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雨の感染者  作者: 遠藤蓮霧
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天使

「アラタ呼んで来い」

 シロップはシュウヤの声ではっと我に返り、アラタのいる図書館へ駆け出して行った。

 シュウヤはふーっと息をついてから足元に目を戻した。

 何度見てもそこにある物は変わらない。折り重なった死体が二つだ。冷静になって見ると、それは二人とも男で、灰色の制服らしきものを着ている。背中に背負っているのは、下から生えてきた翼によって破壊されてしまっているが、建物の中に並んでいた黒い機械のようだった。

「どうしたんだい!?……うっ」

 どたばたと駆け付けたアラタが凄惨な状況を見て口元を覆った。シロップがアラタの背後に隠れる。

「……なんだい、これ……」

 突然、後頭部にぽつりと冷たい感覚が走って、シュウヤは顔を上げた。見ると、シュウヤの頭上の壁にひびが入っている。そこから透明な液体が漏れ出していた。液体の当たったところがピリリと傷む。

「雨水?」

「え?」

 死体のそばにしゃがみ込もうとしていたアラタが顔を上げた。黒い機械の破片にその手が伸ばされている。シュウヤは死体と、その背の機械、壁から流れる液体を見比べた。

「アラタ、頼みごとがある」

 アラタは真剣な表情になって立ち上がった。シロップが彼の後ろから顔を出す。

「この建物、調べてくれないか」


 アラタが調べている間、黒い機械などを調べるのにシュウヤにできることはほとんど無かった。せいぜい建物の中をうろうろしているくらいだが、一度、アラタが透明な液体の入ったビーカーを二つ持ってきて触るように頼んだ。両方雨水だった。それを伝えるとアラタはまたうなり声を上げながら小部屋に戻って行った。

「ちょっと出てくる」

 一日目に自分が役に立たないことがわかったシュウヤはそう声をかけて建物を出た。

 一度あんなものを見つけてしまうと、快適に感じ始めていたこの建物群も途端に気味の悪いものに見えてくる。シュウヤは顔をしかめて黒い建物の間を歩く。歩いているうちに空が陰り始め、やがて風と共に細かい雨が吹きつけ始めた。ギブリ級だ。

「地味に痛いな」

 呟きつつ歩く。建物の壁は雨をはじいているように見えた。黒い金属についた雨粒がするすると滑り落ちていく。

 何の気もなしに角を曲がって、シュウヤは彼女を見た。


 突然開けた景観に、柔らかく広がる淡い金色の翼。翼と同じ色の髪が風に吹かれて波打っている。真っ白なワンピースからのびるすらりとした手足はワンピースと同じように白い。

「……あ……」

 シュウヤが無意識に発した声に反応して、彼女が振り向いた。金色の睫毛に細かな雨粒が乗っている。

 次の瞬間、シュウヤは激しい頭痛に襲われた。

「ぐ……あ……!?」

 脳を鷲掴みにされるような感覚。目の奥がカッと熱くなる。歯を食いしばって顔を上げると、彼女はシュウヤに目を向けたままわずかに首をかしげた。

 頭痛がさらに激しくなった。脳をぐわんぐわんと揺すられているようだ。それがだんだんと収まってくると、今度は突然目の前が真っ白になった。

(初めまして、シュウヤ・エギル)

「んだこれ……頭に声が……?」

(私はスー・ラッグ。あなたの兄弟)

「きょう、だい……?」

 女性のような声が頭に響く。シュウヤの声は相手に聞こえていないようで、スーと名乗った相手は少し間をおいて話を進めた。

(謝りたいの。あなたの記憶を見た)

 目の前に、見覚えのある幼い黒髪の少女が現れた。

「……」

 少女はシュウヤに無邪気に笑いかけ、すうっと消えた。シュウヤは小さく唇を噛む。

(見て)

 スーの言葉と同時に、画面ががらりと切り替わった。頭上には無数の流れ星。眼下に広がるのは黒々とした大海原だ。シュウヤは波の中を何か白いものが漂っていることに気が付いた。

 ゆっくりと進んでいくそれは小さなボートのようだった。視点がそちらに近付いて、ボートの中を覗き込む。屋根のこわれたそのボートの中には、気を失った少女が一人倒れていた。

 まるで早送りのように場面が進む。海を渡った先、地面に大きな鉄板が落ちている。白い手が伸びて、その鉄板を剝がした。下には細い階段が続いている――地下へ続いているようだ。もう片方の手が、抱えていた少女を階段に降ろした。

