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雨の感染者  作者: 遠藤蓮霧
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翼との対話

『あ、繋がった』

 そんな声が聞こえてきて、シュウヤは思わず目を開けそうになった。

 しかし目的を思い出し、何とか踏みとどまる。

「エギル、聞こえるか?」

 声に出して話しかける。すると、再び脳内に満足したような声が響いてきた。

『ええ、聞こえます』

「お前がオレの翼なのか?」

 ここだけ聞くとかなりおかしなことを言っている、と自分でも思いながら、シュウヤはなおも話しかけた。

 今度は答えまでに少し時間がかかった。もう話せなくなったのかとシュウヤは一瞬焦ったが、そんなに待たずに声が返ってきた。

『……ああ、そういうことですか。はい、私は今、あなたの翼ということになります』

「何だ、その言い方?」

「シュウヤ?話ができたの?」

 意識の外から、クルミの控えめな声が聞こえてくる。そこでシュウヤは、周りにクルミもアラタもいたということを思い出した。彼らから見れば、シュウヤは大声で独り言を言っているように見えるのではないか。

 シュウヤは弁解しようと目を開けた。

「あ」

 シュウヤはしまったという顔をする。目を開けてしまった。集中が切れてまた話が出来なくなったら、せっかく上手く行ったのが台無しだ。

『どうしました?』

 と、頭の中にまたあの声が聞こえた。

 シュウヤはとりあえず安堵のため息をつく。目は開けても大丈夫らしい。

「翼と話せるようになった。今、頭の中に声が聞こえてる」

 そう言うと、クルミとアラタは目を丸くした。やはり話は聞いても実際にできるとは思っていなかったようだ。

「どんな声?」

 アラタが興味津々に訊いてくる。

「どんな……?」

『こんな声ですよ』

 シュウヤの頭の中で翼が言った。どうやらスーと同じで声に出さなくても思ったことがわかるらしい。

「女……?だと、思う。聞きようによっては男にも聞こえるけど。声は結構若いな」

『嬉しいことを言ってくださいますね』

 翼は大して嬉しくも思っていなさそうな声色で言った。

「少し一人にしてくれるか?こいつにいろいろ訊いてみたい」

「わかった。クルミにはまた機械翼を貸しておくよ」

 アラタはシュウヤの頼みを快く引き受けて、クルミに笑いかけた。クルミも小声で、頑張って、と言ってきた。

 シュウヤは軽く頷くと、テントの前に腰を下ろした。


『訊きたい事なら、こちらの方が多いと思うのですが……』

 翼が呟いた。

 シュウヤは苦笑した。心を覗けるのに言葉で訊こうとする。聞き覚えのあるこだわりだ。

「分かった、オレも答えるよ。その前に名前を教えてくれないか?あれば、だけど」

 シュウヤはむしろ名前が無い確率の方が高いと思っていたのだが、予想に反して翼はさらりと自己紹介した。

『リーア・ラッグです。よろしくお願いします』

 丁寧に名乗る翼は、名前からしてやはり女性らしい。翼に性別があるというのもおかしな話だ。

 それよりも、シュウヤは彼女の名前に引っかかっていた。つい最近に聞いたことがあるような気がする。それに、ラッグと言えば。

「リーア、さん、はスーと何か関係があるのか?」

 脳に聞こえていたリーアの声がぴたりと止まる。

「リーアさん?」

『……ああ、すみません。スーのこと、ご存じなんですね』

「ああ、まあな」

『関係、ですか。そうですね。私は彼女の、友達です』

 リーアが懐かしそうな声色で言った。

「じゃあ、ラッグっていうのは」

『ああそれは、私の能力の名前ですよ』

 やはりそうか。スーはシュウヤのことを「シュウヤ・エギル」と呼んでいた。苗字に当たる部分に翼の種類が来るのだとすれば、あの金色の翼はラッグという名前ということになる。同じ翼をもつ人もいるのか。

