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水希《魂まで結べる結び師》2

 三十分前。

 千葉県佐倉市(さくらし)印旛沼(いんばぬま)から少し離れた森の中。

 そこには七人の人物が集まっていた。

 総本山の安部(あべ) 智弘(ともひろ)

 その運転手をしている、総本山の辰巳(たつみ) 亮太(りょうた)

 結び師の松原(まつばら) 水希(みずき)

 壊滅師の布施(ふせ) (けい)

 安部の息子で、こちらも総本山の安部(あべ) 智也(ともや)

 そしてナインワードと、彼が連れてきた、皆が始めてみる顔のD.I.Jと名乗る白人で銀髪の外国人だ。

 阿部はしばらく前から使われていないような、かろうじて獣道と解るような(やぶ)を通り、みんなを森の奥深くに連れて行く。

 辺りにはもちろん街頭も無く、木々の枝に月明かりが(さえぎ)られ、各自に持っている懐中電灯の明かりだけが頼りだった。

 その道は、闇が濃く、簡単に()み入れてはいけない領域(りょういき)だとわかる。

 道なき道を進んだ一行いっこうは、しばらくして開けた場所に出る。そこには現在は使われていない、一軒の崩れかけたお(どう)のようなものがあった。

 そのお(どう)の周りは、(こけ)の生えた石が崩れたり、卒塔婆そとばのような板が倒れたりしており、昔の墓地(ぼち)の跡地のようだ。しかも、使われなくなって随分(ずいぶん)と時間がたっているような荒れ方だった。

 そのためか空気が(よど)み、悪霊が多い。

 祓い屋関係の人物ばかりで良かったが、並大抵の人間なら確実に()かれていただろう。

 そして、その崩れかけたお(どう)は、多角な囲いで囲われていた。

 あまりにも細かい角度なので、水希は目を細め、お札を縫い付けている百均(ひゃっきん)の安いステンレス製の串を、半分まで数えて感心したように声を上げる。

「へー、あいつ、すごいじゃん」

「?」

 皆が水希を不思議そうに見てくる。その様子に彼女はあきれた様にため息を吐いた。

「あんた達、これが何なのか解んないの?」

 特に安部親子や運転手の辰巳(たつみ)は囲い師だ、なのに解らないのであろうか。

「私は結び師だから囲いには詳しくないけど、それでも知ってるわよ。これって、囲いの世界では最高と言われてる、百八ぼんのう囲いでしょ?」

 その台詞を聞いて、辰巳(たつみ)と安倍の息子の智也ともやは、慌ててもう一度その囲いを見て、百均(ひゃっきん)の安いステンレス製の串を数える。

 それが本当なら、今は囲える者が居ないとされる、伝説的な囲いだ。阿部は知っていたのか、一人、不服そうな顔を表せた。

「マジで百八あるぜ。誰が囲ったんだ? 座頭(ざず)か?」

 安倍の息子の智也(ともや)は、考えもなしに年齢が近い隣の辰巳(たつみ)に話しかけた。しかし、辰巳(たつみ)は知っていた。この安いステンレス製の串を誰が使っているのかを。

「違う、篠田だ。………あいつ、百八ぼんのうまで出来たのかよ」

 才能が有ると周りから言われていて、他の者より頑丈な囲いを張るのは知っていたが、ここまで囲えるとは知らなかった。

「へー、すげぇーな。でもよ、そんなことより、俺の式守神しきしゅがみを早く拝ませろよ」

 智也ともやのその台詞に、安倍がお堂に近づき、皆んなの方を見た。

「だったら始めるが、候補は四人だ」

 その四人とは、水希みずきけい智也ともや、そして、D.I.Jだ。

 いずれも自分から志願したもの達で、智也ともや以外は、一人目の翠とは違い、誰もが霊能力の高いもの達だ。

「誰が憑かれてもかまわん、とっとと契約しろ。――――ナインワード、切れ!」

 安倍は(あご)でしゃくって合図する。ナインワードは百八ぼんのう囲いの前に立つと、右手はいつもの人差し指と中指を立て、左手は輪っかを作り、剣を(さや)に収めるように、右手の伸ばした指を、左手の輪っかに入れた。

