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雨の感染者  作者: 遠藤蓮霧
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エギル

「盗み聞きとはいい度胸じゃねえか……なあ、ガキども?」

 濃い隈の男は鋭利な刃物のような目で立ち尽くす三人を見た。

 シュウヤはふっと我に返る。この男……「隊長」も機械翼オートフェーダーを装備している。このままここにいると……まずい。本能がそう叫んでいた。

「逃げるぞ!」

 シュウヤはアラタとシロップの腕をがしっと掴んで走り出した。

 しかしほとんど行かないうちに男に回り込まれる。彼の背には薄い青の翼がとてつもない威圧感を放って展開されていた。

「……ッ」

 シュウヤは二人を背にかばって精一杯男を睨みつける。背後ではアラタがシロップを自分のそばに引き寄せる気配がした。

 男の目がシュウヤを通り過ぎてその後ろに向いた。恐らくアラタの機械翼を見ているのだろう。男はおもむろに目を上に向けた。

βベータ陣形をとれ」

 ぞくっと鳥肌が立った。右から、左から、後ろから、一斉にキュイインッと機械翼の駆動音が聞こえてきたのだ。

 男に気を取られるあまり、包囲されていることに気が付かなかった。今、三人はスクリーンシューターを構えた無数の兵に囲まれていた。

 それもただの包囲ではない。機械翼を使って上方向にも何列も兵が並び、文字通りあらゆる方向から銃口を向けられていた。

 シュウヤが一歩後ずさると、同じく後ずさっていたアラタに背がぶつかった。ちらりと振り向くと、彼はシロップを抱きしめたまま怯え切った表情をしていた。

「何が訊きたいかはわかるな?」

 シュウヤは顔を前に向ける。一人だけスクリーンシューターを構えず両手をポケットに入れたままの男は、表情を全く変えずシュウヤを見ている。

「……わからない」

 不遜に振舞おうと思ったのだが、絞り出した声はみっともなく震えていた。

 男はつまらなそうに肩をすくめる。

「そうかよ。なら口に出して訊いてやる。その大層な機械、どこで手に入れた」

 シュウヤはぐっと手を握りしめた。正直に答えたらただでは済まないことはわかっている。機械翼の置いてあったあの建物はおそらく、いや十中八九彼らの、軍の建物だ。シュウヤたちはそれを知らなかったとはいえ無断で入り込み、武器を盗んだ。それが知れたら、いつこの無数の銃口が火を噴くかわからない。

「拾った」

 我ながら下手な嘘だ、シュウヤはそう思った。しかしこれ以外に思いつかない。

 男はハッと軽く笑い声を上げた。しかし目が笑っていない。

「ああそうだろうよ。ずいぶんと良い拾い物をしたもんだなあ、おい?」

 男が銃口を持ち上げる。シュウヤにはそれが自分の額をピタリと狙っていることがわかった。

「勘違いをするな、ガキ。俺はお前らを殺さなくて済むように、なんて理由でこんな事を聞いてるわけじゃねえんだ。お前らに何も話す気が無いなら、その時は殺すことに何のためらいもない」

 シュウヤは背中の二人を守るように両手を広げた。

「言っても、殺すんだろ」

「そりゃあ内容によってはな」

 シュウヤの服が後ろから引っ張られた。

「シュウヤ、言っちゃだめ。あの人本気……」

 シロップの声が震えている。シュウヤは無言で彼女の銀色の頭を撫でた。

「……チッ」

 舌打ちをして、男は声を上げた。

「第三小隊、撃て」

 振り返る暇も無かった。シュウヤの後ろ側で、数十人に及ぶ兵が一斉にスクリーンシューターを撃った。一瞬青い光が閃いて、どさっと人が倒れる音がした。

「アラタ、シロップ!」

 振り向くと、二人が倒れていた。とっさの判断で防御体勢に入ったらしく青い球体に包まれているが、アラタは身を縮めて苦しそうにしていた。

 アラタの腕の中のシロップは、体を震わせて目を見開いている。

「う……ア、ラタ……」

「くそっ!」

 シュウヤが二人と銃口の間に飛び出すのと、銃撃の第二波が来るのとが同時だった。

「……っぐ!」

 銃口を飛び出す青い光がはっきりと見えた。直後に、全身をとてつもない痛みとしびれが襲う。

 シュウヤはがくっと膝をついた。それでも顔は上げたまま。その目には、仲間を傷つけられた激しい怒りが宿っていた。

「何だ?お前は――」

 背中から戸惑ったような声が聞こえてきた。振り向くと、「隊長」が軽く目を見開いてシュウヤをまじまじと見ている。

「ふざけんなっ!!てめ……」

 そう言って、シュウヤは自分の手にナイフが握られたままであることに気が付いた。あの建物の扉を開けようとして出した、サバイバルナイフ。扉をこじ開けるのに使い続けて刃先が欠けてはいるが、それでも十分に鋭く、分厚い。昼間の光を照り返して、刃身がギラリと鈍く光る。

