異質な地下市
目的地である地下への入り口にたどり着いたのは、シュウヤたちが海を渡ってから三日後のことだった。
スーの記憶で見た大きな鉄板を見つけた時は当然喜んだが、今三人はその鉄板の手前で頭を悩ませていた。
「これ、どうやって開けるんだ?」
スーの記憶では簡単に開いていた鉄板が、三人がかりでもびくともしないのだ。
そこまで重いようにも見えないし、何かしらの方法で開かないように固定されているのだろう。
「もう壊しちゃおうよー」
シロップがシュウヤの腰についたホルダーを見ながら言うが、残念ながらそこには今まで使っていたサバイバルナイフは入っていない。コナー達、軍と戦った時に回収できなかったのだ。
「でも、壊すってのは手だよな」
シュウヤはアラタに目を向けた。確か、彼も同じナイフを持っていたはずだ。
「……ナイフの方は壊さないでよ?」
シュウヤのナイフがひどく刃こぼれしていたのを知っているアラタは、渋々ながら自分のサバイバルナイフを差し出した。
シュウヤはそれを地面と鉄板の間に差し込む。
扉をこじ開けるときに使っていた方法なので、正直これでうまくいくかどうかはわからない。
――バキッ。
「ああ!」
アラタが悲痛な声を上げるが、気にしない。
シュウヤはほんの少し開いた隙間から中を覗き込んだ。
「懐中電灯持ってないか?」
シュウヤはアラタから小型の懐中電灯を受け取って中を照らした。
下がどうなっているのかはわからないが、鉄板が内側から金具で留められていることはわかった。
これはサバイバルナイフ一本ではどうにもならない。どうすべきか、と考えながら顔を上げると、これまたアラタの持つスクリーンシューターが目に入った。
地下に入ることに成功した。……入口は完膚なきまでに破壊したが。
懐中電灯を持つシュウヤの後ろに、機嫌よく飛び跳ねるシロップ、サバイバルナイフの刃先を丹念にチェックするアラタが続いて階段を降りる。
「階段で飛び跳ねるなー」
「はいはーい!」
シロップが勢い良く手を上げたはずみで、彼女の足が滑った。
「あっ」
「え」
ものすごい音がして、シロップと、巻き込まれたシュウヤは階段を転げ落ちる。
「いって……」
シュウヤは背中をさすりながら起きあがり、顔を上げた。
目の前で驚いて固まっている男と目が合う。
「大丈夫かい二人とも!」
後ろから階段を駆け下りてきたアラタは、二人以外にも人がいるのを見てピタッと足を止めた。
「あのー、こんにちは。すみません、入口壊しちゃって」
シュウヤは遠慮がちにへこりと頭を下げた。
男はシュウヤとシロップを見比べて、表情を険しくする。
「あんたら、地上の……」
「は、はい」
彼はその返事を聞くと、くるっと三人に背を向けて大股でその場を去って行った。
三人は顔を見合わせる。
シュウヤはとりあえず立ち上がって、シロップが立ち上がるのを手伝ってやった。
「ここで待ってた方がいいのか?」
「さあ……」
「広い!」
微妙な表情をしていたシュウヤとアラタは、シロップの言葉でようやく地下居住区の様子に目を向けた。
上海地下市、というのがここの名前らしく、色々な店の看板に書いてあった。
人がいないせいで今まであまり実感が湧かなかったのだが、ここに来てようやく海外に来たのだという気になった。
異国情緒あふれる街並みに日本とは違う色使い。
建物は東京や山形地下街と同じような粗末なものであるにもかかわらず、日本の居住区よりも明らかに商店の割合が高く町がざわざわと活気にあふれている。
しかし、シュウヤたちがそこに立っていることで町中は活気だけではなく妙な緊張感に包まれているようだった。
通りすがりの者も、野次馬のように立ち止まってあからさまにこちらを見てくる者も、皆警戒しているように一定距離より近くに近寄ってこない。
やがて、先ほどの男が背の高い女性を連れて戻ってきた。
