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雨の感染者  作者: 遠藤蓮霧
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再会

 鎖の向こうに入って、何が変わるわけでもなかった。相変わらずの雨に濡れた茶色い荒地が延々と続いている。

 一歩進むごとに足元が若干沈み込んで、靴の周りから水がしみ出した。

 しかし、ナイトメア級発生区域に入ってからしばらく経つのに、一向に反対側の鎖が見えてこない。ナイトメア級の雨というのはずいぶん広範囲に降るものらしい。それともあまりに威力が強いからできるだけ近くに人が近付かないようになっているのだろうか。

 シュウヤは入るときにまたいだ鎖のことを思い出した。

 あの黒い金属、見覚えがあるなんてものじゃない。きっとあれも軍が設置したものなのだろう。そもそも死の雨が降るようになってからあんな警告を広範囲に設置できるのなんて、シュウヤの知る限り機械翼オートフェーダーを持っている軍の人間だけだ。

 シュウヤの軍に対する印象なんて物騒な人殺し連中ぐらいのものだったが、あの警告を見て多少見直した。こういう危険地帯に人が入らないよう警告を出すような良心もあったらしい。シュウヤ以外にここまで歩いてくる人間がいるかどうかはかなり疑問だが。

「ん?」

 シュウヤはふと足を止めた。遠くのほうに、なにか瓦礫の山のようなものが見える。

 今まで正面には茶色い地面しか見えなかったので、いい加減つまらなくなってきたところだった。

 物珍しさに、シュウヤは少し足を速めてそれに近付いた。

 近付けば近付くほど、それは瓦礫の山にしか見えなかった。高さはシュウヤの身長の二倍くらい。文字通り山のような円錐形に、ごちゃごちゃと瓦礫が積み上がっている。

 瓦礫といっても、それは鎖や機械翼の材質と同じ黒い金属だ。しかしあちこちからパイプが突き出し、曲がった板が突き出すその様子はスクラップ場の一角に積み上がったゴミのようだ。