 これは正式な九字切りの構えだ。

 切る囲いは、囲い師の中では最高の囲いとされる百八ぼんのう囲い。しかも、いつも強堅(きょうけん)な囲いを張る篠田の囲いだ。手を抜いて切れるものではない。

 ナインワードは(さや)から剣を抜くように右手を(かか)げ、一言ごとに十字を描くように右手を振っていく。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・()()()

 使われた九字切りは、一般的に使われる、(りん)(ぴょう)(とう)(しゃ)(かい)(じん)(れつ)(ざい)(ぜん)の言葉とは少しだけ違っていた。

 最後の三文字が違う、より原文に近いとされる現状もっとも強力な九字だ。しかし、篠田の強堅(きょうけん)百八ぼんのう囲いは、九字を弾き飛ばし切れなかった。

「むっ!」

 顔を歪めたナインワードは上着を脱ぎ捨て、右腕の(そで)をめくり上げると、その右腕を(あらわ)にした。

 きれいな筋肉のついた二の腕から手に向かって、(りん)(ぴょう)(とう)(しゃ)(かい)(じん)(れつ)(ざい)(ぜん)の九字が刺青(いれずみ)として彫ってある。

 これが普段、一振りで九字切りを出す、彼の技のからくりだ。

 ナインワードは目を閉じると、右腕を左手で(なで)でた。その途端、紺色の刺青が淡い色を放つ。

 彼は目を見開くと、もう一度、篠田の強堅(きょうけん)百八ぼんのう囲いを睨み付け、九字を詠んだ。

「臨!・兵!・闘!・者!・皆!・陣!」

 次こそは、ナインワードの全力の九字切りであろう。その瞬間に、水希はあることに気付いた。

 九字に特化したナインワードが全力を使うほどの、強堅(きょうけん)な篠田の囲い。

「ねぇ、よく考えたら、こんなに厳重(げんじゅう)に囲っている式守神(しきしゅがみ)って、まずくない?」

 しかし、それを気付いたところでもう遅い。

()!・()!・()!」

 ナインワードの渾身の九字切りで、篠田の強堅(きょうけん)百八ぼんのう囲いは、ガラスが割れるような音を立ててやっと砕け散った。

 布施(ふせ) (けい)は水希を守るように、体半分を彼女の前に出す。

 ゾクっ。

 まず囲いの無くなったお堂から出てきたのは、呪い殺されるほどの悪意だった。

 ナインワードは剣を(さや)に戻すように、再び右手の伸ばした指を、左手の輪っかに入れて、構えを解くと上着を羽織った。

 もう、止められない。

 桂はそんな言葉が頭によぎり、腰の後ろのあるトカレフに手をかけた。

 本来、壊滅師の武器(えもの)は、火薬の使わないエアガンや、空気銃までと法律で(さだ)められている。しかし、彼のトカレフは本物で、実弾が装填(そうてん)されていた。

 弓矢には(おと)るが、実弾の方が霊力(ちから)も乗りやすく壊滅する威力も上がる。しかしそれは、法律においても壊滅師としても、手を出してはいけない領域だ。

 四人はさらに、崩れそうなお(どう)を見続けた。

 次に出てきたのは、腰が曲がり、白髪の髪を乱れさせた、ボロボロの衣服(いるい)をまとう、悪意を引き連れた一人の老婆だ。

 右手には、切れ味の悪そうな、汚れた(なた)が握られている。

 視覚でも悪意のわかる姿をしているそれは、ここに居る一行(いっこう)が、本当に式守神(しきしゅがみ)かと疑う姿だった。どちらか言うと、霊力(ちから)の高い悪霊と言ったほうが納得できるだろう。

