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間章《少女達の戦い》

間章  《少女達の戦い》



 蒼の部屋の前で静香は悩んでいた。

 以前にもまして、最近は料理に()っているのか、蒼から母親に電話が有り、漬物の炒め物の作り方を聞いて来たらしい。母親は「なんて、マニアックな物を」と驚いていたが、作り方を教えてから、ついでに白菜の漬物の炒め物を作り、静香に届けるように(ことづけ)したのだ。

 そして、届けに来たのは良いが、蒼はまだ帰っていなかった。

 本日の静香は、事務所の方は休みになっているので、わざわざ漬物の炒め物だけを届けに、事務所まで行きたくはないし、兄の部屋で二人っきりといった、甘々な状態に成りたかった。

 仕方がない、しばらく待つかと、ため息を吐いて覚悟を決めた時、ボロアパートの階段を上がる足音が聞こえた。

 タイミングよく蒼が帰って来たのか、それともほかの住人が帰って来たのか。

 もし、ほかの住人なら、蒼の通い妻と思われるかもしれない。ここは周りから固める意味も込めて、挨拶だけはしっかりしようと前髪を整えて、笑顔で階段を見ていると砂那が現れた。思わず静香の笑顔が崩れる。

「………なんだ、あんただったの」

「なに? 今、すっごい顔されたんだけど」

「ほっといて。それより、お兄ちゃんならまだ戻ってないわよ」

「知ってる。掃除当番て言ってたから」

 その台詞に静香はピクッと反応したが、一度だけ深呼吸して気持ちを押さえる。

 何にでも直ぐに噛みつくと小物に見られてしまう。

 それに、砂那と蒼は同じ高校だ。自分もあと二ヶ月早く生まれていれば、砂那のように同じ高校に通えて、そんな話も出来たはずだ。だからこれは負けたわけではない。

 無理やりそう自分を納得させてから、そこである事を思い付く。

 最近、砂那と蒼は仲がいい。そろそろこの辺りで警告も込めて、蒼がいかに妹の自分の方を大切にしているかを見せおかなくてはいけない。

 そう思い、静香は後ろを向き、以前ベネディクトと不法侵入した時に、魔法で作った鍵を取り出した。

 これで開けて中に入ったら、砂那はさぞ悔しがるだろう。

『静香は何故、蒼の部屋の鍵を持ってるのよ』

『お兄ちゃんは砂那より、私を大切に思ってるからじゃない?』

 ガチャ、バタン。

『そうか、蒼ってシスコンなんだ』

重度(じゅうど)のね。まぁ、それが解ったらあまり私達の邪魔をしないでね』

 なんてね。よし、これで行こう。

 そう思い両こぶしを握りしめたまま、ニコニコ顔で顔を戻したそこには砂那は居なかった。

「………あれ?」

 (あきら)めて帰ったのかと頭をひねった時に、ドアが開き中から砂那が顔を出した。

「静香も入ったら?」

「………うん」

 なんだ、開いたならこの手は使えないな。そう思い、部屋に入ってから、やっと頭の中の警報が鳴った。

「って、どうして! 砂那っ! どうやって開けたの!!」

「どうやってって、合鍵で」

 砂那は当たり前のように答える。

「何であんたが合鍵持ってるのよ!! 兄妹の私ですら貰ってないのに!」

 さっきの妄想もうそうとは百八十度逆に成ってしまった静香は、犬歯をむき出しにして砂那を追求(ついきゅう)する。こんなにも差がついているとは思いもよらなかった。

 (せま)りくる静香とは(はん)して、砂那は冷静に説明した。

「わたしが住んでるとこは葛西なのよ。そのまま事務所に行く時なら良いけど、時間が空いた時は、一度帰っていたら時間が掛かるの。だから、その間は蒼の家に待機させてもらっているのよ。そう言う理由で合鍵を預かっているの」

 確かに葛西なら、学校から事務所に向かうのに逆方向に成ってしまう。それなら、同じ逆方向でも、学校から近い蒼の部屋は便利だろう。

 かなり引っかかるし、素直に納得できない理由だが、部屋の持ち主の蒼が許可しているなら、静香は文句を言えない。

 静香は(うらやま)しそうに「うぅ――――っ」とうねり声を上げた。

 なんで父親は都心に家を買ったのだ! 少し離れた浦安とかに買っていたら、私もそんな事になってたのに!

