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火事

 シェリーは南の城に向うべく防護壁の門を抜けたが、防護壁沿いの街道は人でごった返していて馬ではとても進めない状況だ。

 火事の炎は天を焦がしている。

 すぐさま足を引き、門の北にある木の枝に手綱をひっかけ走り出した。人をかき分け、座り込む人をまたぎ、荷物は飛び越した。

 南の城門は魔法騎士隊の制服なら入れるが、城の中までは入れない。許可をもらう時間もないので左に向かった。

 城の正面から左横手に来るとメイド専用の通用口があり、入り口でメイド長を呼んでもらう。

 高い石の城壁が街を隠していても、あわただしい雰囲気はここも同じだ。

 一度しか話したことは無かったが、同じメイド服でも貫禄のある人はすぐにわかる。姿が見えた時点で声をかけた。

「お呼びたてをして申し訳ありませんでした。魔法騎士隊副隊長のシェリーにございます」

 叱られる前に言ってしまうのは話の主導権を取るのに有効だ。

「街が火事である事はお聞き及びかと存じますが、魔法で消火の手助けをする為に、リリア隊長のご指示をいただきたく、取次をお願いできないかと思った次第にございます」

 シェリーにしてはせいいっぱいの言葉だったが、メイド長のため息が返って来た。

「リリア様は騎士である前に侯爵令嬢なのですよ。こういう時の為の副隊長なのではありませんか。どうしてもというのであれば正門にお回りなさい。ここへ来るのはお門違いという物です」

「この混乱では、いつ入城許可が下りるか分かりません。それに、それに……」

 睨まれているわけでも無いのに、メイド長の毅然とした態度に気圧され言葉が続かない。だが、ここでひるむわけにはいかない。

「魔法は、魔法は人殺しの道具ではありません」

 魔法は弓や槍と同じように武器として認識されていたのでとっさに出た言葉だったが、メイド長が驚いた表情を見せた。今が好機と言葉を続ける。

「リリア様は将来、戦女神と呼ばれるでありましょう。それが悪いとは思いません。しかし、私は平和の女神、民衆に愛される女神となっていただきたいのです」

「――この火事が魔法で消せますか?」

 疑問というより不信の目だが、これは聞いてもらえる。

「分かりません。ですが、行動しなければならいと思うのです。街を守るために、領民を守るために、リリア様に立ち向かっていただく事こそ大切だと思うのです」

「…………」

 メイド長の表情は読めないが、今はただ返事を待つ。

 しかし、沈黙が重い。

「入り口に立っていては邪魔です。そちらの扉から出なさい」

「メイド長!」

 踵を返したメイド長に向かって叫んだが、振りむくことはなかった。自分でも驚いた内容になったが、言うべき事は言った――はずだった。

 がっくりと肩を落としながら指差された扉を開けると、上り階段があった。

 あれ?と思ったのは一瞬だ。

「あ、ありがとうございました!」

 メイド長の遠い後姿に礼を言って、階段を駆け上がった。その先は物見塔だ。城の四隅にある物見塔はいくつかある城兵の部屋から登れ、回廊でつながっていたはずで、出口ではなくここに行けということは、リリア様も来て下さるということだ。


「だれだ?」

「魔法騎士隊副隊長のシェリーと申します」

 塔には当たり前だが城兵たちがいて睨まれたが、対処法は知っている。

「まもなく、リリア隊長もお見えになります」

「――しっかり監視しておけ」

「はっ」

 城兵たちが隣の塔に移動してゆく。監視もへったくれもないのだが、侯爵令嬢様万歳だ。


 さすがに高い位置からだと街が良く見えた。消火はしたのだろうが、大きな火元がまだ三つ残っている。周りの家を巻き込んで火柱が高く、そこから火の粉が舞い上がり街全体に降り注いでいる。丸太を重ねた屋根は多少の火の粉では燃えないが、雨のように降られたらたまらない。ざっと千軒を超す屋根がくすぶり、炎が見える所も多い。