「じゃ、早いとこ憑かれろよ」

 本来の式守神(しきしゅがみ)の契約ですら時間がかかるのに、興味なさそうにそれだけを言い残し、阿部はもと来た道を戻っていく。慌てて辰巳もその後についていった。

 ナインワードも意味ありげにD.I.Jと目線を合わせると、暗闇に消えていく。

 そしてこの場に残ったのは、式守神(しきしゅがみ)に憑かれる事を望む四人と、式守神(しきしゅがみ)とされる老婆だけだ。

 誰もが戸惑い警戒している中で、水希は先陣(せんじん)を切った。

「けっ、契約しましょう」

 ここからは三人は敵だ。一番に式守神(しきしゅがみ)に気に入ってもらわないと、自分に憑いてくれない。

 しかし、水希のまった様な台詞に、老婆は頭を上げ真っ黒い目で四人を見た。

「なんだよ、気持ちわりーな」

 気に入られる事を考えていないのか、智也ともやは顔をしかめそう軽口をたたく。

 皆なは心の中で思う。

 どこかおかしい。

 式守神(しきしゅがみ)とは神様の一種だ。しかし、この老婆からはそのような気配が微塵にも感じられない。

 疑わしい皆の目線を無視して、老婆は答えた。

《お前たちの大切なものは何だ?》

 四人の頭の中には、自分ではない、老人からの思考が生まれる。

「………」

 四人は口を閉じた。

 なんだか解らないが、今の問いかけはヤバイ。

 その中で、水希も何も考えないようにしようとするが、彼の肩越しの老婆を見て、しまったと顔をしかめて唇をかんだ。

 その状態が、小さな時の記憶と重なった。


『君には霊能力がある、どうだ、私と共に来ないか?』


 五十代の妙に迫力のあるおじさんに対して、小さい身を(てい)して一歩も引かなかった彼。

 それを思い出した瞬間に、思い浮かんでしまった。

 だって、どこにも帰ることが出来なく、誰にも必要とされなくなった自分を、損得なしで見守り続けてくれた、唯一の人だから。

 老婆はゆっくり四人を見てから、もう一度、桂に守られて居る水希を見て、楽しそうに歯の無い口元をゆるめ目じりを下げた。

 桂の表情は厳しくなり、水希は違うと言ったように何度も首を振る。

《そうだ、そう言う甘味(かんみ)を味わいたい。この魂が欲しい》

 その思考と共に現れた映像は、水希のそばに居る桂だった。

「却下よ!! ふざけないで! そんな事、出来ないに決まってるでしょ!」

 普通の契約なら、断ったここで終わりだ。しかし、今は他にも居る。その内の誰かが頷けば契約成立である。

「いいぜ、その条件をのんでやろう」

 そう言ってD.I.Jが桂に銃を向けるのと同時に、桂もトカレフを抜きD.I.Jに向ける。

「辞めとけ、辞めとけ。トカレフ(それ)ってこの辺りなら流氓(りゅうまん)からの流れ物のだろ? あいつ等、劣化品しか流さねーから、暴発(ぼうはつ)しても知らねーぞ」

 D.I.Jは流暢りゅうちょうな日本語で楽しそうに話す。彼の言っている事は合っているのか、桂は一瞬右目を細めた。

 銃を見ただけでその出所(でどころ)がわかるなら、D.I.Jは裏の社会に通じているのだろう。それならば、それなりの腕を持っているはずだ。しかしこちらは、銃を使うと言っても悪霊相手、生きた者に銃口を向けたことは無い。

 そこまで考えて桂は答えを出した。

「水希、が悪い。合図したらお前だけでも逃げろ」

「何言ってるの! そんなこと出来るわけないでしょ!」

 まだ、説得すれば何とかなると考えている彼女は、この場にいるみんなに話しかけた。

「あんた達、少し頭を冷やしなさいよ! こんな事をして、式守神しきしゅがみに憑かれたところで何の得になるの! ここは協力して、この式守神(しきしゅがみ)を祓うわよ」

