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雨の感染者  作者: 遠藤蓮霧
17/44

航海

 目を覚ますと、そこは見慣れぬ黒い部屋の中だった。

 シュウヤは体を起こし、自分がベッドに寝かされていたことに気付く。

 見回すと、その黒い部屋には窓が無く、シュウヤの寝かされていた簡易ベッドとその脇の小さな机以外に物も無い。黒い頑丈そうな扉が一つついているだけだ。

 耳をすませば、機械の動く低い音が振動と共に聞こえてきた。

 しばらくぼんやりしていたシュウヤは、突然今までの出来事を思い出した。

 悪寒が走り、バッと背中を確認すると黒い翼は影も形も無くなっていた。

「にゃっ!」

 扉の方から聞こえてきた声に振り向くと、扉を開けて入ってきたらしいシロップが取っ手を握ったまま目を丸くして立っていた。

「あ、」

「アラタあー!シュウヤ起きたー!!」

 シュウヤが声をかけるより前に、シロップはバタバタと走って行った。扉がバタンと大きな音を立てて閉まる。

「……」

 シュウヤは何とも言えない気分でベッドから降りると、ベッド脇の机に近寄った。そこにはシュウヤの荷物が置かれていたが、どれもまだ雨水が渇いていない。机が濡れないようにタオルが敷かれていた。

 またしてもバタンと音がして、今度はアラタとシロップが二人で飛び込んできた。

「シュウヤ!」

「ここ、どこだ?」

 食い気味に訊いたシュウヤに、アラタとシロップは顔を見合わせた。


「僕でも動かせるような作りでよかったよ。自動運転もついてるし。あの人たちも最初はついて来てたけど、燃料切れを恐れたのか途中で諦めて引き返したよ。今日になってからは平和そのものだ」

「この船、はっやいの!」

 二人に連れられて甲板に出たシュウヤは、眩しさに目を細めた。

 そこは穏やかな青い海の上だった。波が船に打ち付ける音が聞こえてくる。日光を遮るものも何もないため、黒い甲板は焼けるような暑さだ。

「ここは大体日本海の真ん中あたりだよ。この船のパワーがあれば海流とか気にせずにどこにでも行ける。丁度いい事に、昨日船を出してから今までずっと凪いでるしね」

「どこいく?チュゴーク?カンコーク?ラオース?」

「シロップ、ラオスは内陸の国だから船では行けないよ」

「なんと」

 シロップの驚いた顔に、シュウヤは小さく笑った。

「気にしなくていいんだぞ」

 呟くように言った言葉に、二人が振り向く。シロップが目をぱちくりさせる。

「なにがー?」

「どんな理由でも、オレが殺人者なのは変わりない。殺人者と一緒に旅なんてしたくないだろ?……お前たちが望むなら、ここで別れてもいい。泳いだことは無いが、オレは海水も大丈夫だから……うっ」

 急に腹に衝撃を感じて、シュウヤは下を向いた。

 シロップがシュウヤの腹にはり付いて、頭をぐりぐりと押し付けていた。

「え、なん……」

「先走らないでくれるかな」

 アラタの怒ったような声に、再び顔を上げる。アラタは両手を組んで言った。

「僕たちは君を置いて行くなんて一言も言ってないし、そうしたいとも思ってない。僕たちがそんなことをするような人間だと思ってたのかい?心外だよ」

「でも……見ただろ?」

 見た、というのが何を示しているのかは言わなくても分かったらしく、アラタはちょっと肩をすくめた。

「そりゃ……あの翼を見た時は怖かったさ。僕は感染者なんてお母さんしか見たことが無いけど、お母さんの翼の二倍はあったし。なにより、あの翼は見ているだけで人に恐怖感を芽生えさせるような力があったように思う。でも、それだけじゃないか。君は僕たちのために戦ってくれた。酷いことを言うようだけど、僕は最初から他の人たちの生死なんてどうでもよかったんだ。雨に殺されようと、僕や仲間が殺そうと、いちいち気にしているようじゃ雨の秘密になんてたどり着けない。僕たちは非情にならないといけない」

