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水希《魂まで結べる結び師》4

 水希は暗く足場の悪い藪の中を、銃声が聞こえる方向へ走っていた。

 桂からSNSに書き込まれて以来、連絡が取れない。しかも、あれから何度か銃声が聞こえていた。

 気持ちが焦るが、暗い森の中を銃声だけを頼りに走っている。こんな状態では中々彼等にたどり着けない。

 水希は何度も草や土に足を取られ、倒れそうになりながらも、スピードを緩めずに走っていた。

「桂っ!! どこに居るの!!」

 水希は何度も叫ぶが、狙われている桂からの返答はもちろんない。

 そしてしばらく進むと、近くを併走(へいそう)する足音が聞こえた。

 それが桂のものかD.I.Jのものか判らない。もしD.I.Jなら結んで動けなくしてやろうと、彼女は切れにくいひもを取り出し、先に(おもり)をつける。

 そして息を殺して、一気に横飛びして併走(へいそう)する足音の(ぬし)の元に飛び出した。

 そこには、ロングコートを着込んだ砂那が、きついつり目で睨み、お札を刺したダガーを自分に向けて待っていた。

「おっ、折坂 砂那!」

「?!」

 砂那は、相手が自分を知っていることに驚いたが、この場にいる女性は、保護する水希だけと聞いていたので、篠田から話は伝わっていると思いダガーを下ろした。

「えぇ、アルクイン拝み屋探偵事務所の折坂 砂那です。あなたは大方おおがた 水希みずきさん?」

 水希はその質問には答えず、急いで彼女にしがみつく様に(せま)った。

「あなたって、マトリの折坂 善一郎の娘なんでしょ! だったら、魔法使いの相手もお手の物よね。お願い! 桂を助けて!」

「えっ? マトリって?」

 砂那が知らない父親の情報を聞かされ戸惑う。しかし、今は関係のない質問に、水希は苛立いらだったった様に声をあらたげた。

「総本山の、魔法取締局(まほうとりしまりきょく)のことよ!」

「………魔法取締局(まほうとりしまりきょく)………」

 初めて知った父親の役職に、砂那は一瞬思考が止まる。

 この言葉通りなら、父親は魔法使いを取り締まって居る、言わば蒼達と敵対するものだ。

 目を見開き、固まった砂那に水希は肩に手を置いて()さぶった。

「とにかく、何でもいいから、桂を助けて! お願い!」

 そうだった、今は父親の事を考えるより、現状を把握(はあく)するのが先だ。

布施ふせ けいさんを助けるのね、解った。それなら大方さん、まずは現状を教えて」

 水希はこの場所で起こった、今までの内容を手短く話し、砂那は顔をしかめた。

 恐れていた状況が、そのまま目の前にある。とにかく急いで桂を、そのD.I.Jって人より先に見つけないと、最悪な結末が待っているだろう。

「これは、早く見つけないと。蒼、状況は良くないわ。式守神(しきしゅがみ)が条件を出してきて、布施(ふせ) (けい)さんが生贄に選ばれた。D.I.Jて言う外国人と安部(あべ) 智也(ともや)って人が狙ってるらしいのよ。こぐろ使うね」

 そう言ってイヤホンマイク越しに、今聞いた状況を蒼に説明する。

『あぁ、解った。それとな砂那、外国人は魔法使いかもしれない。銃だけでなく、魔法にも気を付けろよ!』

「うん。こぐろ、お願い!」

 砂那の声に反応して、彼女の後ろから現れた黒い仔猫は、一点を見つめたあとにピクッと耳を動かせてから、一気に森の奥に走って行った。水希は驚いた様子で、こぐろを目で追う。

