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始まりの風景

 この物語に出てくる、所在地、団体、及びに、心霊関連は全てフィクションです。


 知る事と、知らずに過ぎること。どちらが幸せなんだろうか。

 人間には、知りたいと思う願望がある。

 それは誰にでもあるし、俺にもある願望だ。

 しかし、それが(つら)い内容ならどうだろうか。

 知らずにいたら、その事によって悩むこともない。知らないまま過ごせば、幸せに過ごせる。

 それを考えると、この問いかけはどちらとも言えないだろう。

 そこに正解は無いかも知れない。

 しかし、他人がどうであれ、俺はきっと、どんな辛い内容でも知りたいと思うだろう。

 それは他人からすれば、自分の事を棚に上げてと思うかも知れない。

 そんなことを考えながら、俺は、その部屋で立ち尽くしていた。

 飾りっ気も無い、シンプルな部屋。

 とんっ!

 力を無くした様に軽く壁を叩くき、その壁にもたれかかり、彼女を想った。



一  始まりの風景



 東京都江東(こうとう)区。

 東京の東に面する江東区は、江戸時代から長くに渡って埋め立てられてきた土地である。そのため、昔ながらの下町と、近年急速に開発が進められてきた、新興開発地域の入り混じった二面性を持つ街でもあった。

 その江東区の東部にある、妙に交通の便(べん)の悪い、仙台堀川公園近くの安アパートから、(そう)はいつもの()れ親しんだ道を、空色のロードバイクに(またが)り高校へ向かった。

 春休み明けの新学期初日。

 今年で三年目にあたる通学路は、高校に近づくにつれ学生が増えていった。その中には、真新しい制服に身を包んだ新入生もチラホラ目に付く。

 そんな新入生たちをロードバイクで追い越しながら、自分も初日は、緊張と期待を胸に秘めながら登校したことを思い出し、そんな時期もあったのだなっと、懐かしい気分に苦笑いする。

 そのままロードバイクを西に向かわせ、千砂橋の川沿いに咲く桜を横目に橋を越えると、蒼の通う高校が近づく。

 そして、登校している生徒達たち中にいる、身長の低い女の子を追い抜かした時だった。

 風で舞い散る桜の花びらとともに、その子の(あお)られた《()()》の(すそ)が目の片隅に入り、思わずブレーキを握る。

 突然の急ブレーキで止まったロードバイクに、周りの学生も何事かと注目していた。

 本日は雲一つなく、春の陽気なお日様によって、朝でも気温が上がって来ている。ジャケットを脱いでも丁度いい程の暖かさだ。それなのに、気でも違ったようにみえるロングコート姿。

