表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/18

旅立ち

 ゲノム子爵がベノム侯爵に呼ばれた時、援軍要請だと思っていた。

 魔法は優れた武器であり、武人としてそれを認めることにやぶさかではない。

 しかし、弓矢以下の数では話にならない。あの半島の脅威は、まさにその数なのだ。

 カレンごときに力を貸したくはないが、戦うとなれば死力を尽くすのみ。

 本当の戦いという物を見せてくれる。


「大きな船がいる」

 勢い込んで訪れたというのに、要請は船だという。

「もしや、本当に戦争の気配がございますか?」

「いや。清水港、あるいは日本とかいう国を知っているか?」

 海上戦か上陸戦か、これは面白くなってきたと思ったのだが、違うらしい。

「――いいえ、どちらも存じ上げません」

「ふむ」

「王都で聞けば何か分かるやもしれませんが、あまり期待は出来ないかと」

「うむ」

「見知らぬ国ともなりますと優秀な船乗りもいります。因果を含めておく必要もございますが、いつごろまでにご用意いたしましょうか?」

 くだんの少年が清水港の名を出したからそのあたりだろうが、誰を乗せるのか、何故そこまでするのか、そのような事は一切聞かない。

 侯爵が必要と思えば話すだろうし、聞かないのが礼儀であり、優秀な配下の矜持でもある。

「半島攻略戦の前後になろうが……、鍛冶師を何人か同行させる」

 微妙な間があった。

 もしかすると、お気に入りのカレンを死なせたくないという事かもしれん。

 ならば、ゲノムに来た時にふんじばって船倉にでもブチ込んでおくか。

 どのみち作戦は失敗するのだ、構う事はない。

「鍛冶師、でございますか?」

「技術を学びたいと、筆頭鍛冶が言ってきおった」

「まさか……」

「そのまさかじゃ」

 ゲノム子爵が驚くのも無理はない。

 ベノムは魔物討伐の最前線で、豊富な魔石を背景に良い武具なら金に糸目は付けないため、当然カサシン王国でも優秀な鍛冶師が集まってくる。その筆頭鍛冶師が学びたいとは、よほどの事だろう。

