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雨の感染者  作者: 遠藤蓮霧
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「おじいちゃんは、各地の神話や言い伝えを集めて回ってたんだ。それを一冊の本にまとめたのを、僕は小さい頃から何度も読んでた。その中の一節が、フォート・ピオニールに関することだったんだよ。なんでも、この話は西の方にあるごく一部の国にしか伝わていなくて、まだ謎が多いんだとか。でも火の無いところに煙は立たないだろう?巨大都市は本当に存在するんだ」

 アラタは紙を指さしながら言った。

「いや、でも……ありゃ神話だろ?それに、ごく一部の国?それは無い。なんたってオレが知ってるくらいだからな」

 シュウヤがそう言うと、アラタは目をしばたたかせた。

「東京地下街にも伝わってたのかい!?」

「シロップもしってるよ!」

 はいはい、と手を上げながらシロップが得意げに言った。

「ええ!?おかしいなあ……」

 アラタは困惑して二人を交互に見た。シュウヤはアラタから紙を受け取ってリュックにしまいながら言った。

「まあ、これだけわけわからない施設だからなあ。神話の都市のものだって言われると、妙に……納得できるところもあるな。少なくとも軍事基地だってのは頷ける。そりゃいきなり言われたときは驚いたけどさ」

 シュウヤは建物の中を見回した。ずらりと並んだ黒い機械が武器だと思うと、五割増し物騒に見えてくる。

「どーすんのー?」

 シロップがぶら下がっている機械翼オートフェーダーの一つをちょいちょいとつついた。機械翼は見た目の割に軽いのでつつかれてフラフラと揺れる。

「どうもしねえよ。たまたま神話の都市の軍事基地に迷い込んだからって、何かが変わるわけでもない。行き先は海の向こうだ」

「じゃあ、どこから海を渡るか決めようか」

「え」

 シュウヤはぽかんとしてアラタに顔を向けた。彼は床に大きな地図を広げていた。

「そこから渡るんじゃねえのか?」

「何言ってるんだい、船も何もないじゃないか。それに海を渡るなら、できるだけ短いルートを選ばないと沈没したりとか、途中で食料が無くなったりとかするだろ?」

 何も考えていなかったシュウヤは口をつぐんで床に腰を下ろした。

 アラタが床に広げていたのは今まで使っていた日本地図とはまた違ったものだった。

「それは?」

「世界地図だよ。図書館からもらって来たんだ。日本はここ」

 アラタが左の方にある小さな島を指さした。

「うわちっさ……オレ、五年もかけてこんな所うろうろしてたのかよ」

「正確には、北半分だね。もちろん北海道にも行ってないだろう?」

「うわあ……世界一周とか、どの口で言ってたんだよ……」

「はずいですねー。ん?ん?」

 シロップがニヤニヤしている。頭を抱えるシュウヤに、アラタは日本の一部を指さした。

「ここから海を渡るなら、ここかな。能登半島」

「近いのか?」

「あまり近いとは言えないけど、今回はちゃんとした方位磁石と、車があるからね。上手く行けば三日もかからないんじゃないかな」

「おお!じゃあすぐ行こうぜ!」

「おー!!」

 シュウヤがすっくと立ちあがると、シロップも喜々としてこぶしを突き上げた。


「これは……三日はきついかもね」

 アラタが苦笑いした。

 黒い軍事基地を後にした三人はすぐに車に乗り込んだのだが、この車がおんぼろだということを忘れていた。一応エンジンはかかったものの、今までの半分のスピードしか出ていない。つまり、シュウヤが走った方が早い。

「こら!進め!」

 シュウヤはアクセルを限界まで踏み込んでいるが、スピードの上がる気配は全く無い。シュウヤはうんざりして後部座席に顔を向けた。

「どうする?もうこいつ置いて走るか?」

「おー!ランナウェイだね!」

「勘弁してよ、今回は荷物も増えたんだから」

 そういうアラタの足元には基地から持ってきた機械翼が一つ置いてある。武器ではあるが、それ以外にも雨から身を守ったり使い道はある。それに、アラタはまだ空を飛ぶ希望を捨ててはいなかった。