「突然ゴミ山って……、これも軍がやったのか?」

 シュウヤは呆れたような声を上げながら瓦礫の一角を触る。今も降っている雨のせいで、当然ながらびしょ濡れだ。

 その時、唐突にどくっと胸が高鳴った。

「いらっしゃい」

 反射的に顔を上げる。

「……あ……」

 瓦礫の上に、少女が立っていた。光を発しているわけでもないのに目を吸いつけるような、不思議な存在感のある彼女はまるで重力を感じさせない立ち方でそこにいた。

 彼女は、顔を上げたシュウヤを見て一瞬驚いたように目を見張ると、ふわりと笑みを広げた。

「久しぶり」

 その声は普通だったのに、彼女が泣きそうになっているような気がした。

「スー?」

 シュウヤが声をかけると、スーは今までもシュウヤを見ていたのにまるで今存在に気付いたような顔をした。

「あら、久しぶり」

「あらって……」

「ごめんなさい」

 何の感情もこもらない謝罪をしながら、スーは瓦礫の上からふわりと飛び降りた。

 そこで、シュウヤは初めて気付く。

「翼が……」

 そう、彼女の背にはあの金色の大きな翼が無かったのだ。翼が無くても彼女は普通の人間とは明らかに違う雰囲気を纏ってはいるが。

 スーは表情を変えずに首をかしげた。

「あなただって普段から翼を出しているわけではないでしょう」

「はあ」

 シュウヤはわかったようなわからないような顔で頷いた。そして頷くと同時に、そう言えば今回はあのテレパシーのようなものは使わないのか、と頭の隅で思った。


「何でここにいるんだ?」

 単刀直入な質問にも、スーは全く驚いたそぶりを見せずに即座に返事を返す。

「あなたを待ってたの」

「オレを?なんで」

 スーは曖昧に微笑んだ。教える気はないらしい。

「オレを待つのなら、どうしてここにいたんだ?」

 ならば、とシュウヤは別の角度から質問をしてみる。

「あなたはここに来たでしょう?」

 スーは何でもないように言って、瓦礫の山にもたれかかった。

 シュウヤは彼女の言葉を理解しようとして自分も瓦礫に寄りかかってみたが、やはりよくわからなかった。

 他に訊くことはたくさんあったはずなのに、シュウヤはスーと並んで瓦礫の山に腰かけていた。

 雨は少し弱くなってきていて、それに伴って背中の痛みも徐々に引いて来ていた。

 本当はそろそろ戻らないといけない。しかし、何となくここを離れがたかった。

 スーの雰囲気が今までよりも柔らかくなっているからかもしれない。彼女の泣きそうな笑顔を見たからかもしれない。

 理由がどちらにしろ、彼女の隣にいると言いしれない懐かしさを感じた。まるで、前にもよくこうして彼女と一緒にいたかのように。自分のいるべき場所を見つけたような安心感を覚えた。

「もう一人はもう行ったのね」

 シュウヤは彼女に顔を向けた。スーは遠くの方を見てほんの少し目を細めた。寂しがっているようだ。

 もう一人?と訊きそうになったが、スーの表情を見てその質問は飲み込んだ。これは訊かないほうがいい質問かも知れない。

「君のおかげで、クルミに会えた」

 スーはシュウヤに目を向けた。

「ありがとう、クルミを助けてくれて」

 スーはふっと微笑んだが、何も言わなかった。

 代わりに空に向かって両手を伸ばす。彼女の白い両手を、するすると雨水が伝い落ちる。

「誰かがいなくなるのは、辛いもの」

 それがシュウヤの言葉への返事だということに気が付くまで、ほんの少し時間がかかった。彼女の切なげな表情と仕草に目を奪われていたのだ。

「……そろそろ、帰った方がいい」

「え!?」

 突然話しかけられたせいで思わず素っ頓狂な声を出してしまった。彼女に見惚れていただけにいたたまれない。

 スーはそんなシュウヤの様子に気を止めることも無く言った。

「あの子が来るんでしょう?」

「あ……、また心を読んだのか?」

 彼女の力を忘れていた。彼女は人の記憶を覗けるのだ。それを使って心を読むような事もできる。

 しかしスーはシュウヤに横目を向けて、目の端に悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「あなたは、考えていることが顔に出る」