「式神?」

「えっと、正確には違うけど、そんなとこよ」

 砂那は言葉を濁した。

 こぐろは情報集めや隠密な行動に利用するので、あまり詳しい説明をしては駄目だと、蒼から口止めされている。

「とにかく、こぐろは足も速いし耳が利くわ。闇雲(やみくも)に探すより早く見つけれる」

 その台詞に、水希は顔に希望を浮かべてから、自分の失態を恥じた。気が動転していて、式神の事を完全に忘れていた。もっと冷静にならなくてはいけない。

 砂那はこぐろが桂を探している時間、蒼の方の状況を確認する。

「そっちはどう?」

『こっちは………もう着く』

 そして現場に着いた蒼は、想像以上のものがあったのか、一つ唾を飲み込んだ。

「蒼、行ける?」

 奈良では、単独で霧ヶ峰の鬼の足止めをしていた彼だが、今回はそれよりも霊力(ちから)が高い。いくら反則技のような、式守神(しきしゅがみ)の腕を持っていると言えど、荷が重かったのかもしれない。

『こいつは、思った以上に霊力ちからが高いな。囲いが有れば何とか祓えると思うが………』

 そう言葉を(にご)らせる。

 魔法使いに囲いは関係ないと思うのだが、奈良でも彼は囲いが有るから祓えると言っていた。囲いの中は霊視できないので、ひょっとすると見られたくない技が有るのかも知れない。