 視界がゆっくりと戻ってきた。彼女はまだシュウヤをまっすぐに見ている。

 シュウヤはぽつりと呟いた。

「クルミが……生きてる……?」

 彼女は……スーは、口元に笑みを浮かべた。

「君は、一体……」

「また会いましょう」

 淡い金色の翼がふわりと広がった。雨のしずくを浴びてキラキラと輝いている。その翼が大きく一度羽ばたいたとき、彼女の体が浮きあがった。

 彼女は空中でシュウヤに背を向けると、ふわっともう一度舞い上がって空を滑って行った。

 シュウヤはふと気が付いて慌てて後を追いかける。しかし、あまり行かないうちに彼は足を止めざるを得なかった。

「!?」

 突然途切れた茶色い地面の向こうは、荒波打ちつける絶壁になっていたのだ。


「海渡るぞ!!」

 扉をバーンと開いてホールに入ってきたシュウヤの言葉にアラタとシロップが目を丸くしたのは言うまでもない。

「ええ!?どうしたのさいきなり……」

「だいじょぶか?なんかあったか?」

 何があったのかありのままを話すと、アラタは微妙な表情をした。

「疲れてるんじゃないかなあ……」

「本当だって!お前らが信じなくてもオレは行くぞ!」

「シロップは信じるよ!」

 シロップは妙に目をキラキラさせて言った。アラタが困ったような表情で頭をかいた。

「二人がそこまで言うなら、そうなのかな……。まあ、どちらにしろ海は渡る予定だからね。西の海でいいんだろう?」

「ああ、多分そうだ」

 シュウヤはアラタが前に見せてくれた日本地図を思い出しながら言った。

「じゃあ、ここを出る前に、今まで調べて分かったことを発表しよう」

 アラタは意気揚々と言って、奥の方の小部屋から黒い機械を一つ持って来た。

「どのぐらい分かったんだ?」

「推測も混じるけど、この機械に関することは大体わかったと思うよ」

「おお!」

 一緒に調べていたはずのシロップが歓声を上げる。恐らく今何をやっているのかはよくわかっていなかったのだろう。

「で!?それは何なんだ?」

 シュウヤが興味津々で訊くと、アラタは誇らしげに胸を張った。

「まず、察しはついているだろうと思うけどあの部屋はこの機械の整備室だ。そこの部品とかを見て分かったんだけど、この機械の名前は機械翼オートフェーダー

「翼?」

「そう。これは空を飛ぶ装置なのさ!」

 アラタが黒い機械を掲げて見せる。ホールに変な沈黙が広がった。

「あれ?反応悪いなあ」

「いや……まあ……」

「あー、信じてないだろう!なんだよ、君だって信じられないようなことを口走ってたじゃないか!」

 それもそうだ、とシュウヤは小さく頷いた。シロップがはしゃいだように続きを促す。

「で?で!?」

「ああ、そうだね。で、これの燃料があの大きなタンクに入っていたのさ。シュウヤに二つの液体を触ってもらっただろう?あれ、片方はあの遺体の背中に残っていた機械翼の燃料タンクから取ったもので、もう片方はタンク室から持って来たものさ」

「ちょっと待て。ってことはその燃料って……」

「ああ。この機械の燃料は、雨水だ。あの二人が死んだのは、タンク室から漏れだした雨水を浴びてしまったからだね」

 機械の燃料が、雨水。雨の性質を考えると信じがたい話だが、それならタンク室のあの徹底した管理状況にも納得できる。

「なるほど……。続けてくれ」

「おっ、ようやく信じてくれる気になったかい?」

 アラタは嬉しそうに言った。

「じゃあ使い方を見せるね。まずこれは、外の二人がしていたように背中に背負って使うものだ。ほら、ここにベルトがついているだろう?」

 アラタは機械を裏返して、メーターのついているのとは逆の面を見せた。棚から吊るときに使われていたベルトが、確かに裏面から伸びている。裏はいろいろと部品が見えていた表とは違い、ざらざらとした灰色の金属で覆われていた。シュウヤはそれを指さす。

「そのざらざらしたのは何だ?」

「ああこれは、ナーヴァルコネクターだよ。おじいちゃんのコレクションにも書いてあった。これを体の一部に触れさせることによって、レバーやボタンを動かさなくても思うだけで操作が可能になるんだ」

「へえ……」

「これは服の上からでも動くみたいだね。ほら」

 言うなり、アラタは黒い機械を背負ってベルトを締めた。

 ――ガシャッ!

 折りたたまれていた二本の腕が機械の左右から飛び出す。

 ――ガシャンッ!!

