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不浄なる土地2

四  不浄なる土地



 静香が不慣れな指先で、ノートパソコンのキーボードを打っていると、砂那(さな)が事務所にやってきた。

 静香は顔を上げ、ブルーライトカットの眼鏡越しに砂那をみると、首を傾げた。

「あれ? 砂那、今日は休みじゃなかったっけ?」

 今までの忙しさから一転、この時期は事務所は停滞期に入り、本日は砂那も蒼も休みになっている。

「うん、そうだけど、何か仕事を手伝おうと思ってね」

「………暇なの?」

「そうじゃ無くて、この前わたし自転車を買ったでしょ? あの時、ベネディクトさんが上京祝いだって半分出してくれたから悪くってね」

 今まで乗り物の無かった砂那は、給料が出たので新しい自転車を買うことにしたのだ。

 その時に「どんな自転車が欲しい?」と尋ねるベネディクトに対し、砂那は照れながらこう答えた。

「蒼とか、ベネディクトさんが乗ってる様な自転車がいいです」

「ロードバイクか?」

 そのロードバイクに乗って川にはまったのにと、蒼と静香は信じれない顔で砂那を見ていた。しかし、本人の希望を「止めておけ」の一言で終わらすのも悪いと思った時、ベネディクトが最良の答えを出した。

「それならクロスバイクってのはどうだ? ロードバイクのような形だが、ハンドルはシティサイクルの様に真っ直ぐだぞ」

 砂那は目を輝かす。

 彼女はロードバイクの曲がり曲がったハンドルが苦手なので、それなら理想的な形だ。

「それにします!」

 嬉しそうにそう意気込いきごんで自転車屋に着いた砂那だが、クロスバイクは彼女の予想よりも高くあきらめるしかなかった。そこで、ベネディクトが上京祝いだと言って、半分を持ってくれたのだ。

「でも、手伝うって言うけど、お祓いの仕事は無いし、私もこの書類をプリントアウトしたら上がるわよ」

「そうなの? 残念ね」

 砂那はガックリと肩を落とす。その様子があまりにも哀れに見えて、静香は思わず微笑えんだ。

「だったら今から書類をプリントアウトするから、その書類を閉じるのを手伝う?」

「うん、手伝う」

 砂那が頷くと、静香は再びノートパソコンの操作を始めた。

 四時過ぎと言うこともあり、おなかが空いたのか、静香はスナック菓子を食べながらノートパソコンを打っていた。

 それを(うらや)ましそうに見ていた砂那は、自分もお菓子を持っていたことを思い出して、通学に使っているリュックサックを開けると、中からビニール袋を取り出した。

 ビニール袋の中にはパンの耳が見える。

 砂那はそれを取り出すと、パクッと咥えた。

 その様子に静香は声をかける。

「砂那、あんた貧乏くさいわね」

 砂那は今気付いた様子で、パンの耳を見た。

「そうかな? でも、おいしいよ」

「それ、何?」

「ドーナツ。いる?」

 そう言って静香にビニール袋を差し出す。ドーナツには見えないのだが、パンの耳を油で揚げて砂糖をまぶしたのだろう。案外(あんがい)に家庭的な砂那に対して、静香は感心した。

「へー、作ったんだ。じゃ、一つもらうね」

 そう言って口をつけるが、味はも無く不可ふかも無く、パンの耳を揚げて砂糖をまぶしたそのままの味だ。ただ、カロリーだけは高いことは解った。

「うん、まぁ、おいしいかな」

 曖昧(あいまい)な返答をした所で、事務所のドアが開き、ロードバイクを押しながらベネディクトが帰ってくる。そして砂那を見て驚いた。

「どうした砂那、忘れ物か?」

「いえ、自転車のお礼に仕事を手伝おうかと」

「ほう、特殊な心掛けだな、蒼や静香に聞かせてやりたいよ」

 聞かせてやりたい本人を前にしてそう言ってから、ベネディクトは入口近くの壁にロードバイクを立て掛けた。それから、砂那の持っているビニール袋を見て、嬉しそうな表情を見せる。