 きっぱりと言い切ったアラタに、シュウヤは何も言えなかった。アラタは、自分なんかよりもずっと強い覚悟を持っていたのだ。

 シロップがシュウヤにしがみついたままぼそっと言った。

「シュウヤ、泣かないで」

 シュウヤは目を見開いて、それから小さく微笑んだ。

「ありがとな」


 黒い船はやはり軍のものらしく、中に入っても外見と同じように黒い金属ばかりが使われていた。シュウヤの使うサバイバルナイフではあっさりと切れたが、恐らく金属の中では強度の高い方だろう。それに、船と機械翼に使われるということは雨水に対する耐性も強いに違いない。

 燃料はこれも雨水を使っているのかと思いきや、意外にも普通の重油だった。

「で、これが現在地だね」

 アラタが地図の上を指さす。今までたどった航路が赤い鉛筆で記されており、それによると能登半島の先端からほぼまっすぐに西に向かって進んでいる。

 現在地は、アラタの言った通り日本海の真ん中あたりだった。

「できるだけこれからの選択肢が広がるような航路を取ったつもりなんだけど、ここからフィリピンとか言われると若干きついかな。で、どこに向かう?明確な目的地があるんだろう?」

「ああ」

「シロップは西ならどこでもいいよー」

 二人に目を向けられて、シュウヤは目的地の正確な場所を思い出そうとした。

 向かっているのは、黒い基地で出会った少女、スーの記憶に出てきた地下への階段だ。そこにクルミがいる。

 記憶を見せられた時は、海を渡る場面が早送りのように飛ばされていた。が、スーは一度も方向を変えていなかった。海を渡って陸地に着いたのだから西で間違いない。なら、このまま真っ直ぐに船を進めればそれに近い場所には着くはずだ。

