ミサンガ
「ミサンガ?」
「2つ買ってきたからお揃いでつけない?」彼女は妙に弾んだ口調で言った。
「いいけど…」とひろしは一種の苦笑いに近いものを浮かべた。
「けど何?」
「まだ柔軟が終わってない」
彼女はたちまちのうちに泣きそうな顔になった。
「柔軟なんてどうだっていいじゃない。わたし、折角ひろしくんのために、ひろしくんに、ひろしくんに…」
その時ひろしの脳裏に何かがよぎった。
「今、なんて言った?」
「だからわたしはひろしくんに…」
「クンニリングス…」そうだ、これだ。これしかない。どうして今まで気がつかなかったのか。
「なあ、菜穂子、おれがミサンガをつけたらまんこ舐めていい?」
菜穂子は割とすぐに足を開いた。おそるおそる舐めてみる。ぺろっ。あれ?もう一回舐めてみよう。ぺろぺろぺろ…これは、
「海だ…海の味がする…」必死で舐める。舐めれば舐めるほど海の味は薄くなり、何か別の旨味が増してきていた。俺は知っている。俺は何かを忘れている。忘れているが思い出せない、いや、思い出したくないのか?
「思い出した?」菜穂子はいつになく優しい声だった。
「そんな、でもそんなはずは…」顔をあげると菜穂子は姿を消していた。
「そうよ。それであってるの」菜穂子の声が部屋にこだました。でも一体どこにいるのだろう。どこから聞こえてくるのだろう。とても懐かしい声だ。
「ここよ。あなたはもうわかっているはずだわ。」声は真下から聞こえてきた。さっきまでおれが舐めていた場所だ。そこにすでに女性器はなかった。そこにあるのはひとつのアワビだった。そうだ。俺に彼女なんていなかった。全ては思い込みに過ぎなかった。
俺はずっと一人でアワビを舐め、アワビと会話していただけだった。この部屋には最初からひとり。俺だけ。孤独に耐えかねてアワビを飼い始めたのはいつからだったか。
涙が枯れるまで泣いたあと、俺はミサンガを引きちぎった。