布施(ふせ) (けい)さんを見つけたら、そっちを手伝うから、それまで持つ?」

『いや、いざと成ったら()ようも有るから、こっちは気にせず二人を連れて逃げてくれ』

「だけど………」

『最悪、祓うのはベネディクトさんが来てからでもいい。それまでは持たせる。それより布施ふせ けいさんの命を最優先してくれ』

 ベネディクトは、篠田が依頼するより前に請けた仕事を終われせてから、こっちと合流する予定である。それに、今回は人の命がかかっているのだ、生半可にしてはいけない。

「解ったわ。だけど蒼、無理しないで」

『そっちもな』

 その時、こぐろの視界に銃を構えている、白人で銀髪の外人の姿を(とら)えた。

(とら)えた! 大方さん、行くわよ!」

「もう、見つけたの?」

 今まで散々探して見つからなかった桂が、こんなにも早く見つかったのかと、水希は驚きの顔を見せる。

 見た目は幼いが、やはり囲い師のエリート、折坂おりさか 善一郎ぜんいろうの娘だ。自分の式神ならまだまだ掛かっただろう。

布施ふせ けいさんでは無いけど、外人の方を(とら)えたわ」

 桂ではないが、D.I.Jを捕まえたら同じ意味だ。

「D.I.Jの方ね、結んで動けなくしてやる!」

 水希がそう頷き、二人はこぐろの向かった方向に走り出した。



 蒼は砂那との会話をしながら、崩れかけたお堂の前にやってきた。そこで足を止める。

 七月半ば近い、蒸し暑い夜だと言うのに、この場所は寒気が止まらなかった。

 そこは、昔の墓地の跡地と言うこともあり、空気のよどみ、霊も集まり中には悪霊も多い。

 しかし、寒気の原因は別で、目の前の腰が曲がりボロボロの衣服をまとった老婆が、迂闊うかつには近付けない程の強い霊力ちからと、悪意を放っているからだ。

 彼は一つ唾を飲み込んだ。

『蒼、行ける?』

 砂那が心配そうに尋ねてくる。

 出来れば心配をかけないために、大丈夫だと答えたいが、それさえ躊躇(ちゅうちょ)するほどの存在だ。だから曖昧(あいまい)な返答に成ってしまった。

「こいつは、思った以上に霊力ちからが高いな。囲いが有れば何とか祓えると思うが………」

 その台詞に老婆は少しだけ反応し、目線を蒼に向けた。

 今まで以上に鳥肌が立つ。

布施(ふせ) (けい)さんを見つけたら、そっちを手伝うから、それまで持つ?』

 曖昧(あいまい)な返答で、余計(よけい)に心配をかけたのだろう。今度は言葉を訂正した。

「いや、いざと成ったら()ようも有るから、こっちは気にせず二人を連れて逃げてくれ」

『だけど………』

「最悪、祓うのはベネディクトさんが来てからでもいい。それまでは持たせる。それより布施ふせ けいさんの命を最優先してくれ」

 こうは言ったが、霊力(ちから)から考えても多分、足止めさえも辛いだろう。ベネディクトが来るまでなんて持つことはない。

 普通(・・)式守神(しきしゅがみ)の腕だけなら。

 二人は共に相手の出方を読むように、しばらく対峙たいじしていたが、お互いがお互いにまねかれざる客だと分かったっていた。

 そして、お互いに相手が危険な存在だとも。

『解ったわ。だけど蒼、無理しないで』

 納得した様子で砂那が答える。

「そっちもな」

 蒼は長Tシャツの右袖を折り上げ、老婆はその姿を変えていく。

 顔が前に伸びていき、大きく口が裂けていく。体は大きくなり手が胴体と一体化して、足も伸びていく。その姿は、蒼を一飲みに出来るほどの大きな蛇だ。

《甘味を味わいたい》

 蒼の頭の中には自分では無い、大蛇からの思考が生まれる。

「大蛇か。この辺りで大蛇なら、姥ヶ池の大蛇うばがいけのだいじゃか?」

 そう呟いてから、少し疑問が残る。

 伝承や書物に残る姥ヶ池の大蛇うばがいけのだいじゃは、ここまで凶悪な存在では無かったはずだ。

 しかし、この蛇が姥ヶ池の大蛇うばがいけのだいじゃでは無かったとしたら、こんなに近接する土地に二匹も大蛇がいたことに成る。

 そうなると、大蛇同士がけんかになるので、それは有り得ない事だろう。

「いや、違うな。だったら何なんだ?」

 答えは出ない。しかし、この大蛇の正体が解らなくても、祓ってしまえば同じだと、蒼は覚悟を決めた。

「ダウンロード、霧ヶ峰の鬼!」

 その言葉で、蒼の右腕には、彼の胴回りほどの大きな腕が現れる。

 大蛇も舌を出しながら、ゆっくりと近づいてくる。

 凶悪な霊体だ。後手(ごて)に回れば危険だ。

 蒼はその大きな腕で、体を揺らしながら近づいてくる大蛇に向かって力いっぱい殴りつけた。



 砂那と水希は、森の中の草をかき分けながら進んだ。

 D.I.Jとの距離は近付いて来たが、彼も桂を追い詰めるために進んでいく。

「相手も移動している、大方さん急ぐわよ!」

 水希は頷いた。

 相手が移動しているなら、桂がまだ無事な証拠だ。だからと言って安心していられないが、安否(あんぴ)が解った事により、落ち着きを取り戻して来たのか、彼女は先ほどから気になったことを訂正する。

