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不浄なる土地4

 外に出た二人は、この屋敷をもう一度、四十二しに囲いで囲ってから、屋敷を後にする。砂那はこっそりと安堵(あんど)のため息を吐いていた。

 平然を装っていたが、あの屋敷の中は生きた心地がしなかった。

 そして門を出てから後ろを振り返り、何気なくその門に掛かっている表札を見て、驚きの顔を表せた。(くず)し字でしかも薄れていて読みにくいが、確かにそう読めた。

未国(みくに) 弘文(ひろふみ)。………未国?!」

 その苗字は良く有るものではない。どちらかと言えば珍しい方だろう。

「そうだ、ここは蒼の叔父(おじ)に当たる人物の家だ」 

「蒼の………叔父さんの家」

 ベネディクトの答えに、砂那は固唾(かたず)をのんだ。

 先ほど車の中で聞いた殺戮(さつりく)。その主導者が蒼と関係が有る人物だった。

「どう言うことですか?」

 砂那をここに連れてきた時点で、ある程度は蒼の話はしないと行けないと思っていたのだが、さすがに何度も蒼の秘密を話す後ろめたさに、ベネディクトはため息を吐いた。

「蒼が養子なのは知っているか?」

「はい、両親が亡くなったことも聞きました」

「それなら話は早い。蒼の父親は三人兄弟なんだ。長男で蒼の父親の未国(みくに) 弘重(ひろしげ)次男(じなん)で現在の父親の未国(みくに) 康弘(やすひろ)。そして三男の未国(みくに) 弘文(ひろふみ)。全員、総本山の囲い師だ」

「総本山の囲い師」

「そして、ここはな、元々は蒼の祖父の家なんだ」

 砂那は「蒼のおじいちゃんの家」と呟きながら、もう一度この屋敷を見た。 

「本来なら、この場所を継ぐのは、長男で蒼の本当の父親の、未国(みくに) 弘重(ひろしげ)に成るはずだった。しかし蒼の父親は、婿養子(むこようし)に入り、囲い師も辞めてしまったんだ」

 砂那は真剣にベネディクトの話を聞いていた。

「そして、次に継ぐはずの、次男じなんで現在の蒼の父親の未国(みくに) 康弘(やすひろ)は、その当時には総本山で出世していてな、急な呼び出しにも対処できるように、都心の方で暮らしていた。だから、この場所を使っていたのは三男さんなん未国(みくに) 弘文(ひろふみ)になる」

「………だったら、この場所で塾を開いたのは、未国(みくに) 弘文(ひろふみ)なんですね」

「あぁ、そいつが首謀者だ」

 そこまで話を聞いて、ベネディクトが何を話そうとしているのか解った。

 砂那はゆっくりと目を閉じる。

 親戚の者がやっている、囲い師の塾。それならば、囲い師を目指していた彼なら飛び付くはずだ。

 その表情にベネディクトは頷いた。

「砂那、その通りだ。この塾での生き残りは、蒼の姉の春野(はるの) (ひかり)と、篠田しのだ しゅん

 篠田もこの場所に居たのだ。

 砂那は目を開いた。

「そして、………蒼だよ」

 東京に来てから、こんなに何度も彼に会っているのに、まだまだ砂那には知らないことだらけだ。

 彼はこの場所で地獄以上の、人間の残酷さを見たのだ。

 そこで生き残った彼。

 彼はこの場所で、いったい何を見たのだろうか。

 砂那は唇を噛みながら、そんな蒼の事を想った。



 少し前。

 ベネディクトと砂那が屋敷へ向かっている所を見かけて、ある少年が足を止めた。その様子に、前を歩いていた三人も同じく立ち止る。

「篠田、どうしたの?」

 同世代の少女が彼に話しかけた。

「あぁ、知ってる人が通ったから見てただけだ」

「誰っ?」

「個人のお祓い事務所をしている、アルクイン拝み屋探偵事務所のベネディクトさんと、奈良で出会った折坂って子だ」

 砂那が東京(こっち)に来たことを知らなかった篠田は、ベネディクトと砂那が一緒に歩いているのを見て、彼女が東京に来て、アルクイン拝み屋探偵事務所に入ったものかと小首をかしげていた。彼女の実力なら、総本山でも十分通用するのに。

「ふーん、折坂って、折坂おりさか 善一郎ぜんいろうの関係者?」

 うさん臭そうに片眉毛を上げながら彼女が問いかける。

「………あ――――っ、どうだろう?」

 篠田は間延びした間抜けな声を上げ、不自然に言葉をにごす。

 折坂おりさか 善一郎ぜんいろうは総本山では娘がいるとは公表していない。それは総本山の彼の立場からして、あまり知られたくない内容なのだろう。彼にはおんもなく、かばう必要はないのだが、篠田は知らない振りをしようと、妙な態度を取った。