 そこで、シュウヤははたと気が付いた。

「ん?翼に翼があるのか?」

 混乱して呟いた言葉に、リーアはふふっと低い笑い声を返した。

『いろいろと複雑なのですよ。あなたと同じで』

「オレが複雑?」

『ええ。私は、自分がこんな状態になる日が来るとは思ってもみませんでした』

 リーアが静かに言う。シュウヤは、何となく彼女がスーと「同じ」なのではないかと思い始めていた。

「リーアさん……あんたは、一体何者なんだ?」

 シュウヤは唐突に核心に触れる。それに対してリーアは困ったような声を出した。

『何者、ですか。そうですね、ではあなたは何者ですか?』

 シュウヤは言葉に詰まった。……それは、哲学的な話だろうか。

 そう考えて、自分がリーアに全く同じ事を聞いていたことに気が付いた。

「悪い、答えづらい質問をしたな」

『ふふ、いいえ、そういう意味ではないんですよ。相手によって説明の仕方も変わってきますからね。あなたに一番適切な説明をしたかっただけですよ』

 シュウヤは納得しつつもやはりどう答えていいのか分からず目を泳がせた。

『では当てましょう。あなたは人間ですね?』

 リーアはどこか面白がっているように言った。

「そうだ」

『ならば、人間向けに説明します。私やスーは、賢者ザ・ワイズと呼ばれるものです。ああもちろん、この呼び名をつけたのは人間ですよ』

「賢者?」

『そうです。永遠の命と知識を持つ者、それが賢者です』

 永遠の命という言葉を聞いたときにシュウヤの頭に浮かんだのは、シロップのことだった。何度死んでも生き返る、生まれてから年を取らない特殊な存在。

「じゃあ、シロップも賢者、なのか……」

 リーアは驚いたように一瞬息を止めた。

『シロップという方は聞いたことがありませんが、まだ無事な賢者が残っていたのですね。私も案外世界を知らないのかもしれません』

「賢者なのにな」

『皮肉なものです』

 そう言った彼女の声は、言葉の軽い響きに反して鋭いナイフのような自嘲の響きを含んでいた。

 シュウヤは気まずくなって口をつぐむ。

『……すみません、気にしないでください。ところで、スーは今どこにいるんですか?』

 リーアはわざと明るい口調で言った。

「ああ、友達なんだったな?スーならこの先の荒れ地にいるぞ」

『え!?』

 リーアは意表を突かれたような素っ頓狂な声を上げた。

「どうした?」

『そんなに近くにいるんですか?というか、居場所がわかっているんですか?』

「おう、いるぞ?」

 分からないと思ってたのに訊いたのか、と内心思いながらもそれを表に出さずに、シュウヤは頷いた。

『連れて行ってください!』

 リーアの声が突然真剣に、というか必死になる。

「どうしたんだ急に」

 今まで彼女がずっと冷静だっただけに、シュウヤは戸惑いを隠せない。リーアははっと気が付いたように声の調子を落とした。

『……すいません、まさかこんなすぐに会えるとは思わなかったもので』

「そうか。わかった、どうせ会いに行くつもりだったしな。今日の夕方でどうだ?」

『今行きましょう』

「今?」

 シュウヤはクルミとアラタに目を向けた。クルミは気持ちよさそうに空を飛び回り、アラタはその下で声援を送っている。

「今はちょっと」

『何かすることがあるのですか?』

「オレが何かするわけではないんだけどさ」

『なら問題ありませんね』

 ほら、とリーアが多少強引にシュウヤを急かす。

 強く言われるとシュウヤも彼女には何となく逆らえなくて、ちらりと二人を振り向きながら立ち上がった。


『ここは?』

「ナイトメア級発生区域。強い雨が降るから立ち入り禁止になっている場所だ」

 リーアは黙り込み、シュウヤは瓦礫の山がある方に足を進めた。

「スー!」

 瓦礫にたどり着いた途端、シュウヤは呼びかけた。

 自分の意思とは関係なく、勝手に声が出ていた。

「おいリーア、今何かしただろ」

 黒い翼がふわりと揺れるだけで何の返事もない。

「リーア?」

 瓦礫の裏から、スーが走り出してきた。いつもなら表情の読み取りにくい彼女の顔は不安と期待の狭間にあるように揺れて、白い布のワンピースと靴も履いていない足が相まってまるで仲間を見つけた孤児のようだった。

 そして彼女の背中には、シュウヤと初めて出会った時のように淡い金色の翼が広がっていた。

「スー、その姿は……」

 シュウヤの口から、またしても彼の意識にない言葉が転がり落ちる。シュウヤは文句を言おうとしたが、今度はリーアに完全に体を乗っ取られているようだった。口どころか指一本動かせない。

 スーはシュウヤのぎこちない表情から彼に何が起こっているのか理解したらしく、くすりと笑った。

「今度こそ久しぶり」

「それよりも、その姿について説明してください。その翼、ラッグ……ですよね」

『説明してください!』

 急に体の主導権が戻ってきて、再び脳内に彼女の声が響く。シュウヤは間髪入れずに言った。

「おい、勝手に体を使うな!せめて先に言ってからにしろよ」

『いいから説明を早く』

 シュウヤはため息をついた。

「説明って言っても、オレが初めて会った時からスーの翼はこれだし……っていうか、友達じゃないのかよお前ら?」

『ラッグは、私の能力です。彼女の能力ではありません』

 リーアは、自分でも混乱しているように言った。

 シュウヤはわけがわからずにスーを見た。彼女は小さく微笑んでいる。翼の金色が、ふっと一瞬明るくなった。

「ごめんなさい」

 スーはシュウヤを見て謝った。

 彼女の言葉がシュウヤに向いていたのか、それともリーアに向いていたのかは分からない。

 シュウヤは目を見開いた。

 金色だった翼が、見る見るうちに色を失っていく。色を失うと言っても褪せるのではない。翼の色がじわじわと滲んで、周りの空間に溶け込んでいく感じだ。

 全ての色を失くしたスーの翼は、今やガラスでできているように透明だった。形も、今までのふわふわとしたものに比べると冷たい硬質なものに変わっている。

「な……」

 シュウヤは言葉を失っていた。

 スーがゆっくりと目をシュウヤに向ける。静かな瞳は前と変わっていないはずなのに、冷たく底知れないものに感じた。

「シュウヤ、あなたのことを騙していた」

 スーが反省していないような声で言う。……いや、反省していないというよりも、何の感情も、温度もこもっていないのだ。

 気付けば、シュウヤの口から苦笑が漏れていた。そこでようやく、シュウヤはまたリーアに体を乗っ取られていることに気付いた。

「変わっちゃいましたね」

「五年もあれば変わるわ」

 スーの翼に、また色が戻って行く。ほんの数秒で、彼女の翼は温かい金色をした「ラッグ」に戻っていた。

「シュウヤ、あなたに彼女の本当の名前を教えてあげましょう」

 リーアが、シュウヤの声で言った。

「彼女の名前はスー・ルークビルト。能力は記憶の読み取りと、催眠です」

10/29 編集しました。


リーアの台詞 「私たちは」→ 「私やスーは」

       「及ばれるものです」→ 「呼ばれるものです」

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