 腕がさらにもう一段階広がって、機械の下の部分から車のマフラーのような黒いパイプが左右二本ずつ飛び出した。

 シュウヤが呆気に取られていると、モーターの回るキュイイン……という音がして、左右の腕から薄い青の光が投射された。その様子は確かに黒い骨と青い羽毛のよう。まさしく「機械翼」だった。

「すげえ……なんかかっこいいな!」

「アラタ!やるな!」

 シュウヤとシロップは光でできた翼を触ってみる。しかしそこは光、手は触れることなくするりと通り抜けた。

「……なんかビリビリするな……」

「そりゃ、燃料が雨水だからね。これがウイングシールドさ。で、これが!」

 アラタがふんっと力むと、彼の周りをすっぽりと覆う、こちらも薄い青の球体が現れた。

「防御形態。雨から毒性を取り除いて、装着者の体に触れるころにはただの水にしてくれるんだ」

「へえ!これがあれば暑っ苦しい防雨コート着なくていいじゃねえか!」

「そうなんだよ!僕はそれが嬉しくて!」

 アラタは目を潤ませている。よっぽどあの防雨コートが嫌だったらしい。

「で?どうやって飛ぶんだ?」

 シュウヤが訊くと、アラタの表情が固まった。

「ん?おい?」

「どーしたー」

 シロップがアラタの顔の前で手を振る。アラタはカリカリと頭をかいた。

「いやあ、僕、運動神経が悪いだろう……?」

「?まあ、そうだな」

「空を飛ぶ自分とか全然イメージできなくて……ナーヴァルコネクターがうまく動かないんだ」

「……」

 シュウヤはアラタを残念な人を見る目で見てしまうのを止められなかった。

「シロップは背が低くて装着できないから、シュウヤ、やってみてくれないかな?」

「お、おう」

 シュウヤは言われるままに機械翼を受け取った。

 ベルトを締めると、モーターの振動を感じる。ガシャ、ガシャンと音を立てて翼が変形した。

 ――ヴヴ、ヴヴヴ……

「ん?」

 シュウヤは後ろに目を向けた。アラタの時とは明らかに違う。滑らかな青い翼は現れず、途切れ途切れの光は破れた翼を想像させた。

「んー……?シュウヤ、何か服の下に着てる?あまり障害物が多いとナーヴァルコネクターが感知してくれないんだ」

「いや、着てないけど……」

 シュウヤは機械翼をおろした。アラタはおもむろにシュウヤのシャツの背中をめくる。

「おい、なんか言ってからにしろよ!」

 文句を言うシュウヤの言葉を、アラタは聞いてはいなかった。

「おい?」

「シュウヤ、これどうしたの?」

「いたそー……」

 二人の言葉が何を指しているのか分からず、シュウヤは無理矢理自分の背中を見ようとした。

「オレの背中に何かあんのか?」

「えー気付いてなかったの!?」

「えっと、肩甲骨のあたりに、逆三角を二つ並べたような痣があるよ」

「痣あ?」

 目の端に辛うじて黒い痕が見える。二人が言っているのはそのことだろう。

「なんだこれ」

「多分このせいだね。この三人でまともに使える人はいないかあ……」

 アラタが残念そうな声で言う。シュウヤはもう一度機械翼に目を落として、さっき見落としていた部品に気が付いた。

「これは何だ?」

「ん?ああこれかい?これはスクリーンシューターさ」

「いちいち名前が長いな」

「まあ見て」

 アラタはそれを引っ張り上げる。翼の右脇辺りから金属のホースでぶら下がっていたそれは、地上のどこかで見た写真の中のマシンガンを想像させた。

「それ、武器じゃないのか」

「……そうなんだ。これ、ウイングシールドと同じものをビーム状に発射するんだよ」

「危ねえなおい」

 アラタは重苦しい表情でスクリーンシューターを翼の脇に戻した。

「僕がこの機械を調べて達した結論を言おう。この建物群は、軍事組織の基地だ」

 シュウヤの口がぽかんと開いた。

「は?」

「機械翼は、武器だ。この建物は武器庫で、外に倒れていた二人が着ていたのは、軍服。そう考えれば説明がつく」

「いやいやつかねえよ!」

「シュウヤ、これを見て」

 アラタは機械翼の表についた変な形のランプを指さした。

「これ、どのランクの雨が来るか感知するセンサーなんだけど、この形、見覚えない?」

 シュウヤはそれに目を凝らした。二重の円の中に、横棒が一本入っている。

「これ……!」

「おー?」

 シロップがその様子を不思議そうに見つめる中、シュウヤはリュックからミヤにもらった紙を取り出した。

 雨のランクの下に描かれた色違いの模様とそのランプが、完全に一致する。

「僕、思い出したんだ。その紙に、一か所だけ旧言語の部分があるだろう?それの意味を」

 シュウヤは紙の隅に目を走らせた。小さく走り書きされているそれは、相変わらずシュウヤには読めない。

「それ、こう書かれてるんだ。『フォート・ピオニール』」

 シュウヤは目を見開いた。アラタは真剣な表情で続ける。

「ここは、巨大都市フォルテラの軍事基地だ」

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