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騒がしい少年

貴族のお茶会というのはのんびりしているように見えるが、話が振られれば返しが必要となるのは当然で、それには常に緊張が必要となってくる。


「黒目黒髪の少年で間違いないのだな」

「はい、お父様」

 ベノム侯爵の突然の問いかけだったがリリアは即座に反応した。

 そっとカレンのお菓子まで取ろうとしてペシリとはたかれてはいても、さすがは侯爵令嬢、というより教育の賜物だろうか。

「ドラゴン級の魔晄も間違いないな」

「はい、侯爵様。 真昼の太陽のごとくでございます」

 カレンは真剣なまなざしで危険性を訴える。

 こちらは元々緊張を切らしてはいなかった。

「ふむ」

「魔物の巣窟ギジナール山脈で、ただの少年が、気を失ってなお生きている事は不可能かと思われます」

「魔導師様なら可能です」

 ここぞとばかりに主張するカレンに、リリアが横から反論する。

「ドラゴンクラスの魔物が麓近くまで来るというのは聞いた事がございませんが、魔導師様の復活ともなれば、ありえないと断言できましょう」

「生まれ変わりかもしれませんし、同じ力を持つ人の可能性もあります」

 リリアを無視する形で話すカレンに、リリアも真っ向勝負なのだが……。

「信じてもいない事を主張するのはおやめください。 何処で生まれて何処で育ったというのです? 第一、どうやってあそこに行ったのです?」

「そ、それは……」

 リリアの方を向いたカレンの反撃は容赦がなく、口でも力でも赤嵐に勝てる者なぞいないだろう。

 雌雄が決したところで、ベノム侯爵がニヤリとした。

「人か魔物か、確かめねばならんな」

「お待ちください。 侯爵様が牢獄に足を運ぶなどあってはならぬこと、私が確かめてまいります」

 言葉だけを聞けばもっともなのだがその意図は明白で、慌ててカレンが止めた。

「人のなりをしたドラゴンの可能性があるのであろう? ならば、確かめるのも退治するのも儂が適任じゃ。 人型ならば、最悪でも差し違える事くらいは可能じゃろうて」

「危険すぎます」

「なあに、ドラゴンなら咆哮一つで北の塔はおろかこの建物でさえ吹き飛ぶ。 どこにいても危険な事には変わりはない」

「いや、しかし……」

 必死のカレンだが、侯爵は飄々(ひょうひょう)と受け流す。 カレンに勝てる者が目の前にいた。

「あ、あの? ドラゴンって、本当にいるのですか?」

 カレンが言い淀んだすきにリリアが口をはさんだ。

 ただ聞きたかっただけだろうが、それこそ今迄の話を聞いていたのかと言いたくなる、

 苦虫をかみつぶしたような顔になるカレンだったが、こうなれば口を封ざすしかない。

「昔、第五の御山を制覇した時だ。 さらに奥に連なる山々のはるか上空にいた。 遠目だったからはっきりとは言えんが、小山くらいの大きさはあったぞ」

「すごい」

 父の言葉にリリアの目がキラキラと輝いている。

 侯爵親子の会話に立ち入るすべもなく、見るだけで済めばいいがと、いやみの一つも言いたくなるカレンだった。



「へ?」

 素っ頓狂な声を上げたのは噂の少年だ。

 再び目を覚まし、何気なく自分の腕を見た途端だった。

「え?え?え?え? どうなってんだ、こりゃ」

 自分で自分の腕を触り、足をまさぐり、胴をさすり、しまいにはズボンを引っ張り、中を覗き込んだ。

