水希《魂まで結べる結び師》3
「あんなの、囲いから出して大丈夫ですか?」
ベンツの前まで戻った辰巳が、心配そうに安部に尋ねた。
今回の式守神は奈良の霧ヶ峰の鬼の時よりのも霊力が高く、それよりもっと凶悪ものを感じた。
そんなものを野放しにしたのだ。いくらこの場所に祓い屋が多いと言えど、何かが起こっても不思議はない。
阿部は「さーな」と興味なさげに答えたところで、彼のスマートフォンが鳴る。阿部は画面を確認すると、無視を決め込んだのか、音を切るとそのままポケットに入れた。
ポケットからは、しぶっとくバイブ音が鳴り続ける。
一向に切れないその音に辰巳が訪ねた。
「出なくても良いんですか?」
阿部は一度だけ舌打ちをすると、不機嫌なまま、ポケットからもう一度スマートフォンを取り出し耳に当てる。
「………なんだ篠田?」
『安部さん、いま何をしている?』
「はぁ? 何の事だ?」
『まさか――――佐倉に居るんじゃ無いだろうな?』
「………あぁ、そうだ。それがどうかしたのか? 俺がどこに居ようが、お前に関係ねーだろ!」
『関係有るだろ、何を勝手なことをしている。その式守神は、まだ駄目だ! もっと抑え込んで、霊力を弱めてからでないと、条件を出してくるぞ!』
電話越しに、篠田はごちょごちょ言ってくる。阿部にとってはそれも癪に障った。
確かに、この集まりを纏め、次の行動を決めているのは篠田だ。しかし、自分の息子ぐらいの奴に、こちらが動かされているのが気に食わなかった。
だから何度か言い合いになった後に、篠田が声音を変えたとき、阿部も負けじと言い返した。
「言葉を慎めよ篠田! てめーも俺を利用しないと、総本山の上層部の情報を探れないだろ、そう簡単に俺は切れねーよ!」
その会話を辰巳は面白くなさそうに聞きながら、聞いていないふりをする為に、顔は別の方向を向いていた。
『………解ったよ阿部さん。でもな―――この式守神だけは祓うからな!』
「………好きにしろ! しかし、長引いたらお前の所為だからな!」
そう言ってこちらから電話を切ると、阿部は大きく舌打ちした。
何だかんだと言っても、主導権はあっちにある。それは変えられない事実だ。
「篠田のボケヤローが! おい、亮太! 帰っぞ!」
「えっ? 見て行かないんですか?」
「なんだかケチがついちまった! とっとと出せ!」
阿部はそう吐き捨てると、早々とベンツに乗り込む。辰巳は慌てて運転席に乗り込み、ハンドルを握ったままもう一度尋ねた。
「あの、息子さんも置いて帰るんですか?」
「ガキじゃねーんだ、どうにかして帰るだろ」
自分の事以外は、家族であろうが、息子であろうが関心の無い阿部に、辰巳は心底嫌気がさした。しかし、それでも、今は従っておく事にする。
気が合わない、いけすかねぇ奴だが知りたかった。
あんなに才能のある篠田が、いったい何をしようとしているのかを。
桂は草むらに潜り込み、息を殺した。
彼はあるツテを使い、台湾の流氓の流れ物の、トカレフを手に入れたりと、壊滅師の中でも一線を越えているが、銃で人を狙うのは初めての事だ。もちろん、自分の命が狙われるのもそうだ。
とにかく今は、奴らを水希から遠ざけ、機会を伺い、この場所から逃げ出すしかない。
桂は周りを見渡し、追手がいないことを確認してから、スマートフォンの電源を入れ時間を確認する。
あれから二十分ほど逃げて、この場所に隠れている。このまま逃げ延びれればいいのだが、まだ安心できる距離ではない。
そして、スマートフォンを見たことにより、無性に水希に連絡が取りたくなった。
彼女は無事なのだろうか。狙われたのが自分で良かったが、人質に囚われないのだろうか。
「………」
しばらく耳を澄ましてみたが、周りに音はなく、悪霊が漂っているだけだ。
今なら連絡を取れるかもしれない。
そう思いSNSに、[無事か?]と書き込んでみる。
水希からはすぐに返信は来た。
[篠田が祓い屋を呼んだ。もう直ぐ着く。それまで逃げ延びて!]