 しかし、(ひも)を取り出し(かま)える水希の意見は、誰も耳にも止まっていない。

「ちょ、ちょっと、手伝いなさいよ!」

 相手は最高囲いで捕らえられていた式守神(しきしゅがみ)だ、水希一人では荷が重い。

 そんな水希を尻目に、智也ともやは口を開いた。

「お前らだけ拳銃って、これって、武器えものがちっちゃい刃物の俺は不利じゃん? 俺も銃を貸してくれよ」

 自分のことしか考えていない、子供っぽい彼の理屈(りくつ)に、D.I.Jは腰から銃を抜くと投げ渡す。

「何だよ、ちいせー銃だな」

「頭を狙えば問題無い」

 智也ともやは言われた通り、小さい銃を桂の頭に向ける。構えは素人だが、向けられている者にとっては気が気でない。

 しばらく双方(そうほう)動けず拮抗(きっこう)が続いたが、少しでも当たりやすくするため、じりじりと近づく智也ともや()み抜いた枝の音で、一斉(いっせい)に動き出した。

 桂は自分を狙った弾に水希が当たらない様にと、彼女を横に押し飛ばすと、(みずか)らは(やぶ)の中に飛び込みむ。D.I.Jは動き出した彼に向かって発砲して、その音に驚いた智也ともやは尻餅をついた。

 水希は倒れた姿のまま、発砲の音に体を強張(こわば)らせ、目を(つむ)り固まった。

 D.I.Jは逃げた桂を追おうと、自分も(やぶ)に入ろうとするが、倒れている水希を見て、人質に出来ないかと考える。

 そこに、(やぶ)の中から発砲の音がして、D.I.Jは木の陰に隠れるが、しばらく桂からの攻撃が無いとわかると、水希から意識をはずし(やぶ)の中に自らも入っていった。

 桂からの攻撃があるなら、人質が足手まといになると踏んだのだろう。

 その後ろを智也ともやも追いかけるが、状況に流されて楽しんでいる先ほどとは違い、表情の無くなった顔でふらふらと着いていく。

 そして水希は一人残された。

「えっ、ちょっ、ちょっと、あんた達、待ちなさいよ!」

 上半身を起こし、そう弱気に声を掛けるが、答えてくれるものは誰もおらず、式守神しきしゅがみとされる老婆が、たたすむだけだった。

 ゾクッ。

 一瞬、背中に寒気を感じる。

 ここでこの式守神しきしゅがみを祓えば桂を守れると分かるのだが、一人では相手出来ないほど、この霊体は霊力ちからが高く闇が深い。

 (かな)わない。

 水希は咄嗟とっさにスマートフォンを取り出して電話を掛けた。

『もしもし、水希か? どうした?』

 呑気(のんき)に答える相手に、水希は怒りがいてくる。

 こっちは命がかかった状況だ。だから思っていた台詞とは違うセリフが出てきた。

「………これ(たくら)んだのって、あんた?」

『はぁ? (たくら)んだ? 何の事だ?』

「………だったら、安部か。………話に乗った私も悪いんだけど、少なからずあんたも()わってるんだから、桂に何かあった時はあんたも殺すから」

 最初から篠田がからんでいないのは解っていた。彼はこんなずさんな計画を立てない。

 ただ、不器用な自分の生き方を後悔してももう遅かった。喧嘩腰な会話を始めたのだ。急に手のひらを返した様な台詞は言えない。

『何の事………』

 篠田が話している途中だというのに、水希は電話を切って落ち込んだように肩を下げた。

 本当はこの式守神しきしゅがみを祓う手伝いをしてほしかった。助けて欲しかった。

 しかし、余りにも呑気のんきな篠田の声を聞きめる言葉が先に出てしまったのだ。

 水希はもう一度、式守神しきしゅがみとされる老婆を見てから、唇を噛みしめて皆の後を追う。

 助けを求めるのは後だ。今は何としてでも、桂を逃がさなければいけない。

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