「おっ、良いの持っているじゃないか。私にもくれないか?」

「どうぞ」

 砂那の差し出すビニール袋から、一つ取り出し口に入れるとベネディクトは頷いた。

「相変わらず、素朴そぼくだが良い味付けだな」

 指に付いた砂糖を舐めながら、その様子を見ていた静香は不思議そうな顔をする。入所して二ヶ月なのに、ベネディクトは砂那のドーナツをそんなに何度も食べたのだろうか。

「昨日はサンドイッチだったのか?」

「焼きそばパンでした。なんでも、朝寝坊したみたいで」

「カップ焼きそばで作る、のか? そいつはひどいな。ちゃんと抗議しろよ」

「でも、美味しかったですよ」

 そこで、ようやく静香は誰の事を言っているのか気付いた。

 少し顔を青ざめて震えながら、恐る恐る訪ねる。

「それって、あの、どう言う事?」

「あぁ、(そう)はサンドイッチを作った次の日は、必ず余ったパンの耳でドーナツぽいのを作るんだ」

「そんな事を聞いてません!」

 わざと静香の聞きたい内容とは、別の答えを言ってくるベネディクトにえてから、態々砂那の前にやって来た。

「砂那、――――最初からちゃんと説明してくれる?」

 目の座った静香にたいして、砂那は何故ここまで(せま)られているのかは解らなかったが、とりあえず素直に説明した。

「お昼のお弁当、蒼がわたしの分も一緒に作ってくれてるの」

 その台詞を聞いた静香は、血の気が下がってクラっとしたのか、支える様に頭を押さえて「………一緒に」と復唱する。

 出来るだけ気をつけていたのだが、恐れていた事が起こりつつある。

「あんた、こっちに両親居るでしょ、必要ならお母さんに作って貰いなさいよ! いえ、違うわね。そもそも、自分で作りなさいよ!」

「そっ、そうだけど、わたしもお金を出しているし、二人分作った方が安くつくって。蒼が………」

 その様子を楽しそうに眺めていたベネディクトだが、事務所の電話が鳴り、残念そうに受話器を取った。

「痴話喧嘩は少しボリュームを落としてくれ。こちら、アルクイン拝み屋探偵事務所です」

 仕事の電話中に大きな声を出せない静香は、悔しそうに「うっ――――」と、唸っていた。

 まだまだ砂那に聞かなくてはいけない事が有る。

「あぁ、えっ? そこは何時も無理だと断っているだろ!」

 ベネディクトは不満の声を上げる。トラブルでも起こったのだろうか。

「一回だけ祓っても、根本を解決しないと意味が無いんだ、また同じことが起こるぞ」

 しかし、相手もしぶとく食い下がっているいるのか、ベネディクトはどこか不機嫌である。砂那はその様子を不思議そうに見ていた。

 砂那はベネディクトのお祓いは見ていないが、行動や他の内容から彼女が実力者だとわかった。しかも、この事務所には反則技のようなものを持つ蒼もいる。ここのメンバーなら、ある程度の悪霊でも難なく祓えるはずだ。なのにどうして、そこまで渋るのだろうか。

「解った、ただし今回だけだとその会社に言っておいてくれ」

 そう言って、浮かない顔のまま電話を切ってからため息を吐いた。その様子からして、相手に押し切られたのだろう。

「どうしたんですか?」

 ベネディクトの珍しい態度に、静香も気になり問いかける。

「いや、常連の東陽とうよう不動産屋が、他の不動産屋にうちを紹介してくれたのだが、そこが、横浜の浄霊を依頼してきてな。東陽は仲介をしてるから断りにくかったみたいだ」