 そう、関係の無い父親にまで怒りの矛先を向けながら、砂那が足を止めた小さなキッチンの横を抜け、部屋に到着して違和感を感じた。

「………あれ?」

 静香は立ち止まって、蒼の部屋を眺める。

 何だろうか、うまく言えないのだが、以前に不法侵入した時より、生活感が漂うような気がした。

「あっ、本棚が無い」

 今まで本棚があった場所には、静香のおなか位までのコンパクトな冷蔵庫が置かれ、その上には電子レンジが置かれていた。そしてその横には、下が収納になっている、幅の狭いハンガーラックに変わっている。しかし、それだけでは無い。何と言うのか、部屋が少しだけ乱れてるのだ。

 些細(ささい)な事なのだが、座卓(ざたく)の上のテレビのリモコンはテレビの方では無く、明後日(あさって)の方向を向いているし、ゴミ箱のごみは一杯だし、ハンガーラックに掛かっているコートは、肩がずれて、だらしなく掛かっている。以前に不法侵入した時は、そんな些細な所もキッチリとしていたように見えたのだが。

「………」

 部屋を眺めたまま立ち尽くす静香に、砂那は髪が邪魔になるのかヘアーバンドをつけて、鍋でお湯を()かしながら声をかける。

「静香、暑いから窓開けて」

「わかった」

 言われた通りに窓際に行き、テラス戸を開け部屋に風を入れる。そしてそこにある牛乳瓶を一輪挿しにした、白い花を見つけた。

「これって百合(ゆり)?」

 独り言のようにそう呟く。それが聞こえたのか砂那が返答した。

「ホタルブクロよ。静香も紅茶でいい?」

「えっ? うん」

「だったら、座って待ってて」

「解った」

 そう答えてから座卓の窓際に座り、母に(たく)された漬物の炒め物を座卓に置き、手持ち無沙汰(ぶさた)にテレビを点ける。

 しばらくすると砂那がマグカップを二つ持ってきた。

「お客様用のカップがないから、静香は蒼のカップね」

 そう言って暖かい紅茶を静香の前に置き、自分はベットを背に座卓の前に座る。

 その台詞を前に、静香は目を大きく見開いて、大きくゴクっと(つば)をのみ込んだ。

「おっ、お兄ちゃんのマグカップなの?」

「そうよ」

 頷きながら砂那は、自分の猫さん柄のマグカップに口をつけて熱そうに顔をしかめた。

 あなたは神ですか?

 静香はそう思いながら、背筋を伸ばして紅茶を口に含んで、目を閉じて感動を味わう。

 ふっふっふっ、間接だ。

「おいしい」

「よかった」

 別の味覚も入っている静香に対して、砂那は嬉しそうにそう呟くと、ボーっとテレビを見ながら紅茶をゆっくりと飲んだ。

 午後のつまらない番組に、開いた窓から入る気持ちいい風。

 砂那は紅茶を飲み終わると急に立ち上がり、ヘアーバンドを取り、オーバーニーソックスを脱ぐとベッドに登りそのまま横になった。

 その様子に静香は再び(あせ)りの声を上げる。

「えっ? ちょっと砂那! 何してるの!」

 砂那は一つ、大きなあくびをしてから静香に答えた。

「何って、今日は夜の九時から仕事だから、仮眠を取るのよ」

「えーっ、それ、お兄ちゃんの布団で寝るの?!」

「そうよ。静香は帰るなら、この鍵で玄関を閉めて、ポストに入れておいてね」

 砂那は合鍵を静香に渡してから、(まくら)を引っ張り布団はかぶらずに壁の方を向く。静香は言葉には出さないが、羨ましそうに砂那を見ていた。

 いつも、いつも、いつも、いつも、砂那ばっかりずるい!