「……」

 シュウヤはそれを体の前に構えた。明確な殺意を乗せて。脳が沸騰する。背中に、ビリビリと激しい電撃のようなものが走る。

 男の表情が変わった。

「……お前、それは……」

 背中が痛む。痺れが痛みに変わり、焼けるような感覚になる。熱い。視界がぼやける。

「……っぁぁあぁああ!!!」

 背中に力が収束していくのを感じた。それは大きな影となり、痛みにうずくまるシュウヤの背を覆い――開いた。

 周りを取り囲んでいた兵たちが後ずさる。

 シュウヤがゆらりと立ち上がる。その背には、巨大な黒い翼があった。


 シュウヤは急速に感覚が研ぎ澄まされていくのを感じていた。ぼやけていた視界は霧が晴れるようにクリアになった。聴覚も今までとは比べ物にならないくらい鋭くなり、それぞれの兵の動きが手に取るようにわかる。

 正面に立っていた男は再び舌打ちをした。

「畜生、山形のジジイの言ってやがったことは本当だったのか」

「たっ、隊長!捕獲の命令を!」

 彼の隣に立つ兵が慌てたようにどもりながら言う。男は彼にちらりと目を向けると、返事をせずにシュウヤに向かって歩き出した。

「隊長!?」

 シュウヤの目がカッと開く。サバイバルナイフを右手で握りしめ、男に向かって突っ込んだ。

 ――ガシャッ。

 シュウヤは動きを止める。それだけでぶわっと土煙が上がった。

 シュウヤの額には、スクリーンシューターの銃口が押し付けられていた。

「……名乗れ」

 男が氷のような声で言う。シュウヤは歯を食いしばったまま、何も言わない。

 再び男が口を開いた。

「俺は、コナー・バスカヴィルだ。名乗れ。お前は何者だ」

 銃口がさらに強く押し付けられる。

 シュウヤは答えず、ナイフを撫で上げるように振った。コナーと名乗った男との間に突風が吹き上げる。

 コナーは身軽に飛びずさり、シュウヤはさらに踏み込んでナイフを力任せに振り下ろす。ナイフの柄にバキッとヒビが入った。

「陣形を崩すな!」

 コナーが振り向きざまに言うと兵たちはシュウヤとコナー、倒れている二人を囲むように並びなおす。

 しかし次の瞬間、一瞬でありえない程に跳躍したシュウヤのナイフが二人の兵の機械翼を連続でたたき割った。

 翼がブツッと消え、燃料タンクの雨水がバシャっと跳ね――二人は次の瞬間には「羽化」して地面に叩き付けられた。防御形態にするのが間に合わなかった数人の兵も巻き添えを食らって倒れ伏す。