 克という少年が持っていた剣がそうだというのなら、ぜひとも見ておきたいものだ。

「すぐにも準備をしておきましょう」

 退出しようとした時にカレンがやってきて、ベノム侯爵から目線でいるようにという指示をうけた。


 入室したカレンは侯爵の前まで来て、右手を左胸にあて、膝を下り頭を垂れた。

 入り口付近ではなく、ここまで来るのは身分が上がったからだ。

「このたびは身に余る栄誉を賜り、恐悦至極に存じまする」

「うむ」

「つきましては、お願いがございます」

「うむ」

「一つは、兵および領民を集めながらゲノムに向かいたく、お許しを賜りとうございます」

「よかろう」

「今一つは、半島攻略に当たり、ゲノム子爵様の援軍をお願いしたく存じます」

 侯爵様から視線が飛んできた。任すという意味だ。

「全軍を持って要請にこたえるが、作戦はあるのか?」

「はっ。基本的な作戦案はございますが、出来ますれば全権をゆだね、指揮を取っていただけないかと」

「――よかろう」

 指揮を任せる事で失敗した時の責任を転嫁するつもりだろうが、そうはいかんぞ。まったく、とんでもない女狐だ。

「ありがとうございます。作戦は炎の魔法を使います。半島の先端より海風に乗せて火を放ち、半島の樹木を全て焼き払うという作戦を考えております」

「なっ……。待て、そんな事が可能なのか?」

「今なら克もおりますので、炎の雨を降らせれば可能かと」

「…………」

 何を言っているのか分からなかった。頭が真っ白になって考えられなかったのだ。

 不可能という言葉で埋め尽くされた頭に可能性がしみ込んでゆき、その後から確信がやって来る。

 今は亡き父親の顔が浮かぶ、友の顔も、わが子の笑い顔も、だ。

 魔物に殺された多くの者達の恨みを晴らせる。それも、この手で。

 かくして、ゲノム子爵の目から涙があふれていた。

 ゲノム子爵の気持ちをおもんばかり、カレンは目を伏せて黙祷に付き合った。


 どのくらいそうしていいただろうか、ゲノム子爵は人前で涙を見せた事に苦笑いをしながら涙をぬぐった。

「カレン」

「はっ」

「感謝する」

 短い言葉だった。しかし、万感の思いのこもった言葉でもあった。

「もったいなきお言葉にございます」

 軽くとはいえゲノム子爵が頭を下げた事に、ベノム侯爵でさえ驚きの顔を見せた。

「しかし、カレンよ。それならば援軍など必要ないのではないか?」

「これはゲノム子爵様の言葉とも思えません」

 急に砕けた口調になったゲノム子爵だったが、カレンはその内容に驚いたような顔を見せた。

「確かに魔鳥を追い払うことは可能でしょうし、魔物の多くも炎にやられる事でしょう。しかしながら、炎に強い魔物はおります。半島にどのような魔物がどのくらいいるのか、それ以前に半島の広ささえ知りません。くわえて、恥を忍んで申し上げますが、私が指揮できるのはせいぜい十人程度、これでどうやって魔物を倒せとおっしゃるのでしょうか? 子爵様に指揮を執っていただき、我らは先鋒としてその役割を担う。これ以外に半島攻略は出来ないと思っておりましたが、もしや、子爵様は海風さえ見た事がない小娘をいじめるご趣味でもございましたか?」

「ば、ばかもん―!」

「はははは。そうか、そういう趣味か?」

「侯爵様まで――」

「全軍を持って要請にこたえるのであろう? 指揮を執れ、ゲノム! 積年の恨み晴らしてまいれ!」

「は、はーっ」

 話は決まった。

 この二人、案外いいコンビになるかもしれん。

 しかし、執務室を後にする二人を見送りながら、ベノム侯爵は別の事を考えていた。

 カレンがこの作戦を考え出したとは思えない。おそらくサユーリの入れ知恵だろう。

「まったく、女にしておくのが惜しい奴じゃ」

 珍しくニヤリとする侯爵だった。



 リリアは、魔法騎士団の修行の旅、最初の地をカレンの領地とするのは勿論の事、年長組の子供達も連れて行くことになった。

 これにより、保護者として北のメイド達が付いてくる。

 戦闘能力のあるメイドは貴重だ。魔物を怖がらないメイドすらいないからだ。

 勿論希望者を募ったのだが、その中にユノがいたのは、克ではないが美人の考えている事は分からないのであった。

 そして、同郷である執事見習いの少年も行きたいと言い出した。

 新領地の執事がどれほど大変な事なのか、彼には想像すら出来なかったのだろう。

 御愁傷様というしかないが、この試練を乗り越え、最年少の執事となることを期待しよう。


 ガレントは仲間の平民兵達を集めた。

 侯爵様公認ではないが、カレンには平民を貴族にする権利があるし、何より退屈な警戒任務が無くなる事が大きかった。

 防護壁沿いに魔鳥の好きな木を植えれば、防護壁に近づく魔物さえいなくなる。これがサユーリの案だったからだ。


 そんな中、最も大変な二十日間を送ったのはアウローラたちだ。

 魔法好きの小百合に実力が知りたいと言われ、得意げに覚えたばかりのファイアーボールを見せたのだが、微妙な顔をされた。

 他にはと言われて、ファイアーとウオーターと答えると、頭を抱えられてしまったのだ。

「カレン」

「申し訳ございません。ここ十年程離れていたものですから」

「――で? どうするの?」

「親衛魔法騎士隊を作りたいと考えております」

「とやかく言う気はないけど、信用できるの?」

「彼女たちを疑うくらいなら、領地も貴族も捨てます」

「そう、そこまで言うのならいいわ」

 サンデリーの知恵袋が嘆くほどの事、その原因が自分達だとは分かる。カレンが必死でかばってくれているのも分かる。だが、それが何なのかが分からない。

「畏れながら、お聞きしてもよろしゅうございますか?」

「ええ、何かしら?」

 カレンが駄目だと目線を送る。

 それを見てはいても、聞かずにはおれない事はある。

 どう考えても自分達が馬鹿にされている。腹を立てていい人ではないのは分かるが、見過ごすわけのはいかないのだ。

「我々マギは、傭兵たちの間でも一目置かれる存在であると自負しております。その我々の何がいけないのか、今後の為にもお聞かせいただけないでしょうか?」

 言葉は選んでいるものの、文句があるなら言ってみなさいだ。カレンが天を仰いだ。

「ごめんなさいね。あなたたちのせいじゃないの。私が勝手に思い込んでいただけだから、気にしないで」

 やはりだ。もはや話をする価値なしと断罪した。

 以前にそういう話が有ったのだ。


 私は魔法が使えないからと言うサユーリ様に、人をやる気にさせる魔法をお使いですと言った時だ。

「やる気とは生き方なのよ。やる気がある人には何らかの結果が付いてくるの。成果の大小は、やり方の問題。私は、方向と方法を教えているだけよ。だけど、やる気のない人には何を言っても無駄。それどころか、腐った果物のようにまわりまで駄目にする。だから、そんな人は切る。それだけよ」