 ただの勘違いだと思いながらも、蒼はロードバイクに(またが)ったまま慌てて後ろを振り向く。

 そこには、桜の花びらを(まじ)えた風になびく、乱れた長い髪をおさえ、お決まりのロングコートを着込んだ、蒼が想像していた人物が居た。

砂那(さな)っ!」

 蒼の呼び声に、彼女は状況が分からない様子で、何度も瞬きをしてから、彼と同じく驚きの顔を見せた。

「えっ………蒼?」

 そこに居たのは、つい最近、仕事で奈良に行ったときに出会った少女、折坂(おりさか) 砂那(さな)だった。

「東京に来たのか?」

「うっ、うん。………驚いた、こんな所で蒼に会うとは思ってなかったわ」

「こっちもだ。それにその制服………」

 蒼は目線を下げ砂那の服を見た。相変わらずのロングコートだが、その中は彼の通う高校の制服を着ている。

 奈良で出会った時は私服ということもあり、もう少し子供っぽく見えたのだが、高校の制服を着た砂那は、身長こそ低いものの歳相当に見えた。

「同じ高校?」

「あぁ」

「凄い偶然ね。でも、よかった。東京(こっち)には知り合いが居ないから不安だったのよ」

 そう言って、蒼の近くに歩いてくる。

「転入してきたのか?」

「ううん、色々考えて、念のためにこっちの高校も受験していたの。まぁ、無駄に成らなくれよかったわ」

 彼女は落ち着いてきたのか、笑顔を見せた。

 公立の高校を東京で受けていたのなら、元々こっちに来る予定をしていたのだろう。

「引っ越しもギリギリだったし、蒼に連絡しようと思ったけど、昨日はどうしても寄りたいところがあって連絡できなかったの」

「そうだったのか」

 彼女は別れ(ぎわ)の約束を覚えていたのだ。蒼はそんな砂那の顔を見つめる。

 詳しく話を聞くことはなかったが、憶測(おくそく)で蒼は砂那の希望が叶ったと思った。

 砂那は、東京の総本山に勤めている、囲い師の父親に認められたく思っていたはずだ。しかし、体が弱かったことを理由に、東京で暮らす両親には着いていかず、奈良で祖母に囲いを習っていた。

 それが東京に引っ越しして来たと言うことは、今は囲い師としての腕前を認められ、両親と共に暮らしているのだろう。それに総本山で(くらい)の高い父親がいるのだ、ひょっとすると、そのまま総本山に入るのかも知れない。それほどの腕前を彼女はもっている。

「砂那、………良かったな」

 色々な意味を込めて、心の底からの蒼の台詞に、彼女ははにかんだ様な笑顔を見せた。

「ありがと。こっちの事、色々教えてね」

 それから、少し心配そうに蒼がたずねる。

「それにしても、コート………暑くないのか?」

「暑いわよ」

 砂那は当たり前の様に答えてから、お互いに見合い笑った。

 周りの生徒は物珍しげに二人を眺める。

 それが蒼と砂那の早過ぎる再会だった。



 その日の夕方、蒼が事務所に入ると、妹の静香(しずか)が赤いソファーに腰かけていた。

「静香も呼ばれたのか?」

「うん………」

 今まで入っていた仕事が一段落を終え、本日は二人とも休みになっていたのだが、急にベネディクトに呼び出されたのだ。

「せかっくの休日なのに、態々すまんな」

 その当の呼び出したベネディクトは、言葉では謝るが、その口元は(ゆる)んでいた。

「急な仕事でも入ったのですか?」

 ベネディクトに対しての蒼の問いかけに、静香は意味ありげに、ロッカー前の仕切り板に目線を向けた。蒼も目線をやる。

 何だか、そこから人の気配を感じる。

 ベネディクトは自分の椅子から立ち上がると、デスクの前までやってくる。静香も立ち上がると蒼の隣に並んだ。

「いや、仕事ではない。今日集まってもらったのは、顔合わせをしておこうかと思ってな」

「顔合わせ?」

 台詞を繰り返す静香にベネディクトは頷き、「もう良いぞ、出てきてくれ」と仕切り板に向かって声をかけた。

 そこからは颯爽(さっそう)と、ロングコートをなびかせながら砂那が現れ、ベネディクトの横に並ぶ。

 蒼はあきらかに驚いた顔をしていた。

「今日から入ってきた新人だ。自己紹介してくれ」

 砂那は少し頬を赤らめ、緊張した様子で頭を下げた。

折坂(おりさか) 砂那(さな)です。よろしくお願いします」

「彼女は囲い師だ。(はら)うことに問題はないが、その他の仕事を覚えるまで、しばらくは誰かと一緒に行動してもらう。解らない事は色々教えてやってくれ」

 静香は砂那の、低い背や容姿(ようし)を見て、戸惑ったようにベネディクトに質問した。

「えっ? 私と同じでお手伝いですか?」

「違う、彼女は高校生だからアルバイトだ。………(ちな)みに蒼と同じ高校らしいぞ」

 静香は、後半に意味ありげにニヤけ顔のなった、ベネディクトの台詞に二つ驚き、もう一度砂那を見た。正直に言って自分よりも年下だと思っていた。

「高校生って、うそ?!………あっ、ごめんなさい」

 静香の謝りに砂那は首を振った。そういった勘違いはよくされる。

「まぁ、知っている奴もいると思うが、そっちも自己紹介してやってくれ」

 ベネディクトは蒼と静香に言う。再び意味ありげなベネディクトの台詞に、静香は「知っている?」と小首を(かし)げるが、まだ戸惑ったように口を閉じている蒼をみて、先に話し出した。

