0-1:日常と恐怖
はじめまして。月出明人と申します。小説を書くのは初めてです。試し書きさえしたことがありません。稚拙な文章であり、勉強中のため、何度も修正を行っています。完結まだがんばりたいと思いますのでよろしくお願いします。
ーー夢を見ていた。
光の渦の中を上へ上へと昇っているが、向かう先は見えない。渦の外を確認しようとした時、急にその手を引かれて気がついた。
誰かが手を握っている。絶対に離さないとでも言うように、強く、強く握っている。嫌な感じはない。むしろ温かくて優しい気持ちで満たされていくのを感じる。
誰……だ?
眩しい光の中、ぼんやりと見えるその顔を窺おうとしたーー
「おはよー! またクラス一緒だねー。これはやっぱり運命の赤い糸かなー? なんてね。」
突然耳元で誰かが話しかけてきたため、俺は耳に穴が空いたのではと錯覚するほどの衝撃と共に無理矢理覚醒させられた。いや、耳に穴が空いてるのは普通だろ。
ぼんやりした頭でそんなおかしなことを考えていたが、どうやら使う言葉を間違えたようだ。今相応しい言葉はこれだ。
うるせぇ。
そんなことより、俺はさっき何かの夢を見ていたような気がしたがなんだろう、思い出せない。とても温かかったような……。
まったく、俺の穏やかな睡眠を妨げるとは許せん。いや学校だから許されないのは俺なんだけどさ。今はいいのよ、そんな些細な事は。
俺は文句を言うために半目のまま顔を上げたところで、また声を掛けられた。
「あいこちゃん起きた?」
そいつは俺の顔を覗き込みながら右耳をなぞるように、その肩まで伸びた薄茶色の髪を掬い上げ微笑んだ。
潤賀美紀。
思いのほか近くにいたこともあり、一瞬ドキッとしてしまったが、その顔立ちは整い過ぎていると言っていい。普通これだけの顔を抱えたまま成長すれば性格が歪んでいそうなものだが、こいつは誰にでも優しく、人懐っこいためか冷たい印象はまるで受けない。
むしろ、こうして見ていると茶色にクリームを混ぜたような色の制服や赤いリボンも、その清楚なイメージを後押ししているかのようだ。膝上15㎝ほどの長さしかない布に対しては、それで何が守れるんだと説教かお礼をしてやりたい。うん、お礼をしたい。
だが、完璧に見えるこいつにも弱点はあった。突っ伏していた俺からは見上げる形になっているため、目の前にそれはあるのだが、あらためて気付くがなんていうか……絶壁である。何がとは言えないが、ロッククライマーが匙を投げたりするのかもしれない。いや、これ以上はまずい……。
話を変えよう。こいつは所謂幼馴染みというやつなのだが、贔屓目に見ている訳ではなく美人だと思う。昨年、クラスの男子が勝手に行った【校内美少女ランキング総合部門】では三位だったらしい。絶壁じゃなかったら何位なんだろう? と、気にはなるが触らぬ神になんとやらだ。いや、触るのは大歓迎だが命を賭けるには圧倒的に質量と勇気が足りない。
閑話休題
朝に弱いはずの美紀がこんなテンションで話しかけてくるなんて珍しいなと思いながら、ようやく俺は返事をすることにした。
「あいこ言うなって何度言えばって、あぁもう、めんどくせぇ。それとクラス替えが運命によるものなら、小中と一度も同じクラスになったことがない時点で運命的にはお察しだろ。」
こいつは俺こと、愛子颯汰をからかう時、苗字をわざと間違えて【あいこちゃん】と呼ぶ。
理由は簡単だ。俺の見た目が女みたいだから。男らしく在りたいという願望はあるものの、顔立ちからして女っぽかった俺は、髪の毛で表情を誤魔化す程度のことしかできなかった。
両の頬から顎にかけて、隠すように伸びる横髪。それと同程度の長さの前髪に関しては、そのまま下ろすと前が見えないので片目だけを覆うように流している。感じで言えばボブカットに近いだろうか。その髪型の表現が既に女っぽいのだが気にしたら負けだ。
ちなみに短髪にするという案は、俺の意見を含まぬ多数の反対により早々に却下された。
「運命はまぁどうでもいいとしてさ! またあいこちゃん同じクラスは嬉しいよー。クラス替わって周りが知らない人ばかりだと緊張しちゃうしね。」
「そこは本当にどうでもいいが、俺の要求をなかったことにしてんじゃねーよ。ちゃんと話聞け。」