 そこで静香はテレビを消すと、自分も立ち上がり、砂那の横に寝っころがる。砂那は狭くなったベットで迷惑そうに振り返った。

「どうしたの?」

 もう少し眠くなってきたのか、砂那の目はうつろだ。

「私もお兄ちゃんのベッドで寝るの!」

 負けじと無理やりベッドに寝てくる静香に、砂那はため息交じりに答えた。

「………マクラ、いる?」

「いる!」

 砂那は枕を静香の方に押しやると、再び壁の方を向き目を閉じた。



 夜の七時ごろ、事務所から帰って来た蒼は、砂那のほかに静香も寝ていることに驚いた。

 砂那は蒼の足音に気付いたのか、眠そうに目を(こす)りながら上半身を起こす。

「おかえり」

「ただいま。眠れたか?」

「………少しだけね」

 そう言って恨めしそうに静香を見た。彼女は幸せそうに涎を垂らしたまま、まだ眠っている。

 静香は抱き枕に抱きつくように、何度も砂那に抱き着いてくるので、そのたびに目が覚めてしまったのだ。

「静香の奴が、邪魔したみたいでわるいな」

 眠そうにしている砂那から状況を読み取り、蒼は買ってきた食材を冷蔵庫にしまう。砂那は首を振ってから、静香を起こさないようにベッドから降りて伸びをした。

 それから座卓に上に載っている、静香の持ってきたタッパに気付き小首をかしげる。

「蒼、これ何かな?」

「うん? 静香が持ってきたのか?」

 そういって、半透明のタッパの中身を見て嬉しそうに顔をほころばす。

「これ、砂那の言ってた漬物の炒め物だ。叔母(おば)さん作ってくれたんだ。後でお礼の電話入れとかなくちゃな」

「へー、白菜なんだ。うちとは違うね」

「後で食べてみよう。そうだ、米炊かなきゃ」

「炊いといた」

 紅茶を入れる時に、ついでに米を研ぎ、炊飯器にセットしておいたのだ。

「おっ、ありがとう。今日は静香もいるならメニュー変えなきゃな」

 そう言って蒼は冷蔵庫の中身と相談しだす。砂那はその姿を見ながら、静香が食べていくとも言ってないのに、この人は本当に世話好きだなと微笑んだ。しかし、その気持ちは何となくだが解る。

 彼女には、つい手を掛けたくなるのだ。

「よし、わたしも手伝うかな」

 そう言って、砂那は腕まくりをした。

 砂那は静香より学年は一つ上だが、誕生日は四ヶ月しか変わらない。しかも、悔しいが体型や身長の高さから、静香の方が年上に見られることが多い。

 だが、なぜか砂那は、彼女を妹のように見ていた。

 本来は蒼とは従兄妹いとこになるので、静香も砂那と同じく一人っ子だ。親は共に総本山に勤めているし、共に祓い屋をやっていて、似ているところは多いのだが、不思議と彼女は守ってあげないといけない気がする。彼女は砂那とは違い、甘え上手なのかもしれない。

 そう言う所は少しズルいと思うのだが、それは静香の持ち味だろう。砂那はそう思い手伝う気になったのだが、冷蔵庫の中を覗きながらの蒼の一言で、その気持ちが一気に薄れた。

「静香は好きなものって何だったかな?」

 顔をこわばらせ、こめかみを一度だけピクッと動かせる。

 何故だろうか。少し、ほんの少しだけその台詞が(しゃく)(さわ)った。

 砂那は(ほほ)を少し(ふく)らませながら、腕まくりを下ろした。

「やっぱり手伝わない!」

「えっ?」

 急に機嫌を(そこ)ねた様子の砂那に対して蒼は焦る。何故に砂那が機嫌を悪くしたのか、蒼には解らない。

 砂那は思った。

 確かに自分は、なすび以外は何でも喜んで食べる。しかし、それは蒼の作るご飯がおいしいからだ。だからと言って、たまたま来た静香に優先権が有るのが許せない。それなら、わたしだって作って欲しいメニューもいっぱいある。

「蒼は独りで、わたしより静香の好きな物作ったら」

 そう言って、いまだに幸せそうに眠っている静香を睨みつけた。

 さて、長かったダンディライオンも次の章でラストになります。

 本当に長かった。

 私のせいですが、サボっていた訳では無いと信じてほしい。

 主要メンバーが出そろい、後は書くだけです。がんばります。

 東京での日常編の最後は、ついに、砂那と蒼のコンビの復活です。何気にダンディライオンではすごく影の薄い蒼がやっと活躍します。

 本当に活躍するのかは不明ですが、とにかく早く出来るように祈るだけ。

 頑張ります。

 十五日には少しでも載せれるように、頑張ります。

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