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雨の感染者  作者: 遠藤蓮霧
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おんぼろでGO

「はっやっく!はっやっく!!」

「まあまあ、慌てない慌てない」

 アラタとシロップが地下でもらった木箱をはさんで何やら楽しげにしている。

 早朝のランニングから戻ったシュウヤは、ドアを開けて二人の様子に目をやった。

「何やってんだ?」

「ああ、おかえり。今、地下でもらってきた戦利品を開けようと思っていたところだよ」

「シュウヤおそーい!」

 シロップに文句を言われて、シュウヤは苦笑いする。

 ここは山形地下街の「窓」のある農村の民家の一つだ。三人は昨日地上に出てから少し歩いて、泊まるのにちょうど良さそうなここに腰を落ち着けたのだ。

 シュウヤは一人旅ではなくなったので、当たり障りのない早朝にランニングの時間を移していた。

「で、何が入ってるんだ?食べ物だってのは聞いたけど」

「それだけじゃないよ」

 アラタは自慢げに言って、木箱の蓋を開けた。中には豆や塩、野菜など、地下では貴重なはずの食糧がたっぷり入っていた。これが地下に持って行った物資に見合うとは思えない。地下街の人たちはだいぶおまけしてくれたのではないだろうか。

 アラタはそんなことには気がついていない様子で、食糧を出してその下に手を突っ込んだ。下からは、黒く塗装された丸いタンクのようなものが出てきた。大きさは、シュウヤの頭と同じくらいだろうか。それなりに大きい。

「何だ、それ?」

「手榴弾!?」

 シロップはタンクに鼻を近付けてにおいを嗅いでいる。シュウヤは手榴弾というものが何なのか分からなかったが、アラタの表情から物騒な物らしいことはわかった。

「違うよ、これはろ過装置さ」

「「ろ過装置?」」

「そう。ここに雨水なり川の水なりを入れれば、感染の原因になっている毒素を取り除けるのさ。これで僕も、ペットボトルとかが残っていないところでも生活できる」

 アラタがろ過装置を床に置いたので、シロップはそれをシュッと取り上げてまじまじと観察しはじめた。

「シュウヤが言ってただろ?地下にはろ過場って施設があったって。だからこういうものもあるかと思ったんだ。本当は仕組みを知りたかったんだけど、役所の管理するトップシークレットらしくてね」

「トップシークレットか。オレたちに教えたところで役所が迷惑するとは思えねえけど」

「どうかなあ、区長とか、ちょっときな臭かったよ」

「きな臭い?」

「キナクサーイ?」

 シュウヤとシロップが同時に訊いたので、アラタは区長のところに行った時の話と、ついでに山形地下街を訪れたという機械を背負った男の話をした。

 シュウヤとシロップは顔を見合わせた。

「オレたちが一緒に地上に出ると危険?意味がわかんねえな」

「区長!あやしーね!」

「だよね……」

 シュウヤは急いで出てきたことを今更ながら後悔していた。もう少し残っていれば、区長の不可解な言動の理由ももしかしたら探り出せたかもしれない。

「それに、その男だな」

「あやしーね!」

 シロップが首を上下に振りながら繰り返す。

 シュウヤは首をひねった。その話だと、地上にシュウヤたち以外にも人がいるということになる。いるだけならまだしも、山形地下街に行って、出ていったということは地上を自由に歩ける人間ということだ。シュウヤやシロップのような体質の者は実は珍しくないのか?いや、それだと今地上がこんなに閑散としていることの説明がつかない。それに、背負っていたというその機械はなんだ?それも区長に何か関係があるのか?