 あちこちに騎士の姿は見えるが、消す為の水辺が遠く手間取っているように見える。さらに、家と家の間に道があり迷路のようになっているため、下手に入り込めば炎に囲まれる危険もあるのだろう。

 作戦としては、魔法で火を消し、再び燃え上がる前に騎士達で消してもらうしかないが、魔法騎士隊全員が気を失うまで魔力を使って、果たしてどれだけ消せるのかが問題だ。

 リリア様の判断を……とその時、右手後ろの防護壁の上に大きな魔晄が見えた。魔導師様がおられる。

 シェリーは両手を大きく振った。姿かたちは見えなくともこちらの魔晄は見えるはずだ。

 思った通り、大きな魔晄が動いた。防護壁の向こうへ、そして門を抜けこちらに向かってくる。通路を振り返りリリア様がまだなのを確認して、迎えに行くべく階段を駆け下りた。



 克とガレントを引き連れたカレンは魔法騎士隊を吸収し、アウローラの魔晄をめがけて防護壁に上った。

 街の防御の為に分厚くなっている防護壁の上では、戦時令の時には山脈の方を向いていた兵士達も今は南の街を見ている。

 カレンはアウローラの横まで来て言葉を詰まらせた。炎の勢いが強すぎて瞬時に無理だと分かったのだ。それでも、いくつもの作戦が頭をよぎり瞬時に消えてゆく。

 アウローラが黙っているのはそれを邪魔しない為だが、空気を読まない奴もいる。

「こりゃまた派手に燃えてるなー」

 克だ。悪気はないのだろうが、まるで他人事だ。怒鳴りたくなるのをグッとこらえて向き直った。

「火事を消すには水の魔法を使うのだが、我々だけでは魔力が足りない。急で悪いが、魔法を覚えて協力してほしい」

「魔法は覚えたし、協力すんのはいいけどよ、薪の火が消せる程度だぞ」

 真摯な訴えに2つ返事だが、「そんなわけあるか」という言葉は飲み込んだ。初めて魔法を覚えたのなら無理もない。冷静になれと言い聞かせてカレンは言葉を選ぶ。

「魔法はイメージなんだ。薪の火が消せるならこの火事も消せるはずなんだ」

「んなこと言っても……まあ、やってみるか。ふぁいやー!」

 街の方を見るが何も変わらない。

「だめっぽいな。これならどうだ。ジュー!」

 これも同じだ。

「やっぱり無理だぞ」

「何だ、そのジューてのは?」

「あ、これは内緒だ」

「……」

 発音に問題があるのはまだしも、まるでお気楽な克に両の拳に力が入るが、こうなったら忍耐の限界に挑戦だ。

「魔法を使うには魔力という物がいる。信じられないかもしれないが、克の魔力は我々全員の魔力の百倍、いや千倍はある。この火事を消せるのは克、お前しかいないんだ」

「そんなこと言われてもな。ジューで駄目なら無理だぞ」

「だから、ジューってのは何なんだ? 魔法はイメージなんだ。この火事も消せないはずはないんだ。教えてくれ」

「うーん、でもな。これを教えてくれた子に迷惑がかかっちまうからな」

「迷惑はかけない。他言もしない、約束する」

「――約束だぞ」

「ああ」

「火が消える時、ジューって言うだろ。口では『ふぁいあー』と言いながらで、心の中で『ジューッ』て言うと火が消えるんだ」

「お前、まさか子供に魔法を習ったのか?」

「叱ったりするなよ、約束だからな」

「…………」

 呆れて物が言えないとはこの事だ。魔導師様が子供に魔法を習うなど聞いた事がない。いや、魔導師様ではないが。

「ちょ、ちょっと待て。じゃ、何で火事の火は消せないんだ?」

「そりゃ決まってる。薪の火は手桶の水をかければいいが、火事にかけるような大きな桶は無いからな」

「いや、だからイメージなんだ。実際になくてもいいんだ。分かるか?」

 挑戦は続く。いや、もうすでに限界かも知れない。

