第二部終章《新しい始まり》
第二部終章 《新しい始まり》
砂那が病室を訪れたのは、あれから一週間も経った後だった。
何度か足を運んだのだが、面会謝絶や、警察の事情聴取などで会えなかったのだ。
やっと色々な事が終わり、大部屋に移されたと聞いたのでやって来たのだが、再びタイミングが悪かったのか、今度は病室の前で水希の怒りの声が聞こえる。
「迷惑です、帰ってください!」
「顔を見たら直ぐに帰る。俺も若頭から託けを頼まれただけだからよ」
砂那が近付いていくと、頭を剃り上げたスーツ姿の巨漢の大男と、水希が揉めている所だった。
その巨漢の男はネクタイはしておらず、大きく開いたカッターシャツの肩元には、和彫りの刺青が覗いている。
「こちらには会う理由が有りません!」
「お嬢ちゃんが俺らを嫌う理由は解ってるよ。布施の親父の事は若頭だって納得してないんだ。けどよ、本家筋の方針を裏切る訳には行かなかったんだ。なっ、そこは解ってくれ」
「あなた方の理由なんてどっちでも良いです! だけど、家族もバラバラになって、桂を一人にさせた、あなた達も、桂のお父さんも私は許せません!」
彼女は強気な面持ちだが、先ほどから脚は震えていた。
自分の倍以上の体格の、強面な男に反抗しているのだ。腕力に訴えられれば、ただですまない事は解っている。しかし言わずにはいられなかった。
「………」
「だから、もう、桂に近付くのは辞めてください!」
巨漢の男は諦めた様子でため息を吐き、スーツの内ポケットから、分厚い封筒を取り出す。
「………解ったよ、だったら、これ、お嬢ちゃんから渡してくれねーか? それならいいだろ?」
しかし水希は首を振った。
「どんな物で有ろうと、あなた方から頂くものは有りません!」
「だけど、入院費はどうするんだ? 結構、金掛かるだろ? 悪いことは言わねー、受け取るだけ受け取っておけって、後で返せなんて言わねえからよ」
「入院費なら、私が何とかします!」
脚を震わしながらも、目線を外すことのない水希に、吐いた唾を飲むのを一番嫌がる人種が、封筒を胸ポケットに戻した。
「………解ったよ。邪魔したな」
巨漢の男は廊下を出口に向かう。
そして水希は、砂那を見て笑顔を作った。
「折坂。せっかく来てくれたのにごめん、場所を移そうか」
たしかに病室の前で、巨漢の男と少女が揉め事を起こしていたのだ、周りは遠巻きだが注目している。水希と砂那は人目を避けるようにエレベーターを使い、屋上までやってきた。
「恥ずかしい所を見られたね」
「うんん、でもあれって………」
「そう、あの人はヤクザよ」
水希はしかめっ面でそう答えてから、屋上のフェンスに近付くと、下を見ながらため息混じりに話し出した。
「私も桂も、親がろくでもない人間で、二人とも児童養護施設で育ったのよ」
どこか吹っ切れたように、軽い口調ではあったが、砂那は口を噤んだ。
「私の本当の親は、もう死んで居ないけど、桂のお父さんは今は刑務所の中なの。いわゆるヤクザの鉄砲玉ってやつで、ほとんど破門状態で刑務所に入っているわ」
これがヤクザがこの場所にいた理由だった。しかし、先ほどの二人の話を聞く限りでは、桂の父親の破門を納得していない者がいて、その息子を気にかけている様子ではある。
「あの馬鹿、ヤクザなんかとは関係を持つなってあれほど言ったのに………」
ここまで話すと、砂那に向き直りようやく笑顔を見せた。
「それより、礼がまだだったね。――――折坂、あの時はありがとう。おかげで桂も生きてる」
そう言って水希は頭を下げた。砂那は照れ隠しのように、慌てて首を振る。
「お礼なんて良いよ、わたしももう少し上手く立ち回っていたら、こんな大事には成っていなかったかも知れないし。それより、あの後大丈夫だった?」
「警察には色々と聞かれるし、その後は、総本山のマトリにも聞かれたけど、何とか被害者で誤魔化せたわ。銃が無くて本当に良かった、あの外人のお姉さんにも礼を言わなくちゃね」
「………マトリか」
砂那は小さく呟いた。
総本山のマトリという事は、自分の父親が来たのだろうか。魔法使いが絡んでいたのだ、それは仕方の無い話だろう。
「………ねぇ、水希さん、一つ聞いて良い?」
「いいわよ」
「どうして、あんな危険な悪霊を、式守神にしようとしたの?」
水希は神妙な顔で頷いた。
「呆れるかも知れないけど、実は私たち、あれがそんなに危険な悪霊だって知らなかったのよ」
「知らなかったの?!」
砂那は驚きの表情を作った。
普通なら式守神の契約は、その式守神の事を調べてから、憑かれるための儀式を始める。
そうしないと、いくら徳や霊能力が高かくて無条件に従えるとしても、式守神との相性により、式守神の力が出せない時もあるからである。
特に、式守神の方が霊能力が高かく、自分を売り込み憑いてもらう時なら、相手のことが解らなくては売り込み事も出来ない。
「そうなの、私たちは、あれがそんなに危険な悪霊だとは、考えていなかったわ」
「どうして? 普通ならそれでは不可能って解るでしょ? なのに、何故、あなたたちは、そんな状態で契約をしようとしたの?」
水希の事は素人とは思わない。魂まで結ぶのは、熟練の技術が要るのは解っていたし、結び師としてもそれなりの努力はしてきたはずだ。なのに、式守神の契約において、こんなにも素人臭い行動を起こすとは思えなかった。
「それはね、実績があるからよ」
「実績?」
どういう意味だろうか。今一つ要領が得ない。
「折坂の所に依頼した、篠田 俊って男は、今まで二人の人間に式守神の契約させることに成功させているの」
砂那は少しだけ目を細めた。
その内の一つは、奈良で翠が霧が峰の鬼と契約したことも入っているのだろう。確かにあの時も無茶な契約だった。
「だから口車に乗ったけど、今回は篠田とは違う、安部 智弘という人間が加わっていたのよ。だから失敗した」
どうやら篠田は、式守神を見つけては、それを欲しがるものに契約をさせているらしい。今回は手違いがあったようだが、それでも随分と優しい限りだ。
しかし、自分の利益にもならないのに、彼は何のためにしているのだろうか?
