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終わりを迎える日(エブリスタ投稿のショート版)


「おい、起きているか」


目を閉じていた私に、何処からか、聞き慣れた、けれど、もう二度と聞くことの出来ぬはずの彼の声が、あたりに響く。




目を開けると、そこには、一人の青年が、ふわりと目の前に立っている。



かつて、自分に「父とも思うぞ」と声をかけ、自分よりも先に空へと旅立った彼が、若かりし頃の姿をして、すぐ其処に立っている。


確かに、彼が旅立つのを見送った自分自身の記憶すら、覚え間違えかと思うほどに、彼はどっしりと構えて、未だ記憶に残る人懐こい笑顔でこちらを見据えている。



けれど、記憶に間違えなどない。

間違えでなければ、彼の奥方が、あんなにも哀しみにふけるはずがないのだから。




「お迎え、ですかな」

「まだ、早いと思ったのだがな」

「若がお望みとあらば、そちらに参るのが私の務めでしょう」

「………若と呼ばれる歳ではないと、知っているだろう?」

「ふふ、そうでしたな。三郎どの」



そう言った私の言葉に、彼は一瞬驚いた顔をし、そのあと「アッハッハッハッハ!」と豪快な笑い声をあげる。



「若?」

「いや、なに、久しくその名で呼ばれなかったからな。何やらこそばゆいな」



クツクツと愉快そうに笑う彼の姿に、目の奥が熱くなる。



「なんだ。これしきの事で涙など流しているのか?」

「………老いとは、そういうものです」




そう言って目を閉じた私に、彼は「そうか」と呟いて小さく笑う。




「なぁ、常胤」

「………なんでございましょう?……若」

「こちらに渡るのは、子らに会うてからでも良いだろう?」

「……そう、ですかな」

「あぁ。子は、父を待つものだからな」



「…………頼朝様」





目を閉じていても分かる。

つい先ほどまで、目の前に居た彼の気配が消えた。




フッ、と彼が笑ったような、気がした。










「父上!」

「………あぁ、胤正か」



我が子に呼ばれる声に目を開ければ、そこには先ほどまで目の前にいたはずの三郎どの、いや、源頼朝どのの姿は消え、我が子達の涙を堪えた視線が仰向けで寝る自身の身体へと突き刺さる。





「どうやら、私もそろそろいかねばならぬらしい」

「父上……!」


ぐるりと囲うように私を見つめる我が子達を一人ひとり、しかと見つめる。



耳が痛くなるほどの静かな終わりの音が、自分を包みこんでゆくのが分かる。





「良き、人生であった」







そう穏やかに笑う彼の人生は、たった一言ではすまされないほど、壮絶な人生であった。


だが、彼は穏やかな笑顔を浮かべ、そう述べたのである。



彼の名は、千葉常胤。



動乱の時代を生きた、鎌倉幕府成立の立役者の人生が、今、終わりの時を迎えた。






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