「………横浜って、ひょっとして保土ヶ谷ほどがやですか?」

「そうだ」

 顔をしかめる静香に、再び溜め息を吐くベネディクト。それは何だか意味有りげな態度だった。

「まっ、とりあえず今いる悪霊だけを祓う契約だ、ちょっと行ってくる。………砂那、良かったら着いてこないか?」

「はい。行きます」

 元々そのつもりで来ている。

 砂那はロッカーからコートを取り出した。



 横浜までの湾岸道路を、ベネディクトの運転する軽ワゴンに揺られながら、砂那は窓の外に目をやった。

 流石は都内屈指の有名どころな風景だ。建ち並ぶ超高層ビル群が、改めて大都会に居ることを実感させた。

「帰りは日が暮れているから凄いぞ」

 ベネディクトは楽しそうにそう言う。確かに光り輝くビル群の夜景は楽しみでもあるが、砂那はそれよりも気になる事があった。

「どうしてもとを祓わ無いのですか?」

「横浜の事か。………砂那は四年前の総本山の事件は知っているか?」

「総本山の事件ですか? 知らないです」

 親が総本山に勤めているとしても、何も聞かされてい無いし、その頃は砂那はまだ小学生だ。それほどニュースも真剣に観ていない。

「まぁ、政府と繋がりが強い総本山からの報道規制も入ったし、無理も無い話かも知れないな。これはな、総本山最大のタブーとされている内容なんだ」

「何が有ったんです?」

「ある人物が、これから囲い師になる有望な子供たちを集めて、塾を始めたんだ。その男が総本山の人間だった事からして、みんなは総本山に入れる選考とでも考えたのだろう、結構な人数が集まってしまった」

 集まったではなく、集まってしまったと言う台詞に違和感を感じたが、なるほどと砂那は頷いた。

「高校生から中学生まで、四十八人だ。内、四十三人が亡くなっている」

「えっ?!」

 驚きで砂那は慌ててベネディクトを見た。事件と言ってもそこまで死人が出る事件とは思わなかった。しかもその人数は多い。

 それならば、確かにベネディクトが嫌がる理由も解った。戦国時代の大戦跡地や、処刑場など、多くの人が亡くなった場所は怨念が強いのか、浄霊には時間が掛かる。悪霊が何体も重なり、原型も(とど)めないような強力なものも多いからだ。

「何が有ったんですか?」

「殺し合いがおこなわれた。首謀者の男は未だに行方不明なので、理由は解っていないと報道されていたが、我々の様な職ならば、そこで何をしようとしていたか勘ずくだろう。――――砂那は使い魔の様な、肉体のある式神を持った事はあるか?」

 式守神しきしゅがみは肉体を持た無いが、式神は用途によっては肉体持つものもある。ただ、肉体を持つと言っても虫や蛙など言った小さな生物を使うので、手紙などの小物を運搬する程度で、話をする事も出来なければ、攻撃に使えるものも少ない。しかし、あるやり方をすれば攻撃にも使える、強い式神を作る方法もある。

 ベネディクトの言わぬとした台詞を理解した砂那は、驚きのまま彼女を眺めて答えを出した。

「《蠱毒こどく》ですか?」

「その通りだ」

 《蠱毒こどく》とは、強い式神を作る方法である。

 壺の中に、虫や蛙など小さな生物を入れて、その中で戦わせて、生き残ったものを式神にする。その壺には呪いの様な術式がほどこされており、ただ生き残ったから一番強いのでは無く、倒して行ったもののちからを吸収して、さらに強くなって行くのだ。

 それを、人間で行われていたと言いたいのだろうか。

「そんな事をする者が居るなんて、意味が解らない」

 砂那は理解困難な様子で頭を振る。

 確かに勝てば相手の霊能力を奪えるかも知れないが、人を殺してまで手に入れたい物でも無いはずだ。

「正確には蠱毒(こどく)の作用を利用して、別の事が行われていたんだがな。………この件に関しては総本山は全く関与していなかったのだが、首謀者が総本山の所属だった事で、後始末には関わっている。しかし、結局は何も出来なかったんだ」