「何を騒いでる?」

 見ると、鉄格子の向こうに牢番が来ていた。

「バテレン人? いやそんな事より、俺を見てくれ。 いくつに見える?」

「なにを訳の分からん事を。 いくつってお前、自分の年も分からんのか?」

 牢番は赤い髪を短く刈り込み、いかつい顔に青い瞳は厳しい。

 兜こそないが鎧に身を固めて長剣を差し、近づいてくる少年に警戒しながらもあきれ顔だ。

「いいから答えろ、いくつに見える?」

「まったく。 十は過ぎたあたりか、そんなもんだろう」

「やっぱり」

 邪魔くさそうに答える門番を前に、少年はペタリと座り込んでしまった。

「それがどうかしたのか?」

「どうかしたなんてもんじゃねえよ。 体が、俺の体がガキになっちまったんだよ」

「はあ?」

 泣きそうな顔で体をまさぐる少年だったが、牢番の顔が怪訝そうにゆがむのは仕方あるまい。

 顔には、この少年は頭がおかしいのかもしれないと書いてある。

「いや、いい。 どうせ信じないだろう、俺だって信じられん。 まったく、どうなっちまったんだか」

 ぶつぶつと言っていた少年だったが、はっと顔を上げた。

 片手を目の前に持って行くと、右、左と交互に目を塞いでいる。

 今度は何が始まったのかと覗き込む牢番と目が合った。

 少年はごくりと喉を鳴らすと、再び問いかけてきた。

「目、目を見てくれ」

「うん?」

「目だよ、目。 俺の目だ、いくつある?」

「二つに決まっている。 それとも何か? 三つも四つもあるってのか?」

 真剣なのはいいが、話の内容が滅茶苦茶だ。

 緊張して損したとばかり、吐き捨てるように返事をするのも無理は無い。

「そうじゃなくて、こっちだ、こっち、左の目。 ちゃんと目ん玉あるか?」

「ああ、立派な瞳が付いているから、いいかげんに静かにしろ。 いいな」

 これ以上は付き合いきれないと牢番は持ち場に戻ってゆく。

「たまげたー。 妖術かなんかだとは思うが、まさか見えなかった目が見えるようになるとはな。 ガキの体はいただけないが、これなら十分おつりが来る。 こりゃあ儲けたな、妖術さまさまだ」

 そんな声が聞こえた牢番がやれやれと首を振っていたその時だ、喜びのあまり飛び跳ねた少年が空中でバランスを崩した。

「うわーっ、おっとっと」

 なんとか足で着地はしたが、たたらを踏んで両手をついた。

「何だ?」

 どうしたというのか、少年自身も驚いたような顔をしている。

 しばらくあっけにとられていたが、恐る恐る立ち上がるとピョンピヨンと飛び跳ね、次第に高さを増していった。

 そして、驚いた事に人の背丈ほども飛び上がると、前方に回転して着地、その勢いで再び飛び上がって後ろ向きに回転して着地した。

「すげー。 こりゃあ、以前より体がきくじゃねえか」

 自分の体なのに初めて気が付いた感じだが、そうなると、先ほどは思った以上に飛び上がってバランスを崩したのかもしれない。

「まてよ」

 今度はヒョイと逆立をすると、腕だけでジャンプを数回し、元に戻ってニヤリとした。

「ガキの体になった時は喧嘩は無理だとあきらめたが、力さえも前以上だ。 これなら遊侠者流を使うに十分だ。 こいつはありがてえや、百人力だ。 それにこの姿はどうよ、帰ってみんなに見せたらびっくりするぞ。 若くなったうえに目ん玉まであるんだからな。 『どちらさんでしょうか?』なんてことになる。 親分なんか腰を抜かすかもしれん。 ははは、こりゃいいや」

