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魔法

 一仕事終えたカレンだったが、貴族のふりは嫌だと言う問題がまだ残っていたとため息をついた。

 侯爵様に報告するとしても、なぜかと問われるに決まっているからだ。

 こうなったら仕方ない。リリア様ではないが、日本の話などを聞きながら、何を善とし何を悪とするのか、じっくりと調べてやると意気込みながら戻ってきた。

 とりあえず日向ぼっこの仲間入りをしながら、こんな風景が日本にもあるかと話を振って色々と聞いてみた。だが、結果は芳しくなかった。

 聞き方に問題があったのかもしれないが、米というのが主食で、豊作になれば富み、飢饉になれば人が死ぬと返ってくる。

 戦争がここ数百年無い事も同じだ。

 違いがあるとすれば鉄製品が多く出回っている事くらいだが、それが分かったところでどうなる物でもない。

 これだけの魔力を持ちながら魔法が使えない事には驚いたが、その代わりに鉄砲という物があるらしい。

 そういえばと思いだし、親分というのはどういう人かと聞いてみたのだが、これが大当たりだった。

 克少年の話す勢いはガレントにも劣らなかったのだ。

 ただ、理解できたかと問われるといささか問題があった。


 親分が悪党を成敗したのだが、その悪党の親戚にあたる大親分という人が怒り、あわや戦争になろうかという時、単身乗り込んでいった。

 そして、その男はこうこうこういう悪さをしていたから成敗した。それが気に入らないならこの首を跳ねよと啖呵を切った。

 するとその大親分は、そいつあ知らなかった許してくんなと頭を下げ、それを見た親分も失礼な事を言ったと頭を下げたと言う。

 丸く収まったというのだが、「どうだ、凄い親分だろう」と言われても答えようがないのだ。

 敵陣に乗り込み自身の考えを主張するのは勇気ではなく蛮勇だし、敵の言葉を頭っから信じる敵将もいないだろう。

 こんな話が次々と出てきて、ともかく非常識なのは親分譲りだという事しか分からなかった。


 どのくらい話を聞いていただろう、お尻が痛くなりだした頃にやっとまともな話になった。

 千人近い子分は仕事もせずに喧嘩や博打ばかりしている者達らしいのだが、味噌や醤油といった工場をいくつも建てて働き口を作ったり、港湾を整備して船会社まで作っているという。