「出来なかったって、どうしてですか?」

「………現場に行けば解る」

 軽バンは湾岸道路から羽田線(はねだせん)に入る。そこからしばらく走り、横浜駅西口インターで降り、さらに西へと向かった。

 現場に近付くにつれ、砂那の目が徐々に険しくなっていく。

 そして、車を停め降りた時、砂那は信じられないように呟いた。

「………何、これ?!」

 そこは、今まで砂那が霊視して来たものとは全く違う。

 大昔の大戦跡地や処刑場どころでは無い。車から降りたこの場に居るだけで、寒気で鳥肌が走り、鼓動が早くなる。

 砂那はその場所から目が離せないでいた。

 ここから見て、周りより少し高台に成っている丘には、住宅が建ち並んでいる。そして、その丘の最も高い場所は、この辺りでは珍しく、草木の生えた緑豊かな場所になっていた。その丘の周辺の空気がよどんでいる。

 いや、よどみどころの話では無い。もっと別の悪いものだ。

 丘の頂上辺りから()み出る様に感じる、禍々(まがまが)しさ。

 ベネディクトはそんな砂那に言った。

「あれの為に、この周り一帯はおかしな事になっている」

 たしかにこれは、砂那が今まで味わった事の無い、異様な状態だ。

 その高台の空気が(よど)んでいるにも関わらず、丘には霊や悪霊の気配が全くしない。しかし、丘から少し離れたこの辺りには、いたる所が悪霊だらけだ。

 まるで都会のドーナツ化現象に似たような構造だ。

 人が多く亡くなった理由だけでは、こんな異様な状況になる事はない。一体、あの丘には何があるのか。

「アルクイン拝み屋探偵事務所の方ですか?」

 スーツ姿の五十代の小肥りな男性が、ベネディクトに話しかけてくる。彼女は普段は使わない様な営業用の言葉を使った。

「始めまして、アルクイン拝み屋探偵事務所の代表社員をやらせてもらっている、ベネディクト・アルクインです。お世話になります」

 男も自己紹介をして名刺のやり取りをする。

東陽とうよう不動産から話は(うかが)っています。本日はよろしくお願いします」

「その件ですが、この辺りは私共も断っている、(いわ)く付な土地です。一度祓っても、根本をどうにかし無いとまた同じ事が起こります」

「私どもの会社は、この辺りの不動産を多く持っているので困っています。その原因を何とか出来ませんかね?」

「ここまで広い範囲になると、うちの様な小さな会社では何とも。総本山が動いてくれないと難しいですね」

「そうですか。とにかく一旦いったんだけでもいいので、お願いできますか」

「解りました。砂那、行くよ!」

 先に物件の方に歩いていく男を尻目に、砂那はその丘に顔を向けたまま、物言いたげにチラッと目線をベネディクトに合わせた。

 たしかにその意味も込めて、彼女を連れて来たのだ。

「………解っている、後で時間があれば根本を見せてやる。今は軽く終わらせよう」

 砂那が頷くと、ベネディクトはマンションに顔を向ける。

 この場所から少し離れた場所には、スポーツ施設もあり駅も近い。壁の損傷そんしょうも少なく、小洒落こじゃれたデザインのいい物件なのだが、家賃が安いのにもかかわらず入居者は異様に少ない。

 この辺りの賃貸物件は、ほとんどそんな状態だ。

 霊能力なんて無くても、この異常な感覚はわかるのだろう。それに、悪霊による霊的障害があれば尚更なおさらである。

「砂那、多角な囲いで建物ごと祓ってくれ。私は周りの悪霊を蹴散らす」

 そう言って、ベネディクトは鍵の束を取り出して、黄色のヘッドキーを摘んだ。

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