「それ、軽いんだろ?いけるって」

「ガッツだぞ、アラタ!」

「無理だよ……」

 そうこう言っているうちに、もの悲しい音を立ててとうとう車が一ミリも動かなくなった。

「さてゆこうか!」

 シロップの掛け声と共にシュウヤとシロップは車のドアを勢いよく開けて外に出た。アラタも渋々ながらそれに続いて、機械翼を背負う。翼は開かない。意識して閉じておく事もできるようだ。

「おいアラタ、走ったら何日ぐらいでつく?」

 シュウヤが屈伸しながら訊く。アラタは苦い顔をして返した。

「……二週間くらい?」

「よし、三日で行こう」

「ちょっと聞いてた!?」


 そして三日後。

「ついた!」

「着いたな!」

「え……?嘘……?」

 三人は「能登半島最先端」と書かれた立札の前に立っていた。その奥には小さな白い灯台、更に奥には太陽の光を照り返す青い海が広がっている。

「やったじゃねえかアラタ!」

「シロップは?」

「シロップもすげえぞー」

 シュウヤは嬉しそうに二人の背中を叩くが、アラタは息を整えつつも信じられないような表情で目の前の光景を見つめている。

「何で……?こんなに近いはずが……」

「なんだよ、自分の力を信じろって!確かに途中でへばったり足引っ張ったりしてたけど、こうしてちゃんと三日で着いたじゃねえか」

 シュウヤは立札をポンポンと叩く。なにかハイになっているようだ。

「そういう問題じゃ……」

「あ、また図書館だー」

 アラタの言葉は、シロップの声で遮られた。「図書館」と聞いて想像する建物はただ一つ。

「……なんだよ……」

 三人の目線の先には、確かにあの不気味な黒い建物が立っていた。ただし今回は、建物は一つだけだ。

 シュウヤはアラタとシロップの首をがしっと掴んで引っ張り寄せた。

「よし、今回は無視だ」

「むし?」

「オレたちは変な軍の遺跡を見学に来たわけじゃねえ。これ以上時間を取られてたまるか」

「でも、気にならないかい?」

「アラタ、気になることを全部確認して回ったらオレたち一生日本から出られねえぞ」

「……それもそうかな」

「シュウヤは、めざせせかいせーふくだもんね」

「ああ、大体そんな感じだからな」

「え、そんな感じだったの?」

 シュウヤは二人から手を放してリュックを背負いなおした。

「じゃ、船探すか」

「そうだね、まず港を探そう。半島の根元の方にあると思うから、少し戻った方がいいかも知れない」

「ねーあれはー?」

 シロップの指差す方を、二人はまた同時に見た。

 半島の先端に一艘だけ船が停められている。人が少なくとも百人は乗れそうな大型船だ。食料も多く積めるだろう。しかも見るからにしっかりしているので沈没の心配もなさそうに見える。一つだけ問題があるとすれば、それが黒い建物の目の前に停められているということくらいか。

 シュウヤとアラタは顔を見合わせた。無言で利害を計算する。

「……やっぱり行こうか、あの建物……」

「だな……」


 三人は黒い建物の前に立っていた。ずっしりとした平屋の、横に大きなその建物は、やはりあの黒い金属でできている。三日前には、まさかこんなすぐに再会するとは思わなかった。正直、再会したくもなかった。しかし所詮は誰もいないただの建物、それで船が手に入るというのなら毛嫌いしている場合じゃないだろう。