 更に、富士の山という美しい山の麓で大々的な開墾事業を無償でやったと誇らしげに話した。

 しかも、儲けた金は困っている人に分け与え、親分はいつも貧しい生活をしているらしい。

 どうやらこの辺りが要のようだ。

 栄耀栄華を望んでいるわけではなく、むしろ悪とみなす面がある。

 だからこそ、貴族でもないのに貴族と思われるのに抵抗があるのだろう。

 一方、弱い立場の人を助けるなど、人の役に立つのを善としている。

 何が出来るかは別として、そのような生き方をする事には賛成できるし、リリア様に対して恩を感じるというのなら、むしろ心強いと言えるだろう。

 なんとなくだが克少年の考えが分かりかけた頃、ふと目線を上げると街が騒がしいように感じた。

 遠目だからよくは分からないのだが、切りもいいし、克少年に用意されている筈の部屋に向う事にした。


 階段を下り、キョロキョロする克に合わせてのんびり歩いていたが、北の城の近くでその足が止まった。

「あれ、何をしているんだ?」

 克少年が驚いたように聞いてくる。

 小さな子供達が少し離れた場所に薪を置き、魔法で燃やしたり水をかけたりしていた。

「魔法の練習だ」

「魔法って、あんな小さな子が妖術を使うのか?」

「こちらでは魔法と呼んでいるが、あの子たちは将来魔法騎士隊に入る事になる」

「ふーん」

 練習とはいえ遊びと同じなのだろう、楽しそうにやっている。

「体が光って見えるだろう?」

「ああ、ぼんやりとな」

「魔晄といって、魔力を持つ者は光るんだ」

「ふーん」

 なんとなく受け答えに元気がなくなり、少しだが眉をゆがめたのをカレンは見逃さなかった。

 おそらく、小さな子供に戦いを教えるのが気に入らないのだろう。

 その事が理解できただけ、長い話を我慢して聞いたかいがあったというものだ。カレンはゆっくりと説明しだした。


「あれは、魔力を使って炎や水を出す練習をしているわけだが、魔力そのものを出す事ならだれでも出来るし、弱いとはいえ相手に衝撃を与える力もある。赤ん坊の間は被害を受けるのは家族だけだが、大きくなればそうもいかない。当然村にいられなくなるわけだ」

「鬼子か……」

 日本にも同じような事があるらしい。

「だが、家族にしても子供はその子だけじゃない」

「まさか?」

「私は五歳で村を追い出されたが、殺されなかっただけましだろうな」

「……」

「なんとか一人で生きていく目途が立った時、ほかにも同じ境遇の子がいる事に気が付いた」

「もしかして、さっき会っていた子たちか?」

「そうだ。見つけた子を仲間に引き入れ、『マギ』というチームを作った。だが、所詮一人の力ではあれが精いっぱいだった」

 そこで言葉を切ったカレン。話したくない事もあるのだろう。

 もはや黙って聞くしかないと、二人は神妙に聞き入っていた。

「貴族の場合、魔力を持つ子は人知れず処分されるのだが、ベノム侯爵様は私達の事を御存じだったらしい。魔法で魔物が倒せるなら殺さずに済むとお考えになったのだ。そして、私は十年前に教育係になった。リリア様は二歳だった。私は魔法騎士隊を作る事を提案し、ベノム侯爵様はおふれを出してくださった。『魔力を持つ子を殺してはならない。ベノムで魔法騎士に育て上げる』とな。騎士の俸禄は家族全員を養っても余りある。それ以来ベノム領内で魔力を持つ子が殺される事は無くなったんだ」

 そういう事だったのかと改めて子供達を見るが、大人の都合など何も知らずに笑っている。

 しかし、理屈はどうであれ家族と引き離されているのは事実で、不憫であることに変わりはなかった。

 なんとも言えない表情になった克少年にカレンが言葉をつづけた。

「お前にも魔力がある。魔法が使えるはずなんだが、本当に使った事がないのか?」

「ない。使った事も無ければ見た事も無い」

 むっとした調子で言葉が返ってくる。

「疑ったわけではない。ただ、魔力をそのまま相手にぶつけるのは危険だから、魔法を覚えた方がいいと思ってな」

「まあ、気が向いたらな」

 頑張って説明をしたつもりだったが、どうにもご機嫌斜めのようだ。



「すみません」

 そんな中、申し訳なさそうな声が割り込んだ。先ほどの傭兵たちだ。

「どうした?」

「アウローラがまだ戻りません」

 カレンは素早く考えをめぐらせた。

 アウローラが話通りの速さならとっくに戻るころだが、周辺を探っているとしたらもう少し時間がかかってもいいはずだ。

 チラリと彼女たちを見た。

 リーダーがいない不安がそうさせているのだと分かる。

 しかし、いやな感じがした時にはその勘に従えと教えてきた。理屈では割り切れないその勘で何度も命拾いをしてきたからだ。今回は無事でも次も無事とは限らない。それに、万が一という事もある。ここは動くと決めた。