 そう言ったのだ。

 彼女たちに当てはめてみよう。

 マギは魔法が得意な傭兵集団として有名だったから、魔法好きなサユーリ様も期待していたはずだ。

 ところが、出来る魔法は初歩の初歩だった。

 ファイアーボールなどは、危ないからメイドに世話をされている子供達には教えないようにと注意されたほど簡単な魔法だ。

 今までサユーリ様の教えを乞うてきたリリア魔法騎士団と比べるともっとよく分かる。

 今回の半島攻略戦では、克が炎の雨を降らせ、魔法騎士団が風の魔法で燃える方向を制御するだろう。

 氷と雷の魔法までは使えるようになっているから、炎に強い魔物が出ても、有効なのはどちらの魔法かを研究調査しながらの攻略となり、戦えば戦うほど彼女たちは強くなってゆくだろう。

 それに引き換え……。

 期待が大きかっただけに反動も大きいのだろが、魔法が使えるのは自分達だけだとうぬぼれ、現状に満足したまま何もしようとしない。つまり、向上心がない、やる気がない者達と判断したのだ。

 だが、彼女たちは私の部下、このままではいけない。

「サユーリ様」

「なにかしら?」

「出立まで二十日しか御座いません。彼女たちでも出来る魔法となりますと、どういった物になるのか、お教えいただけないでしょうか?」

「そうねえ。今回の作戦は炎の魔法がメインだし、得意でもあるというのだから、威力を上げる方向がいいかもしれないわね」

「なるほど、ありがとうございます」

 心中が穏やかではない時でも、やる気を見せれば答が出てくるのがサユーリ様のすごい所だ。

 聞きたい事は聞けたし、とにかくアウローラたちをせきたてるように部屋から出たのだった。

 カレンの部屋まで来たアウローラたちは、魔法にいくつも種類がある事に驚き、状況に応じて形を変える事に仰天し、複合魔法まである事に落ち込んだ。

 ともかく、自分達が教わったように、鍛冶屋に行き炎に種類がある事から学べと指示するしかなかった。

 普通の炎の温度が数百度、鉄が溶ける炎は千五百度、七千度になると燃えすぎて消えてしまうと言われた。度というのはよく分からないが、サユーリ様独特の基準なのだろう。

 炎は神聖な生き物だという鍛冶職人が素直に見せてくれるとも思えないが、それも含めて勉強だ。やってもらうしかない。


 カレン自身も忙しかった。

 デスリーテンたちへの挨拶回りだ。

 嫌われようとも馬鹿にされようとも、就任祝いとして武器やお金がもらえるから、金儲けだと思って行ってらっしゃいと言われたのだ。

 それが終わると、木の調査をするように言われた。

 寒い地方で魔鳥が増えるならその木は常緑樹だろうから、特に実を付ける落葉樹で魔鳥が嫌いな木を探すように言われたのだ。

 ゲノム子爵が協力的になったのでなんとか兵士達に聞き取りが出来たが、これが領地経営の柱になると言われてもさっぱりだった。

 木が無くなると地盤がゆるみ、土砂くずれなどが起きやすくなるから植林する。

 落ち葉は腐葉土となって下草をはぐくみ、食物連鎖の底辺を作る。

 なかでもドングリの木は豚の放牧を可能にする。

 耕地面積が小さいのだから、漁業と畜産業で生きる――のだそうだ。


 ともかく、あわただしい二十日間が過ぎた。

 城内から領民が追い出されて隊列が組まれた。

 露払いにリリア魔法騎士団は贅沢だろう。

 おそろいの白いマントが風になびく。

 その後ろにカレンと親衛魔法騎士隊が赤いマントで続く。

 十台の荷馬車がいる。

 メイドと共に子供達が乗る。武器や防具が詰まったのもがある。宿場町を使うといっても食料は必要だ。テント以外の干し草は寝具にも馬のエサのもなる。使い道があるとも思えない宝石やドレスはサユーリが用意した。半島攻略が成った暁には、デスリーイレブンがどういった人物なのか、男爵か子爵にするから王宮に来いと言われると見込んでの事だ。