それから水希は恥ずかしそうに、自分の非を認めた。
「まぁ、一連の責任は私にあるの。私は、自分の居場所が欲しくて無理をして力を手に入れようとした。その結果、もう少しで本当に大切なものを失くす所だったわ」
「水希さん………」
「無くしかけてやっと解った。欲しいものは、もうすでに手の中にあったってね」
そう言って、水希は優しく笑った。その笑顔はとても水希に合っているものだった。
「ねっ、折坂、私と連絡先交換してくれない?」
「わたしと?」
「そう、折坂と交換したいの。それと、呼びかただけど水希って呼んでくれない? 敬語もいらないから」
最近はこっちにも知り合いや、友達が増えてきたが、祓い屋の友達はまだまだ少ない。砂那にとっては願ってもない相談だ。だから素早く頷いた。
「それなら、わたしも砂那で良い」
砂那の方が嬉しそうに頷く。
「解った。砂那、ありがとう」
そして、夏が来る。
「………内容はわかった」
ベネディクトは目の前の真っ赤なソファーに座った、未国 康弘を見てから、つまらなそうに目の前の封筒を見た。
「総本山としても、無理強いするつもりは無いんだ。ただ、交渉の機会が欲しくって言ってる」
「別にそんなに改まらなくてもいい。うちも、その辺りは強制していないし、全ては本人に任せている。それに、そっちの方があいつにとっても良いと解るしな」
「そう言って頂けるとありがたい」
未国 康弘はそう言って、座ったまま頭を下げた。
「ただし、これは受け取れない」
ベネディクトはそう言って、目の前の封筒を押し返す。
中に入っているものは有る程度の予想が付くし、思わず顔がニヤけるほど分厚いのだが、これに手を出しては部下に会わせる顔が無い。
「しかし、これを渡さずに居ては、うちの常識が問われる」
焦り顔の未国 康弘にベネディクトは言った。
「理屈は解るし、うちは総本山に比べると小さすぎる会社だ。しかし、従業員を売るほど落ちぶれては居ない」
ベネディクトは気を害したように立ち上がると、自分のデスクの前に移動する。
「そういう意味で出したわけではない」
「解ってる。これは私の感情なだけだ。だからと言って受け取るわけにはいけない」
「そうか、すまない、あなたの感情を考慮していなかった」
そう言って未国 康弘は封筒を胸ポケットに直す。
「しかし、交渉は自由だ。好きなだけ当たれ」
その答えに未国 康弘は頷いた。
夏休み間近の午後に、学校からの帰りぎわ、クロスバイクに乗ろうとしている所で声を掛けられた。
「折坂 砂那君かな?」
「………えっ? はい」
砂那は頷いてから、少しだけ怪しそうに距離を開ける。
「私は、総本山の未国 康弘と言う者だ」
未国 康弘はそう言って名刺を差し出す。砂那はその名前に聞き覚えがあった。
「蒼のお父さんですか?」
「そうだ、蒼も、静香も世話になっている」
彼は頷き、砂那はあせった。
「あっと、えっと、折坂 砂那です。こちらこそ、いつも蒼にお世話になってます!」
クロスバイクを立てて、慌てて名刺を受取り頭を下げる。
「そんなに畏まらなくていい。少し、話を聞いてくれないかな?」
「はい」
素直にうなずき、両手で名刺を握りしめたまま、まっすぐに未国 康弘を見る。
「折坂 砂那君―――君は、総本山で働く気は無いか?」
長らく掛かってしまいました。
本当にすいません。
でも、何とかダンディライオンが終れたのは、これを読んでいる皆様のおかげです。
こんな、箸にも棒にもかからない者に付いて来て下さって、感謝の言葉以外ありえません。
あと、まだ終らないのとか言わないでね。
やっと、半分ですよ。予定ですが。
今回の物語の書き方、ライラックオレンジと少し違うところがありました。そう、冒頭に載っているものが、最後に来る書き方が、途中に入っているところです。
なぜなのか。
それは、本来ならあそこで終っていて、次回が水希の話になる予定だったからです。
うん。でも、おかげさまで水希の話も、書きたいところをいっぱい削りましたが、なんとかまとまったかな。
次回予告を書きたいですが、今回は書くと色々ネタバレが起こるので、別のことを。
色々と最強の技が出てきました。そのまとめを一つ。
蒼はこの物語の柱となる、アンナの腕です。
前回から出てくる、まだ謎に満ちた技ですね。
個人的に好きなナインワードの九会切り。
今回出てきた原文に近い九字切りとは別物です。今後出てきます。
ベネディクト最強の使い魔、窮極の門の守護者。
ちなみに、これはネットで調べれば出て来ます。他の話をお借りしたものです。
砂那には究極の技と言ったものが無いので、今が最強スタイルです。
本来はあったのですが、話がそれる恐れがあり、なくなりました。
いずれ、使用ロードバイクは載せたいな。
でも、皆さんの興味がなさそうなので、いずれね。
では、また次回作でお会いいたしましょう。
次は、そんな待たさなくてもいい予感。
では、また。