 しかし、普段から真面(まとも)に答えない、篠田の返答には期待していなかったのか、その少女は肩を上げた。

「ふんっ、まー、どっちでもいいわ。要するに同業者ね」

 少女は好戦的な視線を二人に送った。しかしベネディクト達は気付かずに屋敷の方に歩いていく。

 その姿を見送ってから、篠田は楽しげにナインワードに顔を向けた。

「良かったな、ナインワードのおっさん。奈良で、あの二人をひどい目に合わせたんだ。今、鉢合(はちあ)わせしていたら、ケンカ売られていたな」

 そう言っていたずらっ子のような笑顔を作る。その言葉にナインワードは苦笑いだ。

「逆だ、私の方がひどい目にあった」

 彼は流暢(りゅうちょう)な日本語で答えた。奈良ではベネディクトに、致死量(ちしりょう)の毒の爪をもつ使い魔を仕掛けられたのだ。命が危なかったのはこちらの方だ。

「あれほどの体術たいじゅつが有るんだ、余裕で避けれるだろ」

 篠田は自分からナインワードに頼んだのに、彼が危なくなったことにはまったく興味なさげに、耳を指でほじりながらそう返した。それから、少しだけ目を細め声が低くなる。

「まぁ、お互い本気でなくて良かったな」

 そう彼は嫌味のように言う。

 その台詞は、周りからすれば、奈良でのベネディクトとナインワードの戦いの事を言っている様に聞こえただろう。しかし、実際は違っていた。いつもより鋭くなった篠田の目線に、ナインワードは不敵(ふてき)()みで返す。

「いや、結構、本気だった」

「はん、どうだか」

 篠田はそう返して横を向き、皆から顔を背けた。ここも、ほかの二人にはいつものやり取りのように聞こえただろうが、しかし意味は違ったのだ。

 お互いにはっきりとは言わないが、篠田はナインワードを責めていた。ナインワードも薄々それを解っていながら、気が付かない振りをしていたのだ。 

 先ほどの身の毛もよだつような場所。そこには篠田の求めている何かがあり、彼は何としてでもあの黒い囲いを切ろうとしている。だから、九字切りに特化したナインワードを横浜に呼び、黒い囲いを切らせようとしたのだ。

 しかし、ナインワードにあの黒い囲いは切れなかった。

 それは、彼が本気を出していなかった為だと、遠回しに言ったのである。

 そして、それを解った上でナインワードは不敵な笑みをこぼしたのだ。

 篠田は正解だったからだ。

 ナインワードは篠田に対して、まだまだ手の内を隠している。たしかにあの黒い囲いの中には興味はあったが、それでも長年かけて編み出した本気の九字切りの、ほとけの世界を切る意味を持つ《九会(くえ)切り》は出さなかった。

 篠田が本当の実力も、本性も出さないでいるのに、こちらだけ手の内だけそんなに簡単にホイホイとは見せれない。それを篠田も解っているから、遠回りにしか言えなかった。

 お互いの利益だけで集まったグループだが、この中で篠田だけがどんな利益が有るかを皆は知らない。しかし、このメンバーを集めたのは彼だ。何にか考えが有るのだろう。

「それより篠田、華勝楼でフカヒレ忘れないでよ!」

 同世代の少女の台詞に、篠田は今初めて聞いた様に驚きの顔を見せる。

「はぁ? なんだそれ?」

「あんたがおごるって言ったんでしょ!」

「なぁ、桂、俺そんな事を言ったか?」

 今度は前を歩いている、同世代の男性の桂に問いかける。

「言ってた」

 真面目に答える桂に対して、篠田は顔を大きくゆがませる。

「言ってねえよ!」

「言ったわよ!」

「俺が言ったのは、仕事をすれば華勝楼でフカヒレを奢るだ。ちゃんと無い(・・)胸を張って『今日は仕事をしました』と言えるか? 水希?」

 確かに、ナインワードが囲いを切れなかったので、結び師の彼女は何もすることは無かった。しかし、その()らぬ台詞が入っていた事に、水希は額に青筋を立てる。

「今、聞き捨てならぬ台詞が入っていたけど、あんた死にたいの?」

 鋭い視線で篠田を見る。

「そういう台詞は働いてから言え、AA」

「Bだ、馬鹿野郎!」

「Aはあるぞ、篠田」

「桂の馬鹿! ばらすな!」

「なんでちょこっと見栄を張ったんだよ。どっちでも変わりねーよ」

 篠田は疲れたように答えるのを聞いて、水希はさらに大声を上げた。

「二センチの違いは大きいの! 全く違うの!」

 その本気(・・)の水希の台詞に、変わりは無いと思いつつも、男どもは何も言えなかった。

「無い話はどっちでもいいが、もう行くぞ篠田」

「ナインワードさんも、無いって言うな!」

 ナインワードの台詞につっこんでいる水希をしり目に、篠田は真剣に彼を見つめてから頷いた。

「あぁ、またな」

 またとは、まだ働かぜる気かと、ナインワードは苦笑いのまま独り空間を開け帰っていく。

 彼の予想が間違っていなければ、一年も経たないうちに、答えは出るのだから。

 ナインワードはそのまま姿を消した。

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