 騒いでいた少年がポンと手を打った。

「そうとなりゃ、こうしちゃおれん。 牢番? おい、牢番?」

 鉄格子にすがりつきながら牢番を呼んだが、「何だ?」と返事をしながらも動く気配がない。

「あー、その、なんだ。 ここはどこの番所かと思ってな。 あ、祇園は分かるんだがその後がいけねえ、さっぱりだ。 よかったら教えてくんねえか?」

「まったく。 ここはベノム侯爵様の北の塔だ。 祇園なんちゃらは知らんが、脱獄は不可能だ、変な気を起こすんじゃねえぞ」

 どうやら脱獄を疑われたらしいが、少年は別の事が気になったようだ。

「ベノム侯爵、何だそりゃ? 京都だし、御公家さんかなんかか?」

「なんだとー!」

 突然、牢番が血相を変えてやってきた。

「このがきゃ、侯爵様を呼び捨てとはふてえ野郎だ」

「あ、ああ、悪かった。 なんだ、その、侯爵様な。 おう、分かった」

 あまりの勢いに少年もタジタジだ。

「ったく、最近の若いもんは常識ってもんを知らん。 いいか、カサシン王国広しと言えども、ベノム侯爵様ほどのお方は二人といねえ、よっく覚えとけ」

「お、おう。 なんか、スゲー人みたいだが、そんなにすごいのか?」

 勢いに押されながらも何とか牢番をなだめようと話をふった少年だったが、相手が悪かった。

「おめえは本当に口のきき方を知らんな。 すごいのか、とは何だ。 か、だの、だろう、という言葉は人を疑うんだ。 将軍侯爵の名前は伊達じゃねえぞ!」

「そ、そうか」

 こりゃ厄介な牢番にあたっちまったと顔をゆがめた少年だったが、牢番はお構いなしに話を続けた。

「そもそもの始まりは二百年前だ。 カサシン王国の独立戦争、その時の英雄が初代ベノム侯爵様だ。 その功績をたたえ南の穀倉地帯を領地として賜る事になったが、侯爵様はこれを蹴った。 何故だかわかるか?」

「い、いや、なぜだ?」

「我は武の人なりだ。 これは千年前の魔道師様のお言葉だが、これを引用して、次なる敵は魔物なり。 そう言ってこの北の果てギジナール山脈の麓一帯の御領主になられたんだ」

「ふーん」

「ふーんて、ったく頼りない奴だな。 いいか、魔物の巣窟ギジナールだぞ、ここから下りて来る魔物がどれだけ被害を出すと思ってるんだ。 それを全て防ぐことがどれほど大変な事か、お前には分からんのか?」

「いや、分かる、うん、分かる」

「ふん。 二百年の時をかけ、西は国境の河から東は大海原の港まで魔物用の防護壁を造られた。 しかーし」

 もったいぶって言葉を切り、分かっていないであろう少年を見据えた。

「それでも完全でないと分かると、屋敷を防護壁の北側、つまり魔物の巣窟の中に建てたんだ。 勿論、領民は南側よ。 自身の命を持って領民を、ひいてはカサシンの民を守る、これがベノム侯爵様の心意気よ」

 まるでわがことのように自慢する牢番だ。

 しかし、ここで頃や良しとみたのか少年が口火を切った。

「そいつはまた、すごいじゃないか。 ベノム侯爵男だぜ」

「なんだと?」

「ああすまねえ、侯爵様な。 大した男と見た。 感心したぞ」

「だろう。 だからな、間違っても呼び捨てにするんじゃねえぞ。 侯爵様が許しても、この俺が許さねえ、分かったな」

「ああ、肝に銘じとく。 よっく分かった」

「ならいい」

 ようやく納得したのか牢番は元の所に戻っていき、どっと疲れた様子の少年は這うようにベッドに移動した。

「ふーっ、驚いた。 熱い牢番だぜ」

 壁にもたれてようやく一息つくと、腕組みをして首をひねった。

「しっかし、ここはどうも日本じゃねえみたいだな。 バテレンの国のどっか、ああ、カサシン王国だったか。 これじゃ、帰るまでに何年かかるか分からんぞ。 あっ、だから若くしたんか。 まったく、誰の仕業かしらんが、優しんだか優しくねえんだか分からんな。 ――それにしてもベノム侯爵か、これだけ慕われているとは面白い、いい土産話になりそうじゃねえか。 挨拶がてらにお会いして、どのくらい貫禄を持つ人か、はかりじゃねえがこの俺が、ちょいと計ってみようかい」

 不敵に笑う少年だが、牢に入る様な罪人が侯爵様に会えるはずもない。

 そのような事も分からないとは、牢番じゃないが常識が無いとしか言いようがないのだが、その侯爵様が今まさにこの北の塔に向かっている。

 まったく、これだから世の中というのは分からないものなのだ。


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