュウヤたちがシロップと知り合いらしいのを見て、元々大きな目を零れんばかりに見開いた。

「シロップと知り合いの人!同種のですか?」

 言うなり、シュウヤの腕をがっしと掴んで背中やら手のひらやらをじっくりと観察し始める。

 彼女が観察に夢中になって手に持っていた機械を放り投げたので、それはまたしても地面に綺麗に着地して、その場で休憩でもするように足を折りたたんだ。

「おお!わかりません!これには解剖の必要性感じます!」

「解剖しないのー!シロップの友達!」

 シロップはシュウヤと女の間に割り込むと女をぐいぐいと押し返した。

 当のシュウヤは二人を眺めながらサーカスでも見ているような気分になっていた。音量と言語力が両端に振りきれている。

「シロップちゃんって、先に西に向かったっていう?どうしてここに居るの?」

 完全に蚊帳の外になっていたクルミはおずおずと入ってきて、シュウヤたちとシロップたちを見比べながら言った。シロップたちの方を見るときはシロップではなく主に謎の女の方に目が向いていたが。

 シロップは『見たことあるような無いような女の子』に突然話しかけられて口をパカッと半開きにしていたが、すぐに口を閉じて今度はよく訊いてくれたとでも言いたげな表情になった。彼女が考えることを放棄する過程が手に取るようにわかった。

「捕まった!ひどいの!あほ!」

 実に腹立たしげにそう糾弾して、シロップは謎の女を指さした。

「それただの悪口じゃねえか」

「どうして捕まったの?」

 アラタはシロップの前にかがんで、派手な二人を見比べながら問いかけた。

「その前に、あんたは何者だ?」

 シュウヤが謎の女に顔を向けると、今度は彼女がよく訊いてくれたという顔をした。シロップの時は微笑ましいだけだったのに、彼女がやるとなんだか胡散臭い。

 彼女は腰に片手をやってもう片手で自分の胸をばんばんと叩くと、もったいぶってたっぷりと間を置いてから言った。

「私は、宇宙人なのです」

「……シロップ、大変だったな」

「行こうか」

 シュウヤとアラタが彼女に背を向けようとすると、彼女は今度は必死に引き留めた。

「待って!本当のことです!そこの善良な女子!」

 言って、どうすべきか迷っていたクルミに人差し指を向ける。

「あなたは私を信じて!」

 何も言わず、クルミはじりじりと後ずさった。

「ううう~、まっでぐだざい~」

「おい、クルミいじめてんじゃねえ」

 シュウヤが彼女のオレンジの頭をパシッと叩く。彼女の頭がかくっと下がる。

「シュウヤ、もっとやれ!」

「そんなぁ、同じ釜でピッツァ焼いた仲ですのにぃ」

 森の中でピザ焼いたのか、とシュウヤは若干呆れる。シロップに縋りついている彼女に対する警戒心はいつの間にか無くなっていた。

 同じように可哀そうになったらしいクルミは少し彼女に近付いて、訊いた。

「あの、話を詳しく聞かせてもらえますか?」

 女はバッと顔を上げてシロップから手を離すと、地面に座りなおした。

「実は私、ルナの出身の人なのです」

「ルナの住人!?」

 途端、アラタの顔色が変わった。

「本当に!?ルナには生き物がいるのかい!?」

 さっきの反応とは一変、彼女の正面に正座するとかじりつくように質問する。

 一方の彼女も、ようやく信じてくれる人ができたことが嬉しいらしく顔を輝かせて頷いた。

「そう!そうなのです!あなたなら人を信頼するの男の子と知ってました!」

 そして明らかな嘘を吐いて大声で笑う。

「でもよ、あんたさっきピザ焼いたとか言ってなかったか?」

 シュウヤが疑り深い視線を向けると彼女はすまして言った。

「ルナでもピザは有名なのです、おいしいから」

「じゃあ、ルナのどこから来たんだ?」

「そりゃ、アメリカ……あ」

「アメリカって言ったぞ!おいアラタ、こいつ今アメリカって言ったぞ!」

「言ってないです!ア……アメリンガルフって言いました!ルナの地名!」

「アメリンガルフかあ……。どんなところなんだろう……」

「アラタ!?」

「自由の国なのです。ハンバーガーおいしい」

「だからそれアメリカだろ」

 全く話が進まない。とにかく、彼女は自分がルナから来たと言い張るつもりのようだ。

「シュウヤ、その人は宇宙から来たんだよ、その人もそう言ってるし」

 そう言うクルミは目が回っている。感覚がおかしくなっているのだろう。しかし一方のシュウヤも正直彼女がどこから来たのかなどどうでもよくなりかけていた。

「分かった。もう何だっていい、宇宙人でも未来人でも」

「私は現代人です」

「知ってるよ」

 シュウヤとクルミは顔を見合わせるとアラタの両脇の地面に腰を下ろした。シロップも飛んできて、女の隣にスライディング着席する。

「で?なんでシロップを捕まえてたんだよ」

 むしろここが本題だ。シュウヤが落ち着いた口調で訊くと、女はシロップの肩をバシバシと叩いた。

「私生物学者です。この子調べないは研究者の恥!」

「はあ……」

「失礼千万!」

 シロップが顔を膨らませて彼女の手をはじいた。彼女は気にすることも無く手をひっこめると、三人の顔を順に見る。

「この子、あなた達来るって言いました。同種の人、一人いると。だから待ちました。調べられる人、調べないは人間の恥!」

「同種って……」

 言いながら、アラタがちらりとシュウヤを見る。クルミは首を傾げた。

「俺だろうな。四分の一くらい同類だって、前にシロップが言ってたし」

「そうなの?」

「そうなんだよ」

 彼らの言葉を聞いて女はにわかに顔を輝かせた。しかしその脇に座ったシロップが鼻をすんすんと動かして微妙な顔をする。

「どうしたの、シロップ?」

「うーん、ザフーのにおい、減ってるの」

「今はどれくらい?」

「半分の半分の半分くらい」

「八分の一か」

「八分の一でも変わらないです!調べさせて是非!」

 女の目がキラキラと輝く。シュウヤはうーんと難しい声を上げた。

「シロップもだけど、オレたち西に行かなくちゃならねえんだよ。ここに留まるわけには……」

「大丈夫!西に私も用事あるます!」

「丁度いいじゃないか!連れて行こうよシュウヤ!」

 そう言うアラタの目は彼自身の知識欲にまみれている。シュウヤは彼と女の間に似たようなものを感じた。

 シュウヤがクルミのほうを見ると、彼女は女のほうをちらりと見てから小さく頷いた。

「じゃ、一緒に行くか」

「本当ですか!」

「えー……」

 シロップが不満げに唇を尖らせる。ようやく彼女から解放されると思っていたのだろう。可哀想だが、多数決でいくなら彼女に勝ち目は無い。

「そういえば、あんたの名前をまだ聞いてなかったな」

 シュウヤが彼女に顔を向けると、そうだったというようにアラタとクルミも彼女を見る。

 彼女自身も忘れていたらしく、ああ、と手を打って、にこりと笑った。

「私の名前はメノル・ライトです。よろしく」

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