「ガレント馬を出せ!その後克を頼む!」

「おう!」

 素早い反応を見せたガレントが厩舎に向けて駆け出す。

「誰か魔法騎士隊の詰め所へ行ってシェリーを引っ張って来い!」

「はい」

「いくぞ!」

 カレンも厩舎に向けて走り出し、慌ててみんなが追いかける。

 そして、――克が取り残された。


「やれやれ、行きたくとも馬には乗れんし、こりゃまいったな」

 ポリポリと頭を掻きながら皆が厩舎に向かう後姿をながめ、目の前を蹄の音もあわただしく駆け抜けてゆくのを見送った。

 ガレントが来るのをぼんやりと待っていると、魔法の練習をしていた女の子が一人走ってきた。

 分けがわからないまま、ともかく両膝をついてお迎えした。

「お兄ちゃん一人ぼっちなの?」

「ああ、まあ、そうだな。一人ぼっちだ」

「じゃ、マーナが遊んだげる。おいで」

「お、おう」

 手を引かれるままに立ち上がり、そのまま子供達の方に向かった。

 まだ幼い子だが一人ぼっちの辛さを知っているのだろう。

 こんな小さな子に心配をかけるとは何とも情けない話だが、遊びという名の魔法の練習が始まった。

 しかし、これがなかなか難しい。

「ふぁいやー」という発音が悪いのか全く炎が出ない、水も同じだ。

 困った顔をしていると再びマーナちゃんの出番だ。

「あのね、心の中で、ボーッって言うの」

「ボーッ?」

「そう。木が燃える時ボーッて言うでしょう?」

「なるほど。ボーッ。おお、燃えた、燃えた」

 初の魔法に大喜びの克少年だったが、マーナちゃんはひとさし指を唇に当てた。

「しーっ。心の中で言わないとだめなの。お口ではファイヤーって言わないと叱られるんだよ」

「そ、そうか。難しいもんだな」

「練習よ、頑張んなさい」

「おう」

 相手の年も忘れて素直な克少年だ。

 失敗は多いが、成功すればマーナちゃんが水をかけて消してくれる。夢中になる克少年に、厳しくもやさしいマーナ先生だった。

 出来たり出来なかったりを繰り返していたが、燃やすばかりじゃ芸がないと、今度は水にも挑戦だ。

「水はどうすればいい?」

「お水はジューッに決まっているでしょう」

「あ、そっか」

 いつの間にかガレントもそばに来ていて何とも複雑な顔をしている。

 それに気付きもしないで魔法に精を出していたのだが、いきなりマーナ先生が倒れた。

 とっさに受け止めたのでだいじは無かったが、びっくり仰天だ。

「おい、大丈夫か? しっかりしろ!」

 必死に呼びかけるも反応はない。周りを見渡してはじめてガレントがいる事に気が付いたが、ガレントは違う方を見ている。

 釣られてそちらを見るとメイドが小走りでやって来るところだ。

 だが、そのメイドが見た事も無いような美人だった。

「大丈夫です。魔力が無くなり気を失っただけですから」

 束ねた金髪はキラキラ輝き、優しい瞳は透き通った青。赤い唇からうつくしい音色があふれ出てくるが、あっけにとられて言葉も出ない。

 そのメイドがやさしくマーナを抱き上げたが、克もガレントもぼけーっと見ているだけだ。

「いつもはお昼寝の前と、夕方の寝る前に訓練をするのですが、今日は遅くなってしまいました。ご迷惑をおかけしてようで、申し訳ありませんでした」

 二人はブンブンと頭をふった。

 そして、無情にもメイドが立ち去ってゆく。

 その後姿を見ながら克が呟いた。

「バテレンの観音様だ」

「ユナという名前だ」

 他にも子供を抱えたメイド達はいたのだが、彼等の目には映らない。

「とびきりの美人だ」

「やさしくもある」

 やがてユナというメイドは扉の向こうに消えた。

「あんないい女見たことないぞ」

「ベノム一だからな」

 二人はまだその扉を見たままだが、再び扉が開く事は無かった。

「なあ兄弟?」

「なんだ?」

「俺は、夕方も練習をする必要があると思う」

「ああ、俺もカレンに頼まれたから付き合うしかないな」

「決してあの子に会う為では無いぞ」

「勿論、分かっているとも」

 やはり気が合う二人のようだ。



 一方、無理やり呼び出されたシェリーは必死で馬を駆っていた。