 そんなカレンにお気楽な克は質問を返した。

「なあ、一つ聞いてもいいか?」

「なんだ?」

「イメージってなんだ?」

 もはや堪忍袋の緒が切れた。カレンの体がワナワナとふるえ、その両手が不気味に克の首に迫った。


「物見塔に魔晄が見える」

 その腕を後ろから掴んだのはアウローラだ。カレンはすんでの所で振り返った。

「シェリーだ」

 その魔晄に、なぜかほっとした。

 無理やりだが、ともかく気持ちを入れ替える。

「分かるのか?」

「10年、毎日見てりゃ分かるさ。アウローラ、指名依頼だ。火を消すまでリリア魔法騎士隊に参加してもらいたい」

「報酬は?」

「消火できれば、侯爵様からたんまりと出る」

「出来なかったら?」

「タダ働きだ」

「ったく、相変わらずだな」

 苦笑いをしながらも引き受けるアウローラだ。

「克にガレント、お前達もだ」

「俺もか? 」

 ガレントが素っ頓狂な声を上げた。

「魔力が付きて気を失ったら、後は頼む」

「そういうことなら分かった、まかせろ」

 バラバラに魔法を使ったのでは効率が悪い。リリア様も合流するだろうし、少しでも可能性を広げるべく南の城に急いだ。

「なあ、イメージってなんだ?」

 最後を走るお気楽克が、今度はガレントに聞いていた。


 シェリーの先導で物見塔に上ると、回廊をこちらに向かって来るリリアが見えた。

 純白のロングドレスに、ピンクの花びらがちりばめられている。大きく開いた胸元にはダイヤのネックレスが光り、結い上げた髪にはティアラが輝く。

 身長があるのは踵の高い靴のせいだろう。慣れない為か歯を食いしばって歩いている。

 チラリと街の方に目をやると、グラリと体が揺れる。すかさず伸びる手は後ろを歩くメイド長だが、その後ろには十人ものメイドが付いてくる。唯一の侯爵令嬢なので気合が入っている。

 靴もドレスもそのままなのは、部屋を出る条件だったのだろう。メイド長にとってリリア様は侯爵令嬢以外なにものでもないのだ。

 このままでは作戦行動に横やりが入るかも入れない。侯爵家に来て長いカレンは瞬時にそう判断すると、右手を左胸に、片膝をついて頭を下げた。

 魔法騎士隊がそれにならい、アウローラ率いるマギのメンバーが続き、ガレントに促された克もしたがった。

 みんなが見えた事で笑顔になったリリアも、こうなるとカレンの教えを思い出し気を引き締めた。

 隊長として、あるいは令嬢として行動すべき時がある。

 そんな時は、不安、恐怖、苦痛さえも表に出すな。人に頼らず、自分を信じ、判断し、行動せよ。

 ゴクリと喉を鳴らして覚悟を決め、唇を引き締めて皆を見下す位置まで来る。

「この火災は消さなければなりません」

 ここは侯爵令嬢として話す場面だ。皆を跪かせたまま話を続ける。

「カレン、良い作戦案があれば聞きましょう」

「はっ。ここに控えますアウローラはじめとするマギのメンバーは魔法が使えます。克、ガレントを含め総勢九名、消火完了までリリア様の指揮下に入る御許可を願います」

「許可します」

「ありがとうございます。最も火の手が強いのは三ヶ所。隊を三つに分け一斉に水魔法を放つ案を具申いたします」

「分散した魔力であの火が消えますか?」

「完全に消す事はかないませんが、火勢を大いに削ぐことは可能です」

「……」

 カレンですらこれでは火を消すのは無理なのかもしれない。思わず炎の方に目をやるリリアだったが、カレンの話は終わっていなかった。

「武装を見る限り、現在消火に当たっているのは侯爵様直属の騎士達と思われます。彼等は集団戦を得意とし、毎日のように魔物と戦っております。たとえいっときでも火勢が弱まれば、それを見逃す者はおりますまい」