 殿は、ガレント率いる徒歩の平民兵がいた。

 問題だったのは、兵士やメイドが思いのほか集まったのだが、領民が集まらなかった事だ。

 唯一、平民兵の家族がゲノムに住んで様子を見るといった程度で、半島討伐という結果を見せるしかないという事になった。


 出立の挨拶をすませた新領主のカレンが感慨深げに隊列を見ていた。

 そばにはリリア、アウローラ、ガレントがいる。

「ようやく克が来ましたね」

 ずっと魔晄を見ていたアウローラが城門をくぐった克を確認したが、その後から領民がゾロゾロと入ってきた。ゆうに百人は超えているだろうが、一癖も二癖もありそうな連中が多い。

 克は真っ直ぐにこちらに向かって来るが、カレンたちの姿を見た者達はそこらあたりで立ち止まった。

 ついてくる者いる。カレンの知り合いで傭兵でも名の知れた者達だ。

「カレンのあねさん。こいつらついてくると言ってきかないんだが、いいかな?」

 開口一番これだ。まあ、克に丁寧な言葉使いは似合わないし、気にはならない。

「もちろん、歓迎する」

「悪いな」

 すまなそうにそう言うと、ガレントの所に行き、弟分が増えたぜ兄貴と自慢している。まったく、驚かせてくれる奴だ。

「で? 一線級の傭兵たちが雁首揃えて何か用か?」

 馴染みの奴らは、話していても気が楽だ。

「ただの恩返しだ、気にするな」

「おなじく」

「こっちもだ」

「ほっとけ」

 口々に憎まれ口をたたくが、克が治療の魔法を使うらしかった。おまけに、お礼のお金を取ってくれないという。

 けがをして傭兵として生きられなくなれば、たくわえが尽きたときが死ぬ時だ。

 そんな傷を治しておきながら、「魔法なんてわけのわからない物で金を貰うほど落ちちゃいねえ、バカにすんな」と怒るのだという。

 だからと言って、はいそうですかとはいかないと、そういう事らしい。

「それに、俺達は小物だよ」

 そう言いながら彼等が向けた視線の先には驚く人がいた。

「まさか、ギルド長? どういうことだ?」

「克と勝負して、負けたからギルドを開くんだと」

「ばかな。まだ何もないとこだぞ」

「負けた条件が、ギルド新設と、その中に克の住まいを作る事だそうだ」

「それって?」

「ああ、克の力に目を付けたのはお前だけじゃないという事さ」

 領地にギルドは付き物だ。

 多少、いやかなり早くなりはするが、それで克を取り込めるなら安い物だという事だろう。

「これはこれは領主様、御機嫌麗しゅう」

 やってきたギルド長の白々しい挨拶に苦笑するカレンだった。


 とにもかくにも役者がそろい、出発となった。

 馬上の人となったリリアが城を振り返る。視線の先のバルコニーにはサンデリーとサユーリがいた。二人に目礼をして城門を抜けると大きな歓声が上がった。

 魔法で町を救った魔法騎士団、その若くて美しい団長を一目見ようと領民が群がっていたのだ。

「誰が主役か分からないわね」

 アウローラが愚痴を言う。

「みんなが主役なのさ」

 カレンが答えた。

 馬車の窓から子供達が手を振り喝采を浴び、ガレントたちにはしっかりやれよと声援が飛んだ。

 そして、その後に続くならず者たちを見た領民たちは――一斉に背を向けた。



 宿場町というのがございます。行きはベノムの魔石を運び、帰りは食料を運ぶ、商人達の宿屋街ポルケッタ。

 カレンたち一行は、ここを利用しながらゲノムを目指しております。

 そして、そのしんがりを務める克也たち。

 ゲノムまでの長い道のりの中、様々な問題を巻き起こします。

 題して『克也一家異世界道中記』のお話。


――ちょうど時間となりました。


――ちょと一息願いまして、


――またの御縁とお預かりー。


――――完――――




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