 馬は全力で走らせるとすぐに息切れを起こすから平地では多少の余裕はあったのだが、山道に入ってもさほど速さが変わらなかったのだ。

 整備されているとはいっても平坦ではない。頭だけを出している岩はあちこちにあるし、張り出した根も多く、そこに馬の足をひっかけたら終わりだ。

 後ろから迫る傭兵たちの圧力も重く、ともかく先頭を走るカレンの馬にくらいつくのが精いっぱいだ。

 ときおり聞こえる、ボンとかバンという音はカレンが魔法を使ったのだろうが、それを確かめる余裕もない。

 唯一、凍りついたガルルが視界を横切った。

 火を消す余裕がないから難しい氷の魔法を使ったと分かったが、それだけだ。

 シェリーにとっては難行苦行の果て、カレンが止まれと言った時には精も根も尽き果てていた。

 馬の背に抱き付くように倒れ込み、荒い息を吐いた。

 カレンが何か言い、だれかが返事をした。自分に向かって言った言葉でないならいい。周りを警戒しなくてもいいのは久しぶりだ。

 ゆっくり息を整え、ようやく体を起こすと馬が滝の水を飲んでいる事に気が付き、慌てて手綱を引いた。

 馬に水をやる事は必要だが、たらふく飲んでしまってはいざ逃げようとする時に馬の息が上がってしまうのだ。

 周りを見渡すと皆は馬を下りてあちこちを調べているようだ。

 慌てて馬を下りようとした時視界に何か光る物を捉えた。

「教官、滝壺の中に何か光る物があります」

「知ってる。それより、克少年が倒れていたのはどのあたりだ?」

 大発見かと勇んで報告したのでがっかりしたが、気を取り直して案内する。しかし、別に変った事は無いようだった。

「魔晄は見えませんが、滝壺に魔物がいるのでしょうか?」

「いや」

 なんとなく悔しくて言ったのだが、カレンが短く答えながらこっちを向いた。

「明日には調査隊が来るはずだ」

「はい」

「調査隊は何かを見つけなければ帰れない。ざっと見た感じだが、この辺りには何もない。だから土産を置いておく」

「土産、ですか?」

「そうだ、手柄は独り占めするもんじゃない。覚えておけ」

「はっ」

 さすがは教官だと感心したが、

「もし魔物がいればアウローラが倒したはずだから、いないのは当たり前だ」

と返ってきた。

 つまり、調査隊に土産を残す事は普通の事らしく改めてショックを受けたが、そう言えば肝心のアウローラはどこかと聞くと、顎で滝の方をさされた。

 なんとアウローラは崖を下りてくる途中だった。

 滝壺に何かあるなら、原因は滝の上だとばかりに調べに行っていたのだ。

 よくよく見れば馬が一頭多い。さすがのカレンも無茶が過ぎると言いながら、皆で見守るように下りて来るのを待つことになった。

小言の一つも言いそうなカレンだったが、アウローラは戻ってくる早々叫んだ。

「街が、ベノムが燃えている!」


 全員の目が街の方を向いた、無論シェリーも向いた。だが木々が邪魔で見えない、頭の上に青い空が見えるだけだ。

 どうしますかと聞こうと視線を戻した時には、カレンもアウローラも馬に飛び乗り走り出していた。

 慌てて馬に乗った時には誰もいない、魔物の巣窟で置き去りにされていた。

 背筋を冷たい物が伝い、後はもう死に物狂いで馬を走らせた。

 シェリーの安全を忘れるカレンではないが、それに気づく余裕すらない。必死で馬を駆るシェリ―。副官とはいえ十二歳の少女だ、本当に怖かったのだろう、泣きながら麓に下りてきた。

 未だに止まらない涙をぬぐいながら馬を走らせ、巨大な魔晄に向かうカレンと防護壁に向かうアウローラたちを遠くに見た。

 考えろ、考えろ。私はどうすればいい、考えろ。あふれる涙を叱り飛ばし、どうすべきかを考える。

 真っ先にリリア様にお知らせすべきだが、時間がかかる。ここは魔法騎士隊が先だと詰め所に向かった。

「魔法騎士隊、緊急出動! カレン教官の指示に従え!」

 そう叫ぶと馬首をめぐらせた。

 魔法騎士隊隊長、リリアの元へ。

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