魔法について
砂那がアルクイン拝み屋探偵事務所に入所して次の日、ベネディクトが運転する軽バンに揺られながら、窓の外の流れる風景を眺めていた。
奈良の田舎では山が多く、視界が遮られるので、高台まで登らないと辺りを見回す事が出来ない。しかし東京の高いビルのない所では、視界が遮るものがないので開けて感じる。その為か空が広く見えた。
熱心に街を眺めている砂那に、ベネディクトは話しかける。
「これから行く現場は、半年前にちょっとした事故が起こったアパートだ。初っ端で悪いが、今回は砂那が囲ってくれ」
「はい。でも、どうしてですか?」
砂那は顔を戻すと、不思議そうにベネディクトに問いかける。彼女も浄霊は出来るはずだ。
「あぁ、私達の使う魔法は、壊滅師の攻撃と同等の意味なんだ。悪霊なら別に気にも留めないが………」
ベネディクトはそこで一旦言葉を切って、チラッとだけ砂那の横顔を見てから、言いにくそうに話し出した。
「そこに出てくるのは、多分、子供の霊だと思うから、魔法ではちょっとな」
そう言って言葉を濁す。
そこで砂那はベネディクトの言っている意味が解り、顔をしかめた。
最近多発している児童虐待。ニュースなどに流れるから知っているが、どこか遠くの出来事だと思っていた。
「私達の仕事は、そこまで首を突っ込むわけには行かないが、せめて敬意を払ってやるのが筋だと思うからな」
蒼以外の魔法使いの浄霊も、直に見てみたかったのだが、自分と同じ考えに砂那は大きく頷いた。
「そうですね。任せてください」
「頼もしいな」
ベネディクトは奈良での、砂那の張った五十囲いを見ている。彼女が霊を祓うことに対して何の不安もなかった。
「あの、ところで、少し聞いても良いですか?」
「んっ? なんだ?」
「わたしは魔法について、あまり知らないのですが、蒼が奈良で使っていた、式守神の名前を呼んでいたあれは、本当に式守神を出しているのですか? それとも、そう言う魔法なのですか?」
砂那はあの時、現場を見た訳ではないが、携帯電話で声を聞いていた。蒼は式守神の名前を呼んで何かをしていたはずだ。しかし、彼は魔法使いは式守神を使わないとも言っていた。
つまり、この二つは矛盾する。
「あぁ、あれか。あれは少し説明しにくいな。………そうだな、はじめに魔法について簡単に教えておくか」
ベネディクトはそう答えると、交差点の赤信号に車を止めた。
「砂那、魔法はな、大きく分けると二つに分かれるんだ」
「二つですか?」
「そうだ。もっと細かく割ることもできるが、大まかに考えると二つなんだ」
べネディクの会話の途中で、信号は早々と青になり、彼女はギアを変え軽バンを発進させる。
「一つは一般的に《魔法》と呼ばれているもので、詠唱や呪文と言ったものを口にして魔法を発動する。詠唱魔法とも呼ばれるな。蒼の使うターンイービルがそれにあたる」
それは奈良で何度か見ている、砂那は納得したように頷いた。
「こちらは細かく割れば、攻撃魔法や、契約の魔法、制作などの魔法とか色々有る。本人の才能にもよるだろうが、要は自分で覚えようとして覚えれる魔法だ」
そう言って、次の交差点で軽バンは左に曲がる。
「そしてもう一つは、《根本的衝動》と呼ばれている」
「根本的衝動………なんだか、魔法じゃない名前みたいですね」
「実にその通りだ。この根本的衝動はほとんど魔法とかけ離れたようなものだからな。これは、覚えようとして覚えれるようなものではない。その者が強く欲した時に手に入ると言われている。ただな、これをきっかけに魔法を使える者も出てくる。これが砂那がさっき聞いていた正体なんだ」
「どういった、ものなのですか?」
砂那は横を向き、ベネディクトの顔を見ながら真剣に話を聞いていた。
「これがどういったものか説明しにくいのは、人により内容が違うからなんだ。その者の根本にある衝動を現実に引き起こす現象だ。心の底にある、純粋な願望とでも言うのかな」
説明が解り難かったのか、砂那は小首を傾げる。
「蒼で例えると、あいつはな、式守神に憑かれた優れた囲い師に成りたかったのさ。しかし、囲い師としての才能が全くなくて諦めたんだ。だけど、あいつの心の中には常にその願望があったのだろう。………あいつの周りに、才能の有る囲い師が多かった事も、関係しているかも知れないがな」
そう言って、ベネディクトはチラッと砂那を盗み見して苦笑いした。
篠田もそうだが、蒼の実の姉の、春野 光も囲い師の実力は高かった。そして次は、この年齢で五十囲いの出来る砂那。
皮肉なものである。強くそれを望んでいた本人は、才能が無いと言うのに、彼の周りに集まってくるのは、囲い師として才能に恵まれ者ばかりだ。
たしかに彼の周りに集まってきている者も、努力してそこまで凄い者になったと思うが、努力が報われなかった彼にしては、それを見るのは歯痒かっただろう。