「このまま進んでくれ。陸についてから目的地が見つかるまで時間がかかるかもしれないが……」

「わかった。そこに君の幼馴染がいるんだね?」

「多分な」

 なぜだかわからないが、スーのことは無条件に信じられるような気がするのだ。

「ここから真っ直ぐ西か。それなら韓国に着くことになるね」

「韓国?」

「カンコークだよ、シュウヤしらんのー?」

 シロップがニヤニヤしながら言うが、発音が怪しい。恐らくシュウヤが気を失っている間にアラタに教えてもらったのだろう。

 アラタが苦笑しながら言った。

「この半島の南半分を占める国だよ。どんなところかは、行ってみればわかるさ」

「じゃー行ってみよー!」

 シロップが操縦席にある小さなモニターの前で手を振り上げた。

「そうだね。今は半分の速度にして自動運転を使ってるから、手動にすれば夜までには着くよ」

「えー?もう着いたよー?」

「ええ!?」

 アラタは慌ててシロップの脇に駆け寄った。シュウヤもその後ろから、シロップの指差すモニターを覗き込んだ。

「えー……ええー……?」

 アラタが変な声を上げながら目を何度も擦る。

 確かに、遠くにではあるが、そのモニターには緑色の平らな陸地が映っていた。

「嘘だ……こんなに早く……」

「能登の時と言い、ヤマが外れるな?」

 シュウヤが茶化すように言う。

 予定よりも早く着いて、シュウヤは少し興奮していた。ずっと遠くにあると思っていた目的地が一気に近付いたのだ。もしかしたら今日中にたどり着けてしまうかもしれない。

「でも、これはさすがに……」

「アラタあ、世界はせまいのだよー」

 シロップがアラタの肩を叩きながら何やら哲学的なことを言っている。

 シュウヤはいても立ってもいられなくなって、操縦席の「上昇」ボタンを押した。

 操縦室がゆっくりとせり上がり、甲板の上に出る。シュウヤは壊れたドアから甲板に飛び出した。

 モニター越しよりもはっきりと見える。陸地にはいくつか人工物も残されていて、海岸は灰色のセメントで固められていた。

 後ろからシロップとアラタも飛び出してくる。

 近付くにつれて、そこがどうやら海辺の公園らしいことがわかった。とても大きな公園で、巨大な骨組みのようなオブジェが真ん中にそびえている。

「あれが韓国か!?」

「多分そうだと思う……」

「じしんもてよー」

 シロップがアラタの背中をばんばん叩いている。変なスイッチが入ったようだ。


 三人は船を適当な場所に着け、セメントの陸地に降り立った。もうこの船に戻って来ることは無いだろう。

「日本とあんまり変わんないな」

 熱心に鼻を動かすシロップに倣って空気のにおいを嗅ぎながら、シュウヤは言った。

「人がいなくなって十五年だもんね。天候の違い以外はどこも似たようなものじゃないかな」

「でっけー!」

 シロップが骨組みのようなオブジェに駆け寄って行った。ぴょんと跳ねて、ぶら下がる。

「危ないよー」

 駆け寄っていくアラタを横目に、シュウヤは遠くに目を凝らした。林立する建物がうっすらと見えている。スーの記憶の中でもビル群の上を通った……ような気がする。

「あっちに行こう!何かわかるかもしれねえ」

 シロップを引きずって戻ってきたアラタに、シュウヤは建物の影が見える方を指さした。

 アラタはさっきのシュウヤと同じように目を凝らしてから頷いた。

「いいと思うよ。あまり船の近くにいても、いつ軍の人たちに見つかるかわからないしね」

 そういう問題もあったか。シュウヤはズーンと存在感を放つ黒い船を振り返った。

 よく見ると、側面に多くのかすり傷がついている。スクリーンシューターで撃たれた跡だろう。これが軍の船で本当によかった。逃げ戻って別の船で海を渡ろうとしていたらどうなっていた事か。

 三人は少し歩いて、小さな川に突き当たった。それに沿って西に行くと、その辺りでもう日が暮れて来ていた。

 シュウヤたちは川沿いの建物で一晩を明かすことにした。

「建物はあったが……あまり大きな町は無いな」

 シュウヤは窓の外を見ながら言う。

 川沿いもきれいに整備されてはいるが、スーの記憶の中で見たようなビル群は一向に見えてこない。

 何も考えていなさそうなシロップの隣で、アラタがまた首をひねった。

「おかしいなあ……韓国にこんな川あったかなあ……」

「あるってことはあったんだろ」

 シュウヤはそう言って、建物の中にあった非常食を飲み込んだ。


 次の日になって、アラタの頭痛の種が増えた。

「ううーん??」

 川を上った先にあった建物を見て、アラタは難しい顔をして動かなくなってしまった。

「なんだよ、早く行こうぜ!あれだよ、スーの記憶にあったの!」

 シュウヤが焦れたようにそれを指さす。

 そう、川を上った先に記憶にあったビル群はあった。そしてその町に問題の建物もあったのだ。

「あれ、写真で見たことがあるんだけど……上海タワー、だよね?」

「あ?なんだそれ」

 シュウヤはアラタの目の先にある赤い塔に目を向けた。

 そんな具体的な名前を出されても困る。

「もっとはっきり言ってくれよ。何がおかしいんだ?」

「つまりね、」

 アラタが真剣な顔で言った。

「僕たちはなぜか、能登半島の真西にあるはずの韓国をすり抜けて中国まで来ちゃったってことだよ」

 シュウヤと、さっきから口を半開きにして二人の話を聞いていたシロップは顔を見合わせる。

「それ、やばいのか?」

「やばいって言うか……無理だよね。上海に来るには、どうやっても韓国の脇を通り過ぎる必要がある。それに韓国と比べて圧倒的に遠い。あのスローペースで、時間も一日やそこらで来られるわけがない」

「はあ……」

 シュウヤは曖昧な返事を返した。

 正直、その辺の地理の問題はどうでもよかった。この町は覚えている。ここから西に行けば、クルミのところにたどり着けるはずなのだ。

 シュウヤはアラタを納得させられそうな理由を言ってみた。

「船のエンジンがぶっ壊れてたとか」

「エンジンが壊れて速くなるのかい?」

 面倒臭い、と思いながらシュウヤは投げやりに言う。

「じゃあ、天変地異だ。いろいろあって、地図とは変わった」

「プレートが動いて?」

「ぷ……?あー、まー、それだ」

「うーん、十五年……」

 更に考え込んでしまったアラタを見て、シュウヤとシロップは無言でうなずき合った。

 アラタは、二人にずるずると引きずられていることにしばらく気が付かなかった。

 その日の夜は、町から少し離れた農家で明かした。

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