目元はきついが、どんな顔をしているのか分からない。女性はマスクで鼻から下をきっちりと覆っているのだ。
彼女は三人に近付くとじろじろと遠慮なく見下ろしてくる。
シュウヤは居心地の悪さを感じて目を泳がせた。
「地上から来たの」
一瞬、質問されているということに気が付かなかった。
シュウヤは慌てて頷く。
「はい」
「どうやって」
「その、すみません、入口を壊してしまいました」
女性の目が細くなる。シュウヤは更に身を縮めた。
「私たちをどうするつもり」
シュウヤは最初、何を聞かれているのか分からなかったが、すぐに納得した。
普通、自分の家の入り口を誰かが壊して入ってきたら、警戒するのは当然だ。そういうことだろう。
「窓」を壊されても平然としていた山形の人たちがおかしかっただけだ。
シュウヤは弁明するように言った。
「あなたがたに悪意があったわけではないんです。ただ、人探しをしていて……」
「帰りなさい」
女性はきっぱりと言った。
「上海地下市は、感染者を断固として拒否する」
シュウヤは唖然とした。
後ろからアラタが前に出てくる。
「あの、聞いてください。僕たち感染者では……」
「市長!」
アラタが言いかけたところで誰かが走って来て、女性に呼びかけた。
「この人市長だったのか……」
シュウヤはつい呟く。
「また畑に盗人が入りました!今月に入ってもう十回目です!!」
市長が顔をしかめる。
市長はシュウヤたちをもう一度ぎろりと見た。
後から来たためよくわかっていない様子の伝令に、周りに立っていたうちの一人がこそこそと何やら耳打ちをする。
彼はサッと顔を青くすると、三人から思いっきり距離を取った。
市長は厳しい、というよりも嫌悪感むき出しの声色で言った。
「出て行きなさい、感染者」
彼女は踵を返して、野次馬たちを押しのけ町に戻って行った。
伝令の男も慌ててそれについて行く。
周りに立っていた野次馬たちはちらちらとシュウヤたちを見ながら少しずつ散っていった。
アラタとシロップがシュウヤに目を向ける。
「どうしよう。どうする?」
アラタが眉を八の字にしている。
シロップは何も言わずに階段の上を見つめた。
ここまで露骨に拒否されたらもうここには居たくないだろう。もしかしたら山形地下街のことを思い出しているのかもしれない。
しかし、ここですごすごと帰るわけには行かない。
シュウヤは二人の顔を見て言った。
「二人とも、先に地上に戻っていてくれないか」
二人は同時に目を見開いた。
シュウヤは決意のこもった口調で続ける。
「オレはどうしてもあいつに会いたい……会って、ちゃんと生きてるって確かめたいんだ」
「でも、市長さんが……、いや、それも覚悟の上かな。それなら僕たちも一緒に行くよ。ね、シロップ?」
「え?お、おうよ!」
シロップが握りこぶしを作った。
やせ我慢らしいことはすぐにわかる。彼女はこう見えてとても仲間想いだ。
しかし、シュウヤは首を振った。
「いや、これはオレのわがままだ。二人は地上で待っててくれ」
アラタとシロップは目を見合わせた。
「うーん……無茶はしないでね?」
「ああ」
二人はちらちらと振り返りながら階段を上っていく。心配してくれているのだろう。
シュウヤは気合を入れなおして、上海地下市に乗り込んだ。
シュウヤたち「侵入者」の情報は地下市全体に知れ渡っているようだった。
しかしさすがに顔まではわからないらしく、階段から離れるほどに彼を警戒する人は少なくなった。
シロップが言っていた通り、上海地下市はとても広かった。
しかしその分貧富の差も激しいらしく、地下居住区らしくない石造りの豪邸があったかと思えば、身を寄せ合うように並んだまるでキャンプのようなスラム街もあった。
スラムは、テントとも言えないようなボロ布の集まりのようなもので、ここに人が住めるとは到底思えなかった。
「クルミっていう女の子を知りませんか」
干し肉を売っていた男はちらりとシュウヤを見るとぞんざいに首を振ってしっしっと追い払った。