「確かに怪しい」

 シュウヤが言うと、アラタも深刻そうに頷いた。

 シュウヤはふと思いついて訊いた。

「その男があそこを出ていったのって、いつのことだ?」

「え?先週だって言ってたけど」

「ならまだ遠くには行っていないはずだ」

 アラタは目をぱちくりした。

「その男を探そう。何か聞けるかもしれない」

 シュウヤの言葉に、アラタはおお、と声を上げた。

「それはいいかもしれない。どうせ目的地も決めていなかったんだからね!」

「えーいくとこ決めてなかったのー?」

 シロップが意外そうに言う。シュウヤは彼女に顔を向けた。

「シロップはどこか行きたいところあるのか?」

 シロップはにまっと笑って間髪入れずに言った。

「西!」

「西?なんで?」

 アラタが不思議そうに聞くとシロップは当然のことのように言った。

「『羽化』できるかもだからねー」

「……」

「……」

 シュウヤとアラタは困惑した顔を互いに見合わせた。

「えーっとシロップ、『羽化』したいの?」

「嘘だろ、アラタだけじゃなくてお前まで自殺志願者なのか?」

「シロップ死なんもん!」

「いや、死ぬだろ」

 シロップはうっとりと空中を見つめた。

「シロップかっこいいのがいーなー。ラッグとかかっこいーのー」

「ラッグって何?」

 アラタの質問に、シロップは信じられないという顔をした。

「えー!ラッグだよ!あれ!ばさーってやつ!」

 シロップは両手をぱたぱたと動かした。どうやら翼を表現しているつもりらしい。ザフーと同じように、彼女の使っている用語か何かだろうか。

「それは翼のことなのか?」

「そうだよ!」

 シロップは嬉しそうに笑った。要領を得ないが、たぶんそういうことだろう。

「……じゃあ、男を探すって言ってもどこを探せばいいのか分からないから、とりあえず西に行こうか」

 アラタは気を取り直すように言った。

「お前は行きたいところないのか?」

 シュウヤが訊くと、アラタは首を横に振った。

「図書館には行きたいけど、西にもあるだろうし」

「図書館?」

「今のままじゃ雨の秘密を解き明かすなんて程遠いだろう?そういう君は何かないのかい?」

「んんー?ないのかいー?」

 シュウヤは考えてみたが、特に具体的なものは思いつかなかった。

「強いて言うなら、外国に行きたいとは思ってるけどな。このペースじゃ生きてる間に世界中なんて回れねえ気がしてきた」

「そっか、じゃあ西でいいね」

「え?なんでだ?」

 そう聞き返すと、アラタは残念そうな目でシュウヤを見てきた。

「な、なんだよ」

「シュウヤ、日本から一番近い外国は西にあるんだよ……」

「あほだねー」

「悪かったなあ……地図なんて覚えてねえんだよ……」

 シュウヤは二人からすーっと目を逸らした。アラタはふと思い出したように木箱の中を漁って、その中から何かをシュウヤに投げてよこした。

 シュウヤはそれを受け取る。どうやら大きめのサバイバルナイフのようだ。皮のカバーを外すとギザギザのついた分厚い刃が出てきた。

「君、ハサミしか持ってないだろう?サバイバルするなら、サバイバルナイフだよね」

 ちょっと憧れてたんだー、と言いながらアラタは自分用のもう一本をリュックにしまった。

「シロップのはー?」

「ああ、そう言うと思ったよ。はい」

 アラタが手渡したのはおもちゃの短剣だった。刃と鞘がくっついている。

 シュウヤはシロップが駄々をこねるかと思ったが、彼女は鞘の外れない短剣を振り回してご満悦だ。それでいいのか。


 それから三人は西を目指して歩き出した。シュウヤが長年使っていた方位磁針は狂っていることがわかったので、途中で新しいものを調達した。どうりで真っ直ぐ北を目指していたはずが、山形まで歩くのに五年もかかったはずだ。

 数日歩いたところで、放置された乗用車を発見した。アラタが本で読みかじった知識でキーを回してみたところ、非常に怪しい音を立てながらも一応エンジンはかかったので三人は行けるところまでそれで行ってみることにした。

「おんぼろだー!」

「おんぼろだねー」

 後部座席に座ったアラタとシロップが上下にガクガクと揺れながら他人事のように言う。運転席のシュウヤは二人を振り向いて注意した。

「おい、しゃべってると舌噛むぞ!」

「たいへんだー!」

「シュウヤ、運転のセンスあるねー」

「しゃべるなって!」

 そう言っているうちにもおんぼろ車はでこぼこの道路を進んでいく。

 運転席にシュウヤが座っているのは、あまりにアラタにセンスが無かったからだ。アラタの言うことには、こういうものはいつも知識どまりらしい。このままでは事故を起こしかねないので、アラタに教わったシュウヤが運転を代わることになった。ちなみにシロップは、アクセルに足が届かない。