「なるほど。この火災は、彼等だけで消すことも、我々だけで消す事は出来ない。しかし、皆が力を合わせれば……」

「消せると信じます」

「いいでしょう、それで行きましょう。皆、立ちなさい。戦闘準備にかかります」

 魔法騎士隊は機敏に、マギのメンバーは軽快に、克とガレントはそれなりに立ち上がった。

「アウローラ、貴方たちの力に期待します」

「はっ」

「シェリー、隊を三つに」

「はっ」

「カレン、補助を」

「はっ」


 こうして彼等は行動を開始したが、克とガレントは蚊帳の外にいた。

「なあ兄弟?」

「なんだ?」

 さすがに小声になっている。

「こりゃ、ちっとばかし勝ち目が薄いように思うが、どうなんだ?」

「まあな、屋根の火を地上から消すのは難しいからそっちを狙いたいとこなんだろうが、これだけ火の粉が舞っていては仕方ないだろうな」

「なるほどな」

「雨でもふってくれりゃいいが」

「雨? ああ、その手があったか」

 克はポンと手を打った。

「雲一つ無いからな」

「ちょいと試してみるわ」

「何をだ?」

「雨だよ、雨。雨はザーでいいはずだな」

 そう言って街に向き直った克は神妙な顔になった。

「金比羅大神宮の神さん。親分の代理とはいえ、きっちりお礼をさせてもらった律儀な男に、今一度お力をお貸下さい。街の上だけでよござんす。雨よ降れ!ザー!」

 言葉が終わるか終らないうちに、街にザーッつと通り雨が降った。

 そして、一呼吸おいて熱せられた水が水蒸気となって街を包んだ。

「やったー! やったぜ兄弟!」

「でかした! さすがは克だ!」

「もっと褒めてもいいぜ」

「ははは、その調子でどんどんいけ」

「おう」

 調子のいい二人だが、あかね色に染まる空には雲一つ無いのに、地上には土砂降りの雨が降っている。

 さすがに火元の火は消えそうもないが、既に屋根の上の炎は消え、まだくすぶっているのか今度は白い煙で街が覆われた。

 他の面々は唖然として言葉も出ない。カレンなどは口をポカーンと開けていたが、すぐに気を取り直した。

「リリア様!好機です!」

「はい。さすがは魔導師様です。さあ、魔導師様にばかり働かせていては魔法騎士隊の名折れです。水魔法、攻撃用意!」

 確か、克君とか言っていたはずだが、この場に合わせたのだろう。みんなの士気が高くなったのを確認し、メイド長を手招きした後一斉攻撃だ。

「攻撃開始!ウオーター!」

「「「「「ウオーター!」」」」」

 いくつもの魔晄の帯が絡み合い、三本の太い魔晄が火元に直撃した。

 ドーンという音と共に燃え盛る中心地が爆発し、火の付いた無数の丸太が周りの家々を巻き込みなぎ倒しす。そこへ大粒の雨が降りかかり、ベノムの騎士達が襲いかかる。

 見る間に火元の炎は消えていったが、これで終わったわけではない。

 屋根などで雨の直撃を受けない場所は未だに燃え盛り、水蒸気と白い煙で町が見えなくなっていた。


 物見塔の上では、魔力を使い果たした者達が倒れていた。

 リリアはメイド長が抱き止め、「お見事でございました」という言葉と共に城に消えていった。

 ガレントは、シェリーたちを魔法騎士隊へ、アウローラたちをギルドへと運んだ。

 ギルドは街の中にある為にガレントはずぶ濡れだ。

「もういいんじゃねえか、町は水浸しだぞ」

 そう言った途端克は後ろ向きに倒れたが、すかさず駆け寄り腕に収めた。

「おめえみたいな弟を持って、俺は鼻が高いぜ」

 そう言いながら、気を失った克を大事そうに抱えたガレントもまた塔を下りて行った。

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