砂那は、蒼が自分は落ちこぼれだと言っていた意味がやっと解った。謙遜と思っていたのだが違ったのだ。
少しだけ彼の事を解ってやれなかった自分に、彼女はスカートを握りしめる。
「本当は式守神に憑かれたいという願望。欲しいから奪いたい。だから蒼の根本的衝動は、式守神から腕を奪うと言うものなんだ。まぁ、正確に言えば、力ある霊体からだがな。奈良で式守神の名前を言ってたのは、その腕を使い攻撃していたからだ」
砂那は自分の想像以上の答えに、驚きで目を見開いた。
式守神の凄さは良く理解している。そして、式守神に憑いてもらう難しさも。それを、別の形で利用している少年。
「式守神の腕を奪い、それを攻撃に使うですか?! そんな事が出来るって、凄すぎます!………でも、どうして腕なんですか? それに、どうやって使うのです?」
そこでベネディクトはその事を語るについて、もう一つの事を語らないといけないと思い出した。ただ、これ以上、他人の秘密をペラペラと話すことに後ろめたさが出たのだろう。「私が言ったという事は黙っていてくれよ」と断りを入れてから話し出した。
「………あいつはな、ある事件で右手首を失っている」
砂那はベネディクトの言った言葉が解らず、何度か瞬きした。
今まで何度も蒼を見てきた。そんなものが無ければ、絶対に気付くはずだ。
しかし、あれがもし義手であれば、砂那が知らないだけで、あんなに滑らかに動くまで医学は進んでいたことになる。
「えっ、でも、ちゃんと有りましたよ」
「あれな、実は、使い魔を義手にしているんだ」
しばらく車内に沈黙が訪れ、砂那は一呼吸置いてから驚きの声を上げた。
「――――蒼の右手って、使い魔なんですか!」
その砂那の驚きに、少しだけベネディクトは得意げな顔をした。
「そうだ、使い魔はマスターと意思疎通ができる。思った行動をとってくれるので、神経が通っていなくても意思通りに動かせる。さらに、使い魔は肉体が有るから体温もあり、見た目だけでなく、触ったりしても他人には解らないはずだ」
彼女は「なるほど」っと、納得した様子で頷いた。
砂那はこぐろのサブマスターである。特にこぐろとは相性が良いのか、蒼よりも意思疎通が出来ているので、それが良く解った。
「ただ、残念なのは、神経が通っていないので痛みが感じられないし、微妙な力加減は訓練が必要みたいだがな。………それでも一般の義手より格段に上だ」
「そうですね。わたしは全く気付きませんでした」
「その義手を外して、式守神の腕を出して攻撃する。これがあいつの根本的衝動だ」
それは、囲い師や結び師と言った、祓い屋の枠を完全に超えている、物凄い内容だ。砂那の常識が通用しない世界にすら思える。
しかし、そんな話の中でも、砂那には一つだけ解った事があった。
砂那はそこで少しだけ口元を緩める。
「だったら、理想の形じゃないけど、蒼は自分の望んだ者になれたのですね?」
「たしかに、魔法と囲いという差はあるが、式守神を持った祓うことの出来る存在には成れたわけだし、そう考えると、そうなるのだろうな」
「よかった」
砂那は嬉しそうに微笑んだ。
しかし、ベネディクトは少しだけ浮かない顔のまま答えた。
「まぁ、それが良かったかどうかは、本人でないと解らないがな。っと、着いたな」
ベネディクトはそう言って新しい感じのアパートの前に軽バンを止める。砂那は車を降りると、そのアパートを見て直ぐに目を細めた。
二階の角部屋の窓から、幼い子供がこちらを伺っている。その表情に悪意はなく、自分の今の状況も解っていないのだろう。ベネディクトも車を降りると、砂那と同じ窓を見上げた。
軽バンの前に止まっている、真っ白い社用車からスーツ姿の若い男性が下りてきて、ベネディクトに対して頭を下げる。その様子からして、このアパートの管理会社の者だろう。
「待たせたか?」
ベネディクトの問いかけに、その男性は首を振リ答えた。
「いえ、この近くに居たものですから、早めに着いただけです。………今日は自転車では無いのですね」
「あぁ、可愛い部下を連れているのでな」
「本当ですね。では、鍵を開けますね」
男性は社交辞令の様な言葉を残し先導する。その後ろを着いて行こうとして、何かに気付いたベネディクトは、後ろを振り返り、砂那に注意を促した。
「そうだ砂那、解っていると思うが、ダガーは使うなよ」
「えっ、どうしてですか?」
不思議に聞いてくる砂那に対して、ベネディクトは呆れた顔をした。
「お前は賃貸のフローリングに穴をあける気か」
砂那は納得したままベネディクトの後を追った。
やっと、蒼の技の説明が出来ました。
魔法についても、この物語の魔法は説明通りで、蒼も、静香も根本的衝動から、魔法を使えるようになった人物です。
今回の話は日常になるので、山場も少なくなりますが、蒼と、砂那を周りが認識していく様子を見ていて下さい。
では、また、次の後書きで。