 何でもないような顔を装っているが、シュウヤは自分が車を運転しているということに感動していた。地下で自動車という乗り物のことは聞いたことがあったが、実際に乗ったことはもちろん見たことも無かったのだ。この車を動かしたときも、アラタが「自動車はもっとスムーズに動くもののはずだ」と言いだすまでこれはこういうものだと思っていて、古いことに気が付かなかった。

「ねー、魔法使……ザフーは、どうやって生まれてくるんだい?」

 後部座席では、アラタが懲りずにシロップに話しかけている。車の振動のせいで声がガタガタと揺れる。

「不老不死だけど、五才なんだろう?五年前に、どうやって生まれてきたの?」

「そりゃー、ポンだよ!ポンって!」

 シュウヤは運転しながら苦笑いした。それはさすがに胡散臭いにもほどがある。しかしアラタは信じたらしく、興味津々で話を促す。

「じゃあ、お父さんもお母さんもいないの?」

「いないの!」

「おーい、話の途中で悪いけどよ」

 シュウヤが声をかけたので、二人は話を一旦やめて彼の方を向いた。

「あれ、どう思う?」

 二人はシュウヤの指差す先を見て、ぎょっと目を見開いた。

 そこまでは道路の脇に木が生い茂っていたのだが、それが突然ぶちっと途切れ、平らに整備された茶色い地面が広がっていた。その真ん中には鉄色の建物が密集して建っている。その建物が、今まで見てきたどんな建物よりも強烈な威圧感を放っていた。

 シュウヤは車を止める。車を飛び出した二人に続いて、自分も運転席を降りた。

「なんだいあれ……」

 アラタが呟く。

 建物群にはどれも窓が無かった。鉄色だが、どんな原料でその建物が作られているのかもわからない。表面はざらざらしているように見えるが、よく見るとこちら側の風景をうっすらと反射していた。

 しかし、その異様な雰囲気を醸し出しているのは単純にその見た目だけではないように感じた。

「あれ、みたことある……」

 シロップが呟いた。シュウヤとアラタはそろって彼女を見下ろした。シロップは呆けたように口を開けてその建物群を見ていた。

「どこで見たの?僕、あんなもの見たことも聞いたことも無いんだけど……」

「うーーん……」

 シロップは自分のこめかみをぐりぐりと押したが、どうにも思い出せないようだ。

「とりあえず、行ってみるか」

「え、行くのかい!?」

 シュウヤが振り向くと、アラタはギクッと身を引いた。

「よくわからないものは見に行くだろ」

「何、その物騒な方針……」

「怖いのか?」

「こわがりさんかー?」

 シロップがシュウヤの側についてにやにやと笑うので、アラタは観念したように言った。

「わかったよ、行こう……」


 そばで見ると、建物群の異質さは際立って見えた。触れば熱そうにも冷たそうにも見えるし、重いのか軽いのかなんてまるで見当もつかない。辛うじてわかるのは、それが金属の一種だということだけだ。

 たかが金属をこんなに気味悪く思う日が来るとは思わなかった。

 建物は皆二階建てぐらいで、広さはさまざまだったがよく見れば入り口には標準言語で表示があった。「厨房」に「宿舎」。一体何の施設なのだろうか。

「あ」

「あ!」

 シュウヤはシロップとアラタのほうを見た。二人はひときわ大きな建物の前に立って、それを見上げている。アラタは呆気にとられた表情をしていた。

「どうした?」

 シュウヤが近付くとシロップが嬉しそうに言う。

「図書館あったー!」

 シュウヤはその建物を見て、すぐにアラタの表情の意味を悟った。

「これ……図書館か?」

 確かに入口には「図書館・資料庫」と書かれているが、そこにそびえ立っているのはどう見ても巨大な要塞だった。

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