プロローグ・夏日巡考
この夕凪2丁目商店街がかつてここいらの地方で一番栄えていた商店街だということを、ただこの商店街の道を通行にのみに使っている人々はおよそ知らない。大型ショッピングモールの地方進出、モータリゼーション化、人口流出による過疎化、客の買い物への意識の変化など様々な原因によってキリキリと絞め殺される寸前にあるこの商店街は見切りをつけてシャッターを閉じるか、時代の移ろいをただ見届けるように営業ともつかぬ営業をするかの二種類の店屋に分かれた。今となっては店の主は高齢者ばかり。店を閉めたところで先行きが暗くなるような人はいないのだがそれでも経営を続けるのは過去への懐かしみか、はたまた意地のようなものかもしれない。
その中にあって、1人だけ弱冠23歳で書店を切り盛りする男がいた。
名前を井原明という。20歳の時父親が50歳で急死し、突然この夕凪書房の店主となった彼はことさらこの商店街の現状を憂いていた。子供の頃隆盛を誇っていた商店街が死に体になっている。何かせねばマズイのではないか。常にそうは思うが具体的になにをすれば事態が好転するのか想像することすらできないでいた。
「コラ!店番中に寝るな!」
明がうっかりレジの横に突っ伏して眠ってしまっていると近くから子供のような声で叱られた。明が顔を上げると目の前におかっぱの女の子が立っていた。
「なんだ小学生か・・・・。もう6時過ぎてるぞ。家に帰ったほうがいいんじゃないか」
ぶっきらぼうに明はそんなようなことを言った。接客のノウハウを身につけることができるほどお客は来ないのだ。それを聞いておかっぱの女の子はまるで年長者が年少者を諭すような口調で続けた。
「なんだ、じゃない。店番をサボって居眠りをするのはどうかということが言いたいのだ。本を万引きでもされてみろ、その元を取るのにどれだけ苦労するかわかるだろう」
しかし見るからに10歳近くも年下であろう女児にそこまで言われてハイハイと言える程明は人間ができていなかった。
座っていた椅子から立ち上がると
「うるせぇな!ここ丸4日はお客が誰も来てねえこんな店に今更誰が来るってんだ!万引きだァ!?むしろ万引き犯でもいいからお客来いよ!もてなしてやるからよ!」
そんなようなことを言った。
両隣の店も向かいの店もシャッターが閉まっているだけあって怒号はなかなかの音量に聞こえた。もともと地声が大きいのか、当の本人はそこまで大声を出したつもりではないらしい。この声を聞きつけて誰かがやって来たりしないあたりがまた侘しい。
明はさんざんまくし立てたあと、こんな小学生相手に何をブチギレているんだろうと後悔したと同時にヘタしたら通報されて警察のお世話になるのではないかという不安にかられた。その明の動揺をよそにおかっぱの少女は平然と明を見上げていた。
その表情は悲しみとも哀れみとも慈しみともつかないなんとも言えない顔で、ただ少なくとも明に対して恐怖といったようなたぐいの感情は微塵も感じていないようだった。
明がおかっぱの女の子のその表情を見て固まっていると
「そのような態度とそのような怖い顔とそのような濃い眉毛では普通のお客どころか万引き犯も来るものも来ないぞ」
ため息をつくようにおかっぱの少女が吐き捨てた。
「ちょっと待て!眉毛の濃淡と客足になんの関係があるんだよ!!」
明が当然の抗議をしたがおかっぱの少女は「そっくりじゃな」とつぶやくのみだ。
「一体何者なんだこのガキは・・・・」
うんざりしたようにつぶやく明からは先ほどの覇気は感じられない。
「じきにわかるよ。明」
おかっぱの女の子がそう言うと、突然呼び捨てにされたことに明が激怒する前にレジの横に置いてあった明のスマートフォンが鳴った。