「お願いします、探しているんです。黒髪で……」
そこまで言ったところで、シュウヤは後ろから来ていた客に押しのけられた。
次々と客が群がっていく様子を見て、シュウヤはため息をつくと他に訊けそうな人を探した。
忙しいからかそれともシュウヤがよそ者だからか、シュウヤの質問に真剣に答えようとしてくれる人はほとんどいなかった。
隣の店で話を聞こうとすると、今度は無視された。
「はー……」
ここまでくるとシュウヤも少し参ってくる。
途方に暮れて周りを見回していると、誰かがシュウヤの肩を叩いた。
「兄ちゃん、何やってんの」
振り向くと、汚い布を纏った子供が立っていた。
シュウヤは彼と目線を合わせるためにしゃがみ込んだ。
「人を探してるんだ。クルミって名前の女の子、知らないか?」
子供はハッと鼻で笑った。
「兄ちゃんが人を探してんのは知ってんだよ。オレが言いたかったのは、気付かねえのかってことだよ」
「気付く?何にだ」
「本当にわかんねえの?あんたが今までに訊いた人の顔、見てみろよ」
シュウヤは干し肉を売っている男を見た。
男はこちらを見ていたようだったが、シュウヤが目を向けるとすぐに目を逸らした。
「クルミのこと知らないやつはいねえよ。知ってるからああいう反応なの」
後半は耳に入らなかった。シュウヤは目をカッと見開いてその子供に詰め寄る。
「知ってるのか!どこにいるんだ!?」
子供は嫌そうな顔をしてそれを避けると、ついて来いと言うように歩き出した。
たどり着いたのは、さっき通り過ぎたスラム街だった。
きょろきょろと周りを見回すシュウヤを尻目に、子供はずんずん進んでいく。
「もしかして、お前ここに住んでるのか?」
子供はむっとした顔で振り向く。
「今、オレの服見てそう決めつけたろ。……でも、そうだよ。あれがオレの家」
彼が指さした先には木の板が積み上がっていた。
その前で何人かの子供たちが遊んでいる。彼の兄弟だろうか。
「で、これがクルミの家だよ」
子供が立ち止まったのは、他よりは多少しっかりとした木の家の前だった。
とはいえ、やはりところどころ穴が開いていたりなぜか焦げ跡があったりと立っているのが不思議なようなものだった。
「ここにクルミが?」
「じゃーな、あとは勝手にしてくれ」
「おう、ありがとう、助かった!」
子供は一瞬、子供らしからぬ憐れむような表情を見せて自分の家に戻って行った。
シュウヤはその表情に若干の疑問を覚えつつも、改めてその家を見た。
彼女が何一つ不自由なく暮らしている、なんてことまでは期待していなかったが、ここまでとは。
それでも死んだと思っていた幼馴染との再会に胸を躍らせて、シュウヤは取れかけの木戸を叩いた。
しかし、いくら待っても返事は返ってこない。
「……あれ、留守か?」
もう一度戸を叩く。今度は先ほどよりも強めに。
すると、奥から低い声が聞こえてきた。
同居人だろうか。少し待つと、中から皺だらけの老人が顔を出した。
老人はシュウヤを見ると、仏頂面のまま何も言わずに彼をじっと見る。
シュウヤはすっと頭を下げた。
「はじめまして、シュウヤと申します。ここにクルミという女の子はいますか?」
単刀直入に言う。
老人はほんの少し驚いたように目を開くと、低いしわがれた声で言った。
「クルミは留守じゃ。もうすぐ帰る」
予想していたので、シュウヤは更に言った。
「ここで待っていても構わないでしょうか?」
「む……ん」
老人はなにかを考えていたようだったが、それを中断してシュウヤの後ろを指さした。
そこに立っていた少女は、振り向いたシュウヤを見て持っていたリンゴをぼとぼとと取り落とした。
「あ……」
シュウヤも目を見開く。
つややかな黒い髪を頭の後ろでまとめ上げ、黒い目を零れ落ちんばかりに見開いた少女は、間違いなく死んだと思っていたシュウヤの幼馴染、クルミだった。