未国(みくに) 静香(しずか)です。私はまだ中学三年だから正式に働いていませんが、(はら)いや書類の整理とか雑用を手伝ってます。よろしくお願いします」

 先ほどの失礼な誤解を誤魔化そうとしているのか、静香は笑顔を砂那に向ける。

「静香は蒼の妹だ。こいつは魔法を使うが囲いも使える」

 ベネディクトの捕捉(ほそく)に砂那は頷いた。それから蒼を見る。

 蒼は自己紹介でなく、砂那に問いかけた。

「砂那、本当に良いのか?」

 蒼はずっと、砂那は総本山に行きたいものだと思っていた。だから驚いていたのである。その意味が解ったのか、砂那はやさしく微笑み頷いた。

「うん。わたしは此処(ここ)でやってみたかったの」

「そうか。自分で決めたのなら良いんだ。………でも、それなら、学校で会った時に言ってくれれば良かったのに」

 少し口を尖らす蒼に対して、砂那はすまなそうに謝った。

「ごめんね、ベネディクトさんに口止めされてて。――――これから、色々教えてね蒼」

 二人しか解らないようなやり取りと、二人の(はな)った、下の名で呼ぶ行為に、静香は笑顔のまま、こめかみをピクピクっと震わせながら、二人を交互に見た。

「あっ、あっれっー? 高校が同じって言ってたけど、お兄ちゃんの知り合い?」

 不機嫌を表せた様に、態とらしく、少し大きくなった静香の声に、ベネディクトは口元を緩めたままと言うか、ほぼ半笑いの状態で説明した。

「あぁ、彼女は、この前に蒼が行った、奈良の依頼で知り合った人物だ」

「そっ、そうなんですか。でも、なぜ二人とも名前で呼ぶほどに仲がいいのですかねー」

 まだ、こめかみに青筋を立てていて、笑顔なのに目が笑っていない静香の台詞に、ベネディクトは体をよじらして、「ぶふっ」と吹き出すと、口に手を当てたまま後ろを向き、肩を震わせる。

 本人にしか解らないのだが、想像していた結果がそのまま目の前にあり、我慢できなくなったのだろう。

 そんなベネディクトに対して、静香は本気の殺意をはらませた吊り上がった目を向け、蒼はため息交じりに冷静に静香に説明した。

「そんな深い意味は無い。奈良に居る時、砂那の家にお世話になっていて、苗字(みょうじ)を呼ぶと解り難いから名前で呼ぶ様に成っただけだ」

 その返答を、静香は怪しげに少しだけ目を細めた。

「そっか、深い意味は無いんだ」

「あぁ、ただ、これからは未国が二人いるから、砂那はそのまま蒼でいい」

「わたしも変える必要はないよ。砂那でいい」

 目線を交わし、ぶっきらぼうに答える砂那に対して、静香は顔を引きつらせたまま答えた。

「そっか、なら、私も静香って呼んでね。私も砂那って呼ぶから」

 少しだけ棘のある台詞に、砂那は素直に頷く。

「わかった。静香よろしくね」

「よろしくね、――――砂那!」

 目が座った静香に対して、空気が読めていないのか、砂那はいい笑顔を見せた。

 ベネディクトは顔を背けたまま、息を整えていた。

 これが、砂那が合同会社アルクイン拝み屋探偵事務所に来た初日の出来事だった。

 今回の話は、前作のライラックオレンジの続き物です。

 細かい説明は飛ばしていますが、ここから読んでも分かるようには書いているつもりです。分からなかったらごめんね。

 ここから、この物語の肝となる人物が出てきます。

 活動報告の方にも書かせてもらった、砂那のブレーンです。

 そして、蒼の技の意味が、次の話で出てきます。

 今回も早くは書けないでしょうが、必ず終わらせるので、溜まってきたら読んで下さったらありがたいです。

 では、また、次の後書きで。頑張って書いていきますね。


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