「わかったわかった。はぁ。でもさ? これでまた私に勉強教えてもらえるじゃない? 嬉しいよね?お姉ちゃん頼ってくれていいんだよ?」
やれやれ、というジェスチャーで盛大にため息をついた後、急にキラキラした目でお祈りのポーズのように胸の前で指を絡め、お姉ちゃんアピールをしてきた。
果てしなくうぜぇ……。何お前、プリクラ機能搭載してんの? その目の中どーなってんの? そのうち文字とかも空中に漂わせてくんの? 最近の女子高生すげーな。
「同い年のくせに姉気取ってんじゃねーよ。どっちかっつーと、姉役をやりたい妹だろお前は。」
美紀は俺の姉であるみちるに憧れていた事もあり、少しでも真似ようとしているらしいのだが、まったくと言っていいほど真似できていない。むしろ自分が姉だという肩書きのみを押し付けようとする必死なアピールが、より子供っぽさを演出している。
何がしたいんだこいつは。
「えー? 学力も身長も私より低いのにお姉ちゃんのつもりなのー?」
「うぐっ……って、お姉ちゃんじゃねぇだろ! お兄ちゃんだ!」
ちくしょう。
学力はいい。男子高校生など馬鹿でちょうどいい。むしろ、勉強しないという間違った努力をしてでも馬鹿でいたい。なぜかって? 男らしいだろう。そうだろう? 違う? 聞こえねーな。
問題は身長だ。なんで俺の身長は159㎝しかないんだよ。こんな容姿で低身長とか、この世に神はいないのか。いませんかそうですか。
みちるは170㎝。
美紀は162㎝。
よって反論なんてできるはずもない。うん、寝るか。俺の取った選択肢は逃げ一択だった。
「ねえ……颯汰」
俺を呼ぶ声のトーンが思ったより低い事に驚き美紀に向き直ったのだが、そこで更に驚かされた。
え? 今までの無駄絡みはなんだったの? なんでそんな沈んだ表情してんの?
「な、なんだよ。」
別に悪い事をしたわけでもないのに罪悪感に苛まれる。俺なんかしたか? とにかく、明らかに空気が重くなっている。
俺は少し緊張しながら次の言葉を待った。
「うちの学校でまた……だって。」
またとはなんだ? とは聞かない。
それはこの学校、いや、高校生の誰もが知り、そして怯えている事だ。始めの頃は噂話や都市伝説の域を出なかったが、時が経つに連れて次第に現実味を帯び、今では常にニュースや新聞によって取り上げられている。
眠りについたまま目覚めない眠り病。
そんな奇病が今、高校生の間で流行っている。なぜ高校生だけなのか? その原因も対処法も何もわかっていないが、今年に入ってから急増しているらしい。俺たち高校生はそんな奇病に怯えたまま学校へと通っている。
『高校に通っていては危険だ』などと過激な人間が騒いだ事もあったが、高校に通わない者でも眠り病にかかっていたり、一緒に住む兄弟の片方だけがかかる等、感染の疑いは極めて低いようだ。
だが、その猛威はとうとうこの学校にも襲い掛かってきたのだ。
「四人目か……。」
冬休みの間に最初の一人、確か一年生が眠ったままになり、先月更に三年生の二人が眠り病にかかった。そして今回だ。
「ううん。二人同時らしくて、これで五人目……。」
「新学期早々に一気に二人か。やっぱり増えてきてるんだな。」
あまり実感もなく、そんな程度の感想を述べた俺に対し美紀の表情が陰りを見せる。
「うん……。だからね? 眠いのはわかるんだけど、せめて学校では寝ないで。登校した時に颯汰が寝ているの見て、起きなかったらどうしようって怖かったのよ。」
美紀は今にも泣きそうな顔をしてそう言った。なるほど、さっきの異常なテンションはそれを払拭したかったからか、と俺は一人納得がいった。
しばらくするとチャイムが鳴り、立っていた奴等が自分の席へと戻り始める。そんな光景を眺めながら美紀を少しでも安心させようと言葉を発したが、それは違和感と共に急速に途絶えた。
「悪かった。とりあえず俺は大丈夫だ。クラスの奴等も……っと……。えっ?」
それを見たことで、いや正しくは視認できなかった事で背中に冷たいものが走った。
「なあ美紀。」
「な、なに? どうしたの。颯汰?」
俺の不安が移ったのか、美紀にも更なる緊張が走る。
確認するのが怖い。
けど早く知りたい。
葛藤に苛まれる中、俺は口を開いた。
「今日……浩一来てるか?」
それは無遅刻無欠席を誇っていた親友の不在という、異常事態だった。
度重なる修正でご迷惑をおかけしております。