それはありがたい。
あの式守神を祓えば、自分が命を狙われる必要はないし、水希からの返答も捕まった様子ではない。
このまま、その祓い屋が来るまで、この場所で隠れていようと思い、スマートフォンの電源を落とした時、真横に智也が座って居た。
「うおっ!」
思わず大声を上げ、慌てて彼から離れる。
彼が真横に来るまで、全く気配が感じなかった。
智也は無表情に、桂に銃を向けると躊躇なく撃ってくる。
桂は横に跳び銃弾をかわしたが、今の智也の動きは素人ではない。
「こんな暗闇の中で、居場所を知らせてくれてどうも」
D.I.Jは少し離れた木の後ろで、独り言のようにつぶやき、口元を緩めた。
今までの桂の動きは悪くなかったのだが、暗闇の中で明かりをつけるなど、余りにも素人臭い彼に対して勝利を確信したのだろう。
智也は桂の動きに合わせて銃口を向ける。そして、またしても躊躇なく銃を撃ってくる。それも正確だ。
「っく、」
頭ではなく足を狙われ、思わず倒れそうになり地面に左手を付く。
そして、慌てて立ち上がった瞬間に、別方向から放たれた、D.I.Jからの銃弾に、右腕を撃ち抜かれた。
「っつ、ううぅ――――!!」
声にならない声を上げ、痛みで銃を落として倒れそうになるのを、何とか踏みとどまり、銃声の聞こえた辺りに、慣れない左手で反撃してから走り出した。
完全に居場所が見つかり、さらに利き腕までやられた。これは、本格的にまずい。
桂は走りながら、着ているTシャツの裾を歯で噛み切り右腕を縛った。
とにかくあと僅かの時間、形振りかまっていられずに、逃げ延びなくてはならない。
佐倉市の印旛沼から少し離れた森の入り口に、黒いホーネットが停まった。
蒼がエンジンを止めると、後ろに乗っていた、七月前の蒸し暑い夜にもかかわらず、ロングコートを着込んだ砂那が降りてきて、素早くジェットヘルをぬぐと、鋭いつり目の視線を森の中に向けた。
蒼も同じくヘルメットを取ると、これまた同じく、砂那が見ている森の辺りを凝視する。
森の中は空気が澱み、悪霊の巣窟となっている。しかも、それだけでは無い。もっと奥にあるもの。
それは蒼の目には、危険な真っ赤に見えた。
「これは………かなりのものね」
「あぁ、霧ヶ峰の鬼よりも強力だ」
今回の依頼は篠田からで、危険な式守神と契約している者がいるのだが、その式守神が条件をだしたので祓ってほしいと言うものだ。特に、結び師の大方 水希と、壊滅師の布施 桂の二人が危険なので、保護してほしいらしい。
しかし、その式守神と呼ばれるものの気配は、神様には遠く及ばない、悪意しか感じない暗闇に近いものだった。
その時、森の中から銃声が聞こえる。
「?!」
二人は驚きの表情で、音のした方向を見た。
その音は、式守神から少し離れた場所から聞こえた。壊滅師は飛び道具を使うとは知っていたが、本物の銃を使うとは驚きだ。しかも、場所からして、祓うために使っている可能性は低い。
ならば、条件で生贄を要求され、誰かがそれを実行しているのかもしれない。
そこまで考えて、蒼はヘルメットをホーネットのバックミラーに置くと砂那に言った。
「俺は銃声の方に行く、砂那は式守神を祓う準備をしてくれ」
しかし、その意見に砂那は首を振る。
「いえ、式守神の方には蒼が行って。銃声の方には私が行くわ」
「しかし、向こうは危険だぞ。最悪、戦闘に成っている可能性だってある。だから俺が行く」
もし銃を使っているのが、生贄に選ばれた人を襲っている人物なら、銃撃戦に巻き込まれてしまう。だが、そんな状況でも砂那は冷静に質問した。
「魔法に銃弾を止めるものって有る?」
その問いかけに蒼は口ごもる。
数多く有る魔法の中には、そう言った魔法が存在するかも知れない。しかし、蒼には使えなかった。
彼が首を振ると、砂那は解っていたように頷いた。
たしかに囲いでも、銃弾を止めることが出来なが、彼女には他の方法がある。
「わたしの八禍津刀比売ならそれが出来る!」
砂那の式守神の、八禍津刀比売のメインアームに握られてる二本の剣には意味があった。右手の剣は霊体を切ることが出来て、左手の剣は実体を切ることが出来る。そして残りの腕の剣は、先に使った剣の作用をコピーする。
だから左手の剣なら弾丸を止めることは可能なのだ。
「それに、正直に言って悔しいけど、今のわたしでは、あのレベルの式守神を一人で祓う自信はないわ」
砂那は睨みつけるようなキツイ目線を、森の奥から感じる悪意の源に向けた。
今の砂那なら、霧ヶ峰の鬼を祓うことは出来るだろう。しかし、この霊体は、それよりも霊力が高い。砂那の見極めでは、それを囲うほどの多角の囲いは試したことがない。
いざ囲ってみて、出来なかったから交代だとか、そんな悠長な事をしていられない。
だから、これは最も効率が良い方法なはずだ。
「しかし………」
「心配しなくても、いくら八禍津刀比売が銃弾をはじけても、銃を持った人の前に出るほど、わたしも馬鹿じゃないわ。無理だと解ったら八禍津刀比売に任せて、わたしは隠れているから」
その台詞で納得したのか渋々頷いてから、再度念を押す。
「だったら銃声の方は任せるが、身の危険を感じたら絶対に出て行かず逃げてくれよ。俺たちの相手はあくまでも霊体だ。人間相手は仕事外だからな!」
「解ったわ。でも、蒼の方も気を付けてね。あれは多分、わたしの方より危険よ」
砂那はもう一度だけ、その式守神とされるものに目線を向けた。
これほどの強力な霊体に、攻撃を受ければ魂を傷つけられる。すなわち命はない。
蒼も解っていると頷き、イヤホンマイクを耳に着けた。
「無理は禁物だぞ!」
「えぇ、危なくなったら逃げ出すわ」
お互いに頷きあって、悪霊漂う森の中に入っていった。
さて、今回はここまでしか間に合いませんでした。
年末にかけ、忙しくなるし、何とか今年中には仕上げたいけど、間に合うかどうかはわからない状態です。
出来れば載せますが、間に合わなかったらごめんなさい。
では、また出来ることなら年内に会いましょう。