「ねぇ、さっきから私の事を大方って呼ぶけど、悪いんだけど、私の名前は松原(まつばら) 水希(みずき)なのよ」

「えっ、そうなの? ごめんなさい。どこかで聞き間違いをしていたみたい」

 ベネディクトから聞いたのは、確かに大方(おおがた) 水希(みずき)だったはずなのだが、どこかで間違いがあったのだろうか。

「いえ、多分篠田せいね。あのバカ。まあ、ややこしいから、水希でいい」

「わかったわ、水希さん」

「悪いわね、余計なことを言って。でも、私には、もう大方を名乗る資格がないのよ」

 水希にも色々とあるのだろう。後半の台詞は小さくて砂那には聞こえなかったが、彼女は気には留めることが出来なかった。

 それは、こぐろから見える映像に、立ち止まったD.I.Jが銃を構える姿と、その先に居る桂を見たからだ。

「こぐろ!!」

 突然、横で大声を上げる砂那に、水希は驚いた様子で見たが、式神と交信を取っていると解ったのか、口は(はさ)んでこなかった。

 こぐろは発砲を阻止するためD.I.Jに襲い掛かるが、相手はあっさりとかわす。そしてこぐろに向かって発砲した。こぐろは何とかかわすと、草むらに逃げ込む。

 その発砲音に水希は目を見開いた。

「ねぇ、この音って、近いわよ!」

「水希さん、布施(ふせ) (けい)さんを見つけた!」

「ホント!!」

「彼は傷を負ってる! それに、こっちも見つかった!」

「………桂!!!」

 水希は叫び、盲目的(もうもくてき)にさらにスピードを上げる。その行為に不安を感じた砂那は彼女の後を追った。

 敵にこちらの存在がバレたのだ。ここからは敵の攻撃がある。

 そして、それを表すかのように、走ってる二人の目の前には、道を塞ぐように立ち止まったままの智也(ともや)が居た。彼は、躊躇(ちゅうちょ)無く砂那に銃を向ける。

 砂那は水希を横に押し飛ばすと、自分も反対側に跳び、コートからダガーを抜きお札を刺した。

 今まで砂那が居た場所に、銃弾が通り過ぎる。

 それを見た砂那は初めて、自分が本当に命のやり取りの中に飛び込んだことを痛感した。

 少しでも気を抜けば命は無い。

 砂那はダガーを智也(ともや)に投げつけてから、水希に向かって叫んだ。

「水希さん、布施(ふせ) (けい)さんは近い! このまま真っ直ぐ走って! わたしも直ぐに追いつくから!」

「折坂、ごめん、先行く!」

 桂が傷を追っていた事態に、水希は焦りを隠せなかった。砂那が攻撃を受けているにも関わらずに、彼女の言葉に従う。

 砂那はさらにもう一本、お札の付いたダガーを智也(ともや)に投げつけた。しかし、智也(ともや)はそれをけもせず、銃口で砂那を追いかける。ダガーは智也ともやに当たることは無かったが、余りにも無謀だ。

 立ち止まり息を整えることは出来ない。少しでも立ち止まると、智也(ともや)は正確に砂那を打ち抜くだろう。

 それは、あまりにも感情が無く、機械染みた動作だ。砂那は思わず声を上げる。

「あなた、正気? 人の命を奪うって意味、解ってやってるの?」

 彼女の怒りの声に対しても、智也(ともや)の反応は無い。

 これは、誰かに操られている。しかも、使い捨ての駒をあつかう様に、反撃してもけずに攻撃してくる。

 砂那はそう読み取り、お札の付いたダガーを二度投げた後直ぐ、立ち止まると最後の一本のダガーを自分の真下に放った。

 そして、智也(ともや)の銃口が砂那を捕らえるより早く、五つ囲いを完成させる。

 こちらの攻撃を無視するので、簡単に囲うことが出来た。

「しばらく、そこで頭を冷やしてなさい!」

 砂那はそう言い残して水希の跡を追う。

 智也(ともや)は直ぐに銃を放つが、砂那は暗闇に紛れてもう見えない。それでも何度も砂那の消えたあたりを狙う。

 そして、小さな銃の最後の弾を撃った後、不思議そうに何度も瞬きを繰り返した。

「………あれ? 俺、何してた?」

 そして手に持っている小さな銃見てから周りを見渡し、見覚えの無い場所にさらに頭をひねったが、前に進もうとして囲いに当たる。

「何だこれ?」

 しばらく状況が解らないようにしていた智也(ともや)だが、ようやく自分が囲われていると解ったのか、五つ囲いの中で慌てだした。

「何で俺が囲われてるんだよ! おい! 誰か(わか)んねーけど、出せよ!」

 しかし、周りにはもう誰も居なく、その声は空しく響くだけだった。

 2015年もありがとうございました。

 一月中には仕上げます。頑張って書きますので、よろしくお願い致します。


 では、2016年はあなたに取って良い年になります様に。



 オトノツバサより。

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