「隊長、βベータ陣形では無理です!あの黒い鷲の翼……エギルです!!」

「エギル?よりにもよって……」

 さきほどの兵の声に、コナーは顔をしかめる。

「総員、高度を上げろ!γガンマ陣形をとれ!!」

 コナーの声に応え、機械翼が駆動音をあげて高く舞い上がる。

 コナーを中心に、V字に並んだ兵が空から一斉に銃口を向ける。

 シュウヤには何をすればいいのか分かった。それは勘や本能といったものではなく、まるで誰かが耳元に囁いてくるような感覚だった。

 地面を駆け、スピードをつける。一歩一歩を力強く。そして、敵に向かって、一気に飛び上がる。平らな地面が踏み切った時の反動に耐え切れずバコッと凹む。

 背中の翼が大きく広がる。それは風を掴み、バサッと一度羽ばたいた。シュウヤの体がぐっと上に押し出される。

 翼に感覚は無い。シュウヤの考えていることを翼が勝手にやってくれるのだ。シュウヤはV字の中央に突っ込んだ。

「らあああ!!」

 ナイフをヒュッと横に振る。一人の機械翼が壊れ、その後ろの兵が数人風圧で吹き飛んだ。

 コナーの組んだ陣形はものの数秒で混乱状態に陥った。

「お前ら、何やってやがる!」

 怒号が飛んで、直後、コナーがシュウヤの前に現れた。

 現れた、のだ。今のシュウヤの驚異的な視力と聴力でさえ、彼が近付いてくるのを捉えることができなかった。

 またしても耳に囁かれるように、シュウヤは知った。シュウヤではこの男には勝てない。

 そんなことを知る由もなく、コナーはばらばらと散らばる兵を叱咤した。

「いくらエギルだからって、逃げ腰になってんじゃねえ!相手はガキだ!それも粗末な武器を力任せに振り回すことしかできないド素人だ!!そんな野郎に何ビビってやがる!」

 コナーがシュウヤに銃口を向ける。シュウヤはその銃口を避けて飛び上がった。

「ぐあっ!?」

 シュウヤの肩に青い光が直撃する。コナーはシュウヤの動きを最初から予測して撃ったのだ。

 コナーの一撃が当たったことで、周りの兵たちは少し落ち着いたらしく体勢を立て直し始めた。

 コナーがシュウヤを見る目は、軽蔑の色に染まっていた。

「仲間を守ろうとするご立派な戦士かと思ったら、ただの馬鹿じゃねえか」

 その一言で、ぐらぐらと煮え立っていた脳がふっと冷静さを取り戻した。

 シュウヤは地上を見下ろす。いつの間にか起きあがっていたアラタとシロップが、恐怖の表情で見ていた。軍を、スクリーンシューターを、凄惨な戦場を……、いや、

「オレだ」

 その恐怖はシュウヤに向けられている。我を忘れてたった数分で何人もの人間を殺した、シュウヤに。

 体中の血液がすうっと冷めていくのを感じた。

 自分の手に目を向ける。右手に握られたサバイバルナイフ。山形地下街であの温かい人たちにもらったそれは、無残な姿になって雨水に濡れていた。

「何だ、とうとう疲れやがったか?」

 顔を上げると、呆れたような顔をしたコナーがいた。

 冷静になった、しかし強化されたままの目が見つける。彼の腰にぶら下げられている黒い鍵束に。

 そして思い出した。シュウヤたちがここに来たのはあの船の鍵を手に入れるためだったということを。

 気がついたら、あとは速かった。

 コナーに勝てないことはわかっている。しかしシュウヤにスクリーンシューターは効かない。不意を突いて鍵束を奪うくらいなら……。

 シュウヤは一番近くにいた兵の脇に回り込み、スクリーンシューターと機械翼をつなぐホースをかき切った。兵が悲鳴を上げるが目もくれない。

 コナーがシュウヤの奇行に目を剥いている。チャンスは一度。シュウヤはスクリーンシューターを奪い取り、構えたままコナーに突進する。

 コナーが反射的に防御形態を展開する。本体が無ければ何もできないことはわかっていても、極限状態だと反射で動かざるを得ない。

 防御形態にエネルギーが回されて機動力が一瞬落ちる。シュウヤにはその一瞬があれば十分だった。大きく羽ばたいて手を伸ばし、鍵束をむしり取る。

 コナーがシュウヤの意図に気付いた時には、もう遅かった。シュウヤは翼を体に沿わせて急降下し、スクリーンシューターとサバイバルナイフを地面に捨てて、アラタとシロップの脇に降り立った。

「「シュウヤ!?」」

 シュウヤがいることに一瞬遅れて気が付いた二人が声を上げる。

 シュウヤはアラタの手に黒い鍵束を押し付ける。

「……悪かった。……船の運転とか、できるか」

「え、たぶん」

 突然謝られたアラタは困惑しつつも鍵束を受け取った。シロップは心配そうな顔でシュウヤを見ている。

「総員、撃て!」

 背後から声がする。シュウヤは二人を両脇に抱えて飛び上がった。青い光の束が、三人が一瞬前までいた場所を撃ちぬく。

 シュウヤはひゅんひゅんと掠めていく光をかわしつつ海へ向かって飛んだ。

 甲板に降り立つと操縦室らしき扉を蹴破る。黒い金属でできた扉はいとも簡単に凹み、壊れる。

 シュウヤはそこに二人を押し込んで自分も中に入った。アラタが操縦席に走る。

 アラタが鍵を差し込むと、船のエンジンがかかるとともに操縦室がゆっくりと甲板に沈みこんだ。

 沈んでゆく操縦室の入り口から、飛んでくるコナーと大勢の兵たちが見えた。彼らがスクリーンシューターを構えるのを見て、シュウヤは翼で入口を塞いだ。背中に次々と青い光が当たり、全身が痺れる。意識が遠ざかってゆく。

「シュウヤ!」

 シロップが駆け寄ってくるのを、手で制した。彼女は泣きそうな顔をする。

「発進するよ!」

 操縦室が完全に甲板に埋まり、アラタの声と共に船が動き出した時、シュウヤは膝をつき意識を手放した。

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