「あれ?遅かったねえ!」

 シュウヤが戻ると、アラタはやはり気の抜けた声をあげた。

 もう雨はすっかり止んでしまっていて、もちろんアラタの防御形態も解除されていた。

 そして、その脇にはクルミが目を伏せて、居心地悪そうに座っていた。

「クルミ?来てくれたのか」

 シュウヤが声をかけると、クルミはパッと顔を上げる。助けでも求めるような顔つきだ。

「……おい、アラタ。何したんだよ」

「えー、何もしてないんだけどなあ。イスとお茶を用意して、シュウヤが帰ってくるまで宇宙の神秘について語り合っていただけだよ」

「それだな」

 確かにクルミはどこから出てきたのか分からない折りたたみ椅子に腰掛け、これまたどこから出したのか分からないカップを手にしている。

「ごめんな、こいつの相手疲れるだろ」

 シュウヤが言うと、クルミは慌てて首を振った。

「う、ううん、そんなことない」

「そうか?」

「お茶もおいしかったし!」

 そう言ってカップを急いで持ち上げたので、少し残っていた中身がこぼれてしまった。

「ああっ、ご、ごめんなさい……」

「いいよいいよ、お金を払って買ったわけじゃないんだから」

 クルミは何度も頭を下げた。

 挙動不審になってはいるが、昨日のことを気にしてはいないようだ。表情も、昨日初めて会った時ほどは固くない。そのことにシュウヤは少し安心する。

「昨日の、子は?」

 きょろきょろと周りを見回していたクルミが軽く首をかしげた。

「ああ、シロップなら、昨日出てった」

「出てった?」

「西に行くって言ってな」

「え……一人で?」

 クルミが心配そうに眉をひそめる。

 昨日会ったばかりの相手をここまで心配できるところは、五年前から変わっていない。シュウヤはどこか救われたような気分になった。

「あいつなら大丈夫だろう。オレと同じで雨に当たっても平気なんだ」

「それよりもさ、」

 アラタが割り込むように言って、背中から外した機械翼オートフェーダーを持ち上げてみせた。

「せっかくまた来てくれたんだから、これ、試してみない?」


 クルミはベルトの調節部を引っ張って確かめた。アラタがぞんざいに背負っているのを見慣れているから、ここまで慎重に扱われているところを見ると少し新鮮だ。

「もう大丈夫だと思うぞ?」

 シュウヤが言うと、クルミは調節部をぐいぐい引っ張る手を止めた。

「大丈夫かな?ベルトが外れて落ちたりしない?」

 とても不安げだ。そう訊かれると、シュウヤもこの機械を使って飛んだ試しがないから何とも言えない。軍の人間は当たり前のように使いこなしていたが、アラタの口ぶりからして、飛べるようになるまでかなり練習が必要な代物なのかもしれない。

「安全装置がついてるから、よっぽどのことが無ければ外れないよ」

 隣から、防雨コートを着込んだアラタのくぐもった声が聞こえる。

 それを聞いて、クルミは少し安心したようにベルトから手をおろした。

「よし、始めようか。シュウヤ、少し離れて」

 言われるままに、シュウヤはクルミから一歩遠ざかる。

「えっとね、ここからは感覚的なものだから僕にもよくわからないんだけど、まず、自分が空を飛んでいるところを想像するんだ。で、そのあと……」

「あ、できた」

「え?」

 クルミに戻すと、確かに足が地面から十センチほど浮き上がっていた。機械翼からは薄い青の光が翼の形になって広がっている。

 それから?というように、クルミはアラタに顔を向ける。

 アラタは困惑したような声で続けた。

「えーっと……飛べちゃったから、飛ぶまでの段階は省略するね。で、その状態でより高く上がったり移動したりするには、手足の力を抜いて、体が軽くなるのを想像するんだ。上に行くなら上向きに、左右に動くなら横向きに重力が働いているイメージで」

「こう?」

 次にした声は、はるか上空から聞こえてきた。二人が顔を上げると、クルミはふわりふわりと風に乗って空を行ったり来たりしている。

「これ、楽しいね!」

 そう言って、彼女は上空で宙返りしてみせた。

「……あの子、天才かもしれない」

「そう言えば、運動神経良かったんだよな」

 シュウヤとアラタがぼんやりとした会話を交わしている間にも、クルミはうまく飛ぶコツをつかんできたようだった。

 今やイルカが海を泳ぐように、空をすいすいと飛びまわっている。

 くるりと回った拍子にスカートの裾が舞い上がったので、シュウヤはパッと目を逸らした。

「すごい、空を飛ぶのなんて初めて!」

 いつの間にか地上に降り立っていたクルミは、体の一部のようにサッと翼をたたむと、興奮気味に頬を上気させて走ってきた。

「本当に翼が生えたみたい」

 そうしてシュウヤたちの前に立つと、満面の笑みを浮かべた。

「ねえ、明日も来ていい?」

 そこに立っていたのは、シュウヤが知っているのと同じ、幼い時から変わらないクルミだった。

 クルミはシュウヤとアラタが何も言わないのを見て、はっと口元を抑えた。

「ご、ごめん、図々しいこと言っちゃって……」

「そんなことない」

 食い気味に答えてしまった。クルミは目をぱちくりしている。

「それ、機械翼、君にあげるよ。どうせ僕じゃ使いこなせないんだし」

 アラタが言うので、クルミは更に目を丸くした。

「え、悪いよ、そんな……」

「気なんて使わないでよ。あ、でも、地下に置いておくのもあれかな?ならここに置いておくけど」

 どんどん進む話に、クルミは困惑顔でシュウヤに目を向けた。

 シュウヤは彼女を安心させるように微笑んだ。

「これから、いつでも来ていい。辛いことがあっても、無くても、オレたちはここにいる」

 クルミは一瞬泣きそうに顔を歪めて、小さく頷いた。

「……うん。ありがと」

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