「入んのか?」

「鍵がなくっちゃ船も使えないからね」

 シュウヤはサバイバルナイフを取り出した。扉開けにしか使っていない気がする。それを扉の隙間に差し込み、力を入れようと……、

「ったく、山形のジジイも気軽に呼び出してくれる」

 シュウヤは反射的にナイフを引っこ抜いた。何も聞こえていなかったアラタとシロップはシュウヤの脇から顔を出す。

「あいたー?むぐ」

 シュウヤはシロップの口を塞いで、アラタにも静かにするように手で合図する。すぐに、中からさっきの声が聞こえてきた。

「こっちはラッグ探しで忙しいってのによお。俺たちゃ本部から離れて遊んでるわけじゃねえんだよ」

 不機嫌そうな低い声だ。誰かと話しているらしく、しばらく沈黙が続く。

「はあ!?」

 三人はびくっと身を震わせた。

「俺の話聞いてたか!?こっちは忙しいんだ!……そうじゃねえよ、決まる前に止めろっつってんだ!」

 ガシャン、と何かを叩きつけるような音がして、少しの間沈黙が広がる。

 さっきとは違う声が遠慮がちに言った。

「あの、隊長、今の通信は……」

「あ?聞いてりゃわかんだろ。マシューの野郎だよ。本部のやつら、厄介事ばかり押し付けやがって」

 はあー、と苛立ったため息が聞こえる。

「ライトの娘がまたやらかした。尻拭いをしろとのお達しだ」

「ああ……。しかし、なぜ我々がそれを?」

「それが、あの娘、こっちに向かってるらしい」

 どよ、と内側の動揺が伝わってきた。どうやら建物の中にいるのは話をしている二人だけではないらしい。

「それは……、あの、どうなさるんですか?」

「どうもこうもねえよ、ここまで来たら殺すしかねえだろ。女だ子供だと手加減できる範囲は越した」

 アラタはドアから耳を離して小声で言った。

「……今、女の子を殺すって……」

 中では、不機嫌さを隠そうともしない声がさっきより大声で言った。

「第三小隊、迎撃に当たれ。指揮はメイフィールド、お前に任せる」

「はっ!」

 シュウヤもドアから耳を離した。

「……本気で軍隊だな……」

 シロップが、シュウヤの手からスポッと抜け出した。

「やばいねー!」

 シュウヤは慌ててシロップの口を抑えなおすが、遅かった。建物の中が静まり返る。

「……おい……やばいのはお前だ!」

 シュウヤは目をぱちくりしているアラタの襟首をつかんだ。二人を引っ張ってかけ出そうとした途端、建物の扉が開く。

「……なんだ、お前たちは?」

 ぎこちなく振り向くと、灰色の軍服を着た男が一人、三人を見下ろしていた。

 開いた扉から、中の様子が見える。中には彼と全く同じ灰色の軍服を着た男たちが整列していた。全員の目がこちらを向いている。そして彼ら全員の背中には、黒光りする機械翼オートフェーダーが装着されていた。

 扉から出てきた男は鋭い目線で三人を見ていたが、アラタの背にある機械翼に気が付くと目を見開いた。

「……何事だ?」

 奥から、地を這うような声が聞こえてきた。扉の所に立っていた男はふと我に返り、びしりと姿勢を正して敬礼する。

「隊長。外に子供が三人います。うち一人が、機械翼を所持」

 建物の中がざわめいた。揃っていた列が乱れて、前の方にいた者たちも顔を出して三人の姿を見ようとしている。

「列を乱すな」

 静かな、しかし迫力のある声で言われて彼らは一斉にもとの位置に戻った。

 コッ、コッ、と不規則な足音が聞こえてくる。三人は扉の前に立ったまま動けなかった。シロップだけは興味津々に中を覗き込んでいたが。

「盗み聞きとはいい度胸じゃねえか」

 コッ、靴を鳴らして「隊長」は三人の前に立った。

 彼の服装だけは他と少し違っていた。他にはない赤い星が一つ襟についた灰色の軍服をものの見事に着崩して、両手をポケットに突っ込んでいる。髪はぼさぼさで目にかかり、姿勢もがに股に猫背。彼は濃い隈のできた目で三人を睨みつけるように見ていた。

「なあ、ガキども?」

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